学位論文要旨



No 217086
著者(漢字) 鈴木,茂伸
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,シゲノブ
標題(和) 日本人における中心角膜厚の測定方法およびその関連因子の研究
標題(洋)
報告番号 217086
報告番号 乙17086
学位授与日 2009.01.21
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第17086号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 准教授 玉置,泰裕
 東京大学 准教授 松山,裕
 東京大学 准教授 上原,誉志夫
 東京大学 特任准教授 吉村,典子
内容要旨 要旨を表示する

研究目的

角膜は眼球の構造であると共に屈折に対し大きな働きを担っている。近年行われている屈折矯正手術は主に角膜に対する手術であり、角膜厚を基準とした手術計画が必要であるため、角膜厚の重要性が高まっている。また、緑内障診療の基本となる眼圧測定値は中心角膜厚に影響されることが認識され、この点でも角膜厚が重要となっている。

角膜厚は複数の測定方法があり、各測定方法の再現性、また異なった測定方法による測定値の相関についての検討はこれまで不十分であった。また、正常人を対象とした角膜厚の大規模調査は少なく、人種差も報告されているため、日本人を対象とした正常値を求める必要性が認識された。

本研究の目的は、第一に角膜厚測定方法の再現性および異なった測定法による測定値の比較検討を行うことであり、第二に正常日本人の中心角膜厚の基準となる値を調べ、角膜厚の変動要因を評価することであり、第三に臨床応用として眼圧測定値に対する中心角膜厚の影響を調べ、眼圧補正式を導くことである。

研究方法

(1) 角膜厚測定法の比較

眼疾患のない正常眼216眼を対象とした。各眼球に対しscanning-slit topography (Orbscan(R)(Orbtec社)、以後Orbscan法と記す)、非接触型スペキュラマイクロスコピー (SP-2000P(R) (Topcon社)、以後スペキュラー法と記す)、超音波測定法 (SP-2000(R) (Tomey社)、以後超音波法と記す)の3測定法で中心角膜厚を測定した。各測定方法間で相関を検討した。

(2) 角膜厚測定の再現性

正常眼20眼を対象とした。(1)と同じ測定機器を用い5分間隔で2回中心角膜厚を測定し、測定値のばらつきを比較検討した。

(3) 正常角膜厚

2000年9月から2001年10月に多治見市で行われた緑内障疫学調査に付随して行った多治見市民眼科検診の結果を用いた。14,800名のデータから、既往歴の問診、各種眼科検査により眼科的疾患を除外し、正常角膜厚のデータとして7,313名(男性2,848名、女性4,465名)を抽出した。両眼とも検討対象とし、正常角膜厚の値、またその分布を調べた。

(4) 中心角膜厚の変動要因

中心角膜厚との関連が示唆される因子として、性別、左右、体型(body mass index)、血圧、年齢、屈折、角膜曲率半径、眼圧を検討した。おのおの中心角膜厚とのPearson相関係数および偏相関係数を求め、箱ひげ図による検討を加えた。最終的に、重回帰分析を用いて解析した。

(5) 眼圧測定値の分布、年齢との関係

正常角膜厚の検討と同一の対象を用い、同様の方法で眼圧測定値の平均および分布を調べた。また、眼圧測定値と年齢の関連を検討した。

(6) 眼圧と中心角膜厚の関連

真の眼圧値は角膜厚とは独立していると考えられており、眼圧測定値と中心角膜厚が正の相関を示すのは見かけ上の関係と考えられる。眼圧測定値と中心角膜厚の回帰式の傾きから、真の眼圧を推定する補正式を求めた。

結果

(1) 角膜厚測定法の比較

3種の角膜厚測定法による測定値は有意に異なり、スペキュラー法は他2種に比べ有意に小さい値を示したが、各測定法間の相関は相関係数0.846~0.897と良好であった。

(2) 角膜厚測定の再現性

測定法ごとの再現性は、級内相関係数で超音波法0.995、Orbscan法0.996、スペキュラー法0.997であり、スペキュラー法が最も再現性の良い結果であったが、有意差はなかった。

