学位論文要旨



No 216108
著者(漢字) 村山,芳武
著者(英字)
著者(カナ) ムラヤマ,ヨシタケ
標題(和) インスリン様増殖因子2型受容体と三量体G蛋白質との共役機構
標題(洋)
報告番号 216108
報告番号 乙16108
学位授与日 2004.10.27
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第16108号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 滝澤,始
 東京大学 助教授 仁木,利郎
 東京大学 講師 金森,豊
 東京大学 講師 下澤,達雄
内容要旨 要旨を表示する

マウス線維芽細胞Balb/c 3T3細胞で、上皮細胞増殖因子 (EGF)と血小板由来増殖因子 (PDGF)を処理した後、インスリン様増殖因子1型(IGF-I)または2型(IGF-II)を処理すると、細胞の外から内へのカルシウム流入が起こることを、西本らは報告した。彼らはこのカルシウム流入が百日咳毒素(PTX)処理で抑制されることを見いだした。PTX感受性はシグナルが三量体G蛋白質、特にGiやGoというGi様蛋白質を介することを意味する。

一方、IGF-II受容体(IGF-IIR)は1987年クローニングされ、一回膜貫通構造で、細胞内にチロシンキナーゼ活性化配列を持たないことが明らかとなった。IGF-IIは、細胞内にチロシンキナーゼ活性化配列を持つインスリン受容体やIGF-I受容体を介して増殖シグナルを伝えると考えられていた。さらに1988年クローニングされたマンノース6-リン酸(M6P)の受容体、カチオン非依存性M6P受容体(CIMPR)との99%のホモロジーが明らかとなった。CIMPRはゴルジでM6Pを付加された蛋白質を認識、結合し、ライソゾームに運ぶ役割を持ち、それ自体のシグナル伝達能は認められていなかった。三量体G蛋白質共役受容体は一般に7回膜貫通構造と考えられていたため、IGF-IやIGF-II刺激により、7回膜貫通構造受容体に対するアゴニストが放出され、オートクリン因子のように働いてG蛋白質を活性化している可能性を否定できなかった。

そこで、本研究では、精製IGF-IIRと精製Gi2とをリン脂質膜に再構成し、IGF-II刺激でGi2が活性化されることを示した。PTX処理でIGF-IIによるGi2活性化は約70%抑制された。IGF-IIRが一般のG蛋白質共役受容体と同様の様式でGi2と共役することを示唆する結果である。スズメバチ毒素マストパランがGi様蛋白質を活性化するという報告があった。そこで、疎水性残基の中に塩基性残基が散在する配列をIGF-IIRの細胞内ドメインに探して、相当配列を合成した。結果、2410-2423の14アミノ酸残基に相当する合成ペプチド(peptide14)が、in vitroで直接Giを特異的に活性化することを見いだした。当該ペプチドに対する抗体が、ペプチドレベルや再構成系でのIGF-IIRによるGi活性化を容量依存性に抑制することを明らかにした。またpeptide14の種々の修飾ペプチドを合成、調べた結果、G蛋白質活性化配列条件として、20残基以内の領域で、(1)N末側に少なくとも2つの塩基性残基(B)が存在し、(2)C末側がB-B-X-BまたはB-B-X-X-B(Xは非塩基性残基)というモチーフが重要な役割を演じている可能性を見いだした。

この条件を満たす配列は多くの7回膜貫通型受容体に存在している。その中で、β2-アドレナリン受容体(β2AR)の第3細胞内ループC末側の15残基(βIII-2)に相当するペプチドが直接Gsを活性化し、そのN末のRRSSが特にGs活性化に重要であることを示した。βIII-2はβ2ARのSer262を含み、これはPKAでリン酸化されるセリンである。Gs活性化の帰結としてのAキナーゼ活性化によりβIII-2N末のRRSSの2番目のSがリン酸化を受け、その結果、βIII-2はGsよりもむしろGiを活性化することになることも発見した。β2ARの脱感作機構に重要な意味を持つと考えられる結果である。

