グラム陰性菌細胞外壁の構成成分であるエンドトキシンは、リポ多糖(LPS)からなり、発熱、ショック、血圧低下、肝障害、播種性血管内凝固など様々な生体反応・生体障害に関与する。In vitroでは、Bリンパ球の幼弱化反応、活性化反応、スーパーオキサイド産生、マクロファージや単球に対して、Tumor Necrosis Factor a(TNF-)、Interleukin 1(IL-1)等のサイトカインやプロスタグランジン、ロイコトリエン等の化学伝達物質の産生誘導を引き起こす作用が知られている。グラム陰性菌による重症感染症の転帰として敗血症ショックの病態発症と進展には、エンドトキシンがもつ多彩な生物活性が深く関与する。エンドトキシンに対する感受性は、動物種あるいは動物がおかれている条件によって異なり、障害を起こす部位にも影響する。本研究ではエンドトキシンに対する感受性亢進作用に着目し、エンドトキシン障害の発症機序に関する知見を集積し、敗血症ショックや劇症肝炎に対するエンドトキシンの関与に示唆を与えるべく研究を展開した。 エンドトキシンの多彩な生物活性の多くは、構成リポ多糖であるLipid Aがその活性本体であることが、E.coli Lipid Aの全合成研究を契機としてほぼ証明されてきた。筆者らはLipid Aに拮抗する物質の探索研究を行い、エンドトキシン拮抗剤E5531を得た。さらに、エンドトキシン感受性亢進状態にあるマウスでの全身感染症モデルを確立し、その特質を明らかとしながら本モデルでのE5531有効性を示すことにより、敗血症ショック治療剤としてのエンドトキシン拮抗剤を臨床開発する意義を証明することを目的としたものである。 D-ガラクトサミンは、炎症像を伴う肝炎様肝障害を特異的に惹起させることが知られている。D-ガラクトサミンによる肝障害は、腸管摘除動物では惹起されないことから、従来よりその肝障害発症機序にLPSが関与するのではないかと考えられてきた。マウスでは、D-ガラクトサミンとLPSを同時に投与すると著しいLPSに対する感受性亢進が起こり致死反応が誘発されることが明らかとなった。LPSにたいする致死感受性は、図-1に示すごとくガラクトサミン処置により10万倍以上亢進し、D-ガラクトサミン処置マウスでは、致死誘発を起こすLPS用量で急性の肝障害が用量依存的に惹起された。さらに図-2に示されるように抗マウスTNF-抗体の受動免疫によって肝障害惹起作用が抑制されることを見出した。D-ガラクトサミンは、LPSのかわりに組換ヒトTNF-と同時に投与することにより、マウスにLPSの時に見られたと同様に急性かつ劇症の肝障害を誘発した(表-1)。以上より、D-ガラクトサミンによる肝障害誘発に対するLPS受性亢進作用は、肝臓のTNF-に対する障害感受性が亢進することによるものと考えられた。 図1 GalactosamineによるLPS致死感受性の亢進効果D-Galactosamine(800mg/kg)をおよびSalmonella enteritidis由来のLPSをC3H/HeNマウスに尾静注した後の24時間後のマウスの生存率図2 Galactosamine-LPS誘発肝障害に対する抗マウスTNF-抗体の受動免疫効果NRS:Normal rabbit serum LPSに対する感受性を亢進させる手法として、Propionibacterium acnes(P.acnes)やBucillus Calmette-Guerin(BCG)で動物を処理すると細網内皮系が賦活化され、少量のLPSで大量のTNF-等のサイトカインが産生され、全身消耗状態を惹起させる系が知られている。Balb/cマウスにP.acnesの加熱死菌を静注することにより、活性化マクロファージの肝臓への集積が起こることを確かめ、少量のLPSによってP.acnesで感作しないマウスに比べて大量のTNF-が産生され、致死反応を伴う重症の急性の肝障害が起こることを見出した。LPS投与1時間後のTNF産生量と24時間後の肝障害の程度は、LPSの投与量に依存して上昇し、両者は良く相関した(図-3)。さらに、TNF-の産生を負に制御することが知られているdexamethasoneとdmPGE2は、LPSにより惹起される肝障害および致死反応を抑制しうることが示された。抗マウスTNF-抗体投与による受動免疫実験でも、肝障害および致死反応抑制効果が観察され、P.acnesによりLPS感受性亢進したマウスでの肝障害や致死反応の発症には、少なくとも一部にはTNF-が関与すると結論づけられた。 表1 D-ガラクトサミン処置によるTNFaに対する肝障害感受性の亢進効果図3 血漿中TNF活性と肝障害誘発との相関図4 E5531の構造式 E.coli Lipid Aの全合成を契機として、エンドトキシンの生物活性の作用本体はLipid A構造にあると証明されてきた。