学位論文要旨



No 214876
著者(漢字) 須藤,公彦
著者(英字)
著者(カナ) スドウ,キミヒコ
標題(和) 分裂酵母細胞周期のS期完了に必須なDNA二本鎖切断修復因子に関する研究
標題(洋) REQUIREMENT FOR A DOUBLE-STRAND BREAK REPAIR COMPONENT IN S PHASE COMPLETION IN FISSION YEAST CELL CYCLING
報告番号 214876
報告番号 乙14876
学位授与日 2000.12.20
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第14876号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 助教授 正井,久雄
 東京大学 助教授 増田,道明
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 横溝,岳彦
内容要旨 要旨を表示する

 生物は、紫外線や化学物質などによって様々な形でDNAに傷害を受けている。その中でもDNA二本鎖切断は、細胞死や個体死を引き起こし得るといった点で生物にとって最も重大な傷害といえる。出芽酵母Saccharomyces cerevisiae の、放射線などによるDNA傷害を修復できないrad突然変異株を用いた研究により、生物は大別して二種類の様式でDNA二本鎖切断を修復していることがわかっている。一つは相同な塩基配列をほとんど必要としない末端結合修復と呼ばれる方法であり、もう一つは相同な配列を要求する相同組換え修復である。分裂酵母Schizosaccharomyces pombeのrad22+遺伝子は、後者の修復系に関与している出芽酵母のRAD52遺伝子と構造的に相同な遺伝子であり、分裂酵母内においてDNA二本鎖切断に対する相同組換え修復系の一因子をコードしている。この遺伝子はRAD52遺伝子同様、遺伝子破壊株が致死とはならないことから、修復といった遺伝物質の安定性には関与しているが細胞の増殖自体には必須ではないと長らく考えられてきた。

 私は、分裂酵母野生株を突然変異誘発物質であるニトロソグアニジン(MNNG)で処理することにより、許容温度においては生育可能であるが35℃以上の非許容温度では細胞周期上の一定の時期で停止し生育不能となる、新たな温度感受性細胞周期(cdc)突然変異株H6を単離した。そこでこのH6株に対して分裂酵母ゲノムライブラリーを導入し過剰発現させたところ、H6株が非許容温度においても生育可能となるような、すなわちこの温度感受性変異を抑制できる遺伝子として、rad22+遺伝子とともに別の新規遺伝子を単離した。塩基配列を決定したところ、この新規遺伝子はrad22+と構造的相同性がみられ、rtil+(rad-twentytwo isogene 1)と名付けた。両遺伝子のうちH6株に対する相補能はrad22+の方が高く、既知のrad22変異株との掛け合わせによりH6株はrad22+の新たな変異株であることが判明し、rad22-H6株と名付けた。更にrad22-H6変異遺伝子の塩基配列を調べたところ、この株の温度感受性細胞周期突然変異はrad22+産物(Rad22)やRAD52産物(Rad52)に共通にみられる領域、すなわち組換え修復に必須な保存領域内における点突然変異によるものであることが判明した。

 rad22+が完全に欠失した細胞(Δrad22)は様々な表現型、すなわち120J/m2紫外線感受性、0.1mg/mlブレオマイシン感受性、Δrad22株同士による交配不能、交配型スイッチングが頻繁に起こるホモタリック株(h90)における致死性を示したが、過剰発現させたrtil+はそれら全ての表現型を有意に抑制することができた。この点と、rti1+単独の欠失株(Δrti1では紫外線感受性、ブレオマイシン感受性、温度感受性ともにほとんど認められなかったことから、Rti1はRad22と機能的にはほぼ同一であるが生理的な役割は副次的である可能性の高いことが考えられた。よって、ヘテロタリックなΔrad22株が致死ではないにも関わらずヘテロタリックなrad22-H6株が高温で致死となる原因は、rad22-H6変異がドミナントネガティブ変異であるからであると考えられ、実際に野生型二倍体株と比べてrad22+/rad22-H6二倍体株は37℃でコロニー形成能が著しく低下したことにより証明された。また、交配型スイッチングの起こらないヘテロタリックな株ではrad22+、rti1+のどちらか一方の遺伝子破壊株は生存可能だったが、両遺伝子ともに欠失した胞子は発芽後最初の細胞周期上でcdc変異株特有の表現型を示して増殖が停止し致死となった。