IGF-IIR細胞内ドメインのGi活性化配列14残基をβ2ARのGs活性化配列15残基で置換したキメラIGF-IIRを作成した。IGF-II非刺激時にある程度のGs活性化能を示し、低濃度IGF-II処理で容量依存性のGs活性化を認めた。受容体のG蛋白質活性化メカニズムを考える上で興味深い結果であった。

これまでIGF-IIRとCIMPRが同一であるという多くの報告があるが、それらは蛋白質やDNAレベルでの形態的ホモロジーや、リガンドの結合様式や、抗体による認識であった。機能としてのCIMPRとIGF-IIRとの同一性を確認するため、CIMPR欠損細胞にヒトCIMPRを発現させ、M6Pアフィニティカラムで精製したCIMPRと精製Gi2とをリポソームに再構成して、IGF-II処理でGi2が活性化されることを明らかにした。機能としてもCIMPRがIGF-IIRと同じシグナル伝達機能を持つ受容体であることを示したのは本研究が最初である。また、ここで用いたCIMPRはヒトcDNAから直接発現させた蛋白質であるから、実際に一回膜貫通受容体がG蛋白質と共役し得ることを証明したことになる。

各種細胞膜を用いて調べたところ、GTPγS存在でβ-グルクロニダーゼ結合の親和性の低下が見られず、CIMPR/IGF-IIRがM6P刺激では三量体G蛋白質と共役しないことが示唆された。

M6PはCIMPR/IGF-IIRに対する結合部位がIGF-IIとは異なり、IGF-II結合を抑制しない。ところが、CIMPR/IGF-IIR-Giリポソームで、M6P存在でIGF-IIのGi活性化が抑制されることが明らかになった。この実験結果はin vivoでのCIMPR/IGF-IIRのシグナル伝達機能に関する矛盾する結果を説明できる可能性がある。IGF-IIが実際にCIMPR/IGF-IIRに結合しているにも関わらず、細胞の代謝や増殖に対する何らのシグナル伝達能を発揮しないという報告がある。他方では、CIMPR/IGF-IIRはIGF-II結合後細胞内シグナルを惹起するという報告がある。IGF-II処理で受容体シグナルが惹起されない理由の一つは、本研究から、内在性にCIMPR/IGF-IIRに結合するM6PまたはM6P含有蛋白質が抑制するためと考えられる。TGFβ1前駆体やプロリフェリンが側鎖にM6Pを持ち、高親和性にCIMPR/IGF-IIRに結合するという報告がある。その後、白血病抑制因子(LIF)がM6Pを介して高親和性にCIMPR/IGF-IIRに結合するという報告もあった。これらが、IGF-IIのCIMPR/IGF-IIRを介するシグナルに影響を及ぼす可能性が考えられる。この場合、M6PあるいはM6P含有蛋白質の存在が単なるGi活性化抑制なのか、同時に他のG蛋白質を活性化するのかを明らかにすることが今後の課題である。

審査要旨 要旨を表示する

本研究はインスリン様増殖因子2型受容体(IGF-IIR)と三量体G蛋白質との共役機構を調べたもので、以下の結果を得ている。

1、精製IGF-IIRと精製Gi2とをリン脂質膜に再構成し、IGF-II刺激でGi2が活性化されることを示した。PTX処理でIGF-IIによるGi2活性化は約70%抑制された。IGF-IIRが一般のG蛋白質共役受容体と同様の様式でGi2と共役することを示唆する結果である。スズメバチ毒素マストパランがGi様蛋白質を活性化するという報告があった。そこで、疎水性残基の中に塩基性残基が散在する配列をIGF-IIRの細胞内ドメインに探して、相当配列を合成した。結果、2410-2423の14アミノ酸残基に相当する合成ペプチド(peptide14)が、in vitroで直接Giを特異的に活性化することを見いだした。当該ペプチドに対する抗体が、ペプチドレベルや再構成系でのIGF-IIRによるGi活性化を容量依存性に抑制することを明らかにした。またpeptide14の種々の修飾ペプチドを合成、調べた結果、G蛋白質活性化配列条件として、20残基以内の領域で、(1)N末側に少なくとも2つの塩基性残基(β)が存在し、(2)C末側がβ-β-X-βまたはβ-β-X-X-β(Xは非塩基性残基)というモチーフが重要な役割を演じている可能性を見いだした。

