学位論文要旨



No 216492
著者(漢字) 岡野,大
著者(英字)
著者(カナ) オカノ,ダイ
標題(和) 代用電荷法に関する研究
標題(洋)
報告番号 216492
報告番号 乙16492
学位授与日 2006.03.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(情報理工学)
学位記番号 第16492号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉原,正顯
 東京大学 教授 室田,一雄
 東京大学 教授 張,紹良
 東京大学 講師 大石,泰章
 東京大学 講師 松尾,宇泰
内容要旨 要旨を表示する

代用電荷法はポテンシャル問題,すなわち Laplace 方程式の Dirichlet 境界値問題に対する高精度・高速解法である。この方法の起源は,Steinbigler が 1969年に電気工学分野で提案した電界の計算法とされている。その後,この方法を電界計算以外の問題に用いる応用がなされ,より一般の線形偏微分方程式の境界値問題の数値解法として発展している。現在では線形偏微分方程式の境界値問題の基本的な解法の一つとして,代用電荷法を認識するのが適当である。

代用電荷法の原理は,境界値問題の近似解を方程式の基本解の1次結合で構成し,選点的境界条件により近似解を構成する基本解の重みを定めるというものである。Laplace方程式にもとづく問題であれば,2次元の問題に対して対数ポテンシャル,3次元の問題に対してCoulombポンテンシャルを基本解に用いて近似解を構成することができる。代用電荷法という名前はこのような電荷を模した基本解に由来するものである。以下では,代用電荷法での慣習にならい,電荷の座標に対応する基本解の特異点を電荷点と呼び,境界条件を与える境界上の標本点を拘束点と呼ぶ。解の与えられる問題領域において方程式を満たすために,電荷点は問題領域の外部に置くことになる。

代用電荷法の理論的研究は,複素関数論の知識を利用することのできる2次元の問題において進んでいる。中でも,厳密解が問題領域を越えて解析接続可能な場合に,代用電荷法を適切に適用すれば,近似誤差が指数関数的に減少することが知られており,このことが2次元ポテンシャル問題への応用に重要な役割を果たす。一方,3次元ポテンシャル問題は初期の代用電荷法が考案される動機となるものであり,様々な応用と優れた成果が知られているものの,その理論的基礎研究は皆無である。

本論文では, Laplace方程式の境界値問題の高精度・高速解法としての元来の代用電荷法の関数近似への応用・等角写像の数値計算への応用を扱う。さらに基礎研究として,3次元の問題への応用において,特に問題領域が球の場合に,代用電荷法のふるまいを詳細に研究する。

そこで,まず第1章「はじめに」で論文構成の概略を示した後,第2章「代用電荷法概説」で代用電荷法によるポテンシャル問題の解法について問題の定式化と,2次元のポテンシャル問題において代用電荷法の与える近似解の誤差が指数関数的に減少するという事実を述べ,これに対する理論的裏付けについて言及することで以降の議論に備える。

以上の準備のもと以降の章では,代用電荷法の関数近似への応用と等角写像の数値計算への応用,3次元ポテンシャル問題への応用の3つの課題を扱う。それぞれの内容の要旨を論文の章ごとに以下に示す。

第3章「代用電荷法の関数近似への応用」では代用電荷法を用いた関数近似の方法について同様の試みである井上の先行研究における問題を解決する方法を提案する。

代用電荷法は調和関数の近似法であるが,これを一般の関数近似に使おうとすることは自然である。実際に,井上はそのような試みとして,実軸上で定義された関数を複素平面上に電荷点をもつ基本解で近似する方法を提案している。しかし,井上の提案は代用電荷法による近似が高い精度を示すための適切な条件を必ずしも満たさないために期待されるような近似精度が得られるとは限らない。そこでこの章では,井上の方法とは異なるやり方で代用電荷法を関数近似の問題に適用することを提案する。ここで提案する方法は,関数の定義域を変数変換によって円に写像し,この円を境界とする境界値問題を元の関数近似の問題に対応させるというものである。つまり,1次元の問題を2次元の問題に書き換え,代用電荷法を適用するものである。2次元のポテンシャル問題において期待されるのと同様に,関数近似においても誤差の指数関数的減少を期待できる。

