本論文は、現在の太陽系がどのように形成され、なぜ現在まで安定に存在しているのか、さらには、今後も安定に存在し続けることができるのかという、近代的な天文学、物理学、数学の発展の一つの源泉ともなっている問題について、現代的なアプローチによる解明を目指すものである。 現在の太陽系の長期的な安定性は、現在、太陽系が存在しているという観点からは自明なように思われるかもしれないが、理論的にはパラドクシカルなものである。一つのパラドックスは、1980年代から1990年代にかけての長時間・高精度の数値積分によって、最大リヤプノフ指数が正であり、しかもその値が大きいこと、しかも、それにも関わらず現在の太陽系の構造は長期に渡って変わらないことが示されたということである。もう一つのパラドックスは、それではそのように安定な構造がいったいどのようにして形成されたのかという問題である。現在の標準的な惑星形成モデル、すなわち林モデルによる微惑星の衝突・合体による成長モデルでは、地球軌道程度の位置で地球質量の1/10程度の原始惑星までは成長できるが、そこから地球まで成長できるかどうかは明らかになっていない。本論文は、上の2つの基本的な問題、すなわち、 ・太陽系はどの程度の時間スケールで安定か ・地球型惑星はどのように形成されたか という問題の解明を目指すものである。 主論文は4章からなる。その一部は既に2篇の論文として印刷公表されている。これらの論文はそれぞれ、1名の共著者との連名であるが、論文提出者の伊藤孝士が筆頭著者であるだけでなく、彼の主導で研究が進められたものであることを論文審査において確認した。なお、その論文の内容を主論文のなかに含めることについては、共著者の承諾書が得られている。 主論文第1章は序論であり、以上のような研究の背景や従来の研究の問題点をまとめ、本研究の目的と意義を述べている。 第2章では、現在の太陽系の超長期の安定性について高精度の数値積分を使って調べた結果が報告されている。従来の研究では、全9惑星を積分したものでは最長でも108年までしか行なわれていなかったが、本論文では全9惑星を積分したもので最長4.2×109年、外惑星だけのものについては5×1010年と画期的に長い計算を実現した。このような長い計算を可能とするために、2次のMVS法(mixed-variable symplectic method,あるいはsymplectic mapping method)にwarm start,と呼ばれる特別な出発公式を使うことで十分な精度を実現した。結果として、このような超長期に渡っても惑星系は安定であり、短期間の数値計算で示されていた周期的な軌道要素の変動を続けることが示された。 第3章では、原始惑星から地球型惑星が形成される過程について、特にその過程への木星型惑星の影響について調べている。近年、微惑星と呼ばれる小天体の衝突合体による進化の数値計算は大きく発展した。その結果、従来の通念とは異なり、木星型惑星のほうが地球型惑星よりも先に形成される可能性が高いことが明らかになった。これは、木星型惑星では原始惑星の暴走成長により一気に現在のコアの質量まで成長できるのに対し、地球型では質量が現在の1/10程度のところで暴走成長は止まってしまう。この状態から、どのようにして現在の地球型惑星に進化するのかということが現在大きな問題になっている。なお、上に述べたように木星型惑星は短い時間でできるとわかっているので、この問題では木星型惑星による摂動が重要な役割を果たしている可能性がある。 本論文では、実際に木星・土星の影響を入れた数値計算を行なうことで、その効果について明確な結論を得ている。すなわち、木星・土星が存在しない場合では107年以上に渡って安定であり軌道要素の変化が無視できるような系の場合でも、木星・土星があると原始惑星の離心率が大きな変動を起こすようになり、結果的に原始惑星間の軌道交差や衝突が起きるまでの典型的な時間が107年以下程度まで短くなるということが示されている。 木星・土星の影響は複雑であるが、基本的な効果は原始惑星の離心率の変動と、近点経度の木星のそれとの同期である。この同期によって原始惑星の軌道要素が大きく変動し、しかも同期が完全ではないために離心率の変動が不安定化に寄与することになる。なお、本論文では、さらにこの軌道要素の連動について摂動論的な解析を行なって連動が起きるメカニズムと条件を与え、さらに連動が強い条件下では不安定化がおきにくいことも示している。 第4章はまとめであり、結果のサマリーが与えられ、将来の方向が議論されている。 以上を要するに、本論文は惑星系の超長期安定性および原始惑星系の不安定性という重要な問題に対して新しい知見をもたらしたものであることを審査委員会一同が確認した。 よって学位審査委員会は博士(理学)の学位を授与できると認めるものである。 |