ケトンの脱プロトン化によって得られるエノラートは、有機合成化学において繁用される代表的な炭素求核剤である。しかし、これをマイケルドナーとして用いたエナンチオ選択的なマイケル反応の例は極めて限られている。本論文は、ケトンのリチウムエノラートをマイケルドナーとし、キラルなアミンをリチウムの不斉配位子として用いたエナンチオ選択的なマイケル反応の検討を行った経緯を記したものである。 四座配位子型キラルアミン(1)をリチウムに対する配位子として用いると、リチウムエノラートのアルキル化反応が臭化リチウムの存在下に高エナンチオ選択的に進行する例はすでに知られていた。この結果は、リチウムエノラートのエナンチオ面の識別がこの条件で可能であることを示している。そこで、メチルケトンのリチウムエノラートをマイケルドナーとしたマイケル反応においても、この手法が適用できるかを検討した(Table 1)。 Table 1. Enantioselective Michael Reaction of Ketones(2)Using 1 as a Chiral Ligand その結果、芳香族メチルケトン(2)のリチウムエノラートをドナー、ベンジリデンマロン酸エステル(3,X=Y=CO2R)をアクセプターとしたマイケル反応は、アクセプターのエナンチオ面を識別することにより、最高94%ee(収率52〜94%)で付加体を与えることが判明した。 この反応において、メチルケトン(2)の代わりにアルキルケトン(5)を用るとき、連続した二個の不斉三級炭素を持つ付加体(7)がエナンチオ選択性およびジアステレオ選択性がどのように制御できるかを次に検討した(Table2)。 Table 2. Enantio-and Diastereoselective Michael Reaction of Ketones(5)Using 1 as a Chiral Ligand その結果、フェニルアルキルケトン(5)のリチウムエノラートをドナー、アルキリデンマロン酸エステル(6)をアクセプターとしたマイケル反応は、ドナーおよびアクセプターのエナンチオ面を同時に識別することにより、付加体(anti-7)を高いジアステレオ選択性、エナンチオ選択性で与えることが判明した。 以上、本研究は、化学量論量のキラルアミン(1)を必要とするものであって、これを触媒化することには成功していないが、ケトンのエノラートをドナーとしたエナンチオ選択的なマイケル反応の新たな例を、また、鎖状ケトンのエノラートをドナーとするエナンチオ選択的な反応の初めての例を示したものとして、有機合成化学に寄与するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと認める。 |