Cholecystokinin(CCK)は、はじめ腸管で見つかり後に中枢神経系でも存在が確認された、いわゆる脳-腸管ペプチドと呼ばれる神経ペプチドの1つである。脳のCCKは主に8アミノ酸よりなるCCK-8として存在する。脳内では、大脳皮質、海馬に高濃度存在し、他に線条体、側坐核、視床下部、下位脳幹にも存在する。その受容体は、薬理学的および遺伝子クローニングによりCCKA(末梢型)およびCCKB(中枢型)受容体に分類され、両サブタイプとも7回膜貫通構造を持つG-タンパク共役型受容体である。中枢神経系では、主にCCKB受容体が分布するが、CCKA受容体も一部に存在する。 疾患との関連でCCKが注目されたのは、ドーパミン(DA)神経での共存が見出された事(1980)に始まる。1982年にDA神経系の異常が原因とされる精神分裂病に対する改善効果が指摘され、また、1989年にはCCKアナログが、一部の痴呆患者で有効だったという興味深い臨床例が報告された。CCKは、分裂病との関連が示唆されている中脳DA神経系よりも、痴呆との関連が深いと考えられる大脳皮質、海馬に高濃度に分布する。また中枢神経系の賦活化を示唆する作用として不安惹起作用、学習・記憶増強作用が示されており、神経細胞保護効果を示唆する作用として、我々のグループにより脳虚血後神経細胞傷害に対する保護効果も見出された。 この様に、動物レベルでCCKによる神経系の賦活作用と細胞保護作用が示唆されているものの、これらの作用が、神経細胞に存在するCCK受容体を介して細胞レベルでも認められるのか、また脳に存在するどちらの受容体サブタイプを介するのかという点は不明であった。そこで本研究では、これらの点について神経細胞レベルで検討した。また、神経細胞でのCCK作用の検討の過程で見出したCCKB受容体を介する反応の脱感作についても若干の検討を加えた。 1.CCKによる神経細胞の興奮性上昇とそのイオン機構1-1.海馬CA1野錐体細胞での膜電位変化とその機序 個体レベルでの不安惹起作用や学習・記憶増大作用は、神経の興奮性増大を予想させ、事実CCK適用による海馬神経の発火頻度増大が見出されている。しかし、そのイオン機構解析に必要な単一細胞レベルでの詳細な検討は行われていなかった事から、海馬CA1野錐体細胞に対しパッチクランプ全細胞記録を行い、CCK適用によってもたらされる電気生理学的性質の変化を検討した。 培養および急性海馬切片CA1野錐体細胞から膜電位を記録し、CCK-8(100nM)を適用すると脱分極反応および後過分極抑制が認められた。この作用は、CCKB受容体アゴニストのCCK-4(300nM)でも認められ、同受容体アンタゴニストの(+)L-365,260(1M)によって消失する事から、CCKB受容体を介する反応である事が明らかとなった。 次に、これら2つの膜電位変化の機序について検討した。-40mVに膜電位固定した錐体細胞にCCK-8(100nM)を適用すると脱分極に対応する膜抵抗の増大を伴った内向き電流が得られた。この電流の逆転電位は約-92mVでK+イオンの平衡電位に近く、また直線的な電位依存性を示し、リークK+電流の抑制による電流であると判断された。また、後過分極に対応する電流成分(後過分極電流)はK+イオンの平衡電位に近い約-93mVに逆転電位を持ち、Ca2+チャネルを遮断するCd2+(100M)適用で消失した事からCa2+-依存性K+電流であり、この電流もまたCCK-8(100nM)で抑制された。 1-2.電位依存性Ca2+電流の抑制 CCKによるCa2+依存性K+電流抑制機序としてCa2+チャネルへの影響が考えられる事から、Ca2+電流に対する影響を検討した。その結果、高閾値電位依存性Ca2+電流が部分的に抑制され、Ca2+依存性K+電流抑制にCa2+電流抑制が一部関与する可能性が示唆された。 さらに、この作用の細胞内機序を検討した。細胞内液のGTPをGTPS(300M)あるいはGDPS(300M)に置換するとCCK-8の抑制効果はそれぞれ増大および消失し、この作用へのG-タンパクの関与が示唆された。また、ホスファターゼ阻害剤、オカダ酸(100nM)の細胞内適用により抑制作用が増大し、プロテインキナーゼ阻害剤、staurosporine(400nM;Sta)によって作用が消失した事から、CCKによるCa2+電流抑制作用へのSta感受性プロテインキナーゼの関与が示唆された。 以上、海馬CA1野錐体細胞に対する電気生理学的検討から、CCKは、錐体細胞のCCKB受容体を介し2種のK+電流(リークK+電流、Ca2+依存性K+電流)を抑制し、脱分極惹起作用および後過分極抑制作用により神経細胞の興奮性を上昇させる事を初めて見出した。