内容要旨 | | シクロオキシゲナーゼ(COX)は細胞膜を構成するリン脂質からホスホリパーゼA2によって生成されるアラキドン酸を基質としてプロスタグランジンE2(PGE2)等、種々の生理活性物質を産生する。COX阻害剤は非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal antiinflammatory drugs、NSAIDs)と呼ばれて臨床において炎症性の発熱或いは疼痛といった自覚症状を改善する薬剤として広く利用されているが、COX系生成物以外の他の炎症への関与が想定される生理活性物質を標的とした抗炎症剤の開発も模索されている。特に5-リポキシゲナーゼ(LOX)によってアラキドン酸より産生されるロイコトリエン類(LTs)はLTB4の強力な好中球走化性因子としての作用やペプチドロイコトリエンとして総称されるLTC4/LTD4/LTE4の血管透過性亢進作用等、COX系生成物とは異なる生理活性を有する点から注目されてきた。しかしながらLTsに認められる生理活性は他の生理活性物質の一部にも認められ、LTsが惹起し得るような炎症反応が別の生理活性物質によって引き起こされている可能性も考えられる。炎症への関与が想定される生理活性物質の数は日々増え続けており、ひとつひとつについてどの炎症のどの時期にどの程度関与しているかを明らかにしていくことが多数の標的候補の中から抗炎症剤開発の焦点を定めるためにますます重要性を増してきていると考えられる。 LOXがCOXと同じアラキドン酸を基質とすることに注目してラットグリコーゲン腹腔浸出細胞のLTB4産生とPGE2産生の両方を抑制する化合物の探索を行い、新規化合物ER-34122が見出された。ER-34122はRBL-1細胞破砕液のLOX活性及びヒツジ精嚢腺ミクロゾーム画分のCOX活性を阻害し、従来のNSAIDsと同様に主として鎮痛作用を通じて患者のQOLを向上させながら、さらにLTs産生阻害に基づいた抗炎症作用を示すことが期待された。そこで実験動物を用いた各種炎症モデルにおけるER-34122の抗炎症作用を代表的なNSAIDであるindomethacinやLOX選択的な阻害作用を有する化合物zileutonと比較し、特にindomethacinでは示し得ないER-34122の抗炎症作用を明らかとすることを目的として以下の検討を行った。 まず、アジュバント誘発関節炎ラットの鎮痛作用を検討したところER-34122はindomethacinと同様、経口投与した用量に依存した鎮痛作用を示した(表)。同様にNSAIDsの抗炎症作用を検討する目的で汎用されているカラゲニン誘発足浮腫においてもER-34122は有効で、これらの結果はER-34122にNSAIDs様の抗炎症作用が期待されることを示唆している。 次にアラキドン酸をマウスの耳朶に塗布することによって誘発した炎症モデルにおいて、ER-34122は耳朶組織に認められる浮腫、ミエロペルオキシダーゼ(MPO、好中球標識酵素)の組織中酵素活性レベル、LTs及びPGE2の産生を抑制した(図1及び図2)。zileutonは浮腫、MPO酵素活性レベル及びLTsの産生を抑制し、これらの指標を抑制するzileutonとER-34122の用量関係ははほぼ並行関係でzileutonが10〜30倍高い用量を必要とした。これに対しindomethacinは検討した最高用量ではほぼ完全にPGE2の産生を抑制しながら、浮腫或いはMPO酵素活性レベルに対しては有意な作用を示さなかった。これらの結果は、アラキドン酸誘発耳朶炎症における主たる炎症性仲介因子はLTsであることと、indomethacinとは異なりER-34122がLOX阻害に基づき好中球集積や浮腫を抑制することを示している。 最後にMRL/MpJ-lpr/lpr(MRL/l)マウスに認められる自然発症関節炎に対する作用を検討した。後肢関節炎を病理組織学的に解析すると初期(10週令)においては滑膜下に認められる軟組織の浮腫と好中球の浸潤が認められ、後期(16週令)ではこれらの病変が軽快するのに代わりパンヌス形成や軟骨破壊といった病変がより重篤度を増していた。 