学位論文要旨



No 216833
著者(漢字) 森口,尚史
著者(英字)
著者(カナ) モリグチ,ヒサシ
標題(和) ファーマコゲノミクス利用の難治性C型慢性肝炎治療の最適化
標題(洋)
報告番号 216833
報告番号 乙16833
学位授与日 2007.09.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 第16833号
研究科 工学系研究科
専攻 先端学際工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 浜窪,隆雄
 東京大学 教授 油谷,浩幸
 東京大学 教授 Kneller,Robert
 東京医科歯科大学 教授 佐藤,千史
内容要旨 要旨を表示する

C型肝炎(Hepatitis C virus :HCV)のインタ-フェロン(Interferon:IFN)療法が保険適用され、そして臨床使用されてから約16年が経過した。この間、日本人のHCV感染者の30 %を占めるHCV-2a及び2b型については現時点でのIFNベ-スの治療で80 %、ウイルスが駆除できるようになった。しかし日本人のHCV患者の70 %を占めるHCV-1b型かつ高ウイルス量の患者のウイルス学的持続寛解(Sustained Virologic Response:SVR)率は世界標準である通常またはPEG化されたIFN+リバビリン(Ribavirin:RBV)併用療法で治療可能な時代を迎え、IFN単独療法時代に比べて劇的に改善されたとはいえ、50 %未満である。またPEG IFN+RBVでは20 %程度が副作用により治療中止に至り、更に非常に高額な医療である。

したがって個々のHCV-1b型かつ高ウイルス量の患者に対してどのようにPEG IFN+RBVをはじめとするIFNベ-スの治療を適切に行うかを定量的に示すことが臨床上大きな課題である。

このような課題を解決するための手段として有効な手法が「臨床決断分析」である。臨床決断分析とは不確実性の多い臨床状況の中で、経験的な判断による誤りを少なくし、臨床問題を解決するために必要な情報、検査や治療によってもたらされる効果や健康状態の価値を定量的に評価することによって、より望ましい結果が期待される選択を論理的に行おうとする意志決定法である。

現在、HCV-1b型に対するIFN治療効果(SVR率)はウイルス側因子ではHCV RNA(ウイルス)量とNS5AのIFN感受性決定領域(Interferon Sensitivity Determining Region:ISDR)のアミノ酸変異数から治療前に推測できることが示されている。

そこで本研究では、上記のような臨床研究の成果を用いたマルコフ決断分析モデルを作成し、特にFibrosis因子で線維化が強いF3のHCV-1b患者「HCV-1b (F3)」患者に対する最適治療の探索を試みた。

まず、第1章ではHCV-1b (F3) 患者に対するIFN単独療法のケースにおけるISDR変異を利用したマルコフ決断分析モデルを構築し、彼らに対する最適治療戦略を検討した。

構築したモデルの解析の結果、IFN単独療法を行う判断の重要な因子は「患者のQOLスコア」、「IFN単独療法後非著効 (Non Response:NR)の場合の肝疾患進行率」、そして「IFN単独療法後のSVR率」の3つであることが判明した。

例えば50歳のHCV-1b型(F3)患者であれば、QOLスコアが0.5以上でIFN単独療法後NRの場合の肝疾患進行率が7.77 %~8.27 %/年以下に抑制されており、SVR率が5.57 %~5.93 %以上でなければ全員にIFN単独療法を行うのはQALYs(QALYs:Quality Adjusted Life Years;患者QOLで調整された生存年)を最大化する観点からは推奨できないということが示された。

次に、第2章では、現在の標準治療である通常またはPEG化されたIFN+RBV併用療法のケースでの最適治療戦略構築にあたり、第1章で構築したIFN単独療法分析モデルの適用可能性を検証した。その際、まず、その分析モデルの中核部分を形成する通常またはPEG化されたIFN+RBV併用療法におけるISDRの妥当性を検証するとともに、通常またはPEG化されたIFN+RBV併用療法でも治療前のウイルス量の多寡がIFN単独療法の際と同様に治療前SVR予測因子たりえるのか否かを検証し、その結果と第1章の分析モデルを踏まえて導出された40歳のHCV-1b (F3) 患者に対する現時点での最適治療戦略は「患者の身体状況が禁忌条項に該当しない限りPEG IFNα-2b 1.5μg/kg + RBVでの治療を48週間を終点として開始することが望ましい。」というものであった。