 以上のことから、rad22+、rti1+は細胞周期上で何らかの必須な機能を担っていることが明らかになったが、それはrad22+の既知の機能の一つである交配型スイッチングヘの関与ではなかった。交配型スイッチングは分裂酵母のヘテロタリックな株においても低頻度で起こっていることが知られているが、交配型スイッチングの起こらないmat1-pΔ17変異共存下でもrad22-H6株は高温で致死となったためである。

 そこで、md22+、rti1+が交配型スイッチングに代表されるような修復以外の機能を持つ可能性を考え、まず.rad22-H6株における細胞周期上の停止点を調べた。非許容温度下、窒素源飢餓状態でG1期に同調培養したrad22-H6株のS期におけるゲノムの複製は、フローサイトメトリーで調べた限り遅延なく行われていた。しかも、パルスフィールド電気泳動によりゲノムの複製レベルをみたところ、複製はほぼ完了しており染色体に異常は観察できなかった。よってrad22-H6株の細胞周期停止点は、少なくともS期終盤以降であることがわかった。更に、rad22-H6Δrti1株ではM期の指標である隔膜の観察される割合でみる限りM期に入るのが遅れていたこと、リン酸化チロシン残基に対する抗体によってCdc2タンパク質のチロシン残基における高レベルなリン酸化が検出されたことから、少なくともM期以前であることも判明した。以上の結果と、rad22-H6とrad1-1チェックポイント変異株との二重変異株が無核細胞などを生み出すカット表現型といわれる典型的なS期停止表現型を示したことより、rad22-H6株の細胞周期停止点すなわちRad22やRti1が必須な役割を担っている時期はS期の終わりであると結論づけた。

 更に、S期の終わりにおけるRad22やRti1の機能を検討した。rad11+は複製タンパク質A(RPA)の大サブユニットをコードしているが、このRPAは複製のみならず相同組換え修復にも関与しており、特に後者においては出芽酵母でRad52などとも機能的関係が認められている。そこで私は、S期の終わりにおけるRad22やRti1のRPAとの相互作用を調べた。rad11-A1変異株は、rad22+またはrti1+を欠失させるかrad22-H6変異との二重変異株にすると、その制限温度が4-6℃程低下し、その制限温度において窒素源飢餓状態のG1期から細胞周期を開始させると染色体複製が不完全な状態で細胞周期が停止した。よって、Rad22/Rti1はRPAと相互作用することが判明した。

 このように、分裂酵母ではRad22/Rti1という二本鎖切断修復成分が、少なくとも部分的にはRPAを介して、DNA傷害一修復系とは無関係な、染色体複製のある段階に必要であると考えられた。そのRad22/Rti1がS期の完了を促進するメカニズムは不明であるが、Δrad22またはΔrti1とrad11-A1変異との遺伝学的相互作用や過剰発現させたrti1+がrad11-A1変異を相補できたことから考えて、少なくともRPAはRad22/Rti1のターゲットであるといえる。ここで、RPAが複製に必須であるにも関わらずrad22-H6株の非許容温度下での複製はほぼ正常である理由として、二通り考えられる。一つは、複製の大部分においてはRad22/Rti1様の因子がRPAを活性化しており、Rad22/Rti1はRad22/Rti1様の因子が不活性化状態にあるS期の終わりに機能しているか、染色体の特異的部分の複製において機能している場合である。もう一つは、RPAは染色体がほとんど複製された後に特異的にRad22/Rti1を必要としている場合である。更に、RPA以外の別のターゲットがある可能性もある。rad11+は1rad22-H6変異を抑制できず、rad22-H6の細胞周期停止点では上述のように複製異常は見られなかったからである。

 Rad22/Rti1がRPAを活性化する機構は不明だが、Rad52とRPAとの相互作用から以下の三通りの仕組みが考えられた。一つはRad22/Rti1がRPAサブユニットの活性化複合体への集合を促進するタイプ、一つはRPAの単鎖DNAへの結合を安定化、促進するタイプ、もう一つは単鎖DNAからのRPAの解離を促進するタイプである。三つ目の機構は、Rad51が触媒するDNA単鎖交換におけるRad52の機能としても知られている。また、rti1+とrad22+は機能的に異なっている可能性もある。tri1+のrad11-A1変異に対する抑制能はrad22+よりも強く、rad11-A1変異との二重変異株ではard11-A1株の温度感受性が有意に低下したからである。