筆者らはLipid Aの化学構造をヒントに全合成低分子化合物によるエンドトキシン拮抗剤の研究に着手した。化合物探索のin vivoでのスクリーニング手段としては、P.ancesと同様の作用を有するBCG感作マウスでのLPS誘発のTNF産生や致死反応を用いた。LPSに対して拮抗作用をもつとされるRhodobacter capsulatus由来のLipid Aの推定化学構造を全合成するとともに、種々合成展開を行って強力なエンドトキシン拮抗作用を持つE5531を見出した(図-4)。E5531は、BCGで感作したマウスでのLPS惹起TNF産生ならびに致死反応に対して用量依存的な抑制効果を示し、D-ガラクトサミンによるおよびP.acnesで感作されたマウスでのLPS誘発肝障害に対しても用量依存的肝障害抑制作用を示した(図-5,図-6)。 図5 D-ガラクトサミンによるLPS感受性亢進マウスでのE5531の効果図6 P.acnes感作マウスにおけるLPS誘発の肝障害に対するE5531の効果 臨床におけるグラム陰性菌敗血症およびそれに伴うショックの病態を反映させるために、生菌を用いた全身感染マウスでのエンドトキシン拮抗剤E5531の薬効検証が必要と考えられた。BCG感作マウスでのE.coli全身感染でのマウス系統による感受性の差を検討したところ、LPS抵抗性マウスとして知られるC3H/HeJマウスでは、E.coli生菌の静脈内感染によるTNF-産生が最も低く、全く致死反応が惹起されなかった。検討したマウス系統の中では、C57BL/6が最も感受性が高く、血漿中TNF-上昇と24時間以内に起こる急性の致死感受性とはよく相関した。 BCG感作マウスに於けるTNF産生および致死反応に対するE5531の効果を、LPS誘発の場合と生菌による感染の場合とで比較検討した。両者の場合ともE5531は用量依存的にTNF産生を抑制するとともに、致死反応に対する抑制効果を示した。 BCG感作マウスでの抗生剤投与の効果を、BCG感作の有無により検討した。抗生剤としては、感染菌株であるE.coli01292に対して強い抗菌活性を持つラタモキセフを用いた。BCG感作マウスではE.coli感染によって24時間以内にもたらされる急性の致死反応に、ラタモキセフは効果を示さなかった(図-7)。一方BCGを感作させない正常マウスでは、ラタモキセフ投与群では致死反応が惹起されなかった。血中生菌数はラタモキセフ投与により用量に依存して急激に減少したが(図-8A)、血漿中エンドトキシン量は、抗生剤投与によって著しく増加していた(図-8B)。BCG感作マウスでの全身感染では致死誘発にLPSの関与が大きいことから、ラタモキセフの静注により菌体から放出されたLPSが致死反応を誘発し、ラタモキセフ投与の効果が示されなかったと解釈できる。臨床での敗血症ショック急性時に抗菌剤投与が必ずしも致死率の改善につながらないとする報告と対比して、興味深い結果と考えられた。 図7 E coli全身感染マウスに対するBCG感作の影響およびLatamoxefの効果 図8 BCG感作マウスにE.coliを静脈内感染させたときエンドトキシン量の推移とLatamoxefの効果 抗生剤が日常医療現場で処方されている現在でも、敗血症ショックで死亡率を減少させるには至っていない。E5531が強力なエンドトキシン拮抗作用に基づき、ショック誘発というエンドトキシン障害を防止する新規な敗血症治療剤としての有用性が期待される。 臨床では、原因感染の悪化により敗血症ショックへと転帰する経過が多い。感染成立時には感染部位が限局している実験系が望ましいと考え、BCG感作マウスでの腹腔内感染系を検討した。本実験系での血中生菌数は、ラタモキセフ投与により急激に減少するが、静脈内感染と同様に血漿中エンドトキシン量の著しい増加を招来した。致死反応に対して、E5531およびラタモキセフ単独でも改善効果が認められたが、両剤を併用することにより相乗的な致死改善効果を示した(図-9)。 図9 BCG感作マウスにE.coliを腹腔内感染させたときに惹起される致死反応に対するE5531およびLatamoxefの効果 エンドトキシンの感受性が亢進している状態での抗菌剤の投与は、抗菌作用によるエンドトキシンの遊離がショック誘発の危険因子となる可能性が、BCG感作マウスを用いた静脈内感染の結果および腹腔内感染の実験から示唆された。E5531の抗生剤との併用は、エンドトキシン障害の誘発を防止し、敗血症ショック時に対する治療率向上に寄与できるものと考えている。 |