学位論文要旨



No 214324
著者(漢字) 橋本,信一
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,シンイチ
標題(和) L-アラニンデヒドロゲナーゼ保有菌によるL-アラニンの醗酵生産に関する研究
標題(洋)
報告番号 214324
報告番号 乙14324
学位授与日 1999.05.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14324号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 堀之内,末治
 東京大学 助教授 太田,明徳
内容要旨 目的

 グルタミン酸生産菌の発見以来、Corynebacterium glutamicumをはじめとするバクテリアを用いた発酵法は安価な糖源からL-体アミノ酸を製造する優れた方法としてひろく用いられている。ところが最も単純なL-アミノ酸であるL-アラニン(L-Ala)は発酵法ではなくL-アスパラギン酸を酵素的に脱炭酸する方法で商業生産されている。L-Alaの発酵生産検討は古くから試みられているが、2つの障害(異性体D-Alaの副生とL-Alaの生産性)を克服できる菌株が得られなかったため発酵法は実用化されていない。

 D-Alaは全ての真性細菌の細胞壁構成成分であり、L-AlaからAlaラセマーゼ(AR)によって生成すると考えられている。従ってこの活性を除去すればD-Ala副生の問題は解決できると予想される。一方L-Alaは、解糖産物ピルビン酸(Pyr)がアミノ化されて生合成される。生合成が糖の中央代謝に直結していることから、アミノ化反応を効率的に進行させることで生産性の問題を解決できると考えられる。このアミノ化は普通グルタミン酸などをアミノ基供与体とするアミノトランスフェラーゼによって行われる。が、Bacillus属細菌などある種のバクテリアには

 

 の可逆反応を触媒するL-Alaデヒドロゲナーゼ(ALD)が存在することが知られている。この酵素保有菌によるL-Ala発酵例はないが、本酵素を経由したL-Ala生産は解糖産物PyrとNADHを直接L-Ala合成に利用できるため、アミノトランスフェラーゼ経由より効率的と考えられる(図参照)。

 本論文では、このような想定に基づき、ALD活性を有しAR活性を欠損した菌株による高収率・高純度のL-Ala発酵生産系の確立を目的に行った研究の結果およびそこから得られたアミノ酸発酵への新たな視点について述べる。

結果と考察(1)ALD活性保有DL-Ala高生産菌Arthrobacteroxydans HAP-1株の分離と性質およびL-Ala生産菌の造成

 一部のALD保有菌のALD合成はグルコース抑制を受けることが知られているが、このような抑制を持つ菌は目的にそぐわない。グルコース存在下でALDの活性を示しかつDL-Alaを培地中に蓄積する菌を探索し、土壌からArthrobacter oxydans HAP-1株を見いだした。本菌のALD合成はグルコース非抑制だったが、培地中のNH4+に依存して誘導された。ALD活性が高まるにつれて培地中に分泌されるDL-Ala量も増加し、至適条件下では14.5%のグルコースから80g/lものDL-Alaの蓄積が認められた。さらに本菌より誘導したALD欠損変異株がAlaを蓄積せず、代わりにPyrを蓄積したことから、HAP-1株のALDがin vivoでAla合成に機能していることが明らかになった。Ala合成へのALDの関与を遺伝的に実証したのはこれが初めてである。本菌のALDも可逆反応を触媒するが、各々の至適pHは異なり、生理的条件と思われる中性近傍ではほぼアミノ化反応のみを触媒する活性を持っていた。

 本菌は菌体増殖後にAlaを生産し始める独特の生産様式を示した。この原因を探ったところ、ALD活性は培養中ほぼ一定の活性レベルを保つのに対し、PyrをTCA回路へと代謝するPyrデヒドロゲナーゼ(PDH)活性と呼吸に必須なNADH酸化活性は定常期に入ると低下することが分かった。従って、増殖期にはPDHを経由してTCA回路へ流れていたPyr代謝が、定常期にALDを経由したAla合成へとシフトすることで生育非連動型の生産様式がもたらされると考えられる。一方、ALD欠損変異株でも同様の活性低下が観察されたが、定常期になると本変異株の糖代謝は停止した。この事実は、NADH酸化活性が低下した定常期には、解糖でのNADH生成とALDによる消費の共役(図参照)を示唆する。ALDによるAla合成は定常期におけるelectron sinkとしての意義をもち、このために高い生産性が得られるものと考えられる。

