学位論文要旨



No 212916
著者(漢字) 秋田,喜代美
著者(英字)
著者(カナ) アキタ,キヨミ
標題(和) 読書の発達過程 : 読書に関わる認知的要因・社会的要因の心理学的検討
標題(洋)
報告番号 212916
報告番号 乙12916
学位授与日 1996.06.19
学位種別 論文博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号 第12916号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大村,彰道
 東京大学 教授 渡部,洋
 東京大学 助教授 市川,伸一
 東京大学 助教授 汐見,稔幸
 東京大学 助教授 佐藤,学
内容要旨

 本研究は、「読む」という行動を、「読書」という社会文化的活動を単位として捉え、この活動の習得と発達的変化の過程を解明することを目的としたものである。読書に関する心理学研究の動向と問題を検討した上で(1章)、子どもはどのようにして、読書ができるようになるのかという発達過程を、読書への参加を導く親の行動という社会的環境要因(2章)と、本を読むために必要な認知的操作の習得(3章)の観点から、検討した。さらに、なぜ子どもは読書をするのかという活動の継続を支える動機を、読書過程における理解と感情(4章)という短期的観点と、読書活動の意義の認識(5章)という長期的観点の2観点から捉え、加齢に伴う発達的変化を検討した。そして、5章までの13研究の知見を集約し、読書の発達過程を総合的に検討した(6章)。

1読書へと導く社会的要因としての家庭環境

 読書へと親が子どもの参加を導く行為として、絵本の読み聞かせを、研究1で取り上げ、読み聞かせの行為主体である親の読み聞かせに対する意義の認識と子どもの読書環境に関する行為を検討した。625名の幼児の母親への質問紙調査により、多くの母親は「空想・ふれあい」という読み聞かせの過程で生じる内生的意義を重視しているが、「文字や知識習得」という読み聞かせの結果として生じる外生的意義を重視する親も存在すること、子どもの加齢に伴い親は読み聞かせ方を変化させていること、親の意義の認識により読み聞かせ方に違いがあることを明らかにした。さらに、意義の認識と親の読書環境に関わる行為との関連性を、親の役割を4点に分け検討した結果、物理的環境の準備と読み聞かせの2点で、意義の認識による行為の違いを明らかにした。

 次に、研究2では、研究1で明らかになった加齢に伴う読み聞かせ方の変化と親子のふれあいを具体的対話内容に即して検討するため、1組の母子の2歳6カ月から4歳3カ月までの絵本の読み聞かせ場面の縦断的事例分析を行った。その結果、加齢に伴い、対話の量的減少と対話の契機となる情報や対話内容の変化という質的変化が生じることを示し、また子どもの絵本の楽しみ方の多様性と同一の絵本を繰り返し読む際に見られる対話の特質を明らかにした。

 そして、研究3では、小中学生における家庭環境の影響を、小3、小5、中2計506名を対象に、質問紙法により検討した。その結果、読書に関して子どもと直接親が関わることが子の読書に対する感情に、蔵書量という物理的環境の設定行動が子の読書量と関連すること、親の役割内容により影響を与える側面が異なること、学年と共に家庭環境の影響が減少することを明らかにした。

 以上2章3研究から、子の参加を導く点で、親は幼児期に特に大きな役割を果たしており、読み聞かせ中に子の発達に応じ親が力動的に関わることが、子の参加を促すこと、子の自立に伴って親の影響は減少することが示された。

2読書の成立を支える認知的要因

 読み聞かせから自ら本を読む読書への移行過程を、読書において核となる認知的要因として、かな文字の読みの習得と絵本の挿し絵からの情報の利用という2操作を中心に、検討した。

 研究4では、幼児134名に絵本を読む課題を1年間3期に渡り縦断的に実施し、分析した。そして、絵を見て話すことから文字を読むことへの変化が、年中児前半頃から生じるが、この変化はかな文字知識の習得によるものであること、文字反応の最初期には、文字の指さし行動が一部の者(約30%)に発現するが、読みの熟達と共にこの行動は消失すること、縦書き本を右端行から読む本の読み方に関する慣習的知識は文字の習得とは独立に習得されること、文字は読めても、挿し絵からも多くの情報を得ていることを明らかにした。