そして、第3章では本研究の到達点と今後の課題を示した。最近、日本では50歳台後半から60歳のHCV-1b (F3)患者が多くなっているので、特に、この年代におけるPEG IFN+RBV併用療法での最適治療戦略を導く必要があることが今後の課題としてあげられた。この点については、最近、徐々に50歳及び60歳でのデータが集積されつつあり、その都度、集積されるデータを本研究における分析モデルに逐次代入することにより、HCV-1b(F3)患者に対する最適治療戦略を構築するための有力な参照情報を示すことができると考えられる。

最後に、本研究で示したISDR変異を考慮した診断と治療を統合した疾病管理 (Disease management)分析モデル概念は、今後の医学および医療における幅広い分野で応用可能であると思われる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、C型肝炎(Hepatitis C virus: HCV)のインタ-フェロン(Interferon:IFN)療法に抵抗性を示し、特に日本人で多く見られるHCV-1b型かつ高ウイルス量の患者に対して、PEG IFN+RBV療法をはじめとするIFNベースの治療をどのように行うべきかを定量的に示した決断分析学研究である。

HCV-1b型かつ高ウイルス量の患者のウイルス学的持続寛解(Sustained Virologic Response:SVR)率は通常またはPEG化されたIFN+リバビリン(Ribavirin:RBV)併用療法で治療可能な時代を迎え、IFN単独療法時代に比べて劇的に改善されたとはいえ、50 %未満である。またPEG IFN+RBVでは20 %程度が副作用により治療中止に至り、更に非常に高額な医療である。したがって個々のHCV-1b型かつ高ウイルス量の患者に対してどのようにPEG IFN+RBVをはじめとするIFNベースの治療を適切に行うかを定量的に示すことが臨床医学上で大きな課題とされている。一方、現在、HCV-1b型に対するIFN治療効果(SVR率)はウイルス側因子ではHCV RNA(ウイルス)量とNS5AのIFN感受性決定領域(Interferon Sensitivity Determining Region:ISDR)のアミノ酸変異数から治療前に推測できることが報告されている。

そこで本論文では、上記のような臨床研究の成果を用いたマルコフ決断分析モデルが新たに作成され、特にFibrosis因子で線維化が強いF3のHCV-1b患者「(HCV-1b (F3)」患者に対する最適治療の探索が試みられた。

まず、第1章ではHCV-1b (F3) 患者に対するIFN単独療法のケースにおけるISDR変異を利用したマルコフ決断分析モデルが構築され、彼らに対する最適治療戦略が検討された。そのモデルを用いた分析の結果、IFN単独療法を行う際における判断の重要な因子は「患者のQOLスコア」、「IFN単独療法後非著効 (Non Response:NR)の場合の肝疾患進行率」、「IFN単独療法後のSVR率」の3つであることが示された。そして、QALYs(QALYs:Quality Adjusted Life Years;患者QOLで調整された生存年)を最大化する観点で患者全員にIFN単独療法を行うことが最良とされるための条件が定量的に示されている。

次に、第2章では、現在の標準治療である通常またはPEG化されたIFN+RBV併用療法のケースにおいてもIFN単独療法のケースにおけるISDR学説の有効性がメタアナリシスによって再検討された。そして、その結果が踏まえられて第1章で構築されたIFN単独療法分析モデルの現在の標準治療への適用可能性が検討された。その結果、40歳のHCV-1b (F3) 患者に対しては、身体状況が禁忌条項に該当しない限りPEG IFNα-2b 1.5μg/kg + RBVでの治療を48週間を終点として開始することが現時点では最適な治療戦略となるという結論が導かれた。

最後に、第3章では本研究の到達点と今後の課題が示された。最近、日本では50歳台後半から60歳のHCV-1b (F3)患者が多くなっているので、特に、この年代におけるPEG IFN+RBV併用療法での最適治療戦略を導く必要があることが今後の課題としてあげられた。この点については、徐々に50歳及び60歳でのデータが集積されつつあり、その都度、集積されるデータを本研究における分析モデルに逐次代入することにより、HCV-1b(F3)患者に対する最適治療戦略を構築するための有力な参照情報を示すことができると考察されている。

以上、本論文で示されたISDR変異を考慮した診断と治療を統合した疾病管理 (Disease management)分析モデル概念は、非常に独創性に富み、今後の医学および医療における幅広い分野で応用可能であると思われる。

よって本論文は博士(学術)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/42891