学位論文要旨



No 213849
著者(漢字) 中山,亨
著者(英字)
著者(カナ) ナカヤマ,トオル
標題(和) 昆虫フェロモン類の合成研究
標題(洋)
報告番号 213849
報告番号 乙13849
学位授与日 1998.05.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13849号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 山口,五十麿
 東京大学 助教授 渡邉,秀典
内容要旨

 本論文は、第一章のチャバネゴキブリの集合拘束物質;Blattellastanoside A類縁体の合成、第二章のバナナの重要害虫、バナナゾウムシの集合フェロモンの合成、そして第三章の茶園の新しい害虫、ナガチャコガネの性フェロモンの合成より成る。

 第一章では、最近構造が確定したチャバネゴキブリの集合拘束物質の構造活性相関の知見を得るため、主成分;Blattellastanoside Aをリード化合物とした類縁体の合成を行い、合成できた類縁体並びに天然型アグリコンの生物試験の結果、構造相関にかかわる知見を得た。

 

 まず側鎖と活性発現の関係、ついで側鎖を固定しステロイド環の官能基の変換、更に糖部分の変更を順次行うこととし、以下の化合物の合成検討を行った。ステロイド骨格をコレステロールに変換したコレステロール型類縁体3、及びアンドロステノールに変換したアンドロステノール型類縁体4。6位の塩素原子をフッ素原子に変換したフルオロ類縁体5、及び臭素原子に変換したブロモ類縁体6、または水素原子に変換したデクロロ類縁体7。糖部分をガラクトースに変換したガラクトピラノシド類縁体8、及びマンノースに変換したマンノピラノシド類縁体9。

 

 合成法は森らの手法を参考とし、10をエポキシ化した後、塩素化、Jones酸化、酸存在下の脱水反応そして本合成反応の鍵となったエピメリ化反応を順次行わせ11(体)と12(体)の混合物を得た。12の収率を向上させるため本エピメリ化反応を詳細に検討し、回収される11を再処理する事により収率は、56%から最高74%に達した。得られた12を選択的還元次いで、エポキシドを導入して、アグリコン13とした。最後に、Konigs-Knorr法により配糖体とし、糖部分の保護基を脱離させて類縁体3の合成に成功した(10より通算9工程、24%収率)。以下同様にして、スチグマステロールまたはエピアンドロステノンを用いて残りの類縁体の合成を検討したが、当初計画した8種の類縁体すべてを合成することはできなかった。合成できた4種の類縁体(出発原料より9または13工程、通算収率8〜25%)及び新たに合成した天然型アグリコン二種の生物活性試験により、『本フェロモンの活性発現には、ステロイド化合物の側鎖部分および糖部分が不可欠であるが、D-ガラクトピラノシドは活性発現に寄与しないこと。さらにハロゲン原子は塩素原子よりフッ素原子の方が寄与が大きい』という構造活性相関に関する新たな知見を得ることができた。更にフッ素類縁体は天然体よりも活性が高いことが判明した。

 

 第二章では、最近見いだされた世界中のバナナ農園の重要害虫、バナナゾウムシの集合フェロモンの主成分;Sordidin16の合成に関する。16の立体配置の解明ならびに構造活性相関を明確にするため、ラセミ体および両鏡像体の簡便な合成法を検討した結果、天然体が(1S,3R,5R,7S)の立体配置を有することを初めて明らかにした。

 

 ラセミ体の合成は、19から出発し、ジエチルケトンをアルキル化した後、カルボニル保護そしてプロピレンオキシドと反応させて20を得た。20をTBS保護、エポキシ化ついでLiAlH4還元し21を得た。21を環化させ目的物16とそのエピマー17の混合物、ならびに別の二つのジアステレオマーは18として回収した(16と17の混合物の収率は分取前まで通算7工程17%)。16および17は容易にエピメリ化し混合物を与える事が判明した。鏡像体合成は16の10位メチル基を制御するために、(S)-プロピレンオキシドを用いた以外は全く同様にして(+)-16を得た。一方、(-)体は(+)体の合成中間体(+)-20の二級水酸基の立体を反転させた後、同様にして合成した。得られた両鏡像体の鏡像体純度は(-)-16が95%e.e.、そして(+)-16が92%e.e.であり、GC分析の結果、天然物は(1S,3R,5R,7S)の配置を有する(+)-16であることが初めて明らかとなった。ラセミ体の生物試験では、単独では活性が認められなかったが、バナナの樹の組織と混合した場合に活性が認められた。

 

 最後に、静岡県の茶園などで被害が確認されているナガチャコガネの性フェロモンの合成に関して述べた。本フェロモンの天然型はすでに合成されているが、合成法の簡素化、天然物の物性確認更に、立体構造と生物活性の相関を明確にするため、ラセミ体ならびに両鏡像体の合成を検討した結果従来法より短い工程で合成に成功した。生物試験ではラセミ体においても活性を有することが初めて分かった。

 ラセミ体は、23より誘導できる24の選択還元の後、酸化してWittig反応にもちいるべく25とした。一方、側鎖部分は、26をWittig試薬27に変換した後、25とWittig反応を行いシス選択的(Z/E=96.5/3.5)に22を合成した(通算6工程、収率34%)。一方、両鏡像体の合成は、酵素を用いて種々検討を重ねた結果、不斉アシル化反応を利用して純度よく両鏡

