学位論文要旨



No 216138
著者(漢字) 古倉,宗治
著者(英字)
著者(カナ) コクラ,ムネハル
標題(和) 自転車の安全・快適・迅速な走行空間の確保及び利用促進のためのソフト面の施策に関する研究
標題(洋)
報告番号 216138
報告番号 乙16138
学位授与日 2004.12.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第16138号
研究科 工学系研究科
専攻 都市工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大西,隆
 東京大学 教授 小出,治
 東京大学 教授 浅見,泰司
 東京大学 助教授 城所,哲夫
 東京大学 講師 大森,宣暁
内容要旨 要旨を表示する

 地球環境に対する負荷の軽減の目標が世界的な公約として国レベルで設定されている中で、二酸化炭素の排出が最大の産業部門及び第二位の輸送部門(自家用車に係るものを除く)の二酸化炭素排出は様々な努力により、2001年度で対1990年度比横ばい又は減少となっているのに対し、自家用乗用車による排出は同比51.6%の大幅増となっている。自家用乗用車のトリップ数は自転車でも代替できる近距離(5km程度以下)のものが半分近くを占め、その適切な交通手段の分担が求められている。これに代替する交通手段の一つとして、自転車の利用促進が我が国の各種国レベルでの計画でオーソライズされているが、自転車を移動手段として利用するための具体的かつ強力な施策はほとんど講じられていない。

 自転車の利用を促進するに当たっては、第一に、自転車を放置し、ルールを守らない自転車利用者の態度、自転車の交通安全、貧弱な道路空間など自転車の利用を阻害するとされる自転車のマイナス面の問題は比較的明らかにされ、一般に浸透していること、第二に、これに対して自転車を利用した場合に受ける個人、企業、自治体などの多様なメリットの存在及び内容は具体的に示されず、自転車利用に伴う問題点の方が前面に出てしまうこと、第三に、このため、自治体も、自転車の利用を推進することが難しく、また、効果的な推進施策、特に予算をかけずにできるソフト施策の存在やその内容、効果等が明らかにされず、その地域に適合した有効な施策に関する知見が得られないこと、第四に、一部に自転車専用空間の建設などハード中心の施策が講じられているが、車道等の既存の空間の安全な活用策や自転車利用促進に効果のあるインセンティブ策、自転車の安全快適な利用のための情報提供策など有効なソフト施策に関する知見が少ないこと、第五に、自転車の利用促進の阻害要因は様々な角度から議論されているが、自転車の利用を本質的に阻害せず、克服できる側面を多く有していることについての知見が不足していること等が指摘できる。

 本研究論文では、これらの問題点に対して次のような研究を展開し、自転車利用の促進のための有効なソフト施策の提案を行った。

 第一に、この研究の意義として、(1)従来自転車の利用促進策は、自転車専用空間の整備などハード面の施策を中心に展開されてきたが、本論文は自転車の利用促進を図るソフト面の施策を対象とすること、(2)自転車の持つメリットとディメリットを既存の研究、文献等により多方面から考察し、自転車利用に伴う多様なメリットの存在及び内容並びにこれのディメリットを明らかし、考察したこと、(3)自転車に関係する個人、自治体,雇用者、スーパー等に対して並行して自転車利用のソフト施策についてアンケート調査等を行い、その有効性と受容可能性を検証したこと、(4)ソフト施策として、外国との比較による自転車の位置づけ、目標の設定の方策を考察し、また、安全快適迅速な交通手段として活用するために不可欠な車道走行のための既存の道路空間の活用方策、通勤や買い物における自転車の利用のインセンティブ方策、安全快適な走行環境や走行方法の情報の提供又は取得方策等を考察し、有効な施策の提案を行ったこと、(5)有効な自転車利用促進策を講ずるに当たって障害や欠点について、自転車利用の根本的な障害ではなく、克服できるものであることを立証し考察したこと、である。

 第二に、自転車利用のメリット、ディメリットについて、各種文献や既往の調査研究から、個人にとって金銭や時間の節約メリット、循環器系病気、肥満等からの開放などの健康上のメリットなどがあり利用のインセンティブとなりうることを明らかにした。また、雇用者の企業にとっても、従業員用駐車場費用や通勤手当の削減、健康に優れた、リフレッシュした労働力の確保及びこれに伴う健康保険費の削減、環境にやさしい企業イメージの醸成などのメリットなどがあること、公共や国にとっても医療健康関係費、自動車用の道路整備管理費、石油需要などの削減ができるなどのメリットもあることを明らかにした。反面、自転車利用に伴うマイナス面として、自転車放置、交通安全、盗難の各問題、ルール無視の利用者の存在などとともに、自転車独自の利用阻害として雨や勾配等の自然障害などが指摘されていることを述べた。

 第三に、我が国における自転車の位置づけ及び自転車施策の評価を、米国等の自転車先進国と比較して考察した。わが国における自転車の位置づけは、自転車の利用や交通安全の目標がないなど、正規の施策としての扱いを受けていない。また、米国では自転車と自動車は車道で法律上対等の位置づけがなされ、これに基づき道路空間の確保などの道路交通施策が講じられているが、日本は法律上道路交通の主体としての明確な位置づけがなく、自転車が車道・歩道のいずれを走行すべきかの基本的性格もあいまいであり、かつ法律上歩車道とも他の交通主体の劣後の地位である。さらに、一般の自転車施策においても、上位計画で自転車の利用を推進しながら、法律、財政、行政計画などで、位置づけのあいまいさから、交通手段として自転車を優先して利用させる施策等の強力なものがないことを明確にした。

 第四に、自転車やその施策について、自治体、住民、商業事業者、雇用者等に対して相互に関連したアンケート調査を行い、これに基づき考察した。多くの自治体は放置問題のために本格的な自転車利用促進策は講じていない。しかし、基本的な方向性としては、自転車利用の促進を図るべきとするものが約7割を占め、今後実施したい自転車利用促進策としては、占用物件の排除、自転車通勤の奨励の広報、自転車走行空間の標識、案内板の設置など走行空間と通勤等に関心がある。これに対して住民がもっと自転車に乗りたいと思うきっかけは、第1位自転車通勤手当の支給76.3%、第2位スーパーでの自転車来店者に対する割引チケット76.0%となっており、自転車専用レーンや走行空間の整備よりは通勤、買物における経済的利益である。企業アンケート調査では、自転車通勤を推進すべきであるとするものは48.2%であり、一定の行政施策を前提として企業の通勤における自転車の利用促進の素地は十分存在する。商業事業者も、非郊外店を中心に自動車の駐車場の確保管理についての負担感が強く、自動車に代えて自転車での買い物奨励に賛成(自治体の指導や推奨を前提とするものを含む)するものは66%にもなり、多くが一定の理解を示している。以上から、自治体、住民、企業及び商業事業者のいずれも、自転車利用について積極的の取り組む可能性は高く、その場合に自治体が取組み、一体として積極的に推進する場合は、それぞれ受容性が高く、自転車利用促進施策は効果がより高いことがわかった。

 第五に、上記アンケート調査、自転車先進国の政策、文献等をもとにして、自転車利用のソフトな促進策を取り上げて考察し、提案した。

 すなわち、(1)総論として、自転車の法律上、計画上、財政上等の優先的な位置付けを行うとともに、これに基づき、分担率及び安全対策の目標を設定すること、各論として、(2)自転車専用レーンの設定を含めて車道での走行空間の確保を図ること、この車道走行は欧米自転車先進国のすべてでこれを前提として自転車利用を推進、死者数も激減していること、各種研究でも交通事故の防止の根本である視認性の確保が車道上では可能であり車道走行中の事故は少ないこと、歩道走行の多い我が国は特に交差点での事故が多く、また、車道上又は歩車道区分がない道路上で後ろからきた自動車に引っ掛けられる事故は極めて少ないこと等により、一定のソフト施策を講じることを前提に車道走行に転換すべきこと。(3)自家用車利用の多い近距離の通勤や買物については、通勤距離や買物距離の実態、自転車利用者、企業、商業事業者の意向などから、適当なインセンティブと環境整備により、自転車の利用の可能性が高いこと、(4)ハードの施設整備ではカバーしきれない走行空間において、安全快適迅速な自転車走行に真に必要な情報の提供や獲得策を講ずることにより、安全快適迅速な自転車利用の促進の基礎は十分確保できることを考察した。

 第六に、自転車利用を促進するための施策に対して阻害要因になると思われている問題点について考察した。放置問題は、自転車の利用促進がより長い距離の利用を推進するものであり、直接目的地の行くこと等を推進することで軽減されうること、安全性の向上についは、歩道通行を主体とした現状の方がはるかに交差点等での危険性が高く、適切なソフト施策による車道走行を主体にした空間の確保によりむしろ安全性の向上の可能性が高いこと、雨等については、適切な代替手段をあらかじめ用意すること等により実際の自転車通勤者にとっては大きな問題ではない実態を明らかにしたこと、ルールを守らない傾向は、自転車の利用促進に伴いこれを責任ある交通主体として適切に位置付け、また、車道走行の緊張と自己責任によりルールを遵守する可能性が高いこと等により、いずれも自転車利用の促進を本質的に否定するようなものでないことを立証した。

 第七に、以上をまとめて、自転車の位置付け及び施策の目標の設定を基本に、車道空間における自転車走行空間の確保策、通勤及び買物における自転車利用推進策、自転車利用を支える適切な情報提供と獲得の方策等を提案するとともに、放置問題、安全性、雨等の利用阻害、ルール無視の態度などの問題点も克服可能であることを立証した。