 現在までのところ、Rad22/Rad52の相同遺伝子が他生物でも細胞周期S期の終わりにおいて必須の機能をしているかどうかは明らかではない。他生物の相同遺伝子は必須ではないことが知られている。しかし、それはrti1+のような機能的相同遺伝子が存在したり、またはRad22様因子がS期におけるRPA活性化を主に担っているからなのかもしれない。出芽酵母ではRad52が染色体に局在していること、またヒトではS期に発現がみられることから考えると、少なくとも分裂酵母Rad22/Rti1の機能と共通点のある可能性は高い。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、真核生物の細胞分裂周期における制御機構の詳細を明らかにするため、分裂酵母Schizosaccharomyces pombeの温度感受性細胞周期(cdc)突然変異株を樹立し、これを用いてS期で機能している新たな制御因子の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.分裂酵母野生株をニトロソグアニジン処理することにより高温下で生育不能な新たな温度感受性cdc突然変異株(H6株)を樹立し、これを用いて分裂酵母ゲノムライブラリーを用いた発現クローニングを行い、二種類の遺伝子を単離した。塩基配列を決定したところ、既知遺伝子rad22+とアミノ酸レベルで相同性のみられる新規遺伝子(rti1+)であることが判明した。他のrad22+変異株との掛け合わせにより、H6株は新たなrad22+変異株(rad22-H6株)であることが示された。PCR法によってrad22-H6株のrad22+を単離したところ、rad22-H6の変異点はrad22+と出芽酵母Saccharomyces cerevisiaeのRAD52遺伝子との相同領域における点突然変異であることが示された。

2.rad22+が完全に欠失した変異株(Δrad22株)を作製しrti1+を細胞内過剰発現させたところ、Δrad22株の表現型すなわち紫外線感受性、ブレオマイシン感受性、ホモタリック株における致死性は抑制され、rti1+は機能的にrad22+と同一性の高いことが示された。四分子分析によりΔrad22株にΔrti1全欠失変異を導入したところ、発芽後最初の細胞周期上で増殖が停止し致死となり、Rad22/Rti1は細胞周期の進行に必須の役割を果たしていることが示された。rad22+/rad22-H6二重変異株を作製したところ、このコロニー形成能が高温下で著しく低下したことにより、rad22-H6変異はドミナントネガティブ変異であることが示された。

3.交配型スイッチングの頻度が著しく低いmat1-pΔ17株にrad22-H6変異を導入したところ、高温下で致死となり、rad22-H6株の致死性はDNA二重鎖切断の修復不能と無関係である可能性の高いことが示された。

4.高温下におけるGl静止期からの細胞周期の進行を、フローサイトメトリーやパルスフィールドゲル電気泳動法により核内DNA量やゲノム複製レベルを指標として測定したところ、rad22-H6株の細胞周期停止点におけるゲノム複製はほぼ完了していることが示された。ウエスタンブロッティング法により、rad22-H6株の細胞周期停止点におけるG2/M期制御因子Cdc2のチロシン残基リン酸化状態を測定したところ、高度にリン酸化されていることが示された。以上の結果と、rad22-H6株にチェックポイント変異であるrad1-1変異を導入したところ高温下でcut表現型を示したことにより、rad22-H6株の細胞周期停止点はS期の終わりであることが示された。

5.複製タンパク質A(RPA)大サブユニット遺伝子rad11+の変異株rad11-A1にΔrad22、Δrti1、rad22-H6変異を導入したところ、増殖制限温度が4-6℃程度低下し、この温度下でG1静止期からの細胞周期の進行をフローサイトメトリーにより測定したところ、ゲノム複製が不完全な状態で進行が停止した。以上の結果と、rti1+の過剰発現がrad11-A1変異を部分的に抑制したことにより、分裂酵母ではDNA二本鎖切断修復因子Rad22/Rti1がゲノム複製のある段階において少なくとも部分的にはRPAを介して、修復とは異なる必須な機能を果たしていることが示された。

 以上、本論文は新たな分裂酵母細胞周期変異株rad22-H6を用いて、この変異を抑制する遺伝子rad22+/rti1+の解析から、真核生物細胞周期S期の終わりにおける新たな制御機構の存在を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかったDNA二本鎖切断修復因子の、修復とは異なる増殖上必須な機能の解明に重要な貢献をなすだけではなく真核生物におけるゲノム複製制御機構の解明にも大きく寄与すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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