6週令からER-34122或いはindomethacinを1日1回投与するとER-34122は初期に認められる滑膜下軟組織浮腫と好中球の浸潤を有意に改善した。これらの初期病変に対し統計学的に有意差を認めるには100mg/kg/dayを要するものの、1及び10mg/kg/dayの用量においてもER-34122による改善傾向が認められた。これに対し1mg/kg/dayの用量におけるindomethacinは作用を示さなかった。アジュバント関節炎の鎮痛作用(表)のようにCOX阻害を介していると考えられる抗炎症作用を示すためにはER-34122はindomethacinと比較し高用量を必要とし、アラキドン酸誘発耳朶炎症ではER-34122はLOX阻害を介して好中球浸潤及び浮腫を抑制している(図2及び3)。これらの結果はMRL/lマウス関節炎の初期に認められる好中球浸潤や滑膜下軟組織浮腫に対するER-34122の改善作用はCOX阻害よりむしろLOX阻害を介している可能性を示唆している。 表 アジュバント誘発関節炎ラットにおけるER-34122、indomethacinの鎮痛作用図表図1 アラキドン酸誘発耳朶炎症におけるa)浮腫、b)MPO活性レベルに対する作用 被験化合物投与1時間後に2mgのアラキドン酸をマウス耳朶に塗布し1又は2時間後にそれぞれ浮腫又はMPO酵素活性レベルを測定した。□:アラキドン酸非塗布群、■:アラキドン酸塗布対照群、●:ER-34122、○:zileuton、△:indomethacin。図中のデータはMean±SEM(n=5)を表し、*は対照群(■)と、#はアラキドン酸非塗布群(□)との統計学的有意差(p<0.05)を表す。 / 図2 アラキドン酸誘発耳朶炎症におけるa)LTB4、b)LTC4及びc)PGE2産生に対する作用 アラキドン酸塗布の15分後に耳朶組織中のLTB4、LTC4及びPGE2レベルを測定した。他の条件は図1と同一である。図中のデータはMean±SEM(n=5)を表し使用した記号については図1を参照のこと。図3 MRL/lマウス自然発症関節炎の初期におけるa)軟組織浮腫とb)好中球浸潤各群10例のマウスに6週令より図中に示した用量のER-34122又はindomethacinを1日1回経口投与し、10週令時に後肢膝関節を異常の認められない(-)から重篤な病変(+++)までの4段階に病理組織学的に解析した。**は対照群との統計学的有意差(p<0.01)を示す。 LTsは炎症を惹起し得る強力な生理活性を有した物質として知られながら、炎症への寄与度の全貌については今なお明らかとはなっていない。本研究では、アラキドン酸を耳朶に塗布して誘発した炎症反応がLOX系生成物によってほぼ説明が可能であり、またそのモデルを用いてER-34122がin vivoでLTs産生を阻害し好中球集積や浮腫の形成を未然に防ぐことを明らかとした。また、MRL/lマウスを用いてこれらの炎症反応に対応すると考えられる一部の初期関節病変に対してER-34122が改善作用を有することを示し、自然発症の関節炎進展においても初期にLTsが関与する可能性を示唆することができた。 LTs以外の炎症への関与が想定されている他の生理活性物質も含めて、ひとつひとつについて炎症への寄与度の詳細を明らかとしていくことが、炎症全体の理解と臨床上さらに有用な抗炎症剤の開発に重要であると考えられる。 |
審査要旨 | | シクロオキシゲナーゼ(COX)は,細胞膜を構成するリン脂質からホスホリパーゼA2によって生成されるアラキドン酸を基質として,プロスタグランジンE2(PGE2)等の生理活性物質を産生する。COXの活性を阻害する薬物は非ステロイド性抗炎症剤と呼ばれ,炎症性の発熱或いは疼痛といった自覚症状を改善する薬剤として広く利用されているが,近年はCOX系生成物以外の他の生理活性物質を標的とした抗炎症剤の開発も模索されている。特に5-リポキシゲナーゼ(LOX)によってアラキドン酸より産生されるロイコトリエン類(LT)は,強力な好中球走化性因子としての作用や血管透過性亢進作用等,COX系生成物とは異なる生理活性を有する点から以前より注目されてきた。