学位論文要旨



No 213583
著者(漢字) 佐々木,淳
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,アツシ
標題(和) ガラクトース誘導体を認識素子としたリポソーム修飾リガンドの合成と認識 : 構造相関に関する研究
標題(洋)
報告番号 213583
報告番号 乙13583
学位授与日 1997.11.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13583号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 首藤,紘一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
内容要旨 1.

 肝細胞表面にはガラクトースレセプターがあり、これを介してアシアロ蛋白などが取り込まれる。これを利用して、リポソームの表面をガラクトースを有する低分子リガンド等で修飾して肝ターゲティングする試みはいくつもなされてきた。また、リガンドの構造は多様だが、膜に埋まるアンカー、及びアンカーと認識素子をつなぐスペーサーの構造は様々であり、その必要条件は明確でなかった。そこで筆者は、効率的にリポソームを取り込ませるためのリガンド構造上の条件を明らかにすることを目指した。

2.実験方法

 リポソームの組成は、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC):コレステロール:ジセチルリン酸(DCP):糖リガンド10:10:1:2である。リポソームは、通常のBangham法で調製し、粒径を100nm前後に揃えた。こうして得られるリポソームはMLV(multi-lamellar vesicle)である。

 内水層は、マーカーとして3H-イヌリンでラベルした。次いでリポソームをSD系雄性ラットに静注して経時的に採血し、6時間後に屠殺して臓器分布を調べた。なお、コントロールは、糖リガンドを含まない点だけが異なるリポソームである。

3.リン脂質誘導体リガンド

 当初用いたリガンドの構造は図1に示した。認識素子にはガラクトースを用い、これと、脂肪鎖のアンカーとをリン酸とethylene glycolから成るスペーサーでつないだ。この場合、リン酸残基部が膜の表面に固定され、スペーサーは短くて済むと予想した。

図1 リン脂質リガンドの構造

 まず、図1に示した5つのリガンドを比較した。アンカー部の脂肪鎖は、DPPCとほぼ同じ長さに統一した。合成法の概要は図2に示した。

図2 リン脂質リガンド合成法

 次いで体内動態を調べた。二本鎖アンカーをもつリガンドで修飾したときには血中濃度が急速に減衰したが、一本鎖あるいはコレステロールアンカーでは減少は緩やかで、コントロールとほぼ同様であった。一方、肝分布では、二本鎖アンカーのリガンド修飾で40% of doseの集積が認められた。

4.Ethylene glycolスペーサーの導入とアンカー部の影響

 次いでリン酸エステルを、よりシンプルなethylene glycolのオリゴマーに替え、アンカー部分での、分岐の有無及び脂肪鎖の長さの影響をさらに詳細に検討した。

 リガンド合成は、まずスペーサー部分を作り、次いでgalactose peracetateにスペーサーを導入し、アジド基を還元した。ここにアンカーとなるカルボン酸を縮合させ、最後に脱保護して目的物を得た(図3)。

図3 エチレングリコール鎖リガンドの合成

 まず、スペーサーの長さを統一し、DPPCとほぼ同じ長さの脂肪鎖を持つC15の一本鎖、即ちパルミチン酸、及びC16の二本鎖カルボン酸を比較した。また、やや長い一本鎖であるアラキジン酸、DPPCの約2倍の長さのアンカーとなるメリシン酸、分岐は有するが、鎖長が半分のC8二本鎖カルボン酸、それにコレステロールをアンカーとして導入した。

 しかし、メリシン酸、C8二本鎖カルボン酸の二種のリガンドではリポソームが凝集し、それ以上の検討はできなかった。即ち、アンカーには適当な長さが必要であることが示唆された。残る四つのリガンドによる修飾では、ヒママメRCA120レクチンによる凝集が認められた。RCA120レクチンはガラクトース残基を認識するので、いずれも表面のガラクトースがレクチンで認識されたことが判る。

 次にこのリポソームの体内動態を調べた。二本鎖アンカーをもつGal-t-psaでは血中濃度が急速に減衰したが、一本鎖あるいはコレステロールでは減少は緩やかであった。急速な血中濃度減衰をみせたGal-t-psaの場合には、それに照応する40%of dose程度の肝集積が認められた。

5.スペーサーの影響

 次に最も高い集積を示したC16二本鎖アンカーを用い、スペーサーの長さを変えて影響を調べた。なお、合成法は、先の場合と同様である。RCA120レクチンでの凝集では、エチレングリコール鎖長が3以上の場合のみ凝集が認められた。

 体内動態に関しても鎖長が3以上のときにのみ血中濃度が急速に減衰し、肝臓へ集積した。これは、先の凝集の結果と対応している。

6.ガラクトース6位リン酸エステル誘導体リガンド

 シアル酸誘導体修飾でリポソームがRES回避するとの報告がある。このシアル酸をガラクトースリン酸エステルに翻訳したGa6P-t-psaとGal6P-m-pa(図6)を比較した。Gal6P-m-pa(11)修飾の場合にはコントロールと略同様の動態であった。それに対し、Gal6P-t-psa(12)修飾の場合は血中からの急速な消失と、対応した肝及び脾臓への集積が認められた。この肝集積は、リポソーム表面に糖部分が露出していたため、リン酸エステルが血中のphosphataseで分解されてガラクトースとなり、これが肝臓のレクチンで認識されたものと推察している。

図6 ガラクトース6位リン酸エステル誘導体
7.まとめ

 I)ガラクトースによる肝ターゲティングでは、1.アンカーは適当な長さのアルキル二本鎖が適する、2.糖が認識されるにはスペーサーがエチレングリコール鎖長は3以上が必要、3.高極性スペーサーの場合には短いものでもよい。