また、Ca2+電流抑制作用を哺乳類の中枢神経系で初めて見出すと共に、この作用へのSta感受性プロテインキナーゼの関与を示唆する結果を得た。 2.CCKおよび類縁ペプチドによる神経細胞保護作用2-1.CCKによるグルタミン酸(Glu)惹起神経細胞傷害の抑制 個体レベルで、CCK類縁ペプチドによる脳虚血後神経細胞傷害抑制作用が見出された。しかし、神経細胞レベルでのCCKによる細胞保護効果に関する検討は、当時全く行われていなかった。一過性脳虚血による神経細胞傷害はGluの過剰遊離による興奮毒性と考えられている。そこで、培養神経細胞のGlu惹起細胞傷害に対するCCKおよび類縁ペプチドの作用について検討した。 ラット胎児脳より得た培養神経細胞にGlu(500M)を適用し、損傷を受けた細胞より培養液中に漏出する細胞質酵素、lactate dehydrogenase(LDH)活性を傷害の指標とした。CCK-8や類縁ペプチドのceruletideは、GluによるLDH漏出を用量依存的に抑制した。また同様な作用は、CCKB受容体アゴニストのgastrin-Iでも認められ、同受容体アンタゴニストの(+)L-365,260によって消失する事からCCKB受容体を介する事が明らかとなった。 2-2.CCKによるGlu誘発細胞内Ca2+濃度([Ca2+]i)上昇の抑制 CCKによるGlu惹起神経細胞傷害の抑制から、CCKB受容体を介したGlu惹起反応の抑制が予想される。Gluにより神経細胞に惹起される反応として[Ca2+]i上昇が知られており、これは細胞傷害責任因子の1つと考えられている。そこで、培養神経細胞でのGlu惹起[Ca2+]i上昇への影響について検討した。CCK-8およびceruletideはGlu(10M)惹起[Ca2+]i上昇を有意に抑制し、その用量反応性がGlu惹起傷害抑制効果のそれに近かった事から、細胞傷害抑制への[Ca2+]i上昇抑制の関与が示唆された。また、薬理学的検討によりこの作用がCCKB受容体を介する事が明らかとなった。 以上、培養神経細胞を用いた検討から、CCKが神経細胞のCCKB受容体を介しGlu惹起神経細胞傷害を抑制する事を見出した。また、その機序にGlu惹起[Ca2+]i上昇の抑制が示唆された。 3.CCKB受容体の脱感作に関与するプロテインキナーゼ 電気生理学的検討の過程でCCKB受容体を介する反応の脱感作を見出した。他のG-タンパク共役型受容体の脱感作にセリン/スレオニンキナーゼの関与が見出されており、CCKによるCa2+電流抑制作用への関与が示唆されたSta感受性プロテインキナーゼが負のフィードバックとしての脱感作にも関連するのではないかと考えた。しかし、この点についてCCKB受容体に関しては全く報告が無かった事から、同受容体を持ち簡便にアッセイが可能な株化細胞GH3細胞を用いて検討を行った。 この細胞にCCK-8(1M)を適用すると[Ca2+]iおよびIP3濃度上昇が認められ、これらのCCK惹起反応は、CCK-8前処置により脱感作を受けた。CCK-8処置による脱感作からの回復はホスファターゼ阻害剤calyculin A(100nM)により有意に遅延し、脱感作へのセリン/スレオニンキナーゼの関与が示唆された。また、CCK惹起反応は、ホルボールエステル前処置によっても抑制された。CCK-8前処置による脱感作に対するSta(100M)の影響を調べると、程度は小さいが有意な抑制が認められた。 以上より、脱感作へのSta感受性プロテインキナーゼの関与が示唆されたが、その程度は比較的弱く他の機構の参与も推測された。 4.総括 細胞レベルでのCCKの作用を検討し、以下に示す中枢型CCK受容体を介する神経細胞機能修飾についての新知見を得た。 CCKは、神経細胞のCCKB受容体を介し、 (1)2種のK+電流(リークK+およびCa2+依存性K+電流)を抑制し脱分極および後過分極抑制を起こし神経細胞の興奮性増大に関与する事を見出し、Ca2+依存性K+電流抑制の機序にstaurosporine感受性プロテインキナーゼを介したCa2+電流抑制の関与が示唆された。 (2)また、Glu惹起神経細胞傷害に対する保護効果を見出し、その機序にGlu惹起[Ca2+]i上昇抑制の関与が示唆された。 さらに、GH3細胞を用い、 (3)CCKB受容体の脱感作にstaurosporine感受性プロテインキナーゼを含む複数の経路の関与が示唆された。 以上の結果から、神経細胞レベルでCCKは、CCKB受容体を介しそれぞれ異なった機序により神経細胞の興奮性上昇と神経細胞保護効果を示す事が明らかとなった。 |