しかしながら,LTと同様な生理活性を有する他の生理活性物質も見出されており,LTの炎症への寄与度の全貌については今なお明らかとはなっていない。「5-リポキシゲナーゼとシクロオキシゲナーゼの活性を阻害する新規化合物ER-34122の抗炎症作用」と題した本論文では,ラット腹腔浸出細胞のLTB4産生とPGE2産生の両方を抑制する化合物の探索から見出された新規化合物ER-34122について,実験動物を用いた各種炎症モデルにおける抗炎症作用を,代表的な非ステロイド性抗炎症剤のindomethacinやLOX選択的な阻害作用を有するzileutonと比較検討した結果を報告している。 1.ER-34122によるLOX系及びCOX系生成物の産生抑制 無細胞系におけるER-34122のLOX及びCOX活性の阻害作用は,それぞれzileutonによるLOX阻害作用及びindomethacinによるCOX阻害作用に匹敵する作用であった。ER-34122は,LOX或いはCOXの活性に対する阻害作用より30〜100倍高い濃度でトロンボキサン合成酵素に対する阻害作用を認めたが,他の検討した酵素の活性に対しては著明な作用を認めなかった。また,ER-34122はヒト多形核白血球,滑膜細胞,単核球のLTB4或いはPGE2産生を阻害した。これらの結果から,ER-34122は強力なLOX障害とCOX阻害の両作用を有することが示された。 2.COX阻害に基づくと考えられるER-34122の抗炎症作用 ER-34122は,非ステロイド性抗炎症剤の抗炎症作用を検討する目的で汎用されるカラゲニン誘発足浮腫あるいはアジュバント誘発関節炎の疼痛を抑制した。したがって,ER-34122には非ステロイド性抗炎症剤と同様の抗炎症作用が期待された。 3.LOX阻害に基づくと考えられるER-34122の抗炎症作用 アラキドン酸をマウスの耳朶に塗布することによって誘発した炎症モデルにおいて,ER-34122が耳朶組織中のLT及びPGE2の産生と浮腫及び好中球の集積を抑制することを見出した。zileutonはLTの産生と浮腫及び好中球の集積を抑制し,indomethacinはほぼ完全にPGE2の産生を抑制しながら,浮腫或いは好中球集積に対しては有意な作用を示さなかった。したがって,アラキドン酸誘発耳朶炎症における主たる炎症性仲介因子はLTであり,ER-34122の浮腫及び好中球集積抑制はLOX阻害作用を介した抗炎症作用と考えられた。 4.MRL/MpJ-lpr/lprマウス自然発症関節炎の初期病変に対するER-34122の作用 関節炎を自然発症するMRL/MpJ-lpr/lpr(MRL/l)マウスでは,初期(10週令)においては滑膜下軟組織の浮腫と好中球の浸潤が特徴的であり,後期(16週令)ではパンヌス形成や軟骨破壊がより重篤度を増すという関節病変の進展が認められた。6週令からER-34122を投与し,ER-34122が初期に特徴的な病変である滑膜下軟組織浮腫と好中球の浸潤を有意に改善することを見出した。これに対しindomethacinは有意な作用を示さず,MRL/lマウス関節炎の初期病変に対するER-34122の改善作用は,COX阻害よりむしろLOX阻害を介している可能性が示唆された。 以上を要するに,本研究はアラキドン酸誘発耳朶炎症がLOX系生成物によって惹起されていることを明らかとし,またそのモデルを用いてER-34122がin vivoでLT産生を阻害し好中球集積や浮腫の形成を未然に防ぐことを見出している。また,ER-34122は,MRL/lマウスに認められる初期関節病変を改善することを示し,自然発症の関節炎進展の初期にLTが関与する可能性を示唆している。これらの研究成果は,LOXとCOXの活性を阻害する新規化合物ER-34122が,従来の非ステロイド性抗炎症剤と同様な鎮痛抗炎症作用を有し,さらにLT産生阻害に基づいた抗炎症作用が期待されることを示唆し,また炎症におけるLTの関与について新たな知見を提供するものであり,博士(薬学)の学位として十分な価値があると認められる。 |