 像体に分割した。各鏡像体は再度酵素処理を行い高鏡像体純度にて目的物に変換した。天然型(R体)は95%e.e.(通算10工程、収率10%)、そして非天然型(S体)は94%e.e.(通算9工程、収率7%)であった。ラセミ体の生物試験において生物活性が認められたことで、実用的なフェロモンの供給は極めて容易となり、害虫防除に利用するに当たって、経済上極めて有益な知見が得られたことになる。

 

 以上のように、本論文は昆虫フェロモン類の合成研究を扱い、チャバネゴキブリの効果的な駆除に成り得る生態物質誘導体を見出し、殺虫剤が使用しにくい環境下に生息するバナナゾウムシ並びにナガチャコガネに対する新しい駆除の可能性を提供するというフェロモン物質の応用に合成化学的立場から追求した。今後、フェロモン科学の発展に関して一助になると確信する。

審査要旨

 本論文は、昆虫フェロモン類の合成に関するもので三章よりなる。昆虫フェロモンは高い種特異性を示すため、フェロモン剤を用いることによりある特定の種の昆虫の行動等のみををコントロールし、防除することができる。特に害虫が、食品に関わる害虫である場合、農薬に代わる防除薬としての利用が期待されている。筆者はこの点に注目し、実用性の追求も視野に入れて三種の昆虫のフェロモンやその類縁体を合成している。

 まず序論で研究の背景を概説した後、第一章では、最近構造が確定したチャバネゴキブリの拘束物質の構造活性相関の知見を得るための、主成分のBlattellastanoside A類縁体の合成とそれらの活性について述べている。まず側鎖の変更、ついで側鎖を固定しステロイド環の官能基の変換、更に糖部分の変更を順次行うこととし類縁体合成の検討を行った。

Scheme 1. コレステロール型誘導体の合成法

 Scheme1に示したように合成は森らの手法を参考にした。但し10から11と12の混合物への変換は、これらが容易にエピメリ化することを見いだし、11の再処理により収率を45%から74%に改善した。次に12から13を経由して類縁体3に導いた(10より通算9工程、24%収率)。以下同様にして、スチグマステロールまたはエピアンドロステノンを出発原料として合計4種の類縁体を得た(出発原料より9または13工程、通算収率8〜25%、Scheme2)。これらおよび天然型アグリコン二種の生物活性試験により、構造活性相関に関する新たな知見を得た。特にフッ素類縁体は天然物よりも活性が高いことが判明した。

Scheme 2. Blattellastanoside A類縁化合物の合成

 第二章では、最近見いだされた世界中のバナナ農園の重要害虫のバナナゾウムシの集合フェロモンであるSordidin16のラセミ体および両鏡像体の簡便な合成と絶対立体配置の決定について述べている。ラセミ体の合成はScheme3に示すように、19から出発し、数工程を経て20とした。更に20を21に誘導した後、環化させ、目的物16とそのエピマー17、ならびに18の混合物を得た。16は最終的にGC分取して純粋にした。16および17は容易にエピメリ化し混合物を与えることが判明した。鏡像体合成は、16の10位メチル基を制御するために、(S)-プロピレンオキシドを用いた以外は全く同様操作にて(-)-16を得た。一方、(+)体は(-)体の合成中間体(+)-20の二級水酸基の立体を反転させた後、同様にして合成した。得られた両鏡像体の鏡像体純度は(-)-16が95%e.e.、そして(+)-16が92%e.e.であり、天然物とのGCの比較分析の結果、天然物は1S,3R,5R,7Sの配置の(+)-16であることが初めて明らかとなった。

Scheme 3. Sordidin 16のラセミ体合成Scheme 4. Sordidin 16の鏡像体合成

 第三章では、静岡県の茶園などで被害が確認されているナガチャコガネの性フェロモン(22)の合成に関して述べている。合成法の簡素化、天然物の物性確認さらに立体構造と生物活性の相関を明確にするため、ラセミ体ならびに両鏡像体の合成を検討した結果、従来法より短い工程で合成に成功した。ラセミ体は、23から25を調製する一方、側鎖部分は、26を27に変換した後、25とのシス選択的なWittig反応を行い、短工程で22を合成した(通算6工程、収率34%)。一方、両鏡像体の合成は、22から誘導したヒドロキシエステルを酵素を用いた不斉アシル化反応で分割し、各鏡像体の純度を向上させて目的物を得た。

 天然型(R体)は95%e.e.(通算10工程、収率10%)、そして非天然型(S体)は94%e.e.(通算9工程、収率7%)であった(Scheme5)。ラセミ体の生物試験において生物活性が認められたことで、実用的なフェロモンの供給は極めて容易となり、害虫防除に利用するに当たって、経済上極めて有益な知見が得られたことになる。

Scheme 5.性フェロモンの合成

 以上のように、本論文は昆虫フェロモンの合成研究を行い、チャバネゴキブリの効果的な駆除法になり得る生態物質誘導体を見出し、また殺虫剤が使用しにくい環境下に生息するバナナゾウムシ並びにナガチャコガネに対する新しい駆除の可能性を提供したもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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