学位論文要旨



No 213079
著者(漢字) 矢花,秀雄
著者(英字)
著者(カナ) ヤバナ,ヒデオ
標題(和) 新規カテコラミン誘導体T-0509の薬理特性と心臓1アドレナリン受容体の機能的研究
標題(洋)
報告番号 213079
報告番号 乙13079
学位授与日 1996.12.11
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13079号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 従来,アドレナリン受容体(受容体)のサブタイプは臓器特異性から分類されていたが,サブタイプに選択的な遮断薬の開発や結合実験等の技術的進歩により,一つの臓器にサブタイプの混在が明らかにされた。例えば,ヒト,イヌの心臓には,1および2受容体の混在が報告されている。しかし,同一臓器での,各サブタイプの機能は十分に理解されていない。このような研究には,サブタイプに選択的な作動薬が有用であり,その完全活性薬であれば機能の最大効果も理解できよう。

 1受容体は心機能亢進の強力なレギュレーターであり,それに選択的な作動薬として,noradrenaline,dobutamine,denopamine,xamoterolが知られている。しかし,noradrenalineおよびdobutamineはアドレナリン受容体刺激作用(作用)を,またdenopamineおよびxamoterolは部分活性作用を示す.作用は動物種によっては強心作用を示し,部分活性薬は受容体機能の最大効果が見れない欠点が挙げられる。T-0509[(-)-(R)-1-3,4-hydroxyphenyl)-2-[3,4,-dimethoxyphenethyl)amino]ethanol](図1)は経口強心薬denopamineの発見に至る過程で見いだされた強力な強心活性を有する合成化合物あり,denopamineのカテコール体であるため完全活性薬であることが推測される。本研究は,T-0509の薬理学的特性を明らかにするために,構造活性相関を含めin vivoおよびin vitroにおける薬理作用の検討と受容体結合実験を行い,さらに心筋1受容体の機能を調べる目的で,T-0509を用いて,モルモット心筋1および2受容体を介した強心作用とcAMPの細胞内分布の関係を検討し,T-0509の研究用リガンドとしての有用性を評価した。

図1 T-0509の構造式1.Phenylethanolamine誘導体の構造活性相関

 強力な強心作用を有する合成化合物として見いだされたT-0509の構造活性相関を調べる目的で,麻酔犬を用い,静脈内投与により検討した。その結果としてT-0509の位の水酸基は強心活性に,3,4-dimethoxyは血圧低下作用より強心作用に対する選択性(臓器選択性)に寄与することが明らかとなった。

図2 T-0509の陽性変力作用(A)と陽性変時作用(B)図3 気管筋のhistamine収縮に対するT-0509の作用
2.摘出標本におけるT-0509の1/2選択性と内活性

 T-0509の1選択性および内活性をモルモットの各種摘出臓器を用い,isoproterenol,denopamineおよびxamoterolと比較した。T-0509の左心室筋における陽性変力作用と右心房筋における陽性変時作用はisoproterenolより4倍強く,その最大反応はisoproterenolと同じであった(図2)。また,T-0509の陽性変時作用は2遮断薬ICI118,551では影響されず,1遮断薬bisoprololよって阻害された。気管筋のhistamine収縮に対して,T-0509はisoproterenolと同様の最大弛緩を示したが,その作用の強さはisoproterenolの約1/40であった(図3)。この作用はbisoprololでは影響されず,ICI118,551によって阻害された.このことから,T-0509は2受容体に対しても完全活性薬であるが,1受容体に対して150倍の選択性を持つ1作動薬であることが明らかとなった。さらに,propranolol存在下で大動脈標本における作用を調べたところ,T-0509の作用はisoproterenolよりも弱かった。この様に,T-0509は作用が極めて弱い1選択性の完全活性薬であることが分かった。一方,denopamineはxamoterolより内活性の高い1選択性の部分活性薬であることを明らかにした。

