学位論文要旨



No 212966
著者(漢字) 槇村,美保
著者(英字)
著者(カナ) マキムラ,ミホ
標題(和) 組換えアデノウイルスを用いたマウスにおけるC型肝炎ウイルスの構造蛋白に対する抗体の誘導
標題(洋) Induction of antibodies against structural proteins of hepatitis C virus in mice using recombinant adenovirus.
報告番号 212966
報告番号 乙12966
学位授与日 1996.07.24
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12966号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 岩本,愛吉
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
 東京大学 助教授 岡,慎一
内容要旨

 C型肝炎ウイルス(HCV)は、わが国において急性および慢性肝炎の主要な原因ウイルスの一つであり、その感染と肝硬変および肝癌の発生とは深い因果関係があると考えられている。現在では、献血者血清に対するスクリーニングシステムの発達に伴い、HCVの主要な感染経路である輸血による感染は激減した。しかしながら、HCV感染におけるHCV蛋白の細胞に及ぼす作用、発癌のメカニズムとの関連は未だ不明である。私は、HCV蛋白の細胞での効果的な発現方法の開発を目的として、HCV構造蛋白の発現単位を持つ4種の組換えアデノウイルスを作製し、細胞に感染させることにより、HCV構造蛋白の発現を試みた。また、うち一つの組換えウイルスをマウスに接種することにより、HCV構造蛋白に特異的な液性抗体の誘導についての検討を行った。

 図1に、組換えウイルスの作製に用いたHCVの構造遺伝子のcDNA(A)と、作製した組換えウイルスの構造(B)を示す。HCV構造蛋白のcDNAはcore領域をすべて含むもの(pSR39x由来)、E1領域をすべて含むもの(pSR816x由来)、E2領域のほぼ全域を含むもの(pSR1325x由来)、そしてcore、E1、E2のほとんど全領域を含むもの(pSR325x由来)を用いた(図1A)。これらのcDNAにSRプロモーターとSV40のポリA認識配列を連結した発現単位を作製し、アデノウイルスのE4上流またはE1領域に組み込み、組換えウイルスを作製した(図1B)。各実験のコントロールとしてはHCV蛋白の発現単位をもたない組換えウイルスを用いた(図1B)。作製したHCVの発現単位をもつ組換えウイルスおよびコントロールウイルスはすべてアデノウイルスの複製に必要なE1領域の一部または全域を欠損しているため、アデノウイルスのE1遺伝子を持続的に発現する特殊な細胞(293細胞)以外ではウイルスは自己複製を行わず、ウイルスに組み込まれた発現単位の増幅のみが行われる。

図1 組換えアデノウイルス作製に用いたHCV構造遺伝子のcDNA(A)および作製した組換えアデノウイルスの構造(B)。(A)はcDNAとそれを含むプラスミドを示す。(B)の黒三角はアデノウイルス遺伝子の欠損部位を、白逆三角はcDNAを含む発現単位の挿入を示す。

 作製したcore蛋白の発現単位をもつAdex4SRcoreは、22-kDaのHCV core蛋白を、E1の発現単位をもつAdex4SRE1は35-kDaのHCV E1蛋白を、E2の発現単位をもつAdex4SRE2は58-kDaのHCV E2蛋白をそれぞれ293細胞、HeLa細胞およびHepG2細胞などの細胞で発現していることをWestern法および免疫沈降法で確認した。また、core、E1、E2の発現単位をもつAdex1SR3STはcore、E1、E2蛋白すべてを293、HeLa、HepG2などの細胞で発現していた。組換えウイルスが感染した細胞におけるHCV蛋白発現の時間的な推移を調べるために、core蛋白を発現する組換えウイルスAdex4SRcoreをHeLaおよびHepG2細胞に感染させ、経時的に細胞を採取したうえで、Western法によるcore蛋白の検出を行った。その結果、core蛋白は感染後約16時間から10日後まで感染細胞から検出された。これらのことから、今回作製した組換えウイルスは感染細胞内で目的とするHCV蛋白を発現すること、そして、発現した蛋白は少なくとも10日間にわたって感染細胞内に存在することがわかった。

 次に、組換えウイルスを動物に接種することによって、抗HCV構造蛋白抗体が誘導されるかについての検討を行った。6週齢のオスのBalb/cマウスにHCVの3つの構造蛋白を同時に発現する組換えウイルスAdex1SR3STを109p.f.u./mouse(n=7)または1010p.f.u./mouse(n=3)を3回(day0,day17,day35)にわたって腹腔内接種した。抗体検出のための血液採取は、各ウイルス接種直前(day0,day17,day35)および3回目の接種約2週間後(day48)に行った。

 まず、合計3回のウイルス接種を行ったマウスの血液(day48)を用いて、抗HCV構造蛋白抗体の有無を調べた。その結果、Adex1SR3STを接種したすべてのマウスの血液からHCVのcore、E1、E2蛋白各々に対する抗体が検出された。コントロールウイルスのAdex1wを1010p.f.u./mouse(n=8)を同様に接種したマウスからは何れの抗体も検出されなかった。

 Adex1SR3STを109p.f.u./mouse接種したマウス(n=7)について初回接種後(day17)、2回目の接種後(day35)、3回目の接種後(day48)の血液中の抗core、抗E1、抗E2抗体の抗体価をELISA法で測定した(図2)。図に示したように、これらのマウスの血液からは初回接種後(day17)より抗core、抗E1、抗E2抗体が検出されており、うち抗E2抗体は第2回目の接種後(day35)に最高値に達し、抗coreおよび抗E1抗体は第3回目の接種後(day48)も増加していた。一方、Adex1SR3STを1010p.f.u./mouse(n=3)接種されたマウスでも抗体の産生が観察されたが、109p.f.u./mouse接種されたマウスほどは抗体価は上昇しなかった(data not shown)。