 HAP-1株からD-Ala非資化性を指標として、AR欠損変異株を誘導した。得られた変異株はD-Ala要求性を示し、本菌のD-Ala合成にはARが必須であることが確認された。このAR欠損変異株は、97%e.e.の光学純度をもつL-Alaを75.1g/l(投入グルコース14.5%、培養120時間)蓄積し、高純度・高収率のL-Ala発酵が可能であることが実証された。

(2)組換えC.glutamicumによるL-Ala発酵生産

 各種アミノ酸の発酵生産に用いられているC.glutamicumはALD活性を持たないが、高い糖消費能と酸素供給不足になると乳酸を著量蓄積する代謝特性を持っている。乳酸はPyrが乳酸デヒドロゲナーゼによって還元されて生じる(図参照)ので、この特性はALDを介したL-Ala生産に適した特性とみなせる。そこでA.oxydansHAP-1株のALD遺伝子を取得し、それを導入したC.glutamicumによるL-Ala生産試みた。まず大腸菌を宿主とし、活性染色によってALD発現クローンを検出する方法でALD遺伝子含有DNA断片を得た。次にこの断片をC.glutamicumのベクターに連結し直し、C.glutamicumに導入したが、活性は微弱だった。強いプロモーター活性を持つDNA断片をC.glutamicum染色体より単離しALD遺伝子上流に配して活性レベルが21倍上昇した高発現プラスミドを作成した。

図 DL-アラニンおよび関連化合物の生合成経路PMP回路;ペントースモノリン酸回路、LDH;乳酸デヒドロゲナーゼ、ALD;L-アラニンデヒドロゲナーゼ、AR;アラニンラセマーゼ、PDH;ピルビン酸デヒドロゲナーゼ、Pyr;ピルビン酸、L-Ala;L-アラニン、D-Ala;D-アラニン、KG;ケトグルタル酸

 この高発現ブラスミドを導入すると、C.glutamicumAR欠損変異株の酸素制限下での乳酸蓄積量は減少し代わりに著量のL-Alaが生成し、解糖で生じるPyr、NADHは乳酸合成よりAla合成反応に優先的に利用されることが分かった。酸素供給を絞るにつれて消費糖あたりのL-Ala収率は向上したが、生育レベル、糖消費速度は逆に低下した。そこで培養途中で好気的に生育させた後、酸素供給を急激に低下させる培養を行った。酸素供給シフトダウン時点で生育の停止と急激なL-Ala蓄積が観察され、82時間の培養(総投入グルコース20%)で94.8g/lのL-Ala(99%e.e.)生産性が得られた。

総括

 ALD活性を持つAR欠損変異株によって高光学純度のL-Alaを高収率で発酵生産できることが実証された。組換えC.glutamicumの成績は、L-Alaの商業生産に使用可能なレベルに達している。高い生産性は、菌体増殖時の好気的代謝から生産期のALDへのPyr代謝の切り替えと生産期における解糖とALD間の共役によってもたらされる。解糖とアミノ酸生合成系の(還元力を介した)共役は、他のアミノ酸発酵でも検討価値のあるコンセプトと考えられる。

審査要旨

 醗酵法は、安価な糖質からL-体アミノ酸を製造する優れた方法として工業的にひろく用いられているが、L-アラニン(L-Ala)は酵素法によって生産されている。L-Alaの醗酵生産検討は古くから試みられているが、2つの障害(異性体D-Alaの副生とL-Alaの生産性)を克服できる菌株が得られていなかったため実用化には至っていない。本論文は、新たな菌株の探索、変異株の誘導、遺伝子クローニングなどによって上記の障害を克服した工業的に使用可能なL-Ala生産菌株の造成について報告するものである。

