本論文では、工業的有用性を有するポリビニルアルコール(以下PVAL)系重合体について、その分子構造を核磁気共鳴吸収スペクトル(NMR)を用いて検討するとともに、共重合の手法によりPVALの分子鎖内にイオン基や架橋基を導入し、従来未知かつ工業的有用性を有する機能変性化合物を得ている。本論文は13章からなる。 第1章では、本論文の研究について位置づけを述べ、第2章では手法について述べている。 第3章では、立体規則構造(タクティシティー)の定量によるビニル系高分子のキャラクタリゼーションに関する研究を述べている。PVALは溶媒としてジメチルスルホキシドを使用すると、水酸基のプロトンの交換が抑制され、トライアッドのタクティシティーを反映してよく分離された吸収線が観察されることを見いだした。この発見によりPVALのタクティシティーを容易かつ精度良く測定することが可能になった。 第4章では、13C-NMRの研究により、酢酸ビニル単位とビニルアルコール単位からなる三種類の配列(トライアッド)の分率を精度良く決定できることを見いだし、酢酸基の分布状態の定量法を初めて確立している。これにより、分子構造から乳化・分散性能が設計可能になった。 第5章では、EVOHを13C-NMRで研究することにより、1,4-グリコールの明瞭なスペクトル線を見いだした。定量は、反転結合を考慮した「三元系」の共重合の理論計算により解析した。酢酸ビニルがエチルラジカル末端で反転結合する頻度は2〜6%で、頭尾結合が主体であると結論している。 第6章では、ビニル系高分子のモデル化合物の溶液中でのコンフォーメーションを解析する新手法を検討している。この新手法を用いて、PVALのモデル化合物である2,4-ペンタンジオールの、スピン-スピン結合定数の溶媒効果と温度依存性のすべての条件について12個のコンフォーマーの存在確率を決定した。また、溶媒効果のデータ解析の際に、transとgaucheの位置におけるスピン-スピン結合定数Jt、Jgを決定できた。この定数はNMRを使用してコンフォーメション解析をする上で基本となるものであり、鎖状分子では本論文で初めて決定したものである。 第7章では、PVALの分子鎖中にカルボキシル基、スルホン基、カチオン基、架橋基、を共重合方式により導入する方法を総合的に検討し、PVALの機能的変性を実施した。これにより加水分解度が50〜80モル%のPVALも水溶性となり、新規材料として使用可能となった。この材料は、気体や溶剤に対するバリヤー性を必要とする感熱紙などの情報関連用紙のサイズ剤として最適である。 第8章では、スルホン酸については、SAMPSが共重合速度、反応率などの点で実用的なモノマーであることを見いだしている。スルホン基による変性で得られるPVALの性質は、薬剤を包装する水溶性フィルムなどの応用で効果的である。 第9章では、カチオン基の導入を10種類のカチオン化剤について検討している。その結果、カチオン基を含む(メタ)アクリルアミド誘導体との共重合が最も合理的な変換法であることを見いだし、カチオン変性したPVALを初めて工業化することに成功した。カチオン基の機能は、水に分散した紙パルプへの高度な吸着性、ポリイオンコンプレックスの生成、負に帯電した微粒子の捕捉性とこれを利用した情報記録剤への応用、あるいは乳化剤として使用しカチオン性のエマルジョンを製造できることなどである。 第10章、第11章では、BMAMとの共重合変性により架橋反応が調節可能な自己架橋型のPVALを開発した研究について述べている。本研究はゲル分の膨潤度を測定して高分子-溶媒相互作用パラメータ、を膨潤実験のみから精度良く求めた初めての実験である。 第12章では、架橋基と各種イオン基の両方を含むPVALを合成し、純水中で約400倍、0.1N食塩水中で約60倍の膨純度を示す高膨潤性フィルムを得ている。高分子電解質ゲルの膨潤に関する理論式を整理し、膨純度を求める理論計算を実施して理論式が実測結果をよく説明できることを示している。 以上、本論文はNMRを用いて、PVALのタクティシティー、酢酸基の分布、酢酸ビニルの反転結合およびモデル化合物のコンフォーメーション解析など高分子の基礎化学に重要でかつ工業的に有用な分子構造解析法を明らかにするとともに、共重合による新規な機能変性PVALとして、カルボキシル基、スルホン基、カチオン基および自己架橋性基を有するPVALを新材料として開発したもので物理化学的に貢献するところ大である。また、本論文の研究は、本著者が主体となって考え実験を行い解析したもので、本著者の寄与は極めて大きいと判断する。 従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 |