3.受容体結合実験におけるT-0509の1/2選択性

 T-0509の受容体レベルでの1/2選択性と内活性を調べる目的で,モルモット左心室心筋(主に1受容体を含む)と肺(主に2受容体)より得た膜画分における結合実験を行い,各種作動薬と比較した。リガンドとして[3H]dihydroalprenolol([3HDA)を用いた.両標本での阻害実験([3H]HDA,1nM)よりIC50(肺)/IC50(心筋)の比として求めた1選択性はnoradrenaline (4.6)=T-0509(4.5)>denopamine (2.4)>isoproterenol (1.01)>adrenaline (0.59)>colterol (0.22) >procaterol (0.017)の順であった。また,5’-guanylylimidodiphosphate(GppNHp)添加により,両膜標本においてこれら薬物のIC50値は増加し,いずれの薬物もアゴニストとしての性質を示した。このようにT-0509は受容体レベルにおいても1選択性とアゴニスト活性を示した。

4.1および2受容体を介する強心作用とcyclic AMP(cyclicAMP)およびcyclicAMP依存性キナーゼ(cyclic AMP-PK)の細胞内分布の相違

 1作動性部分活性薬denopamineは非選択性のisoproterenolより少ないcAMP増加で同じ強心効果を発現することが報告されている。また,心筋の細胞内cyclic AMPレベルの増加は必ずしも強心作用の発現に寄与しないことから,cyclic AMPコンパートメントの概念が提唱されている。従って,denopamineのこの薬理特性は部分活性薬の性質によることも考えられるが,1および2受容体を介する反応にcyclic AMPコンパートメントの概念が適合する可能性も考えられる。その可能性を調べるために,摘出心臓にT-0509,procaterolおよびisoproterenolを作用させた際の強心作用と細胞内cyclic AMPレベルおよびcyclic AMP-PK活性の変化を比較した。T-0509(10-8M)とisoproterenol(3×10-8M)はほぼ最大効果のdF/dtmax増加作用(約170%)を示した。Procaterol(10-7M)は最大効果でも25%増加にすぎなかった。また,prostaglandin E1(3×10-7M)は何ら作用を示さなかった。この際の心筋ホモジネートのcyclic AMPレベルは,いずれの薬物でも有意に増加し,isoproterenolの作用はT-0509よりも強かった。そこで,cyclic AMPおよびcyclic AMP-PKの細胞内分布を調べるために,心筋ホモジネートを100,000xg遠心にて上清と沈殿に分け,さらにその上清は飽和硫酸リチウムにて塩析後,上清と沈殿に分離した。その結果,従来の報告とは異なり,塩析後の沈殿画分における作動薬の強心作用がcyclic AMP増加作用およびcyclic AMP-PK活性化作用と良く相関することを見いだした(図4)。しかし,その他の画分ではT-0509のcyclic AMPレベルおよびcyclic AMP-PK活性に対する作用はisoproterenolより弱く,強心作用と相関しなかった。また,procaterolは,prostaglandin E1と同様に,100,000xg上清と塩析後の上清画分でのみ有意な作用を示した。これらの結果は,心筋の1と2受容体を刺激した際,cyclic AMPおよびcyclic AMP-PKは異なった細胞内分布を起こすと考えられ,cyclic AMPコンパートメントの概念を支持する。また,1受容体刺激は少ないcyclic AMP増加で強心作用を発現することが考えられた。さらに,塩析後の沈殿画分が作動薬の強心作用発現に共通の画分であることを示唆する。この画分には受容体を介する心収縮能促進に関係するsarcolemmal protein,および弛緩能促進に寄与するphospholamban, troponin I, troponin Cの存在が推定され興味深い。

図4 塩析後の沈殿画分における受容体作動薬のcyclic AMP増加作用(A)とcyclic AMP-PK活性化作用(B)
5.まとめ

 経口強心薬denopamineのカテコール体であるT-0509は,受容体結合実験,in vitroおよびin vivoの研究の面から1選択性を持つ最も強力な完全活性薬であることを明らかにした。このT-0509を用いて,モルモット心筋の1と2受容体を比較すると,1受容体刺激は2受容体とは異なるcyclic AMPの細胞内分布を起こし,少ないcyclic AMP増加で心機能亢進に寄与することが考えられた。これら研究は,同一の臓器において1および2受容体が共にcyclic AMPを介して生理的反応を示すが,その細胞内情報伝達は必ずしも同一ではなく,今後より詳細な研究が必要であることを示している。この様な背景からも,選択的1アドレナリン受容体完全活性薬のT-0509は細胞内情報伝達の増幅系や受容体脱感作等の薬理学的研究の有用なリガンドになることが期待される。

審査要旨

 この論文は,新しい選択的アドレナリン受容体完全活性薬の薬理学的特徴を明らかにし,これをリガンドとして用い,心筋1アドレナリン受容体(1受容体)を介した機能的特徴を研究したものである.

