学位論文要旨



No 215240
著者(漢字) 吉田,右子
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,ユウコ
標題(和) 20世紀前半期におけるアメリカ公共図書館論の展開 : コミュニティ・メディア・公共図書館の位相
標題(洋)
報告番号 215240
報告番号 乙15240
学位授与日 2002.01.23
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第15240号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 根本,彰
 東京大学 教授 三浦,逸雄
 東京大学 助教授 鈴木,眞理
 東京大学 教授 佐藤,学
 東京大学 助教授 水越,伸
内容要旨 要旨を表示する

 メディアの急激な変化にともない公共図書館の存在理由があらためて問われ,公共図書館存立の根幹理念に再び立ち返って検討しなければならない必要性が高まっている。アメリカ公共図書館を実践モデルの一つとして掲げてきた我が国の公共図書館も同様の課題を抱えている。本研究は公共図書館の理論的基盤を見定めるために,アメリカ公共図書館の実践を支えてきた20世紀前半期公共図書館論を討究した。そしてアカデミズムにおける公共図書館論構築の起点を1920年代に求め,1940年代までに現在のアメリカ公共図書館を特徴づけているコミュニティ志向型図書館活動の理念的基盤が確立したことを,公共図書館論の論旨の検討と構築過程における他領域からの影響関係の分析から明らかにした。研究対象となる公共図書館論が20世紀初頭のアメリカ社会におけるメディアの転換期を公共図書館活動への影響力として視野に入れ,公共図書館をコミュニティのコミュニケーション機関の一つとして相対化する視点を維持していたことに着目し,本研究ではメディアとコミュニケーションの概念を公共図書館論に対する分析視角として設定した。

 序章では本研究の課題を明らかにすると共に研究の目的・意義について論じた。次いで研究方法を研究の対象と範囲,分析視点と共に述べた。

 第1部は,公共図書館論の討究のための基礎的作業として,図書館研究自体の生成に着目した。図書館研究は実践を持つ領域を対象とすることにより,常に実践との直接・間接的な関係性においてとらえられてきた。すなわち実践から直接導き出された理論が存在する一方で,実践とは距離を置き理論レベルで構築された図書館論が存在する。またアメリカでは実践とアカデミックな図書館研究領域の間に,専門職団体であるアメリカ図書館協会が介在し,両者に影響を与えかつコミュニケーションを図る媒介的役割を果たしてきた。さらにアメリカの公共図書館サービスの確立を援助してきたカーネギー・ロックフェラーといった文化財団が公共図書館の理論と実践に強い影響を与えてきた。図書館にかかわる理論形成過程は関係しあう複数の影響力が作り出す緊張関係の中に置かれてきたといえる。第1部ではこのような関係性を整理した上で,図書館学構築の歩みをたどっていった。

 第1章では,公共図書館領域において理論と実践は研究対実践活動の対立二項としてではなく,実践から理論に向かうライブラリアンシップの概念的広がりの中でとらえられるべきであることを,両者の史的関係性から導き出した。第2章では,アメリカにおける図書館研究の展開について,M.デューイが創設したスクール・オブ・ライブラリー・サービスからシカゴ大学大学院ライブラリー・スクール(Graduate Library School : GLS)設立までの歩みを論じた。第3章では,全米で初の図書館学博士課程を設置し図書館研究をリードしたGLSに焦点を当てて,社会科学的基盤を持つ図書館学がどのように立ち上がり発展したのかを検討した。はじめに実践の高度化を目的に誕生した図書館研究が,大学における学問領域へと発展を遂げる軌跡を追いながら,初期の図書館研究の内容と研究範囲とを明らかにした。次に創設期に顕著であったシカゴ大学他学部との学術的交流関係に着目し,GLSがシカゴ大学社会学科を中心とする社会科学隣接領域から研究手法を吸収し図書館研究に援用していたことを論じた。さらにGLSにおける図書館研究の手法を追っていくことで明らかになる図書館研究のアプローチに関する複数の視点を,社会科学派と人文学派という立場から指摘した。