 II)ガラクトース-6-リン酸誘導体では、passive targetingでも、認識素子の構造特異性を利用するにはリガンドの構造が重要である、といった点が明らかとなった。

 以上のように、糖を認識素子としてリポソームのターゲティングを指向する場合にリガンドの構造に求められる条件について、ガラクトースによる肝ターゲティングモデルを中心にして明らかにすることができた。

 一方、動態の変化が、修飾の影響によるのは確かだが、その変化が認識素子の生体からの認識に基づくと結論するのは容易ではない。これは、active targetingであるか、passive targetingであるかの如何に関わらず、問題となり得る。従ってリポソーム修飾に際して認識素子のポテンシャルを正確に見定めるには、リガンドのリポソーム膜上での存在形態と動態上の効果とを併せて検討する必要がある。

 リポソームはDDSの重要な手法であり、現在も精力的に研究が進められている。今回の結果もこういった研究に役立つことを願ってやまない。

審査要旨

 細胞表面にはガラクトースレセプターがあり、これを介してアシアロ蛋白などが取り込まれる。これを利用して、リポソームの表面をガラクトースを有する低分子リガンド等で修飾して肝ターゲティングする試みはいくつもなされてきた。そのリガンドの構造は多様だが、膜に埋まるアンカー,及びアンカーと認識素子をつなぐスペーサーの構造は様々であり、その必要条件は明確でなかった。佐々木の研究はリガンドが効率的にリポソームに取り込まれ標的臓器へ到着されるためのリガンドの構造の条件を明らかにし、特定臓器へのターゲッテングのための一般則の解明を目指した。

 リポソームの組成は、ジパルミトイルフォスファチジルコリン(DPPC):コレステロール:ジセチルリン酸(DCP):糖リガンド 10:10:1:2を基本とし、粒径を100nm前後に揃えたMLV(multi-lamellar vesicle)である。内水層は、マーカーとして3H-イヌリンでラベルした。次いでリポソームをSD系雄性ラットに静注して経時的に採血し、6時間後に屠殺して臓器分布を調べた。なお、コントロールは、糖リガンドを含まない点だけが異なるリポソームである。

リン脂質誘導体リガンド

 認識素子にはガラクトースを用い、これと、脂肪鎖のアンカーとをリン酸とethylene glycolから成るスペーサーでつないだ。この場合、リン酸残基部が膜の表面に固定され、スペーサーは短くて済むと予想した。図1に示した5つのリガンドを比較した。二本鎖アンカーをもちリガンドで修飾したときには血中濃度が急速に減衰したが、一本鎖あるいはコレステロールアンカーでは減少は緩やかで、コントロールとほぼ同様であった。一方、肝分布では、二本鎖アンカーのリガンド修飾で40% of doseの集積が認められた。

図1 リン脂質リガンドの構造
Ethylene glycolスペーサーの導入とアンカ一部の影響

 次いでリン酸エステルを、よりシンプルなethylene glycolのオリゴマーに替え、アンカー部分での、分岐の有無及び脂肪鎖の長さの影響を詳細に検討した。スペーサーの長さを統一し、DPPCとほぼ同じ長さの脂肪鎖を持つC15の一本鎖、即ちパルミチン酸、およびC16の二本鎖カルボン酸を比較した。また、やや長い一本鎖であるアラキジン酸、DPPCの約2倍の長さのアンカーとなるメリシン酸、分岐は有するが、鎖長が半分のC8二本鎖カルボン酸、それにコレステロールをアンカーとして導入した。安定なリポソーム形成にはアンカーには適当な長さが必要であることが示され、ヒママメRCA120レクチンによる凝集が認められ、表面のガラクトースがレクチンで認識されることが判る。

 次にこのリポソームの体内動態を調べた。二本鎖アンカーをもつGal-t-psaの場合には、それに照応する40% of doseていどの肝集積が認められた。

スペーサーの影響

 次に最も高い集積を示したC16二本鎖アンカーを用い、スペーサーの長さを変えて影響を調べた。RCA120レクチンでの凝集では、エチレングリコール鎖長が3以上の場合のみ凝集が認められた。体内動態に関しても鎖長が3以上のときにのみ血中濃度が急速に減衰し、肝臓へ集積した。

ガラクトース6位リン酸エステル誘導体リガンド

 ガラクトースリン酸エステル構造をもつGa6P-t-psaとGa16P-m-pa(図2)を比較した。Ga6P-t一psa修飾リポソームは血中からの急速な消失と、対応した肝及び脾臓への集積が認められた。この肝集積は、リポソーム表面に糖部分が露出しているため、リン酸エステルが血中のphosphataseで分解されてガラクトースとなり、これが肝臓のレクチンで認識されたものと推察している。一方、Ga16P-m-pa修飾の場合にはコントロールと略同様の動態であり肝集積は認められなかった。

図2 6位リン酸エステル誘導体

 以上のように、佐々木 淳は、糖を認識素子としてリポソームのターゲティングモデルを中心にして明らかにした。動態の変化が、修飾の影響によるのは確かだが、その変化が認識素子の生体からの認識に基づくと結論するのは容易ではないものの、佐々木の研究は実用を指向したリポソームによる臓器選択的DDSのための一般的指針を与えるものであり、薬物送達の研究に大きく寄与するものである。よって、佐々木の研究は博士(薬学)の学位に値すると認められる。

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