紅色非硫黄光合成細菌(Rhodospirillaceae)は酸素非発生型の光合成を行う光合成従属栄養細菌である。従来、光合成細菌は形態学的特徴に重きが置かれ分類されてきたが、近年、多くの生理・生化学的性状、化学分類学的性状、DNA-rRNA相同性試験、16SrRNAオリゴヌクレオチドカタログ法等のデータが積され、1984年にこれらのデータに基づき紅色非硫黄光合成細菌の大幅な分類学的再編が成された。本研究では、紅色非硫黄光合成細菌の分類体系が系統学的に妥当であるかどうかを明らかにする目的で、非光合成細菌も合わせ、主に16SrRNA塩基配列に基づく系統分類学的研究を行ったもので、6章より成る。 第1章では光合成細菌の分類学的研究の背景と本研究の目的について論じ、第2章には本研究で用いた菌株と実験方法をまとめた。 第3章ではProteobacteria グループの菌種の系統関係について論じた。紅色非硫黄光合成細菌は、Proteobacteria およびグループの2つの系統に属する。グループに属するのはRhodocyclus属、Rhodoferax属、Rubrivivax属の3属であり、本研究ではこれら以外のグループに属する光合成細菌について研究を行った。グループに属する光合成細菌は、さらに-1〜-4の4つのサブグループに分散している。第4章ではProteobacteria -1サブグループの主要な分類群の系統関係について論じた。本サブグループにはRhodospirillum属、Rhodocista属、Rhodopila属が属する。Rhodospiril-lum属の菌種の中で、"Rsp.centenum"IMA14193T(=ATCC43720T)は、米国の温泉水より分離された株である。この細菌は、細胞内に、’R-body’、を有し、乾燥と熱に耐性のシストを形成する。1987年、Favinger et al.は細胞形態と生理・生化学的特徴に基づいて本菌株を"Rsp.centenum"と同定した。一方、Hoshino & Satoh(1987)により日本の工場廃水から分離された光合成細菌MT-SP-2,MT-SP-3も同じくシスト状細胞を形成する光合成細菌であった。これらのシスト形成性光合成細菌の詳細な分類学的位置を明らかにするために、16SrRNA塩基配列及び化学分類の指標であるユビキノン系を調べたところ、これら3株は系統学的および化学分類学的にRhodospiril-lum属の基準種Rsp.rubrumとは属レベルで異なることが判明した。これらのことから、シスト形成という他と異なる細胞形態を有するこれら3株に新属Rhodocistaを提案し、新種Rhodocista centenariaに含めた。 Proteobacteria -1サブグループには光合成細菌のRhodospirillum属とRhodocista属、Rhodopila’属および非光合成細菌の螺旋菌と酢酸菌が属した。螺旋菌は形態学的にRhodo-spirillum属と類似していることから系統学的関係に興味が持たれたので、Proteo-bacteria グループに属する螺旋菌を合わせ系統分類学的考察を行った。非光合成細菌の螺旋菌Aquaspirillum属およびOceanospirillum属の菌種は螺旋状光合成細菌Rhodospirillum属の菌種と系統的に混在しており、系統学的に7つのClusterに分けられた。Cluster1は、Rhodospirillum属の基準種であるRsp.rubrumとRsp.photo-metricumとより構成され、非光合成細菌は含まれなかった。Rsp.rubrumは、主要キノン系としてQ-10,RQ-10を有しているのに対し、Rsp.photometricumはProteo-bacteria グループではまれなQ-8,RQ-8を有しており、また光合成色素のカロチノイドパターンにも相違があることが知られている。光合成細菌の分類上、重要な特徴とされている光合成内膜器官構造(Intracytoplasmic photosynthetic membrane)が、Rsp.rubrumではラメラ状であるのに対し、Rsp.photometricumでは花梗状である点も異なっている。Cluster2は、非光合成細菌である淡水性螺旋状細菌Aquaspiril-lum peregrinumとAqu.itersoniiとより構成された。Aquaspirillum属の基準種であるAqu.serpensはProteobacteria グループに属していることから、Aqu.peregrinumとAqu.itersoniiは別属に移行すべきことが示唆された。Cluster3は、様々な表現型を持つ細菌より構成された。光合成細菌Rsp.fulvum,Rsp.molischianum、磁性細菌Magne-tospirillum属、そして淡水性細菌Aqu.polymorphumである。磁性細菌の一種Mag.magnetspirillumは、同属のMag.gryphiswaldenseによりも、淡水性の螺旋菌Aqua-spirillum polymorphumにより近縁であることが判明した。Cluster4はRhodocista属と窒素固定細菌であるAzospirillum属とより構成された。Rci.centenariaは系統学的にAzospirillum属の中に位置し、中でもAzo.irakenseに近縁であった。Rhodocista属は熱と乾燥に強いシストを形成し、その中にポリ--ヒドロキシ酪酸を積することが大きな特徴であるが、Azo.brasilenseも同様のシスト状の細胞を形成することが知られている。