2、上記の条件を満たす配列は多くの7回膜貫通型受容体に存在している。その中で、β2-アドレナリン受容体(β2AR)の第3細胞内ループC末側の15残基(βIII-2)に相当するペプチドが直接Gsを活性化し、そのN末のRRSSが特にGs活性化に重要であることを示した。βIII-2はβ2ARのSer262を含み、これはPKAでリン酸化されるセリンである。Gs活性化の帰結としてのAキナーゼ活性化によりβIII-2N末のRRSSの2番目のSがリン酸化を受け、その結果、βIII-2はGsよりもむしろGiを活性化することになることも発見した。β2ARの脱感作機構に重要な意味を持つと考えられる結果である。

3、IGF-IIR細胞内ドメインのGi活性化配列14残基をβ2ARのGs活性化配列15残基で置換したキメラIGF-IIRを作成した。IGF-II非刺激時にある程度のGs活性化能を示し、低濃度IGF-II処理で容量依存性のGs活性化を認めた。受容体のG蛋白質活性化メカニズムを考える上で興味深い結果であった。

4、これまでIGF-IIRとCIMPRが同一であるという多くの報告があるが、それらは蛋白質やDNAレベルでの形態的ホモロジーや、リガンドの結合様式や、抗体による認識であった。機能としてのCIMPRとIGF-IIRとの同一性を確認するため、CIMPR欠損細胞にヒトCIMPRを発現させ、M6Pアフィニティカラムで精製したCIMPRと精製Gi2とをリポソームに再構成して、IGF-II処理でGi2が活性化されることを明らかにした。機能としてもCIMPRがIGF-IIRと同じシグナル伝達機能を持つ受容体であることを示したのは本研究が最初である。また、ここで用いたCIMPRはヒトcDNAから直接発現させた蛋白質であるから、実際に一回膜貫通受容体がG蛋白質と共役し得ることを証明したことになる。

5、各種細胞膜を用いて調べたところ、GTPγS存在でβ-グルクロニダーゼ結合の親和性の低下が見られず、CIMPR/IGF-IIRがM6P刺激では三量体G蛋白質と共役しないことが示唆された。

M6PはCIMPR/IGF-IIRに対する結合部位がIGF-IIとは異なり、IGF-II結合を抑制しない。ところが、CIMPR/IGF-IIR-Giリポソームで、M6P存在でIGF-IIのGi活性化が抑制されることが明らかになった。この実験結果はin vivoでのCIMPR/IGF-IIRのシグナル伝達機能に関する矛盾する結果を説明できる可能性がある。IGF-IIが実際にCIMPR/IGF-IIRに結合しているにも関わらず、細胞の代謝や増殖に対する何らのシグナル伝達能を発揮しないという報告がある。他方では、CIMPR/IGF-IIRはIGF-II結合後細胞内シグナルを惹起するという報告がある。IGF-II処理で受容体シグナルが惹起されない理由の一つは、本研究から、内在性にCIMPR/IGF-IIRに結合するM6PまたはM6P含有蛋白質が抑制するためと考えられる。

以上、本論文は再構成系を用いてIGF-IIRとGi2とが共役することを示し、合成ペプチドを用いた実験から、受容体と三量体G蛋白質との共役のためのアミノ酸配列モチーフを導き出した。β2ARの第3細胞内ループC末側のPKAでリン酸化されるSer262が、Gs活性化とβ2ARの脱感作機構に重要な役割を演じていることを示唆する結果を示した。さらに、IGF-IIRとCIMPRとが機能的にも同一であることを証明し、M6P存在でIGF-IIのGi活性化が抑制されるという結果から、新たな受容体シグナル伝達制御機構の可能性も提示している。これらの結果は意義深く、学位の授与に値するものと考えられる。

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