学位論文要旨



No 216122
著者(漢字) 江尻,紀子
著者(英字)
著者(カナ) エジリ,ノリコ
標題(和) 妊娠ラット肝、胎盤および胎児肝におけるCytochrome P450の発現動態
標題(洋)
報告番号 216122
報告番号 乙16122
学位授与日 2004.11.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第16122号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 土井,邦雄
 東京大学 教授 佐々木,伸雄
 東京大学 教授 吉川,泰弘
 東京大学 助教授 中山,裕之
 (有)アグロトックス 代表取締役 真板,敬三
内容要旨 要旨を表示する

 Cytochrome P450(CYP)は生体内において非常に多くの内因性物質および外因性物質の第I相代謝にきわめて重要な役割を果たす酵素群であり、主としてCYP1、2、3 familyとCYP4 familyの一部が毒性物質や薬物の代謝に関与している。CYPは主に肝で見い出されるが、肝以外の臓器でも、腎、副腎、肺、小腸、脳、皮膚、胎盤などに存在することが知られている。

 ところで、ラットは胚毒性や胎児毒性の研究に繁用されているが、妊娠中の全期間を通じて胎児と母体をつなぐ重要な器官で、内分泌機能や代謝機能を備えている胎盤におけるCYPの発現に関する報告はごく少なく、また、妊娠中の母体、胎盤および胎児のそれぞれの間での薬物代謝の流れを理解するためには、母体肝、胎盤および胎児肝でのCYPの発現状況を明らかにすることが必要である。

 こうした背景の下、本研究では、まず、正常妊娠ラット胎盤におけるCYPタンパクの発現状況を妊娠全期間を通じて経時的に検索した。ついで、その結果に基づいてCYP誘導剤を用いた母体肝、胎盤および胎児肝におけるCYPタンパクの誘導実験を行った。さらに、CYP誘導剤を用いた場合の母体肝、胎盤および胎児肝における第I相薬物代謝酵素関連遺伝子(CYP)、第II相薬物代謝酵素関連遺伝子(GSTおよびUDPGT)の発現プロファイルについて検索を行った。加えて、orphan nuclear receptorにも着目してデータ解析を行った。orphan nuclear receptorは近年注目されてきている核内受容体で、PCN投与によりNr1i2が誘導され、これによりCYP3A subfamilyが誘導されると言われている。また、PB投与によりNr1i3が誘導され、CYP2B subfamilyが誘導されると言われている。得られた結果は下記の通りである。

 (1)正常妊娠ラット胎盤を対象に、入手可能な9種類のCYP抗体(CYP1A1、CYP2B1、CYP2C6、CYP2C12、CYP2D1、CYP2D4、CYP2E1、CYP3A1およびCYP4A1)を用いてWestern blot解析および免疫組織化学的検索を行った。その結果、CYP3A1タンパクのみが妊娠の全期間を通じて胎盤の栄養膜細胞層に存在する巨細胞の細胞質に存在することが示された。

 (2)胎盤に常在することが示されたCYP3A1タンパクを誘導する薬剤、dexamethasone(DEX)およびpregnenolone-16α-carbonitrile(PCN)を1(16DG)ないし4日間(13〜16DG)、妊娠ラットに投与し、母体肝、胎盤および胎児肝を対象に、CYP3A1抗体を用いてWestern blot解析および免疫組織化学的検索を行った。Western blot解析の結果、母体肝および胎児肝では、DEXおよびPCN投与により、CYP3A1タンパクの著しい誘導が認められた。母体肝に比べ、胎児肝では、より顕著な誘導が認められた。胎盤では、PCNの4回投与群でのみ対照群と比べて有意なCYP3A1タンパクの誘導が認められた。免疫組織化学的には、母体肝および胎児肝では、対照群に比べ、CYP3A1陽性肝細胞領域が著しく拡大したが、胎盤では、CYP3A1陽性領域および発現部位に変化は認められなかった。

