観世文庫は、二十四世観世宗家・観世清和氏のもと、財団法人として1991年に設立されました(2013年に一般財団法人へ移行)。観阿弥・世阿弥が活躍した室町時代から現代に至るまでの代々の観世宗家が守り伝えてきた貴重な能楽資料を保存・活用することを活動目的としています。2002年に観世文庫は新たな資料保管設備を整える計画を立て、文献資料全体のアーカイブ化を前提とした包括的な調査を、財団理事の松岡心平(東京大学)に依頼しました。 画像データベース「観世アーカイブ」は、この調査の成果になります。
それ以前に、1950年代中頃から二十五世観世宗家・観世元正氏のもとで、西尾実、小西甚一、横道萬里雄、表章各氏らにより、観世宗家伝来の謡本・伝書・文書等の調査が行われていました。その後、表氏を中心とする法政大学能楽研究所による調査の成果が「観世宗家所蔵文書目録(付解題)」(『観世』1972年4月号~1977年2月号)や、観世文庫機関誌『花伝』、『観世文庫蔵室町時代謡本集(影印篇・翻印篇)』(観世文庫、1997年)などにまとめられています。後に『観世流史参究』(檜書店、2008年)に結実する表氏の一連の研究も、観世宗家伝来資料を活用して、歴代大夫の事績を中心とした観世流の歴史を考証したものです。
ただし、近世以降も含めた、観世宗家に伝わる文献資料の全体像は、なお不明な部分が多く残されていました。松岡は国文学研究資料館の協力のもとで調査組織を編成し、2003年より調査を開始しました。2006年からは、松岡を研究代表者とする科学研究費補助金「観世文庫所蔵能楽関係資料のデジタル画像化と解題目録作成に向けた総合的研究」(基盤研究〔A〕、課題番号:18202006)の交付を受けて調査が大きく進展します。観世文庫に寄贈・寄託された文献資料の全体像を把握した上で、書誌調査と写真撮影を完遂し、データベース化しました。そして、能楽や日本文化に関心を持つ世界中の人々にこの成果を公開するために、2009年、このウェブサイト「観世アーカイブ」を構築し、公開しました。
調査の成果は、展覧会
「観世家のアーカイブ―世阿弥直筆本と能楽テクストの世界―」(会場:東京大学駒場博物館、会期:200年10月10日~11月29日)でも公開されました。この展覧会を通じて、観世文庫にどのような文献資料があるのか、そして本ウェブサイトの公開の意義を、広く社会に紹介しました。2011年にはアート・ドキュメンテーション学会より、本アーカイブ公開に至る観世文庫の取り組みに対し、第5回野上紘子記念アート・ドキュメンテーション推進賞が授賞されました。
観世文庫所蔵資料に対する科学研究費による調査・研究は、2010年からの「観世文庫所蔵能楽関係資料のデジタル・アーカイブを活用した新しい能楽史の構築」(基盤研究〔B〕、課題番号:22320047)、2015年からの「観世家のアーカイブの形成と室町期能楽の新研究」(基盤研究〔B〕、課題番号:26284037)に引き継がれました。その中で、原本調査とデータベースの活用により、各時代の観世流の実態に新たな光を当てるとともに、観世アーカイブの書誌・解題情報を充実させることを目指しました。また、資料を分類して書誌と解題を示す『観世文庫所蔵能楽資料解題目録』(檜書店、2021年)を刊行しました。観世アーカイブのサイトについても、より利用しやすいようなデザインの見直し、書誌・解題情報の改訂や拡充を進めているところです。
(文責:高橋悠介)
※参考文献
書誌・解題の執筆にあたって、全般的に参考にさせていただいた文献は、以下の通りです。特に言及しない場合にも、多くの資料の解題執筆が、これらの研究成果に基づいていることを記し、感謝申し上げます。
表章『鴻山文庫本の研究 謡本之部』(わんや書店、1965年)、野上記念法政大学能楽研究所編「観世宗家所蔵文書目録付解題」(『観世』39巻4号~44巻2号、1972~77年)、野上記念法政大学能楽研究所編『鴻山文庫蔵能楽資料解題(上・中・下)』(1990年・1998年・2014年)、『早稲田大学演劇博物館特別資料目録5 貴重書 能・狂言篇』(1997年、演劇博物館)、『花伝』Vol.1~5(財団法人観世文庫、1993年~2000年)、『観世文庫蔵 室町時代謡本集』(財団法人観世文庫、1997年)、『能楽大事典』(2012年、筑摩書房)、表章『喜多流の成立と展開』(平凡社、1994年)、表章『観世流史参究』(檜書店、2008年)、松岡心平編『観世元章の世界』(檜書店、2014年)、「観世文庫の文書」(『観世』76巻4号~87巻3号、2009年~2020年)。