学位論文要旨



No 214088
著者(漢字) 田中,健
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,ケン
標題(和) 新規な臭素化反応及び酵素反応を利用した有用物質の工業的合成に関する研究
標題(洋)
報告番号 214088
報告番号 乙14088
学位授与日 1998.12.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第14088号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 山口,五十麿
 東京大学 教授 奈良坂,紘一
 東京大学 助教授 作田,庄平
内容要旨

 本論文は、化学合成法と酵素法を組み合わせたハイブリッドプロセスによる、-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド((-)-CSO)及び除草剤Indanofan、(-)-Indanofanの工業的合成に関するものであり、四章よりなる。

 第一章では、酵素法における反応基質の効率的合成法の開発を目的とした、3-クロロ--ジブロモエチルベンゼン及び3-クロロ--ブロモスチレンの工業的合成について述べる。第二章では、第一章で開発した3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンの合成、及びリパーゼによる2級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した、-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイドの工業的合成について述べる。第三章では、第一章で開発した3-クロロ--ブロモスチレンのワンポット合成、及び安価な酪酸エチルを用いた2-エチル-1、3-インダンジオンの合成を利用した、水田用除草剤Indanofanの工業的合成について述べる。第四章では、第三章で開発したIndanofanのラセミ体の工業的合成における合成中間体、及びリパーゼによる1級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した土壌処理用除草剤(-)-Indanofanの工業的合成について述べる。

第一章

 安価で入手容易な3-クロロエチルベンゼンを出発原料として用いた、3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンの工業的合成について検討した。その結果、3-クロロ--ブロモエチルベンゼンに触媒量のヨウ素の存在下臭素を反応させることにより、高収率で3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンが得られることを見いだした。また、3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンに触媒量のn-Bu4NHSO4存在下、水酸化ナトリウム水溶液を2層系で反応させることにより、高収率で3-クロロ--ブロモスチレンが得られることを見いだした。無溶媒の2層系で反応を行うことにより3-クロロエチルベンゼンから3-クロロ--ブロモスチレンをワンポットで合成することができた。本合成法は有機溶媒を一切使用しないため生産性が高く、また回収再利用可能な臭化水素及び臭化ナトリウム以外はほとんど廃棄物が発生しないため、実用的に極めて優れたプロセスである。また、本合成法によりワンポットで得られる3-クロロ--ジブロモエチルベンゼン及び3-クロロ--ブロモスチレンは、副反応が少ないため極めて高純度であり精製操作なく次工程に使用することができた。

 

第二章

 第一章で開発した3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンの合成、及びリパーゼによる2級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した、-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド((-)-CSO)の工業的合成について検討を行った。その結果、3-クロロ--ジブロモエチルベンゼンを水溶媒中で触媒量のヨウ化カリウムの存在下加水分解することにより(±)-2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノールが得られ、次いでアシル化剤として無水プロピオン酸を用いLipase QLにより光学分割することで(-)-2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノールが光学純度>99%eeで得られることを見いだした。この光学分割反応液に水酸化ナトリウム水溶液を2層系で作用させることにより、(+)-プロピオン酸エステルを加水分解することなく(-)-2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノールのみが選択的に閉環し、これを蒸留分離することにより(-)-3-クロロスチレンオキサイドを化学純度>99%、光学純度>99%eeで得ることができた。さらに、不要な異性体の硫酸水による効率的なラセミ化法を開発することにより、(-)-3-クロロスチレンオキサイド((-)-CSO)の工業的合成法を開発することに成功した。

 

第三章

 第一章で開発した3-クロロ--ブロモスチレンのワンポット合成、及び安価な酪酸エチルを用いた2-エチル-1、3-インダンジオンの合成を利用した、水田用除草剤Indanofanの工業的合成について検討した。その結果、塩基としてナトリウムエトキシドを用いエタノールを蒸留分離しながら酪酸エチルとフタル酸ジエチルとを反応させることにより、高収率で2-エチル-1、3-インダンジオンが得られることを見いだした。こうして得られた2-エチル-1、3-インダンジオンと、3-クロロ--ブロモスチレンのグリニャール反応及び塩素化反応により得られた1-クロロ-2-(3-クロロフェニル)-2-プロペンとをカップリングさせてオレフィン体とし、これを過酢酸でエポキシ化することにより、高い一貫収率でIndanofanの工業的合成法を開発することに成功した。

 