(3) 正常角膜厚

中心角膜厚は正規分布を示し、日本人角膜厚の正常値は517.5±29.8μmであった。左右、男女別では、男性の右眼は520.1±30.4μm、左眼は522.9±30.2μm、女性の右眼は512.8±29.0μm、左眼は515.9±29.0μmであり、男性のほうが女性よりそれぞれ約7μm大きく、また左眼のほうが右眼より約3μm大きい値であった。

(4) 中心角膜厚の変動要因

Body mass index、収縮期血圧は中心角膜厚と相関を示さなかった。年齢は、男性では年齢と共に角膜厚が減少したが、女性では相関しなかった。屈折は、男性で屈折と中心角膜厚は負の相関を示したが、女性では相関しなかった。角膜曲率半径は、相関係数が0.14以下ではあるが、男女、左右眼とも角膜厚と正の相関を示した。

中心角膜厚と他因子の重回帰分析による解析では、右眼、左眼、左右眼を含む解析の何れにおいても、中心角膜厚は眼圧、角膜曲率半径、性別と有意に相関した。年齢は左右眼を含む解析のみで有意差を生じたが、P値は大きい結果であった。

(5) 眼圧測定値の分布、年齢との関連

眼圧測定値は正規分布とみなせる分布を示し、平均眼圧は14.1±2.2mmHgであり、男女、左右眼で差はなかった。また年齢による眼圧の変化はなかった。

(6)眼圧と中心角膜厚の関連

中心角膜厚と眼圧測定値の回帰式から、真の眼圧の推定式は以下のように導かれた。真の眼圧 [mmHg] = 眼圧測定値 -0.012 × (中心角膜厚 [μm] - 520)中心角膜厚が100μm異なると眼圧測定値が1.2mmHg影響を受ける結果が得られた。

考察

(1) 角膜厚測定法の比較

中心角膜厚の測定値は測定機器により有意に異なる値を示すが、何れも相関は良好であり、換算式を用いることで数値の比較自体が可能であった。測定の目的により、検査機器を選定することが重要であり、今回の大規模疫学調査にはスペキュラー法を用いた。

(2) 角膜厚測定の再現性

今回検討した3種の角膜厚測定法は、何れも再現性が良好であり、特にスペキュラー法はもっとも良好であった。従って、疫学調査において、角膜厚を複数回測定する必要性は低いと判断し、1回測定値を採用した。

(3) 正常角膜厚および変動要因の検討

本研究における正常日本人の中心角膜厚517.5±29.8μmは、測定法による換算式を用いると過去の日本人を対象とした数値に矛盾しない結果であった。この値は既報の白人と黒人の間の値を示しており、角膜厚は人種差を考慮すべきと判断された。

左右差は、超音波法では報告されていないことから、今回用いた光学的測定法に内在する見かけ上の差であると判断した。性差は、日本人では男性のほうが大きく、他人種では性差のない報告が多いことから、人種差の影響が考えられた。年齢は、男性のみ年齢と共に角膜厚が減少し、女性では年齢との相関はなく、男性でも偏相関係数では有意性が消失していることから、人種差の影響と共に、他因子の影響を受けていると推定された。角膜曲率半径は、左右差と同様に、光学的測定法に内在する見かけ上の関係と判断した。屈折は、男性のみであるが中心角膜厚と相関があり、近視ほど角膜厚が厚い結果であり、近視眼では眼圧測定値により大きな影響を及ぼす可能性が示唆された。

(4)眼圧と中心角膜厚の関連

真の眼圧値は、中心角膜厚とは無関係と思われるが、実際には中心角膜厚が大きくなると眼球の剛性が高まるため、現在の圧平型眼圧測定法では眼圧測定値が大きくなる。この関係は、既報では中心角膜厚が10μm大きくなると0.11~0.71mmHg眼圧測定値が大きくなるとされている。今回の結果は中心角膜厚10μm あたり0.12mmHgの変動であり、既報の中でも小さな値であった。今回の対象の中心角膜厚から推定すると、実際には1mmHg程度の眼圧測定値の変動に相当し、決して大きい値ではないが、緑内障診療では眼圧値の1mmHgは無視できないものであり、配慮すべき要因と考えられる。

