この資料について

1. 資料の由来

駒場図書館の保存書庫には、総計200点ほどの掛図が保管されている。駒場博物館・駒場図書館および東京大学大学院総合文化研究科では、有志を中心に、2004年より、掛図の修復とデジタル化を行ってきた。本サイトでは、修復・デジタル化の完了したものを公開している。

掛図とは、教育に必要な視覚教材(人体・動植物・実験機器などの絵、歴史教育用の地図、語学教育のための絵など)を掛け軸にしたもので、戦前期には日本中で広く使われていた。駒場に保管されているのは第一高等学校(一高)旧蔵の掛図であるが、これらの存在は、2004年11月から開催された「第一高等学校創立130周年記念・駒場の歴史展」(一高展)の準備の過程で多くの人々に知られることとなった。

現在駒場にある200点のうち、4分の3以上は、2004年まで松本市の旧制高等学校記念館に保管されていた。旧制高等学校記念館に掛図を寄託したのは一高同窓会である。第一高等学校が1950年に廃止された際、同校の所有していた財産の多くは東京大学教養学部が引き継いだが、一部管理があいまいになり、一高同窓会が預かることとなったものもあったようである。一高展のための調査の過程で、これらの掛図は、最初は駒場博物館に、次いで駒場図書館に収蔵されることとなった。

残りの4分の1弱は、図書館の保存書庫に保管されていた。一高時代、掛図の管理は図書館が行っており、現在も目録・台帳が図書館に保管されている。これらの目録・台帳により、一高が所有していた掛図の全貌を知ることができる。

2. 分類など

一高時代、掛図は次のように分類されていた。

洋軸物、和軸物1(地理図)、和軸物2(地鉱図)、和軸物3(解剖図)、和軸物4(歴史図)、和軸物5(測量図)、和軸物6(化学図)、和軸物7(物理図)、和軸物8(唱歌)、和軸物9(生物図)、和軸物10(雑類)。

洋軸は分類別に分けられていない。また、和軸物8の唱歌は、わずか2点の記録が確認できるのみで、項目として立てられていたかどうか不明な点もある。和軸物10の雑類は、その他の分類に所属させることの難しい掛図が増えてきた段階で設けられたもののようである。

画像の公開にあたっては、一高時代の分類をそのまま採用した。一高時代、洋軸物には「XA-数字」という請求番号が、和軸物には「十い-数字①-数字②」という請求番号がそれぞれふられていた。和軸物では数字①で分野が識別され(たとえば1は地理図、2は地鉱図など)、数字②でその分野内の一点一点が識別される。本サイト内の各画像も、一高時代の掛図の請求記号によって特定できる。従って、数字①を見れば分野が特定できる。

図書館の目録・台帳には、著者・編者・監修者、出版社・出版年、購入年・納入者、価格、数量、寸法なども記載されている。これらの情報の一部は画像とともに表示し、全情報は分野別の目録に掲載した。また、分野別の目録には実物を計測して得た寸法も記載している。

3. 特色のある掛図

掛図中、資料的な価値が極めて高いと判断されるものとして、第一高等学校(1886年から1894年までは第一高等中学校)の生徒たちが、根津神社、同校の東西寮や帝国博物館などを測量して作った図面がある(分類上は5の測量図)。一高では、1886年から1919年まで、工学・理学・農学への進学を志望する生徒は測量を学び、実習も行った。生徒たちが実習で作成した実測図のうち、おそらくは出来のよいものが表装され、教材として用いられたのではないかと思われる。一高は、正確な測量を行いうる人数が集団で確保できる数少ない場の一つであり、第二回の足尾銅山の鉱毒調査にあたって、東京帝国大学農科大学の古在由直が国家の危機に際して協力せよと一高の理系の生徒に訴えた際、この声に応えた一高生たちが渡良瀬川沿岸の測量を担当したほどであった(ただし残念ながら渡良瀬川の実測図は残されていない)。

実測図には、製作を担当した生徒の名前も記されている。それらの中には、冶金学、特に日本刀の研究で知られる俵国一(1872-1958)、機械振動学・振動計測の草分けで末廣鉄腸の第二子の末廣恭二(1877-1932)、機械工学の田中不二(1877-1922)など、日本の科学史・技術史に関心のある人々にとってはなじみのものを見つけることもできる。電気工学を学び、日露戦争の奉天会戦中に戦死して有名になった市川紀元二(1873-1905)の名前も、俵国一のそれとともに「高等師範学校実測図」に記されている。市川は、死後その像が東大の構内に設置され(のちに静岡県護国神社に移された)、伝記も書かれている。

実測図のほかには、ヘルツェル外国語教育掛図(ウィーン、1885-1890年頃、ウィーン)などヨーロッパで製作された洋軸類、教科書の挿絵を拡大したものを描かせ、軸装したと思われる和軸類などがある。後者の多くは、注文の上で作らせたもので、現品が残されているのみであろう。

4. 今後の展望

掛図の多くは、来歴から想像されるように、いずれも傷みがひどい。特に和式の装丁をしたものは、開くたびに剥がれ落ちる部分があるような状態である。駒場図書館所蔵の掛図については、今後もさらに修復とデジタル化を進める必要がある。

また、駒場Iキャンパス内各所に、未発見の一高旧蔵掛図が未発見のまま所蔵されている可能性もある。これらの調査・修復も必要である。

さらに、駒場Iキャンパスのみならず、学内の各所に掛図が眠っている可能性も高い。掛図は初等・中等教育のみならず、大学でも教材として用いられていた。これらについても機会があれば調査を進めたい。