No | 215368 | |
著者(漢字) | 佐藤,泰裕 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サトウ,ヤスヒロ | |
標題(和) | 都市労働市場に関する考察 | |
標題(洋) | Essays on urban labor markets | |
報告番号 | 215368 | |
報告番号 | 乙15368 | |
学位授与日 | 2002.05.29 | |
学位種別 | 論文博士 | |
学位種類 | 博士(経済学) | |
学位記番号 | 第15368号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 1950年代半ばから70年代半ばにかけての高度成長期における工業化及び商業化に伴い、日本は急速な都市化を経験してきた。その結果、現在、日本の人口の過半数はいわゆる都市部に暮らしている。そこで暮らす人々にとって、都市はまた働く場所という側面も持っている。本博士論文は、この働く場としての都市に焦点を当て、その意味や特徴について分析するものである。本論文は3章からなり、各々の章が一つずつ都市労働市場に関するトピックを含んでいる。 第1章:Migration, frictional unemployment and welfare improving labor policies 経済成長に伴う都市化については、伝統的に都市部門と農村部門からなる2部門モデルによる分析が行われてきた。そこでの主な結論は、労働者の部門間移動は職につける確率と賃金との積である期待賃金にもとづいて起こり、また、都市部門で法律や制度など何らかの賃金を高止まりさせる要因が存在するため、労働者の移動がなくなる均衡においては都市失業が発生するというものである。こうした従来の分析においては、賃金決定の部分以外は基本的には完全競争的なモデルが用いられてきた。しかし、現実には、都市には多種多様な仕事と労働者が多数存在しており、仕事を探す労働者は必ずしも自分にあった仕事を見つけられるとは限らず、企業も欲しい人材を獲得できるとは限らない。こうした労働者と企業の間のマッチングを妨げる要因は摩擦と呼ばれているが、摩擦がある場合、望みの相手に出会えるかどうかはランダムになり、一部にマッチを形成できない主体が現れる。第1章は都市部門においてこうした摩擦が存在する時、都市化はどのような特徴をもつのかを考察する。主要な結論は以下の通りである。まず、都市に摩擦的失業が存在する時、均衡において、都市・農村間賃金格差が発生する。従来の研究では、都市の高い賃金が過剰な数の労働者を都市にひきつけるために失業が生じるのであるが、本論文のモデルでは、都市部門のマッチング形成の困難さが都市部門の高い賃金を生み出す。また、摩擦のために、この経済では社会厚生の損失が発生する。ここで、損失を生み出す原因は、摩擦であり、これが企業の参入退出の意思決定と労働者の部門間移動に影響を与えるのである。労働市場の摩擦を扱った従来の研究では、1部門モデルによる分析のみが行われてきた結果、厚生損失の原因としては企業の参入退出行動に摩擦が及ぼす影響のみが考えられてきた。ここでの分析は、摩擦が損失を生み出す経路として、従来の研究とは異なるものが存在することを示している。次に、社会厚生の損失を是正する政策についての分析を行っている。最後に、最低賃金法などの都市部門の賃金を引き上げる政策の効果も分析し、都市賃金引上げがある条件下では都市雇用を増加させ、社会厚生を上昇させることを示す。 第2章:Labor heterogeneity in a city 第2章では、都市部門に焦点を当て、労働者と企業双方に異質性を明示的に考慮し、摩擦の存在する都市労働市場における異質性の意味を分析する。ここで考察するのは水平的異質性である。分析により、労働者が増えるに伴い、労働者の持つ技能と企業の技術が要求する技能との乖離が減り、生産性が上昇する、つまり、集積の経済が発生するための必要十分条件は、仕事を探す労働者と労働者を探す企業との間の出会いの数を規定する関数が収穫逓増となることであることを示し、この条件はある関数を推定することで確かめられることを示す。また、労働市場の状態をあらわす各パラメータと都市規模の関係についても分析し、例えば、技能の代替性が低くなると、都市規模は小さくなり、失業保険の整備などにより失業時所得が高くなると都市規模は大きくなることなどを示す。 第3章:The wage curve in Japanese urban labor markets 地域ごとに労働市場を分けて見た場合、失業率と賃金水準とが負の相関を持つことが先進諸国に関する実証研究で示されてきた。