Rhodocista属とAzospirillum属との主な相違点は、光合成能を有する点のみである。Rhodocista属は、進化の過程で光合成能を欠落することなく今日に至ったものと推測される。Cluster5は、海洋性、グラム陰性の螺旋状細菌Oceano-spirillum pusillumのみで構成された。Oceanospirillum属は基準種Oce.beijerinckiiを含むOce.pusillum以外の菌種がProteobacteria グループに属することから、Oce.pusillumは別属に移行すべきものと考えられた。Cluster6は、Rsp.salexygensのみで、Cluster7は、Rsp.sodomenseとRsp.salinalumとより構成された。Cluster5,6,7はすべて海洋性の螺旋状細菌である。Proteobacteria グループに属する海洋性螺旋菌としてこれまで知られていたのはこれらの4種のみである。海洋性螺旋菌は、純粋分離・培養・保存が他の細菌と比べ煩雑であり、陸性や淡水性の細菌の分離に比べ圧倒的に報告例が少ない。細菌の進化、生態を知るためには、さらに多くの海洋細菌の分離が必要である。 第5章ではProteobacteria -2サブグループの主要な分類群の系統関係について述べた。本サブグループには、Rhodopseudomonas属、Rhodoplanes属、Rhodovulum属、Rhodomicrobium属が属した。Rhodoplanes属は、Rhodopseudomonas属とはキノン系が異なり、Rhodovulum属は海洋性であることに基づき提案された新属であるが、本研究でも系統的に属の分割は妥当であったと考えられる。現在Rhodopseudomonas属には4種含まれている。Rps.palustrisは同属の他の3種より、非光合成細菌であるBradyrhizobium,Afipia,Nitrobacter属に極めて近縁であることが既に知られている。このことはは光合成細菌が分類学的に隔絶された細菌ではないことを改めて示すものである。熱帯産光合成細菌の機能的多様性ならびに系統進化を調べることを目的に、タイ国にて光合成細菌の分離を試みたところ、培養体が緑色を呈した紅色非硫黄細菌の分離株K177-3が分離された。本株の同定を行った結果、Rps.sulfoviridisと同定された。Rps.palustrisと本分離株はキノン組成としてQ-8,MK7を有していた。同じくバクテリオクロロフィル(Bchl b)を有するRp.viridisとは系統的に近縁であり、Rhodopseudomonas属の基準種Rps.palustrisとは離れていることが判明した。Rsp.viridisとRps.sulfoviridisとは単系統を形成した。従って、光合成色素Bchl b、ユビキノン系Q-8もしくはQ-9を有するこれらの光合成細菌に対し新属Trueperiaを設け、それぞれ新組み合わせT.viridis,T.sulfoviridisとすることを提案する。 第6章ではProteobacteria -3サブグループの主要な分類群の系統関係について述べた。本サブグループに属した細菌は、Rhodobacter属、Rhodovulum属、好気性光合成細菌Roseobacter属と、非光合成細菌Paracoccus属、およびRhodopseudomonas blasticaであった。Rhodopseudomonas属の中で光合成内膜器官構造が小胞状である菌種に対し、新属Rhodobaceter属が提案されたが、Rps.blasticaはRhodopseudomonas属に特徴的であるラメラ状の光合成内膜器官を有しているため、Rhodobacter属へは移されなかった。本研究の結果、Rps.blasticaは系統学的にRhodobacter属菌種のクラスターに属し、明らかにRhodopseudomonas属とは離れて位置した。光合成色素Bchl aとspheroiden seriesカロチノイドを有することから、これらの菌種は化学分類学的にRhodobacter属に類似している。一方、Rhodopseudomonas属の他の種は、spirilloxanathin seriesカロチノイドを有している。すなわち、光合成内膜構造よりも光合成色素(カロチノイド)の方が系統を反映していた。これまで光合成細菌において属レベルの重要な分類学的指標とされてきた光合成内膜構造は系統を反映しておらず、分類学的指標にはなり得ないことを明らかにした。以上の結果より、Rps.blasticaをRhodobacter属に移行して、新組み合わせRhodobacter blasticusとすることを提案した。 第7章は総合考察である。これまで、光合成細菌の分類は、形態を始めとする表現型を重視し行われてきた。表現形質が系統関係と相関関係が見られた例と、見られなかった例があった。化学分類学的データは系統学的データと相関性があり、本研究ではそれらをもとに再編成を行った。現在まで光合成細菌は、光合成機能を有する点に重きが置かれ、非光合成細菌と分けて分類されてきた。しかし、16SrRNA塩基配列に基づく系統解析の結果、系統学的に光合成細菌と非光合成細菌は混在し、それぞれの属においては、同属間より非光合成細菌に近縁である例も数多く見られた。従って、今後、光合成細菌の分類は非光合成細菌も合わせて考慮し、再度、分類学的再編を行うことが必要であることが強く示唆された。 |