 そこで、この挿し絵情報の利用に関して、読み聞かせ時の幼児の挿し絵の利用を研究5で、自ら文字を読む際の挿し絵の利用を研究6で検討した。研究5では、読み聞かせ時における挿し絵の利用の仕方を、挿し絵として呈示する情報と情報の描写法を操作し検討した。そして、幼児は物語場面の状況を理解するのに挿し絵を利用しており、年中児に比べ、年長児では、話の筋の理解のための有効な手がかりとして挿し絵情報を利用できるようになるという、情報利用の発達的変化を明らかにした。また研究6では、かな文字習得初期の絵の利用を検討し、かな文字清音20文字習得頃までは、文字が読める状況でも専ら絵に依存し、絵から文字系列を推論する方略を用いるが、21-39文字習得頃から、文字を読むことを優先させるようになることが明らかになった。

 研究7では、研究4で示された初期の読みにおける文字の指さし行動について、処理負荷の異なる課題を与えることにより、検討した。その結果、指さしをする状態からしない状態への明確な転換ではなく、課題の処理負荷により指さしの発現にゆらぎのある中間段階が存在することが見いだされた。また、研究8では、研究4で示された慣習的な文字読みの方向ルール知識の習得を、正誤判断と理由説明課題により検討した。そして、文課題より単語課題、縦書き課題より横書き課題で正答率が高く、幼児期にはかな文字の読み習得者でも、文レベルでの方向ルールは、自覚的には習得した者は少ないことを見いだした。

 以上5研究より、読書の成立には、文字の読みの習得だけではなく、行方向の慣習的知識や、さし絵の有効利用等、本という文化的道具を利用するための固有の知識が必要であり、それは幼児期後期頃から習得されることが示された。

3読書過程における理解と感情

 一人で本が読めるようになった児童期以後における読書過程の発達的変化を、文章の描写の詳しさと描き方を操作し、筋の理解、登場人物の性格や気持ちの理解、主題の理解という多種の理解課題を設定することにより検討した。

 研究9では、小3と小5の2学年計186名に、同一話を呈示し、おもしろいとする箇所に学年差がみられること、主題を一般化して抽象的に記述することは小学校高学年以後に可能となることを見いだした。また研究9、研究10両研究を通じて、筋を詳しく描くことが、筋の展開とは独立に物語のおもしろさに影響を与えることを明らかにした。さらに、研究10では、中1計90名に、感想語への段階評定を求める方法を使用し、物語の「おもしろさ」の内容を検討した。そして、登場人物の具体的理解や登場人物の気持ちの理解が読解中の読み手の感情を喚起し、その感情の喚起が「おもしろさ」に関連するというおもしろさの喚起過程を明らかにした。

 4章の2研究からは、筋理解能力だけではなく、おもしろいと感じる対象や、主題として捉える内容が、加齢とともに変化することが示唆された。

4読書に対する意義の認識

 読書経験の積み重ねの中から、子どもが読書にどのような意義を見いだしていくのかを、「内生的意義対外生的意義」という概念枠組みを用いて検討した。

 研究11では、意義に関するカード選択課題を幼児に実施し、「勉強、テレビ、マンガ」という読書と類似した活動との比較から、読書への意義づけの特徴を検討した。その結果、幼児では、親や先生にほめられるという外生的意義を重視する者が多いことが、明らかになった。また研究12では、小3、小5、中2に、意義と行動や感情を問う質問紙を実施し、小3では「成績・賞賛」という外生的意義を内生的意義よりも重視しているが、小5および中1では、「空想・知識」という内生的意義を重視するようになり、また単一の意義のみではなく、複数の意義を読書に認められるようになることを示した。さらに研究13では、大学生・専門学校生への質問紙調査により、小学校高学年や中学生同様、「空想・知識」「思考・感動」という内生的意義と読書への肯定的印象、読書量間に関連がみられること、読書量の多い群が少ない群に比べ、内生的意義を重視することが明らかになった。また、同年代でも、専門により重視する意義が異なることが示された。

 5章3研究からは、外生的意義の重視から内生的意義の重視へという発達的変化が明らかになった。子どもは、初期には大人からの賞賛や評価という読書の結果に注目し、活動を意味づけているが、自ら経験を積むことによって、読書過程自体に意味を見いだすことができるようになること、また読書過程自体に活動の意味を見いだすことが読書への動機づけとなっていることが示された。

 以上の実証研究の知見をふまえ、読書の発達過程の1つのモデルとして、読み聞かせという形で大人に導かれての参加から、本を読むための核となる認知的操作の習得と統合的使用が可能となり、さらに読みに伴う情動喚起経験を通して、活動への自らの意味づけが行われる過程として捉えるモデルを提出した。

審査要旨

 本論文は、「読む」という行動を、「読書」という社会文化的活動を単位として捉え、この活動の習得と発達的変化の過程を解明することを目的としている。発達過程を、読書に必要な認知操作や動機という心理的要因、ならびに、読書への参加を導く親の役割という社会的環境要因の両面から検討している。

 本論文は6章から成り、文献研究と13の実証研究から構成されている。第1章では、読書に関する先行研究の概括と問題点の指摘をおこない、本論文の目的と理論的構成を述べている。第2章では、質問紙調査と観察を通じて、幼児期における読書への参加を導く読み聞かせについて調べた。母親の読み聞かせに対する意義の認識と読書環境作りに関する行動との関連性、ならびに、読み聞かせ場面での会話の縦断的分析を行い、また家庭環境が児童の読書に及ぼす影響を検討した。第3章では、幼児期後期において、読み聞かせから自立した読書への移行において習得される認知操作としてのかな文字の読みや挿し絵の利用の発達的変化を4種の面接調査によって明らかにした。第4章では、一人での読書が可能となった児童期以後の読書過程を支える短期的な動機要因として、読書過程における興味と情動に着目し、2つの実験研究を実施した。第5章では、読書過程を支える長期的な動機要因として、読書活動の意義の認識を、幼児、児童・中学生、大学生に対する3研究を通じて解明している。第6章では、研究全体のまとめと、今後に残された研究課題を指摘している。

 この研究により、以下のことが明らかになった。社会的要因として、母親は子どもを読書へと導く過程で、空想や親子の触れ合いという読み聞かせの過程で生じる情動経験を重視しており、日常の他の生活場面とは異なる対話を行っていること、この対話は年齢と共に量的、質的に変化すること、そして読書への最初期である幼児期には、社会的要因の子どもに与える影響は大きいが、子の認知的要因の発達と共にその影響は減少する。また、読書の成立のための認知的要因として、文字の読みの習得のみでなく、行方向に読むという慣習的知識や、挿し絵の有効利用などの、本という文化的道具を利用するための固有の知識が必要であり、それは幼児期後期から習得される。さらに、児童期以後においても、おもしろいと感じる対象や、主題として把握する内容が、年齢と共に変化し、このおもしろいという感情に筋の詳述の仕方が影響を与えている。そして、読書を良いとする文化的価値観は幼児期より習得されているが、読書に対する意義の認識は、外生的意義から内生的意義へ、単一の意義から複数の意義へと加齢と共に変化する。

 これまで体系的に研究されることの少なかった読書活動について、認知心理学における情報処理アプローチと発達心理学における社会文化的アプローチの視点を統合する枠組みを提示し、実証研究に基づき、以上のような多くの知見を得たことは、今後の読書教育や発達心理学の研究の発展に大きく寄与しうるものと考えられ、本論文は博士(教育学)の学位論文として十分優れたものであると判断された。

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