 第2部では,20世紀前半期のアメリカにおける公共図書館論について討究した。分析対象としたのは,ラーネッドのAmerican Public Library and the Diffusion of Knowledge(1924年刊行),ジョンソンのThe Public Library : A People's University(1938年刊行),カーノフスキーのThe Library in the Community(1943年刊行),ベレルソンのThe Library's Public(1949年刊行),リーのThe Public Library in the United States(1950年刊行)の5つの著作である。これらの著作は,公共図書館史研究において頻繁に言及がなされてきたにもかかわらず,その扱いは重要な論点の参照と引用に留まり,各著作全体を通してまとまった形での考察がなされてこなかった。これらの公共図書館論に対し,理論的意義や実践への影響関係を分析した。個別著作の分析に際して,公共図書館実践との関係,同時代の社会的状況,同時代の関連研究領域の状況を視野に入れながら,著作の成立諸要因を総合的に検証した。

 第4章では,公共図書館論の萌芽期である1920年代の図書館思想として,コミュニティにおける知識の普及と公共図書館の役割を論じたラーネッドの論考を取り上げた。第5章では,1930年代の図書館思想として,公共図書館をコミュニティにおける成人教育の継続的な機関として発展させていくことを主張したジョンソンの図書館成人教育論を取り上げた。第6章では,1940年代前半に第二次世界大戦下の極めて特殊な社会状況の中で,公共図書館とコミュニティの関係を複数の側面から論じたカーノフスキーの図書館論を分析した。次いで第7章で公共図書館の伝統的認識を打ち崩し,コミュニティの図書館の実態調査から図書館の針路を探求したベレルソンの図書館利用者論を検討した。さらに第8章では,全米公共図書館を対象に行われた調査結果の精緻な分析から,公共図書館の社会的・政治的基盤を確立するための論拠を引き出したリーの公共図書館論を考察した。

 第3部では,公共図書館論形成と深いかかわりを持っていた同時代の実践及び関連研究領域について討究した。ここでは公共図書館界における専門職理念の展開,公共図書館界と同時代のアメリカ社会におけるメディアの社会的発展,公共図書館研究への社会科学的方法論の適用などの分析視角を通じて,20世紀前半期の公共図書館論の形成基盤を総合的に検討した。

 第9章では公共図書館論の時代的変遷を同時代の図書館界の動向と重ね合わせながら考察した。図書館専門職の確立と理念,公共図書館におけるメディア・サービスおよび戦時情報サービスなどのテーマを掘り下げながら,思想的萌芽期から成熟期に到る公共図書館論の史的背景を浮き彫りにした。第10章では20世紀前半期の公共図書館におけるメディア実践活動を検証した。エレクトリック・メディアを利用した図書館活動を提示することによって,1920年代から1940年代の公共図書館活動全体がマス・メディア形成の場に含まれ,メディアの発展とともに動態的に変化していたことを実証的に明らかにした。第11章では,公共図書館専門職にかかわる諸課題がどのようなプロセスを経て図書館学における社会科学的研究へと形づけられていったのかという点を,公共図書館論とコミュニケーション研究との関係性に着目して考察した。最終的に1940年代後半には両者が部分的に融合した形で,公共図書館論の構築がなされたことを明らかにした。

 終章では,20世紀前半期の公共図書館論の到達点と意義を考察した。はじめに公共図書館論が図書館実践,図書館政策,連邦の文化政策をはじめ図書館研究,他学問領域の影響などの総体から立ち現れてくるライブラリアンシップ全体の姿を描き出そうとする試みであったことを,各著作の内容を整理し実践との関係をみる中から導き出し20世紀前半期の公共図書館論を総括した。

 次に,公共図書館論を方法論的には社会科学の研究アプローチを志向し,図書館界が保持してきた公共図書館の教育的機能を重視する立場を取る伝統的な専門職理念を継承するものであることを示した上で,それらを自由主義的コミュニケーション論を理念として共有する20世紀前半期の公共図書館論の系譜として公共図書館論史に位置づけた。そしてメディアの多様化による公共図書館の多目的化と,伝統的な図書資料の提供による教育的理念という矛盾を解決するために公共図書館論が採用したコミュニケーション論の概念装置を明らかにしながら,20世紀前半期の公共図書館論の到達点を見定める作業を行った。