 第1章では、L-Alaの効率的生合成に有利と考えられるL-アラニンデヒドロゲナーゼ(ALD)依存的にAlaを過剰生産する菌株の探索について述べている。申請者は醗酵生産条件であるグルコースとアンモニウム塩存在下でALD活性を発現している菌株を見いだすため、活性染色を利用した探索方法を考案し、土壌からArthrobacter oxydans HAP-1株を単離した。本菌のALD合成はグルコース非抑制性、アンモニアイオン誘導性だった。ALD活性に応じて培地中に分泌されるDL-Ala量も増加し、至適条件下では14.5%のグルコースから80g/lもの蓄積が認められた。本菌のALDは可逆反応を触媒するが、生理的条件と考えられる中性近傍ではほぼアミノ化反応のみを触媒する性質を持っていた。さらに、本菌から誘導したALD欠損変異株がAlaではなくピルピン酸を蓄積したことから、HAP-1株のALDはin vivoでAla合成に機能していることが明らかになった。Ala合成へのALDの関与を遺伝学的に実証したのはこれが初めてである。

 第2章ではA.oxydans HAP-1の代謝特性の解析結果について述べている。HAP-1株は菌体増殖後にAlaを生産し始める独特の生産様式を示した。培養中ALD活性は殆ど変動しないが、ピルビン酸をTCA回路へと代謝するピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)活性と呼吸に必須なNADH酸化活性は定常期になると低下することが分かった。従って、増殖期にはPDHを経由してTCA回路に流入していたピルビン酸代謝が、定常期にALDによるAla合成へと変換することが生育非連動型の生産様式の原因と考えられる。ALD欠損変異株でも同様の活性低下が観察されたが、その糖消費は定常期に入って停止した。このことは、NADH酸化活性が低下した定常期には解糖でのNADH生成とALDによる消費が共役し、Ala合成がelectron sinkとして働いている可能性を示唆している。

 第3章では、A.oxydans HAP-1株からのアラニンラセマーゼ(AR)欠損変異株の取得とその変異株によるL-Ala醗酵について述べている。すべての真性細菌の細胞壁の構成成分であるD-AlaはL-AlaからARの作用で合成されると考えられている。HAP-1株でもそうであることが確かめられたので、この活性を消去することでL-Alaのみを生産できると考え、HAP-1株からD-Ala非資化性を指標にAR欠損変異株を誘導した。得られた株はD-Ala要求性を示し、本菌のD-Ala合成にARが必須であることが確認された。このAR欠損変異株は、グルコース14.5%から75.1g/lのL-Ala(光学純度97%e.e.)を蓄積し、高純度・高収率のL-Ala醗酵が可能であることが判った。

 第4章ではALD遺伝子の取得とそれを導入したCorynebacterium glutamicumによるL-Ala醗酵生産について述べている。申請者は、まず大腸菌を宿主として活性染色法によりALD遺伝子を単離した。次にこのDNA断片をC.glutamicum用のベクターに連結し、上流に強いブロモーター活性を配してALD高発現プラスミドを作成した。このブラスミドを導入したC.glutamicumのAR欠損変異株は、培養中に酸素供給をシフトダウンする培養法によって、グルコース20%から82時間の培養で94.8g/lのL-Ala(光学純度99%e.e.)を生産し、工業化レベルのL-Ala醗酵生産ができることが実証された。

 第5章では、上記の結果を総括し、高い生産性は、菌体増殖時の好気的代謝から生産期のALDへのピルビン酸代謝の切り替えと生産期における解糖とALD間の共役によってもたらされると考察した。

 以上のように本研究はL-アラニンの醗酵法による工業生産のための基礎的研究から、実際の生産研究までを行ったものであり、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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