 (3)広範な薬物代謝酵素を誘導する薬剤として知られるPBを妊娠ラットに4日間(13〜16DG)投与し、母体肝、胎盤および胎児肝について9種類のCYP抗体を用いたWestern blot解析および免疫組織化学的検索を行った。Western blot解析では、母体肝ではPB投与によりCYP3A1タンパクの発現が増加した。CYP2B1タンパクは対照群では発現がみられなかったが、PB投与群では著しい発現が認められた。CYP2D1タンパクについては発現が減少した。他のCYP種には有意な変化は認められなかった。胎盤では、CYP3A1タンパクの発現のみが観察されたが、PBによる有意な誘導は認められなかった。胎児肝では、Western blot解析でのみCYP3A1およびCYP2C6タンパクの有意な誘導が観察されたが、その発現は弱かった。免疫組織化学的検索では、母体肝では、CYP3A1陽性肝細胞領域の拡大が観察され、CYP2B1陽性肝細胞も認められるようになった。CYP2D1は免疫組織化学的にも染色性の減弱が認められた。他のCYP種についても、Western blot解析と一致する結果が得られた。胎盤ではWestern blot解析の結果と同様、CYP3A1タンパクのみが認められ、また、発現部位に変化はなく、栄養膜細胞層の巨細胞に陽性像が認められた。胎児肝では、Western blot解析で陽性を示したCYP3A1およびCYP2C6について免疫組織化学的検索では明瞭な陽性像は観察されなかった。

 (4)PCNあるいはPBを4日間(13〜16DG)投与した妊娠ラットの母体肝、胎盤および胎児肝を対象に、40種類のCYP遺伝子、16種類のGST遺伝子、11種類のUDPGT遺伝子および2種類のCYP誘導遺伝子(orphan nuclear receptor遺伝子)の発現について、DNA microarray法を用いて検索を行った。40種類のCYP遺伝子のうち、母体肝ではCYP3A subfamilyおよびCYP2B subfamilyに属する遺伝子を中心に、PCN群では12種類およびPB群では9種類の遺伝子発現の有意な増加が認められた。胎盤では、有意な変化を示す遺伝子はほとんど認められず、PB群でCyp3A1遺伝子のみが有意な増加を示した。また、PCN群では、Cyp3A1遺伝子は増加する傾向にはあったが、有意な変化は認められなかった。胎児肝ではCYP3A subfamilyおよびCYP2B subfamilyに属する遺伝子を中心に、PCN群で4種類およびPB群で4種類の遺伝子発現の有意な増加が認められた。第II相代謝系のGST酵素遺伝子およびUDPGT酵素遺伝子では、母体肝と胎児肝で誘導される遺伝子の種類が多く異なっており、母体肝と胎児肝の薬物誘導能の違いが示唆された。胎盤では有意な変化は認められなかった。orphan nuclear receptor遺伝子の発現については、Nr1i2遺伝子がPCN群の母体肝でのみ有意な発現の増加を示し、Nr1i3遺伝子の発現についてはすべての群で変化がみられなかった。

 以上の結果から、胎盤ではCYP3A1が栄養膜細胞層の巨細胞の細胞質に常在していることが明らかとなり、CYP3A1が妊娠期間を通じてCYPによる薬物代謝システムの主要な構成要素であると考えられた。胎盤で発現するCYP3A1は、誘導剤の投与により若干の誘導を受けるが、母体肝および胎児肝で認められる程明らかではなく、また、広範な薬物代謝酵素誘導剤であるPBの投与によっても、胎盤では他のCYP種が発現することはないことが明らかとなった。また、母体肝と胎児肝については、その薬物代謝能に、第I相および第II相ともに大きな差があることが明らかとなった。さらに、妊娠ラットにおける母体肝、胎盤および胎児肝における薬物代謝酵素関連遺伝子の発現プロファイルが明らかとなった。

 本研究の成果は、妊娠動物における薬物代謝の基礎資料として極めて重要で、胎児毒性や催奇形性等の発生毒性の研究の展開に大きく寄与するものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 生体内において非常に多くの内因性物質および外因性物質の第I相代謝に関わるCytochrome P450(CYP)酵素は、主として肝で見い出されるが、肝以外の臓器、例えば胎盤などにも存在することが知られている。ラットは胚毒性や胎児毒性の研究に繁用されているが、妊娠中の全期間を通じて胎児と母体をつなぐ重要な器官で、内分泌機能や代謝機能を備えている胎盤におけるCYPの発現に関する報告はごく少なく、妊娠中の母体、胎盤および胎児のそれぞれの間での薬物代謝の流れを理解するためには、妊娠中の母体肝、胎盤および胎児肝でのCYPの発現状況を明らかにすることが必要である。