第4章「代用電荷法の等角写像の数値計算への応用」では複素関数論の基礎をなし,古くからの研究課題として広く知られる等角写像の計算への代用電荷法の応用について考える。近年広く知られるようになった代用電荷法の応用に,天野による等角写像の数値計算がある。天野の方法は,代用電荷法の採用により高い精度の近似写像関数を与えるだけでなく,いくつかの特長的な好ましい結果を与えている。天野の方法の結果を要約すると,次の3点にまとめることができる。(1)滑らかな閉曲線を境界とする単連結領域から単位円板への等角写像の問題において良好な結果を得ており,また,そのとき近似写像関数の誤差の指数関数的減少を数値実験により確認している。(2)前記1の逆写像について,その近似写像関数を同様の代用電荷法にもとづく方法で求めることができる。(3)滑らかな閉曲線を境界とし領域中に無限遠点を含む非有界な多重連結の問題領域から,多重連結領域の標準領域として知られるNehariの標準スリット領域への等角写像の問題において良好な結果を得ている。このとき,Nehariのあげる5つの重要な標準領域のうち3つの非有界な領域,平行・円弧・放射スリット領域への等角写像の問題を統一的に扱う方法を提案している。ただし,提案された方法が適用できるのは目的の等角写像が無限遠で恒等写像に一致し,無限遠点を無限遠点に写像する場合に限られる。

このような天野の方法の結果を検討すれば,この方法にもとづく等角写像の数値計算法において以下のような3つの解決すべき問題点が明らかになる。(1)近似写像関数の誤差の指数関数的減少に関する数学的保証が存在しない。(2)多重連結領域の問題における統一的な方法に問題領域・標準領域の組合せに関する制限がある。(3)多重連結領域の等角逆写像の方法が存在しない。

そこで本論文では,上記の3つの問題に対して以下のような解決策を示す。(1)滑らかな閉曲線を境界とする単連結領域から単位円板への等角写像の問題において近似写像関数の誤差の指数関数的減少を保証する近似写像関数の収束定理を示す。(2)多重連結領域の等角写像の問題において,天野の方法から無限遠点へ写像される点に関する制限を取り除き,有界・非有界な問題領域からNehariの有界・非有界な5つの標準スリット領域全てへの等角写像の問題を統一的に取り扱う方法を提案する。(3)多重連結領域の代用電荷法において,曲線スリットからなる境界を持つ領域を扱う方法を提案し,この方法を利用して多重連結領域の等角写像の問題においても標準領域から問題領域への等角逆写像の問題への代用電荷法による等角写像の方法の適用を可能にする。

第5章「代用電荷法の3次元ポテンシャル問題への応用」では3次元ポテンシャル問題における適切な電荷点・拘束点配置について検討する。代用電荷法の3次元の問題への応用に関する実用的研究は多いが,基礎研究は皆無である。例えば,球体を問題領域として3次元ポテンシャル問題を考えた場合でさえ,どのように電荷点・拘束点を与えれば良いのかは分からない。

円板を問題領域とした2次元ポテンシャル問題では,円周の等間隔点を電荷点・拘束点として与えた場合について詳細な分析が成され,一般の問題における議論の基礎となっている。そこで,本論文では,最も素直に,電荷点・拘束点を球面上に一様に配置し,代用電荷法により得られる近似解の誤差の振る舞いを調べる。ただし,球面上に点を一様に分布させるということは,それ自体が難しく,電荷点・拘束点の一様な配置法にこそ,この問題の核心がある。ここでは,電荷点・拘束点の配置法として期待できる球面の一様分布の方法を提案し,2次元の場合に準ずるような誤差の減少が得られることを数値実験的に確認する。

ここで提案する方法は,まず球面上の異なる点の間に相互作用にもとづくエネルギーを定義し,点列の与えるエネルギーの総和を最大化する「エネルギー最大(小)化点」を利用して電荷点・拘束点を定めるものである。球面上のエネルギー最大化点を拘束点とし,拘束点に対応する電荷点を同心球面上にとることで有効な電荷点・拘束点配置が得られることを示す。また,エネルギー最大(小)化点を求めるという手間のかかる処理をせずに,同様の性質を持つ電荷点・拘束点配置を得る方法についても示す。

本論文ではエネルギー最大(小)化点と代用電荷法との理論的な関係について十分な議論を示すことはしないが,提案された電荷点・拘束点配置の方法により2次元の代用電荷法における適切な電荷点・拘束点によるのと類似した好ましい近似解を得られることが示される。

審査要旨 要旨を表示する

代用電荷法は,1969年,Steinbigler によって電界計算を目的として提案されたポテンシャル問題の数値解法である.その後,代用電荷法は,多くの電気工学の問題に適用され,現在,電気工学分野の標準的数値的手法となっている.その特長として,有限要素法や境界要素法に比べ,簡単で,ある場合には非常に高い精度を与えることが知られている.

この代用電荷法に対して,本論文は,「代用電荷法に関する研究」と題し,そのさらなる応用と基礎付けを目指したものである.まず,応用として,実関数の近似,等角写像の数値計算を扱い,つぎに,基礎研究として,3次元の問題における代用電荷法の振る舞いを詳細に研究している.本論文の構成は,第1章「はじめに」と第6章「おわりに」を含め,6章より成る.

第2章「代用電荷法概説」では,代用電荷法の算法の詳細と,現在までに知られている収束定理,とくに,2次元問題において代用電荷法が高精度を与える場合,すなわち,誤差が指数関数的に減少する場合に対する理論的結果を説明している.

第3章「代用電荷法の関数近似への応用」では,代用電荷法を用いた高精度実関数近似の方法を提案している.代用電荷法を実関数の近似に応用しようという研究は従前にもあったが,高い精度を与えるものではなかった.これに対して,本論文では,Joukowski変換を援用することによって,高精度の方法,すなわち,誤差が指数関数的に減少する方法を提案している.なお,本方法の精度は,オーダーの意味で最良である.

第4章「代用電荷法の等角写像の数値計算への応用」では,等角写像の数値計算への代用電荷法の応用を扱っている.等角写像の数値計算の分野では,Symmの積分方程式法が標準的とされてきたが,近年,天野が代用電荷法を用いる,簡単で,ある場合には非常に高い精度を与える方法を提案し,多くの実例とともにその有効性を示した.しかし,天野の方法において,つぎのような重要な問題が未解決のままであった:(1)実験的には近似誤差の指数関数的減少が見られるにもかかわらず,その数学的保証がない;(2)多重連結領域をNehariの標準領域へ等角写像する問題において,取り扱うことのできる問題領域・Nehariの標準領域の組合せに制限がある;(3)Nehariの標準領域からもとの多重連結領域への等角写像,すなわち等角逆写像を計算することができない.本論文では,これらの問題に対して,完全な解答,もしくは部分的解答を与えている.まず,(1)に対しては,滑らかな閉曲線に囲まれた単連結領域から単位円板への等角写像を計算するという特別な場合について,近似誤差が指数関数的に減少することを数学的に証明している.(2)については,天野の方法では取り扱うことができなかった問題領域・Nehariの標準領域の組合せを含めて,多重連結領域の等角写像の近似計算に関して,数学理論に照らして自然な近似等角写像の形を仮定し,代用電荷法による等角写像の近似計算に成功している.この結果,Nehariの標準領域は5種類あるが,これらを統一的に取り扱う枠組みが提案されたことになり,多重連結領域の等角写像の近似問題に対する完全な解答が与えられたことになる.最後の(3)については,まず,その基礎として,問題領域が曲線スリットを持つ場合を扱う方法を提案し,その方法を利用して多重連結領域の等角逆写像を計算する方法を提案している.ただし,その精度には問題があり,その改良が期待されるところである.

第5章「代用電荷法の3次元ポテンシャル問題への応用」では,代用電荷法の基礎研究として,3次元のポテンシャル問題に対する代用電荷法を扱っている.2次元問題に関しては代用電荷法の基礎づけが進んでいるものの,3次元については,その基礎研究が皆無であり,本論文では,最も基本的な3次元領域である球の場合に詳細な研究を行っている.この場合,代用電荷法の電荷の配置が問題となり,本論文では,球面上の点の一様分布論の知見から有効と思われる3つの配置,すなわち,(a)ある種のエネルギーを最大にする点配置(Womersley-Sloanによる),(b)一般化螺旋点配置(Zhou-Rakhamanov-Saffによる),(c)正多面体を用いる点配置,を用いている.様々な数値実験を行い,(a)が最も有効であり,誤差は,用いる電荷の個数の平方根に対して指数関数的に減少することを指摘している.また,電荷の配置にランダムな摂動を加えても,誤差が大きく変わることがないこと,すなわち,代用電荷法が電荷の配置に関してロバストであることも示している.これらの結果は,3次元問題に対する代用電荷法に関する重要な知見を与えるものであり,今後,これらの結果を説明できる理論が構築されることが期待される.

以上を総合するに,本論文は,工学における基礎的問題である関数近似,等角写像の計算,3次元ポテンシャル問題に対して,代用電荷法を用いた高速な解法を提示すると同時にその数理的解析を行ったものであり,数理工学の分野の発展に大きく寄与するものである.

よって本論文は,博士(情報理工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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