この負の相関関係は the wage curve と呼ばれている。これまでの研究は、地域の単位として州や都道府県等の行政区分をそのまま採用する形で行われてきた。しかし、行政単位による区切り方は必ずしも実際の地域労働市場の範囲とは一致しない。特に、都市化が進み、東京や大阪、名古屋に代表される都市圏への人口集中が進んだ現在において、地域労働市場に関する分析を行う際には、地域の単位としては、行政区分より、経済活動の実際に及ぶ範囲に対応した実質的な地域の方が適当であると考えられる。第3章は、昨今の都市化の進展に即した形で考えられてきた標準大都市雇用圏(Standard Metropolitan Employment Area (SMEA))のデータを地域の単位として採用し、失業率と賃金との関係を実証的に検討し、都市圏を地域として考えた場合、the wage curve が日本でも観察されることを示す。次に、本章では、こうした都市圏の the wage curve が、単一中心都市構造をもつサーチモデルにより説明できることを示す。サーチモデルにおいては、労働者の生産性と賃金とは正の相関を、生産性と失業率とは負の相関を持つ。したがって、労働生産性の高い地域では高い賃金と低い失業率が、生産性の低い地域では低い賃金と高い失業率が成立する。このままでは、労働者の移動を考慮した時の均衡において、労働者は生産性の高い地域に集中してしまうが、単一中心都市構造を導入し、混雑の費用を考えると、賃金・失業率・living cost の三者がつりあう形で均衡が達成され、この下で the wage curve が観察されるのである。 | |
審査要旨 | 本博士論文は、都市労働市場に関する3本の論文によって構成されている。それぞれの章は独立した内容となっているが、労働者と企業のマッチングを中心にして都市労働市場を分析しているという点で首尾一貫しているのが特徴である。 第1章では、都市(modern sector)と農村(traditional sector)の2部門を考え、効用水準の格差に応じて農村から都市へ労働が移動する状況を考察し、労働者と企業のあいだのマッチングを妨げる摩擦が存在する場合について分析を行っている。通常、都市部において摩擦的失業が存在するときには、都市と農村のあいだに賃金格差が発生する。この摩擦的失業と地域間賃金格差が埋め合わされるように労働移動が行われ、地域間の均衡が決定される。また、自由参入のもとでは、企業利潤がゼロになるように企業数が決まり、ナッシュ交渉によって労働賃金が決定される。以上の設定のもとに市場均衡解が求められ、一方では労働者数と企業数に関して最適化された社会的最適解が求められ、両者の比較が行われる。 従来の研究では、失業が生じるのは、都市部の賃金水準が高く労働が過剰供給されるからだとされてきた。しかし本章では、都市部における労働者と企業のあいだのマッチング形成が困難であることが原因となって、都市部の賃金水準を押し上げ、失業が生じることを示している。また、従来の研究では、分析が1部門に限られていたために、社会厚生の損失は企業の参入退出による影響に限定されていた。しかし本章では、都市と農村の2部門を考えることによって、農村から都市への労働移動も社会厚生の損失を生じせしめる原因であることを示した。さらに、労働分配率が変化すると、市場均衡がどのように社会的に最適な資源配分と乖離するかを明らかにした。さらに、その結果を踏まえて、厚生上の損失を是正する政策として、最低賃金法などの都市部の賃金を引き上げる政策について言及した。分析の結果、労働の分配率が小さいときには、都市部の賃金引き上げが都市部の雇用を増加させ、社会厚生を上昇させることを理論的に示した。さらに、「都市部の賃金引き上げが雇用を増大させるときは、常に社会厚生が上昇する」という重要な命題を証明した。これらの結果は、従来見過ごされてきた最低賃金法を再評価しているという点からも、興味深いと言えよう。 第2章は、労働者と企業の双方が水平的に異質である場合を扱っている。労働者が保持する技能(skill)と企業が必要とする技能のあいだのミスマッチに焦点が当てられる。連続体である労働者と企業の技能は、円環上に一様に分布しているところからスタートする。そこでは、労働者と企業の技能のずれが円環上の距離で表される。この距離の期待値が大きいほど、企業の必要とする労働技能と異なると仮定し、それは労働生産性の低下に比例すると考える。また、都市における混雑などの外部不経済を表すために、単一中心都市という空間構造を仮定し、都市労働市場の分析を行っている。自由参入により企業利潤がゼロになること、ナッシュ交渉によって賃金が決定されることなどの条件をもとに、都市規模が固定の場合と可変の場合について市場均衡を求めている。 