図2 組換えアデノウイルスAdex1SR3STを接種したマウスとコントロールウイルスAdex1wを接種したマウスの抗core(A)、抗E1(B)、抗E2(C)抗体の産生。白丸はAdex1SR3ST(109p.f.u./mouse)接種マウス、黒丸はAdex1w(1010p.f.u./mouse)接種マウスを示す。preはウイルス接種直前(day 0)の血清抗体価を、1、2、3はそれぞれ第1回接種後(day17)、第2回接種後(day35)、第3回接種後(day48)の抗体価を示している。vertical barはSDを示す。

 以上の実験結果から、今回作製した4種の組換えアデノウイルスは、感染細胞で目的とするHCV構造蛋白を発現し、また、感染細胞はウイルス増殖による細胞死を起こすことなく、発現した蛋白を長期にわたって細胞内に保持していたことがわかった。これらの結果は、組換えアデノウイルスを用いた発現系がHCV蛋白の細胞内での動態および機能解析を行う上で有用であることを示している。また、組換えウイルスの動物接種によって得られた結果からは、1回の接種でもHCV蛋白に対する特異抗体を誘導しうることを示しており、今後この発現系を用いて、種々のHCV蛋白の抗原性の解析や誘導された抗体の性質の検討を行っていくことが可能であると考えられた。

審査要旨

 本研究は、C型肝炎ウイルス(HCV)のウイルス蛋白の動物細胞における発現と肝炎発症のメカニズムとの関連を研究するために効率の良い発現系を開発することを目的として、HCV構造蛋白の発現単位を持つ4種の組換えアデノウイルスを作製し、動物細胞でのHCV構造蛋白の発現を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.HCV構造蛋白のcore、E1、E2領域を各々含むcDNAとcore、E1、E2の領域全体を含むcDNAを用いてSRプロモーターとSV40のポリA認識配列を連結した発現単位を作製し、アデノウイルスのE4上流またはE1領域に組み込むことで4種類の組換えウイルスを作製した。作製したHCVの発現単位をもつ組換えウイルスはすべてアデノウイルスの複製に必要なE1領域の一部または全域を欠損しており、アデノウイルスのE1遺伝子を持続的に発現する特殊な細胞(293細胞)以外ではウイルスは自己複製を行わず、組み込まれた発現単位の増幅のみが行われるように設計した。

 2.作製した4種の組換えウイルスのうちcore蛋白の発現単位をもつAdex4SRcoreは、22-kDaのHCV core蛋白を、E1の発現単位をもつAdex4SRE1は35-kDaのHCVE1蛋白を、E2の発現単位をもつAdex4SRE2は58-kDaのHCVE2蛋白をそれぞれ293細胞、HeLa細胞およびHepG2細胞などの細胞で発現していることをWestern法および免疫沈降法で確認した。また、core、E1、E2の発現単位をもつAdex1SR3STはcore、E1、E2蛋白すべてを293、HeLa、HepG2などの細胞で発現しており、このことから今回作製した組換えウイルスは総て目的とするHCV蛋白をヒト細胞において発現することが示された。

 3.組換えウイルスが感染した細胞におけるHCV蛋白発現の時間的な推移を調べるために、core蛋白を発現する組換えウイルスAdex4SRcoreを感染させたHeLaおよびHepG2細胞を経時的に採取し、Western法によるcore蛋白の検出を行ったところ、core蛋白は感染後約16時間から10日後まで検出された。この実験結果から、作製した組換えウイルスは感染細胞内で目的とするHCV蛋白を発現すること、そして、発現した蛋白は少なくとも10日間にわたって感染細胞内に存在することが示された。

 4.組換えウイルスを動物に接種することによって、抗HCV構造蛋白抗体が誘導されるかについての検討を行うため、6週齢のオスのBalb/cマウスにHCVの3つの構造蛋白を同時に発現する組換えウイルスAdex1SR3STを109p.f.u./mouseまたは1010p.f.u./mouse、3回にわたって腹腔内接種したところ、すべてのマウスの血液からHCVのcore、E1、E2蛋白各々に対する抗体が検出された。発現単位を持たないコントロールウイルスを同様に接種したマウスからは何れの抗体も検出されなかった。また、Adex1SR3STを109p.f.u./mouse接種したマウスについて個々の接種ごとの抗体価の変動をELISA法で測定したところ、抗core、抗E1、抗E2抗体は何れも初回接種後から検出されており、うち抗E2抗体は第2回目の接種後に最高値に達し、抗coreおよび抗E1抗体は第3回目の接種後も増加していた。これらの結果は、組換えウイルス接種によって、動物体内でのHCV構造蛋白の発現とそれに対する特異抗体の産生の誘導が起こることを示すものと考えられた。

 以上、本論文では作製した4種の組換えアデノウイルスが、感染した動物細胞で目的とするHCV構造蛋白を発現し、また、感染細胞はウイルス増殖による細胞死を起こすことなく、発現した蛋白を長期にわたって細胞内に保持していたことが明らかにされた。また、組換えウイルスの動物接種によって得られた結果は、今後この発現系が、種々のHCV蛋白の抗原性の解析や誘導された抗体の性質の検討を行っていく上での有用性を示している。以上の結果から、組換えアデノウイルスを用いた発現系は今後HCV蛋白の細胞内での動態および機能解析を行う上で重要な貢献を為すものであるとであると考えられ、本研究は学位の授与に値するものと考えられる。

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