 本研究では、まず、ラット胎盤におけるCYPタンパクの発現状況を検索、その結果に基づいてCYP誘導剤を用いた母体肝、胎盤および胎児肝におけるCYPタンパクの誘導実験を行った。さらに、CYP誘導剤を用いた場合の母体肝、胎盤および胎児肝における薬物代謝酵素関連遺伝子の発現プロファイルについて検索を行い以下の結果を得た。

 (1)正常妊娠ラット胎盤を対象に、入手可能な9種類のCYP抗体(CYP1A1、CYP2B1、CYP2C6、CYP2C12、CYP2D1、CYP2D4、CYP2E1、CYP3A1およびCYP4A1)を用いてWestern blot解析および免疫組織化学的検索を行った。その結果、CYP3A1タンパクのみが妊娠の全期間を通じて栄養膜細胞層に存在する巨細胞の細胞質に存在することが示された。

 (2)CYP3A1タンパクを誘導する薬剤、DEXおよびPCNを妊娠ラットに投与し、母体肝、胎盤および胎児肝についてCYP3A1抗体を用いてWestern blot解析および免疫組織化学的検索を行った。母体肝および胎児肝では、DEXおよびPCN投与により、CYP3A1タンパクの著しい誘導が認められた。胎盤ではPCNの4回投与群でのみ対照群と比べて有意なCYP3A1タンパクの誘導が認められた。

 (3)広範な薬物代謝酵素を誘導する薬剤として知られるPBを妊娠ラットに投与し、母体肝、胎盤および胎児肝について前述の9種類のCYP抗体を用いたWestern blot解析と免疫組織化学的検索を行った。母体肝ではPB投与によりCYP3A1タンパクおよびCYP2B1タンパク発現が増加した。胎盤では、9種類のうちCYP3A1タンパクの発現のみが観察されたが、有意な誘導は認められなかった。胎児肝では、Western blot解析でのみCYP3A1およびCYP2C6の有意な誘導が観察されたが、その発現は弱かった。

 (4)PCNおよびPB投与を行った妊娠ラットの母体肝、胎盤および胎児肝を対象に、40種類のCYP遺伝子、16種類のGST遺伝子、11種類のUDPGT遺伝子および2種類のCYP誘導遺伝子(orphan nuclear receptor遺伝子)の発現について、DNA microarray法を用いて検索を行った。40種類のCYP遺伝子のうち、いずれの群においてもCYP3A subfamilyおよびCYP2B subfamilyに属する遺伝子を中心に有意な発現の増加が認められた。第II相代謝系のGST酵素遺伝子およびUDPGT酵素遺伝子では、母体肝と胎児肝で誘導される遺伝子の種類が多く異なっており、胎盤では有意な変化が認められなかった。orphan nuclear receptor遺伝子の発現は、Nr1i2遺伝子がPCN群の母体肝でのみ有意な発現の増加を示し、Nr1i3遺伝子の発現はすべての群で変化がみられなかった。

 以上の結果から、胎盤ではCYP3A1が栄養膜細胞層の巨細胞の細胞質に常在していることが明らかとなり、CYP3A1が妊娠期間を通じてCYPによる薬物代謝システムの主要な構成要素であると考えられた。胎盤で発現するCYP3A1は、誘導剤の投与により若干の誘導を受けるが、母体肝および胎児肝で認められる程明らかではなく、また、広範な薬物代謝酵素誘導剤の投与によっても、胎盤では他のCYP種が発現することはないことが明らかとなった。母体肝と胎児肝については、その薬物代謝能において、第I相および第II相ともに大きな差があることが明らかとなった。さらに、妊娠ラットにおける母体肝、胎盤および胎児肝における薬物代謝酵素関連遺伝子の発現プロファイルが明らかとなった。

 本研究の成果は妊娠動物における薬物代謝の基礎資料として極めて重要で、胎児毒性や催奇形性等の発生毒性の研究の展開に大きく寄与するものと考えられる。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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