 現在心臓には1,2受容体の混在が知られているが,各サブタイプの機能は十分に理解されていない.その理由の一つとして,強力な心機能亢進に働く1受容体の既知作動薬としてnoradrenaline, dobutamine, denopamine, xamoterolがあるが,これらは受容体刺激作用(作用)又は受容体遮断作用を有し,現在作用のない1作動性の完全活性薬が知られていないことが挙げられる.新規カテコラミン誘導体T-0509[(R)-1-(3,4-dihydroxyphenyl)-2-[(3,4-dimethoxyphenethyl)amino]ethanol hydrochloride(図)は経口強心薬denopamineのカテコール体であり,非常に強力な強心活性を持つ化合物である.本研究はT-0509の薬理特性を明らかにし,このT-0509をリガンドとして用い,心臓1受容体の機能を研究した.以下にその主な内容を示す.

図 T-0509の構造1.1-0509の薬理特性

 T-0509は麻酔犬の心臓で強力な陽性変力作用(1作用)を示しが,拡張期血圧低下作用(2作用)は弱く,1選択性を示した.さらに,構造活性相関の面からT-0509の側鎖にある位の水酸基は強心活性に,3,4-dimethoxyphenyl基は1選択性に寄与することを明らかにした.また,モルモット各種摘出臓器を用いた研究では以下のことを明らかにした.1)摘出心筋におけるT-0509の陽性変力および変時作用(1作用)はisoproterenol(非選択的作動性完全活性薬)より約4倍強く,最大反応は等しかった.2)摘出気管筋でのT-0509の弛緩作用(2作用)はisoproterenolの約1/40と弱く,最大反応は同等であった.さらに3)摘出大動脈でのT-0509の作用はisoproterenolより弱かった.このように,T-0509が従来にない作用が極めて弱く2受容体よりも1受容体に対して約160倍選択性の高い完全活性薬であることを明らかにした.さらに,モルモット左心室心筋(1受容体)および肺(2受容体)の膜画分での[3H]dihydroalprenololをリガンドとした結合実験から,T-0509が受容体レベルでも高い1選択性とアゴニスト活性を示すことを明らかにした.

2.心臓1受容体の機能に関する研究

 cyclic AMP(cAMP)をセカンドメッセンジャーとする1と2受容体を介した心機能は細胞内情報伝達も含め未だ不明な点が多く,また心筋cyclic AMPの増加は必ずしも強心作用発現に結びつかないことからcAMPコンパートメントの概念が提唱されている.本研究では,心臓1および2受容体を刺激した際の強心作用と4つの細胞内画分(100,000xg沈殿画分,100,000xg上清画分,100,000xg上清の塩析後の沈殿画分およびその上清画分)でのcAMPレベル及びcAMP依存性キナーゼ(cAMP-PK)活性の相違を,T-0509を含めいくつかの作動薬を用いて調べ,1)1受容体刺激が2受容体刺激よりも少ないcAMP増加及び弱いcAMP-PK活性上昇により強心作用を発現すること,2)塩析後の沈殿画分でのみ,作動薬の強心作用がcAMP増加及びcAMP-PK活性上昇と良く相関することを見いだした.これら結果は,心臓1および2受容体の細胞内情報伝達は一様ではなく,異なったcAMP及びcAMP-PKの細胞内分布を引き起こすと考えられ,両受容体を介した機能的違いのあることを示唆した.

 以上,本研究はT-0509が現在知られている最も強力且つ高い選択性を持つ1受容体作動性の完全活性薬であることを明らかにした.このT-0509は標準的な薬理学的研究用リガンドとして有用性の高い化合物であることから,今後の1受容体を介する細胞内情報伝達の増幅系や受容体脱感作等の薬理学的研究に多大な貢献をすると考えられ,博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた.

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