水野忠幹氏旧蔵書文書

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【太政官牒について】

この太政官牒は、本来、二紙をまとめて巻子仕立てであったものを、近年の発見時に改装して、各紙ごとに裏打ちを施し二紙としたものである。太政官牒とは、太政官から僧綱・寺社など直接管理下にない組織等へ発給する公文書のことを指す。なお、この二通とも『平安遺文』には未収載である。以下に詳細を記す。

@仁平4(1154)年4月6日 太政官牒

鳥羽院政期、近衛天皇在位中に太政官から東寺に充てた文書。東寺定額僧であった定慶と交替に信遍を東寺定額僧に任命した補任状。4月6日付けであるが、信遍が拝任のお披露目儀式である拝堂(東寺の伽藍の本尊に拝任の挨拶として礼拝する儀式)をおこなう10月15日の官使が東寺に持参した(袖に「到来同十月十五日」とある)。太政官印3個が捺してある。
横寸法47.8cmはこのころの太政官牒にしては少し短いので、袖奥の一部が5pほど後に切断されているかもしれない。
料紙は楮紙で平安時代の低質の檀紙である。非繊維物質や繊維束が多く、少し米粉が添加されている。

A元暦2(1185)年5月27日 太政官牒

後白河院政期、後鳥羽天皇在位中に太政官から東寺に充てた文書。東寺定額僧であった乗叡の辞退を補うため舜海を東寺定額僧に任命した補任状。太政官の上卿(担当案件の政治責任者)権中納言藤原頼実が権右中弁・左大史に命じてこの文書を作成させた。太政官印3個が捺してある。
横寸法48.7cmはこのころの太政官牒にしては少し短いので、袖奥の一部が4pほど後に切断されているかもしれない。
料紙は楮紙で平安時代の低質の檀紙である。非繊維物質や繊維束が多く、少し米粉が添加されている。