第四章

 第三章で開発したIndanofanの実用的合成における合成中間体、及びリパーゼによる1級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した土壌処理用除草剤(-)-Indanofanの工業的合成について検討した。その結果、Indanofanの合成中間体のオレフィン体を過ギ酸で酸化した後加水分解することにより(±)-2-[2-(3-クロロフェニル)-2、3-ジヒドロキシルプロピル]-2-エチルインダン-1、3-ジオンが得られ、次いでアシル化剤として酢酸ビニルを用いLipaseRにより光学分割することで(-)-2-[2-(3-クロロフェニル)-2、3-ジヒドロキシルプロピル]-2-エチルインダン-1、3-ジオンが高い光学純度で得られることを見いだした。この光学分割法を繰り返し用いることにより(-)及び(+)-ジオールがそれぞれ光学純度>99%eeで得られ、これらを立体選択的に閉環することにより(-)及び(+)-Indanofanをそれぞれ光学純度>99%eeで合成することができた。また、結晶化法による(-)-ジオールの簡便な単離精製法、及びエポキシドの酸性条件での加水分解による不要な異性体の反転法を開発することにより、(-)-Indanofanの工業的合成法を開発することに成功した。

 

 以上のように、著者は新規な臭素化反応及び酵素反応を利用したハイブリッドプロセスによる、有用物質の工業的合成法を開発することに成功した。本プロセスは、酵素法の有用物質生産への応用研究において大きく貢献するものと考えられる。本研究により見いだされたプロセスは、いずれも大規模で実施可能で工業化検討を経て現在一部実生産が既に開始されており、極めて実用性の高い有用なプロセスである。

審査要旨

 本論文は、新規な臭素化反応及び酵素反応を利用した有用物質の工業的合成に関するもので5章よりなる。

 医・農薬としてあるいはそれらの中間体として有用な物質を効率よく製造する手法を見いだすことは、よりよいものをより低コストで生産供給するためにも、ますます重要になってきている。著者はこの点に着目し、-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド及び除草剤Indanofan、(-)-Indanofanの工業的合成法の開発を目的とし、化学合成法と酵素法を組み合わせたハイブリッドプロセスを検討した。

 序章で、研究の背景と意義について概説した後、第一章では、酵素法に供するための反応基質の効率的合成法の開拓について述べている。安価で入手容易な3-クロロエチルベンゼン1を出発原料として用いた3-クロロ--ジブロモエチルベンゼン2の工業的合成について検討を行った。その結果、3-クロロ--ブロモエチルベンゼンに触媒量のヨウ素の存在下臭素を反応させると、中間体2が得られ、次いで触媒量のn-Bu4NHSO4存在下、水酸化ナトリウム水溶液を2層系で反応させることにより、一挙に3-クロロ--ブロモスチレン3が高収率で得られるという工業規模での新製造法を見いだした。

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 第二章では、第一章で開発した製造法及びリパーゼによる2級アルコールの立体選択的エステル交換反応を利用した-3受容体作動薬中間体(-)-3-クロロスチレンオキサイド5の効率的合成について述べている。

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 中間体2を触媒量のヨウ素の存在下加水分解することにより2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノール4とし、次にアシル化剤として無水プロピオン酸を用いLipaseQLにより光学分割することで(-)-2-ブロモ-1-(3-クロロフェニル)エタノール4が光学純度>99%eeで得られることを見いだした。この光学分割反応液に水酸化ナトリウム水溶液を2層系で作用させ、これを蒸留することにより(-)-3-クロロスチレンオキサイド5を化学純度>99%、光学純度>99%eeで得ることができた。また、蒸留釜残の不要な対掌体6の効率的なラセミ化法を開発することにより、(-)-3-クロロスチレンオキサイド5の工業的合成法を開発した。

 第三章では、第一章で開発した3の合成及びフタル酸ジエチル9を出発する2-エチル-1、3-インダンジオン10の簡便合成を利用した水田土壌処理用除草剤Indanofan12の合成について述べている。ナトリウムエトキシド存在下、酪酸エチルとフタル酸ジエチルとを反応させることにより、従来になく高収率で2-エチル-1、3-インダンジオン10が得られることを見いだした。こうして得られた10及び3から得た塩化アリル8を利用することにより、Indanofan12の工業的合成法を開発した。

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 第四章では、第三章で述べたIndanofan12の合成における中間体及びリパーゼによる鏡像体選択的エステル交換反応を利用した(-)-Indanofan(-)-12の合成について述べている。アシル化剤として酢酸ビニルを用いLipase Rにより光学分割することで(-)-2-[2-(3-クロロフェニル)-2、3-ジヒドロキシルプロピル〕-2-エチルインダン-1、3-ジオン14が高い光学純度で得られ、次いで立体選択的に閉環することにより(-)-Indanofan(-)-12が高収率で得られることを見いだした。さらに、不要な光学異性体の反転にも成功して、(-)-Indanofanの工業的合成法を開発した。

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 本研究により見いだされたプロセスは、現在一部実生産が既に開始されており、極めて実用性の高い有用なプロセスである。

 以上本論文は、効率の良い新たな臭素化反応をはじめとする化学反応と酵素法とを併用したハイブリッドプロセスの利用により、医・農薬及び中間体の工業的合成法開発したものであって、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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