審査要旨 要旨を表示する

 この論文は、とくに近年、環境共生型の移動手段として自転車が注目されているにもかかわらず、自転車を移動手段として利用するための具体的かつ強力な施策はほとんど講じられていない点に関連し、次のような研究を展開し、自転車利用の促進のための有効なソフト施策の提案を行った。

 第一に、(1)自転車の利用促進を図るソフト面の施策を対象とすること、(2)既存の研究、文献等により、自転車利用に伴う多様なメリットの存在及び内容並びにディメリットを明らかしたこと、(3)自転車に関係する主体に自転車利用のソフト施策について意識調査等を行い、その有効性と受容可能性を検証したこと、(4)ソフト施策として、安全快適迅速な交通手段として活用するために不可欠な車道走行のための既存の道路空間の活用方策、通勤や買い物における自転車の利用のインセンティブ方策、安全快適な走行環境や走行方法の情報の提供又は取得方策等を考察し、有効な施策の提案を行ったこと、(5)有効な自転車利用促進策を講ずるに当たって障害や欠点について、克服できるものであることを立証し考察したこと、である。

 第二に、自転車利用のメリット、ディメリットについて、各種文献や既往の調査研究から、健康増進、経費節約など個人にとってのメリットや利用のインセンティブを明らかにした。また、雇用者の企業にとってメリットがあること、公共や国にとっても医療健康関係費、自動車用の道路整備管理費、石油需要などの削減ができるなどのメリットもあることを明らかにした。反面、自転車利用に伴うマイナス面として、自転車放置、交通安全、盗難の各問題、ルール無視の利用者の存在などとともに、自転車独自の利用阻害として雨や勾配等の自然障害などが指摘されていることを述べた。

 第三に、我が国における自転車の位置づけ及び自転車施策の評価を、米国等の自転車先進国と比較して考察した。米国では自転車と自動車は車道で法律上対等の位置づけがなされ、これに基づき道路空間の確保などの道路交通施策が講じられているが、日本は法律上道路交通の主体としての明確な位置づけがなく、自転車が車道・歩道のいずれを走行すべきかの基本的性格もあいまいであり、かつ法律上歩車道とも他の交通主体の劣後の地位である。

 第四に、自転車やその施策について、自治体、住民、商業事業者、雇用者等に対して相互に関連したアンケート調査を行い、基本的な方向性としては、自治体においては自転車利用の促進を図るべきとするものが多くを占め、今後実施したい自転車利用促進策としては、占用物件の排除、自転車通勤の奨励の広報、自転車走行空間の標識、案内板の設置など走行空間と通勤等に関心がある。これに対して住民がもっと自転車に乗りたいと思うきっかけは、第1位自転車通勤手当の支給76.3%、第2位スーパーでの自転車来店者に対する割引チケット76.0%となっており、企業アンケート調査では、自転車通勤を推進すべきであるとするものは48.2%であり、一定の行政施策を前提として企業の通勤における自転車の利用促進の素地は十分存在することを明らかにした。自治体、住民、企業のいずれも、自転車利用について積極的の取り組む可能性は高く、その場合に自治体が取組み、一体として積極的に推進する場合は、それぞれ受容性が高く、自転車利用促進施策は効果がより高いことがわかった。

 第五に、上記アンケート調査、自転車先進国の政策、文献等をもとにして、自転車利用のソフトな促進策を取り上げて考察し、提案した。

 すなわち、(1)総論として、自転車の法律上、計画上、財政上等の優先的な位置付けを行うとともに、これに基づき、分担率及び安全対策の目標を設定すること、各論として、(2)自転車専用レーンの設定を含めて車道での走行空間の確保を図ること、(3)自家用車利用の多い近距離の通勤や買物については、適当なインセンティブと環境整備により、自転車の利用の可能性が高いこと、(4)ハードの施設整備ではカバーしきれない走行空間において、必要な情報の提供や獲得策を講ずることにより、安全快適迅速な自転車利用の促進の基礎は十分確保できることを考察した。

 第六に、自転車利用を促進するための施策に対して阻害要因になると思われている問題点について考察した。放置問題、安全性の向上、雨等、ルールを守らない傾向について検討して、いずれも自転車利用の促進を本質的に否定するようなものでないことを立証した。

 これらをまとめて、自転車の位置付け及び施策の目標の設定を基本に、車道空間における自転車走行空間の確保策、通勤及び買物における自転車利用推進策、自転車利用を支える適切な情報提供と獲得の方策等を提案するとともに、放置問題、安全性、雨等の利用阻害、ルール無視の態度などの問題点も克服可能であることを立証し、自転車利用の促進を図る上で極めて有意義で、説得性のある知見を導いた。

 よって本論分は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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