年齢により眼圧と中心角膜厚の関連が変化する報告もあり、検討したが、少なくとも今回対象とした日本人では、年齢による両者の関連はないと結論された。

まとめ

正常日本人の中心角膜厚はスペキュラー法で517.5±29.8μmという結論が導かれた。中心角膜厚は、日本人において男性のほうが女性より7μm大きい値を示し、男性では年齢と共に減少すること、男性では近視眼ほど大きい値を示し、男女とも角膜曲率半径が大きいほど大きい値を示し、体格や血圧とは関連を示さなかった。また眼圧測定値に対し中心角膜厚は1mmHg程度の誤差を生じる要因であることが導かれた。

審査要旨 要旨を表示する

本研究は眼球の屈折及び眼圧測定値に影響を与える中心角膜厚について、複数の角膜厚測定方法の比較、測定値の再現性の検討、更に日本人の中心角膜厚の基準となる値を明らかにするため、大規模疫学調査の結果を解析したものであり、下記の結果を得ている。

1. 眼疾患のない正常眼216眼を対象に、scanning-slit topography (Orbscan(R) (Orbtec社)、以後Orbscan法と記す)、非接触型スペキュラマイクロスコピー (SP-2000P(R) (Topcon社)、以後スペキュラー法と記す)、超音波測定法 (SP-2000(R) (Tomey社)、以後超音波法と記す)の3測定法で中心角膜厚を測定した。スペキュラー法は他2種に比べ有意に小さい値を示したが、各測定法の比較で相関係数0.846~0.897と良好な相関が示された。

2. 正常眼20眼を対象に、上記3測定法を用い5分間隔で2回中心角膜厚を測定したところ、測定法ごとの再現性は、級内相関係数で超音波法0.995、Orbscan法0.996、スペキュラー法0.997であり、スペキュラー法が最も再現性の良いことが示された。

3. 2000年9月から2001年10月に行われた多治見市民眼科検診の結果を用い、40歳以上の眼科的疾患を除外した正常角膜厚のデータ7,313名(男性2,848名、女性4,465名)を抽出した。中心角膜厚はほぼ正規分布を示し、対象全体の平均値は517.5±29.8μmであった。男性の右眼は520.1±30.4μm、左眼は522.9±30.2μm、女性の右眼は512.8±29.0μm、左眼は515.9±29.0μmであり、男性のほうが女性よりそれぞれ約7μm大きく、また左眼のほうが右眼より約3μm大きい値であることが示された。

4. 中心角膜厚と、性別、左右、体型(body mass index)、血圧、年齢、屈折、角膜曲率半径、眼圧との関係をそれぞれ検討したところ、中心角膜厚は角膜曲率半径と正の相関を示し、男性では年齢の上昇、屈折が増加するほど角膜厚が減少することが示された。重回帰分析では、中心角膜厚は眼圧、角膜曲率半径、性別と有意に相関することが示された。

5. 上記疫学調査を用い眼圧測定値を調べたところ、正規分布とみなせる分布を示し、平均眼圧値は14.1±2.2mmHgであり、男女、左右眼で差はなく、年齢による変化はないことが示された。

6. 角膜厚は通常の眼圧領域においては恒常性を保つため、眼圧測定値と中心角膜厚の正の相関は見かけ上の関係と考えられた。そこで回帰式の傾きから真の眼圧を推定する補正式を求めたところ、

真の眼圧 [mmHg] = 眼圧測定値 - 0.012 × (中心角膜厚 [μm] - 520)の眼圧推定式が導かれ、中心角膜厚が100μm異なると眼圧測定値が1.2mmHg影響を受ける結果が示された。

以上、本論文は大規模疫学調査から眼疾患を有しない40歳以上の日本人の中心角膜厚の正常値を517.5±29.8μmと導き、中心角膜厚はその分布の幅から考えると眼圧測定値に1mmHg程度の誤差を生じる要因であることを明らかにした。本研究はこれまで明らかでなかった眼球の基本情報である中心角膜厚の基準値及び他因子との関連の状況を提示するものであり、屈折矯正手術及び緑内障診療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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