得られた結果は以下のとおりである。労働者数が増えるにしたがい、労働者の持つ技能と企業が欲する技能の距離、すなわち技能の乖離度の期待値が減少することが示される。また、第1章や第3章では収穫一定のマッチング関数に限定しているのに対して、この章ではマッチング関数の同次性に着目している。そして、都市集積の経済が生み出される必要十分条件は、職を探す労働者と職を提供する企業のあいだのマッチングを規定する関数が収穫逓増であるという結果を導いたのである。さらに、比較静学分析により、異なる技能の代替性が小さいと都市の規模は小さくなること、失業保険の整備により失業時所得が高くなると都市の規模は大きくなることなどの結果が得られ、経済学的直観とも整合的であることが示された。 第3章では、失業率と賃金水準の関係に言及している。開発経済の分野では、都市部の高賃金と高失業率は、農村部の低賃金と低失業率とバランスするように地域間で均衡するというHarris-Todaro(1970)の結論が代表的である。しかしながら、先進諸国において、都市部は高賃金・高失業率ではなく、高賃金・低失業率であることが広く知られており、このような負の関係は賃金曲線(the wage curve)と言われている。 従来の実証研究では、賃金曲線の存在は州単位や都道府県単位のデータによって確認されていた。しかしながら、埼玉都民などの造語に象徴されるように、近年は県境を超える通勤移動が急速に増加したため、県単位のデータでは労働市場が的確に把握できなくなってきたのである。そこでこの章では、都市の労働市場を表す単位である都市圏(標準大都市雇用圏)を採用することにより、賃金曲線がわが国においても実在することを実証した。さらに、単一中心都市におけるサーチモデルを構築し、自由参入により企業利潤がゼロになること、ナッシュ交渉によって賃金が決定されることなどの条件を用いて、市場均衡を求め、賃金曲線が理論的に説明できることを示した。すなわち、労働の生産性と賃金は正の相関を持ち、労働の生産性と失業率も正の相関を持つ。それゆえ、大都市で高賃金・低失業率、小都市で低賃金・高失業率であるという、Harris-Todaro(1970)と正反対の結論を導いたのである。また、ここでは単一中心都市における混雑費用を考慮しているので、賃金・失業率・物価の三者が釣り合う形ですべての地域のあいだで均衡が達成され、この下で賃金曲線が観察されることを、理論的にも実証的にも明らかにしたのである。 講評: 第2章は2001年にJournal of Urban Economicsに掲載されていて、第3章は2000年にEconomics Lettersに掲載されているので、一定水準に達していることは間違いない。これら2つの章に比べて、第1章は仮定の妥当性や対象とする都市の現実性に関して、いささか荒削りなところがあり、審査委員会においてもいくつかの指摘を受けた。しかしながら、他の2つの章に比べて、より意欲的で将来性のある章であり、興味深い結果が導かれていることは評価に値する。 学問分野が細分化している現在において、労働経済と都市経済はそれぞれ独自に発展しつつある。労働経済と都市経済のあいだを橋渡しする研究は数少なく、世界を見渡してもUniversity of SouthamptonのYves Zenou氏など数えるほどしかいない。にもかかわらず、この分野は近年重要性が増してきているので、本博士論文は意義深いと考えられる。また、理論的な分析が中心ではあるものの、優れた実証分析も行っており、理論を補強している点も多いに評価できる。 ただ、今後の課題として、以下のような指摘が審査委員会から出された。理論モデルはしばしば、非現実的で単純な仮定を置いてしまう危険性がある。それは、先行研究を継承し比較を行うからであり、解析的な結果を追求しすぎるからである。そこで今後はさらに、現実の労働市場や都市の市場を注意深く観測する必要がある。また、本論文で重要なパラメータである労働の分配率は、外生として扱われているが、内生的に決定されるべきものである。内生化すると、解析的に解くことは不可能かもしれないが、なんらかの工夫や示唆に富む理論的考察を行っていく必要性があると考えられる。このように、改善すべき点がいくつか残されているので、本博士論文を踏まえてさらに発展させ視点を広げてゆく方向で長期的に期待したい。 しかし、本論文そのものは完成度が高く、本研究科が要求する博士論文の基準を十分に満たしている。それゆえ、審査委員会は、本論文を博士(経済学)の学位を授与するにふさわしいと全員一致で判断した。 | |
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