本論文は2章からなり、第1章ではHSP90を構成する第3の分子種として初めて単離したシロイヌナズナHSP81-3について、HSP81-3プロモータGUS融合遺伝子形質転換植物を作成し、HSP81-3の発現様式を解析した。HSP81-3は常温においては花粉とタペータム細胞、主根および側根の根端分裂組織から伸長領域にかけた領域で器官特異的な染色が認められ、35℃2時間の熱処理を行った植物ではその器官特異的発現様式を保ったまま、染色強度の上昇が認められた。これはHSP81-2同様、HSP81-3においても熱ショックよりも上位の器官特異的制御が行われていることを示唆していた。花粉発育ステージでの有為な差異は認められなかった。 第2章においては、第1章の結果を踏まえ、器官特異的発現を制御する上流因子の単離を試みている。まず、形質転換植物作成に用いたプロモータ領域が組織特異的発現に必要十分な領域を含んでいるかを確かめるため、各遺伝子特異的なプローブを用いて、in situ hybridizationを行った。センスおよびHSP81-1プローブでは有意なシグナルは認められないが、81-2,81-3プローブではGUS組織化学染色の結果と一致していた。これにより、この領域が器官特異的な転写制御領域を含んでいると考えられた。 上流因子の検索には酵母を用いたone-hybrid法を改変した方法を導入した。HSP81-2プロモータGUS融合遺伝子を用い、スクリーニングした結果、約2〜4倍の活性を示す候補が8クローンを単離した。これらの中より相対的に活性の高いものを選びcDNAを回収、部分的に塩基配列を決定したところ#102,#108がNewmanらが大量単離を行ったシロイヌナズナzinc finger DNAsに含まれるクローンと#105がレセプター型キナーゼと高い相同性を持つことが判明した。ノーザン解析の結果#102,#105が普通葉特異的に、#108がHSP81-2の地上部と同様の傾向で蓄積が認められた。熱ショック、10M IAA,0.1M NaClによる誘導は認められなかった。サザン解析の結果から3分子とも核コードのシロイヌナズナ遺伝子であることを支持する結果が得られ、#102,#105はそれ自身以外に3本以上のシグナルが認められ遺伝子群を形成していることが予想された。 #102は転写因子であることを強く支持するモチーフ配列は持っていなかったがHMG box結合因子であるubf-1で保存されている領域と高い相同性を示す領域を持っていた。 #108は明確な核移行シグナルを持っており核蛋白であることが予想された。またC末端近くにtyrosine kinaseの活性部位と相同性の高い領域を持っていた。モチーフ以外の領域ではhunchbackを始めとする転写因子と高い相同性を持つ領域を含んでおり、核において何らかの転写調節に関与していることが予想された。 さらにレポーターとしてHIS3遺伝子を用いスクリーニングし、最終的に5クローンを単離した。これらよりcDNAを回収し塩基配列を決定したところ、#H90が熱ショック因子と高い相同性を保持していた。Hube1らにより単離されたAthsf1とは塩基配列が異なっていた。サザン解析の結果、核コードのシロイヌナズナ遺伝子であることを支持する結果が得られた。 HSP81-2プロモータ領域をプローブにゲルシフト解析を行ったところ、低分子側で#H90特異的にシフトするバンドが複数認められた。HSEコンセンサス配列のみのプローブでは特異的なシフトは認められなかった。 こうした一連の解析を通して、論文提出者はHSP81-2,81-3が受ける器官特異的転写制御は形質転換植物作成に用いた上流側約1kbの中に必要なシス因子が含まれていることを明らかにした。さらに、その領域を用いて相互作用すると考えられる上流因子の候補を酵母の系を導入して複数単離した。それらの中には81-2と同様の発現傾向を示す核蛋白と考えられるものに加え、シロイヌナズナでは2分子種目となる新規のHSFが含まれており、これらの因子が常温でのHSP81-2の発現制御に重要な働きをしていることが示唆された。こうした一連の解析を通して、高等植物の器官特異的転写制御機構を解析する基礎を築き、またそれをを構成する因子を単離した本論文提出者の業績は優れている。なお、本論文は高橋卓、米田好文両氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が充分であると判断する。従って、博士(理学)を授与できるものと認める。 |