 そこで提示された公共図書館の理念を詳細に検討することによって,20世紀前半期の公共図書館論の意義を,(1)図書館実践の理論化とメディア研究への貢献,(2)ライブラリアンシップと民主主義についての議論の提示と自由主義的コミュニケーション論の理念に基づく公共図書館固有の領域の規定,の2点に分けて考察を行った。

 結論部において,コミュニティ・メディア・公共図書館に対する総合的な視座のもとに形成された20世紀前半期の公共図書館論が,コミュニティに存在するすべてのメディアヘのアクセスを確保する空間として公共図書館を再規定し近代公共図書館設立理念を継承しこれを拡張・強化する新たな理念を持つものであったことを明らかにし,公共図書館論の成果とそこで用いられた方法論を,批判的視座も含め公共図書館にかかわる議論の基盤として提示した。

審査要旨 要旨を表示する

 米国の公共図書館は19世紀半ばに公教育制度と相互に補い合う関係をもつ制度として出発したが、20世紀前半期になると大衆化、都市化、メディア環境の変化などを受けて、再度、存在意義を示す必要に迫られた。本論文はこれを社会科学的に論じた一連の言説を公共図書館論と名付け、その背景と系譜を分析し、公共図書館をコミュニティにおけるコミュニケーション機関と位置づける視点の存在と意義を明らかにしたものである。

 まず第1部では、1920年代後半にカーネギー財団の助成によって、プラグマティズムの牙城であったシカゴ大学に設置された大学院図書館学部(GLS)の成立と展開をめぐって、公共図書館論が生み出される背景を明らかにした。論文は、GLSが同じシカゴ大学社会学部の影響を受けつつ実証的な社会調査の手法を用いて図書館や読書研究を行う研究者を輩出し、これが図書館学の研究モデルを形成していった事情を描き出している。

 第2部では、公共図書館論として重要な5つの言説を発表の時系列順に詳細に分析している。それは、カーネギー財団への報告書として発表されたW・S・ラーネドのコミュニティ情報センター論(1924)、およびアルヴィン・ジョンソンの図書館成人教育論(1938)、GLS直系の研究者L・カーノフスキーのコミュニティ図書館論(1944)、同じくGLS出身であるがコミュニケーション研究者として知られているB・ベレルソンの公共図書館利用者論(1944)、そして戦後の大規模な「公共図書館調査」の全体的なまとめを行ったロバート・リーの公共図書館論(1950)である。これらは社会科学研究者による実証的調査を踏まえた研究の成果であったが、いずれも公共図書館がコミュニティにおける民主主義形成の重要な媒介的な役割を果たすとする点で伝統的な図書館思想の系譜を発展させたものであることが、丹念な分析によって指摘されている。

 第3部では、コミュニケーション機関としての公共図書館という観点から公共図書館論を検討する。公共図書館において初期のラジオ・メディアがどのように用いられていたのかを実証的に描き出し、さらに公共図書館研究とコミュニケーション研究との関係を検討することで、メディアの発達と公共図書館活動および公共図書館論が密接な関係をもっていたことを示している。

 以上のような分析を通じて、本論文は、公共図書館論が図書館サービスを実証的に調査しそれをもとに提言を行うという、この時期の社会科学に一般的に見られるスタイルの採用により図書館実践の理論化に寄与したこと、また、コミュニケーション研究におけるメディアを中立的なものととらえる視点(自由主義的コミュニケーション論)と同じものが、公共図書館論においてもすべてのメディアへのアクセスを可能にするコミュニティ機関としての図書館という多元論的見方として潜んでいたことを論証した。

 これらのオリジナルな知見を提示した本論文は、博士(教育学)の学位を授与するにふさわしいものと判断された。

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