本論文は、近時の木簡・土器・鉄剣などの発掘による盛んな文字資料の発見報告を受け、新たな立場から日本語表記の創造とその展開を論じようとしたもので、5章20節から成る。 第1章では、漢字を用いて日本語を表記することがどのように行われてきたか、を考古学・日本史学の研究成果を利用しつつ、跡づけ、5、6世紀の金石文を検証し、訓の成立を6世紀半ば頃とする説を継体朝・欽明朝の事跡とも関係づけつつ提起した。また、固有名に限られていた万葉仮名が普通語の表記にも広まった時期についても7世紀頃とする説を資料の分析を通して出した。万葉仮名に関しては、音仮名・訓仮名を交用する資料群、「乃(の)」「止(と)」などの万葉仮名を用いている文献群について、その資料の性格等を分析し新見を出している。 第2章では上代における漢字の用法について論じる。まず、上代の文字の用法について、旧来の『万葉集』についてのみの用法分類にとどまっていたのに対し、上代のすべての資料を総括的に捉える立場から、表訓機能・表語機能・表音機能・統合機能・置換機能・表意機能・限定機能・解説機能・副文機能に分類する新説を提示する。個別的な用字法研究として、「所」、「有・在」、「無」「莫」「勿」などの否定字について、記紀・万葉・風土記など主要な上代文献を総合的に分析考察している。 第3章では、上代における類型的な記載様式すなわち表記体の成立を論ずる。漢文法では破格の「和文」、いわゆる変体漢文の始まりを推古朝遺文とする通説を新資料でも再検討し、このような文体の発生には朝鮮の「俗漢文」が影響し、渡来系の人々によって創始されたものとする説を提起した。万葉仮名文の成立に関しては、『万葉集』の柿本人麻呂歌集のいわゆる略体歌と非略体歌の表記の差が意味するものについて論じ、正訓字表記から、借訓表記の付加、音仮名表記の参画、など論者の表記体論の立場からの展開の理論付けをする。また、散文の表記体の一である宣命体の成立について、宣命大書体の成立を天武朝からとすること、この文体が非略体歌的な表記法から発展したものとする近時の通説に対し、それを否定する新説を立てている。万葉仮名文の成立に関しては、記紀や『上宮聖徳法王帝説』など漢文や和化漢文に収められた歌謡・和歌が原則的に一字一音の音仮名によって表記されている意味を論じ、その成立時期を天武朝末〜持統朝初に伝承歌謡の表記のために成立したとする説を出している。 第4章では、語や構文の表記がどのようになされているかについて論じる。『古事記』では動詞と名詞の語順の関係、日本語の付属語表記に関して助字や万葉仮名をどのように用いたか、などを通じて、「変格和文」たる本資料の特質を明らかにする。『万葉集』については、活用語尾の表記に着目し、その形に万葉人の文法意識を抽出する。『風土記』では、各風土記の文体の差、他資料との関係を明らかにする。最後に文体研究という立場から文体要素の体系化を試み、語の選択と省略、語の配列、文章の構成について、古文書・万葉集・古事記・木簡などを対象に立論する。 第5章では、表記形式的に共通する宣命・祝詞を取り上げ、その享受関係を論じたものである。宣命では前代の宣命を下敷きにして成っていることから、その関係を明らかにし、特に称徳期の宣命の特異性を明らかにした。祝詞については、その表現を手がかりに延喜式祝詞の成立時期を推定し、新説を出している。 以上、本論文は、上代日本語の表記研究という研究分野に、新資料の収集・分析による多くの新見をもって新しい地歩を築こうとするものである。本論文の論調・方法は堅実・抑制的で、その考証の成果は十分に信頼できるものである。日本史学・考古学・古代朝鮮語学などの研究成果をも広く取り入れ多くの新しい知見を提起している。ただ、体系化を試みた文字の用法の分類に関してはなお再考の余地があるかと思われるが、全体としては前述のような新説に富む業績であり、上代日本語の表記・文体研究に新たな展開をもたらすものとして、博士(文学)を授与するに値すると判断する。 |