本論文は、新規な臭素化反応及び酵素反応を利用した有用物質の工業的合成に関するもので5章よりなる。 医・農薬としてあるいはそれらの中間体として有用な物質を効率よく製造する手法を見いだすことは、よりよいものをより低コストで生産供給するためにも、ますます重要になってきている。著者はこの点に着目し、-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド及び除草剤Indanofan、(-)-Indanofanの工業的合成法の開発を目的とし、化学合成法と酵素法を組み合わせたハイブリッドプロセスを検討した。 序章で、研究の背景と意義について概説した後、第一章では、酵素法に供するための反応基質の効率的合成法の開拓について述べている。安価で入手容易な3-クロロエチルベンゼン1を出発原料として用いた3-クロロ-、-ジブロモエチルベンゼン2の工業的合成について検討を行った。その結果、3-クロロ--ブロモエチルベンゼンに触媒量のヨウ素の存在下臭素を反応させると、中間体2が得られ、次いで触媒量のn-Bu4NHSO4存在下、水酸化ナトリウム水溶液を2層系で反応させることにより、一挙に3-クロロ--ブロモスチレン3が高収率で得られるという工業規模での新製造法を見いだした。 第二章では、第一章で開発した製造法及びリパーゼによる2級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド5の効率的合成について述べている。 中間体2を触媒量のヨウ素の存在下加水分解することにより2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノール4とし、次にアシル化剤として無水プロピオン酸を用いLipaseQLにより光学分割することで(-)-2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノール4が光学純度>99%eeで得られることを見いだした。この光学分割反応液に水酸化ナトリウム水溶液を2層系で作用させ、これを蒸留することにより(-)-3-クロロスチレンオキサイド5を化学純度>99%、光学純度>99%eeで得ることができた。また、蒸留釜残の不要な対掌体6の効率的なラセミ化法を開発することにより、(-)-3-クロロスチレンオキサイド5の工業的合成法を開発した。 第三章では、第一章で開発した3の合成及びフタル酸ジエチル9を出発する2-エチル-1、3-インダンジオン10の簡便合成を利用した水田土壌処理用除草剤Indanofan12の合成について述べている。ナトリウムエトキシド存在下、酪酸エチルとフタル酸ジエチルとを反応させることにより、従来になく高収率で2-エチル-1、3-インダンジオン10が得られることを見いだした。こうして得られた10及び3から得た塩化アリル8を利用することにより、Indanofan12の工業的合成法を開発した。 第四章では、第三章で述べたIndanofan12の合成における中間体及びリパーゼによる鏡像体選択的エステル交換反応を利用した(-)-Indanofan(-)-12の合成について述べている。アシル化剤として酢酸ビニルを用いLipase Rにより光学分割することで(-)-2-[2-(3-クロロフェニル)-2、3-ジヒドロキシルプロピル〕-2-エチルインダン-1、3-ジオン14が高い光学純度で得られ、次いで立体選択的に閉環することにより(-)-Indanofan(-)-12が高収率で得られることを見いだした。さらに、不要な光学異性体の反転にも成功して、(-)-Indanofanの工業的合成法を開発した。 本研究により見いだされたプロセスは、現在一部実生産が既に開始されており、極めて実用性の高い有用なプロセスである。 以上本論文は、効率の良い新たな臭素化反応をはじめとする化学反応と酵素法とを併用したハイブリッドプロセスの利用により、医・農薬及び中間体の工業的合成法開発したものであって、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |