学位論文要旨



No 212822
著者(漢字) 勝浦,保宏
著者(英字)
著者(カナ) カツウラ,ヤスヒロ
標題(和) ヒト活性化プロテインC製剤のDIC治療効果と薬理特性
標題(洋)
報告番号 212822
報告番号 乙12822
学位授与日 1996.04.10
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12822号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨

 血液凝固線溶系は生理機能の恒常性を保つ上で重要な役割を担っており、活性の発現や調節に種々のプロテアーゼが関与している。プロテインC(PC)は血液中に存在する分子量62000のセリンプロテアーゼ前駆体で、凝固系の活性化に伴い作られた少量のトロンビンが血管内皮細胞上のトロンポモジュリンと結合することでトロンビンの基質特異性が変わり、PCを活性体(活性化プロテインC;APC)に変換する。APCは凝固第Va因子(FVa)、VIIIa因子(FVIIIa)を不活化し凝固系を抑制することが知られている。遺伝的PC欠損者が高頻度で生後間もなく重篤な血栓症になることから、PCは凝固系を調節する重要な生体内物質と考えられる。特に早期胎盤剥離や癌、白血病、敗血症などの重症疾患では、凝固系を活性化する物質が血中に大量に遊離され急激に過凝固状態になり、全身に血栓が多発し、生命をも脅かす病状(播種性血管内症候群;DIC)を呈する。DICでは、PCの減少や、血管内皮障害に伴いPCの活性化が妨げられることが病態進行の一因と考えられる。内在性のPC、APCだけではDIC進行を阻止できないことから、DIC治療薬として外因性にAPCを投与する意義があると考えられる。

 我々はヒト血漿よりPCを高純度に精製し、その活性化や製剤化に工夫を加え、世界で初めてAPCを主成分とする安定な製剤を作製した。そこで私はヒト活性化プロテインC製剤(以後APCと略す)を用いた新たなDIC治療の可能性を検討するため、APCの凝固線溶系に対する薬理特性を検討し、さらに実験的DICモデルを用いAPCの有用性を検討した。また研究の過程においてAPCの抗凝固作用発現は動物種間で感受性に違いがあることを見い出し、そのメカニズムをAPCの作用発現に係わる各種因子との相互作用を検討することで明らかにした。

1.ヒト活性化プロテインC製剤の凝固線溶系に対する作用

 APCはヒト血漿の凝固時間を濃度依存的に延長させた。血小板をトロンビンで処理し膜上に発現させたFVaや精製FVIIIaを用い構築した凝固反応系で、APCが両因子を不活化し抗凝固作用を発揮することを確認した。APCの作用発現にはリン脂質の存在が必要で、ProteinS(PS)が補酵素として働き、作用が増強された。またフォンビルブランド因子と複合体を形成し、活性化されていないFVIIIに対しては作用を示さなかった。さらに、線溶系に対する作用を検討した結果、APCがtype-1 plasminogen activator inhibitor(PAI-1)活性を直接阻害し、線溶を亢進することを見い出した。以上の結果から、APCは血管内皮細胞や血小板など血栓が形成されている固相上で、活性化した凝固因子を選択的に不活化し抗凝固作用を発揮し、また線溶亢進作用を併せ持ち、凝固・線溶の両面から抗血栓作用を発揮する特性を持つことが示唆された(図1.)。

図1.APCの凝固・線溶系に対する作用点
2.ヒト活性化プロテインC製剤の抗凝固作用の動物種差に関する検討

 APCの研究の過程で、動物種間で抗凝固作用発現の感受性が異なり、特にラット血漿で高濃度のAPCが必要であることを見出した。そして種差の原因を解明することがAPCの抗凝固作用機序を精査する上で重要と考えた。APCはPSを補酵素としてFVa、FVIIIaを分解し抗凝固作用を発揮する。またAPC自体も血中のPC Inhibitors(PCIs)で不活化される。これらの因子が種差に関与すると考えられるので、ラット及びヒトの各因子とAPCの反応性を比較した。まず、PS、V、VIIIそれぞれの欠乏ヒト血漿に少量のヒト或いはラット血漿を各因子源として加え、APCの凝固時間延長作用を比較した。その結果、FVIIIに種差は見られなかったが、ラット血漿をPS或いはFVとして用いた系でAPCの抗凝固作用が発現されにくい結果が得られ、ラットの両因子がAPCと反応しにくい可能性が示唆された。まずPSの種差を精査するため、ヒトPSを精製しラット血漿に加えた結果、APCの凝固時間延長作用が増強されたが、その程度は軽度であった。更にFVの種差を精査するためラットFVを精製しヒトFVと比較した。その結果、ラットFVaを不活化するために、ヒトFVaを不活化する30倍の濃度のAPCが必要であった。またラットFVaの不活化はヒトPSを添加しても殆ど増強されなかった(図2.)。なおヒト及びラットのPCIsによるAPC不活化速度に関し種差は小さかった。以上の結果から、ラットPSがAPCの補酵素としての作用が弱く、またラットFVaがAPCにより不活化されにくいことが種差の原因になっており、特に後者の関与が大きいことを初めて明らかにした。動物種差の検討を通じ、APCの抗凝固作用発現にFVaの不活化が重要である可能性を明らかにした。

図2.APCによるヒトおよびラットFVaの不活化作用の種差
3.組織トロンボプラスチン惹起ウサギDICにおけるヒト活性化プロテインC製剤の薬効検討

 in vitroで明らかにしたAPCの薬理特性がDIC治療においてどのように発揮されるか、組織トロンボプラスチンで惹起したウサギDICモデルを用い代表的な抗凝固薬であるヘパリン(Hep)と比較した。静脈内持続投与したAPC及びHepは凝固活性化に伴う血小板数やフィブリノーゲンの減少を同程度に抑制した。しかしHepがDIC惹起により延長した耳介静脈からの出血時間を更に延長させたのに比べ、APCは出血時間を正常に戻した。この違いは、APCは固相上で抗凝固作用を発揮する特性を持つが、ヘパリンは固相、液相で選択性なく作用することに基づくものと考えられる。またAPC投与動物ではHep投与動物に比ベフィブリン分解産物の血中濃度が高く、また腎糸球体へのフィブリン沈着も見られなかった。APC投与動物で血中PAI-1活性が有意に低下しており、APCが線溶を亢進させる結果、血栓溶解に働いたと考えられる(表1.)。以上の結果より、外因性に投与したAPCがDIC治療効果を発揮することを初めて明らかにした。DICモデルにおいてもin vitroで明らかにした薬理特性が発揮され、薬効、安全性の両面からDIC治療薬として有用性が高いことを実証した。

表1.ウサギDIC惹起6時間後の凝固、線溶系パラメーター、出血時間に対するAPC、ヘパリンの作用
4.劇症肝炎に対するヒト活性化プロテインC製剤の作用

 DIC、特に敗血症など細菌感染に伴うDICでしばしば臓器障害を併発し、患者の生存、予後に影響する。DIC治療薬の開発においても臓器障害発症に留意することが重要と考える。ラットに組織トロンボプラスチン(TP)或いはエンドトキシン(LPS)を投与し惹起した2種のDICモデルで臓器障害発症に違いがあるか分析した。まずDICの指標である血小板数やフィブリノーゲン、FDPの変化を指標に、凝固線溶系を同程度に活性化する両惹起物質の投与量、投与法を設定した。そして臓器障害の発症を比較した結果、LPS惹起DICでTP惹起DICに比べ重篤な臓器障害が発症した。血栓が形成されるだけでは臓器障害を発症しないことが示された。特に肝障害を反映するGOT、GPTがLPS惹起DICにおいて上昇した。そこで肝臓の一部を切除したラットにLPSを投与し劇症肝炎を発症させAPCの作用を検討した結果、APC投与によりGPTの上昇が抑制され、肝障害発症を抑制することを明らかにした。細菌感染に伴い上昇するPAI-1活性が臓器障害の程度と相関することが報告されており、APCがPAI-1活性阻害に基づき臓器障害発症を抑制すると考えられた。

5.出血惹起に関するヒト活性化プロテインC製剤とヘパリンの作用比較(一次止血に対する作用の比較)

 DICモデルにおける評価で、APCが出血を助長しない特性を持つことを実証した。APCは血栓が形成されている血管内皮細胞や血小板上で抗血栓作用を発揮し、血管構造が破綻した出血部位では作用しないと考えられる。また止血の初期には血小板粘着により開始される一次止血機構が作働する。そこでAPC、およびHepをウサギに投与した時の一次止血に対する作用を出血症状と併せ比較検討した。

 血液凝固時間の延長を指標に、同程度に抗凝固作用を発揮するAPC或いはHepをウサギに静脈内持続投与し、耳介静脈からの出血時間を比較したところ、APCに比べHepを投与した動物で顕著な出血時間の延長が見られた。同時に採血した血液を用い、一次止血に対する作用をThrombostat4000を用い検討した。本装置はコラーゲンを塗布したアセテート膜に150mの小孔を開け、そこに一定圧で血液を通し、血小板粘着により孔が狭窄し減少する流速の変化を測定することで一次止血をモニターする装置である。APCは流速の変化に影響しなかったが、Hepを投与した動物の血液では小孔が塞がれるまでに流れた血液量が有意に増加し、この変化は出血時間の延長と相関した。さらに血小板凝集計を用い、APCは血小板粘着に影響せず、Hepがコラーゲン線維への血小板粘着を抑制することを示した。Hepの血小板粘着阻害が出血増強の一因であり、APCはこれに作用しないことが出血を促進しない機序の一つと考えられた。

まとめ

 ヒト血漿より高純度に抽出、調整したヒト活性化プロテインC製剤(APC)の薬理特性、さらにDIC治療薬としての有用性を検討し以下の結果を得た。

 1)APCはPSを補酵素としてFVa、FVIIIaを不活化し抗凝固作用を発揮した。作用発現にはリン脂質が必要で、また活性化されたFVIIIaを選択的に不活化した。更にAPCがPAI-1活性を直接阻害し線溶亢進作用を発揮することを見出した。APCが血管内皮細胞や血小板など血栓が形成される固相上で、活性化した凝固因子を選択的に不活化すること、また線溶亢進作用を併せ持ち、凝固・線溶の両面から抗血栓的に作用する特性を持つことを明らかにした。

 2)APCの抗凝固作用発現には動物種差があり、ラット血漿において抗凝固作用を発揮するのに高濃度を必要とした。種差発現の原因を検討した結果、ラットのFVaがAPCで不活化されにくいことが主な原因であることを発見し、APCの抗凝固作用発現にFVaの不活化が重要である可能性を明らかにした。

 3)ウサギDICモデルを用いAPCの薬効を検討し、APCが出血を増強することなく抗凝固作用を発揮すること、また線溶亢進作用を発揮し血栓の保持を強く抑制することを明らかにした。1)で示した薬理特性が病態モデルでも発揮されることを実証した。またDICでは重篤な臓器障害を併発する場合があるが、APCはLPS投与下で作製した劇症肝炎の発症を抑制した。

 4)APC、ヘパリンの一次止血に対する作用を比較し、ヘパリンが血小板粘着を抑制し一次止血反応を阻害する結果、出血時間を延長させることを明らかにした。APCは一次止血に対し作用しなかった。APCが血栓形成固相上で抗血栓作用を示すことに加え、一次止血に作用しないことが出血を促進しない要因であると考えられた。

 以上のように、APCの凝固・線溶系に対する薬理特性を明らかにすると伴に、外因性に投与したAPCがDIC動物モデルにおいても薬理特性を発揮し、有用性の高い治療薬になる可能性を初めて示唆することができた。DIC治療に新しい概念を加えることができたと考える。以上の成果を基に、現在、本剤のDIC治療に対する臨床試験を進めている。

審査要旨

 血液凝固、線溶系は生理機能の恒常性を保つ上で重要な役割を担っており、活性の発現や制御に種々のプロテアーゼが関与している。プロテインC(PC)は血液中に存在するセリンプロテアーゼ前駆体で、凝固系の亢進に伴い活性化プロテインCに変換され、活性化凝固第V因子(FVa)、活性化凝固第VIII因子(FVIIIa)を分解し抗凝固作用を発揮することが明らかにされている。遺伝的プロテインC欠損者が高頻度で重篤な血栓症になることから、活性化プロテインCは凝固系を調節する重要な生体内物質と考えられ、さらに血栓症治療薬としても意義があると考えられる。しかし、これまで活性化プロテインCの安定な供給が難しいこともあり、その血栓症治療効果は明らかでなかった。本研究は、新たにヒト血漿より作製された活性化プロテインC製剤(APC)を用い、APCの薬理特性、さらに血栓症治療薬としての有用性を明らかにすることを目的としてなされた。申請者は、APCが血栓形成固相上で活性化された凝固因子を特異的に不活化し抗凝固作用を発揮すること、またAPCが線溶活性を亢進する作用を併せ持ち、凝固、線溶の両面から抗血栓作用を発揮する特性を持つことを明らかにした。さらに癌や白血病、敗血症などを基礎疾患にし発症する重篤な血栓症である播種性血管内凝固症候群(DIC)の動物モデルにおいて、APCがその薬理特性を発揮し、薬効、安全性の両面から有用性の高い治療薬としての可能性を持つことを示した。

 まず、本研究に用いたAPCが活性化されていない凝固因子には作用せず、FVa、FVIIIaを特異的に不活化し抗凝固作用を発揮することを確認した。またリン脂質存在下でAPCの抗凝固作用が顕著に増強することを示した。この結果から、APCは血栓が形成される血管内皮細胞や血小板など固相上で抗凝固作用を発揮する特性を持つことを示唆した。さらにAPCの研究過程で、抗凝固作用発現には動物種差があり、ラット血漿において高濃度のAPCが必要となることを見出した。そしてAPCの抗凝固作用発現に係わる種々の因子の種差を検討した結果、ラットFVaがAPCで不活化されにくいことが主要な原因であることを発見し、APCの抗凝固作用発現には、FVIIIaに比較しFVaの不活化が重要である可能性を明らかにした。

 一方、培養血管内皮細胞の系でAPCが線溶活性を高めることが報告されているが、その機序は明確になっていない。申請者はAPCが線溶系を制御するtype-1 plasminogen activator inhibitor(PAI-1)を直接阻害し線溶活性を亢進させることを見出した。

 次にこれらの特性がDIC治療においてどのような有用性として発揮されるか、組織トロンボプラスチンの投与により惹起したウサギDICモデルを用い、標準的な抗凝固薬であるヘパリン(Hep)と比較検討した。両薬物を静脈内持続投与し、同程度に抗凝固作用を発揮させた時に、HepがDIC惹起により延長した耳介静脈からの出血時間をさらに延長させたのに比べ、APCは出血時間を短縮させることを示した。またDIC惹起により上昇するPAI-1活性がAPC投与動物においてのみ有意に低下しており、腎臓糸球体へのフィブリン沈着が強く抑制されたことから、APCが抗凝固作用に加え線溶亢進作用を発揮し、血栓保持を強く抑制することを明らかにした。これらの結果は、申請者が明らかにしたAPCの薬理特性がDIC病態モデルにおいても発揮されることを示唆しており、APCが薬効、安全性の両面から有用性の高いDIC治療薬になる可能性を初めて示したものである。また、止血の初期段階には、血小板粘着により開始される一次止血機構が機能する。APC及びHepの出血に対する作用の違いを一次止血の面から検討するため、両薬物をウサギに投与し、一次止血の変化を出血症状と併せ比較検討した。APCは出血時間や一次止血に対し殆ど作用しないが、Hepは血小板粘着を阻害し、一次止血を抑制する結果、出血時間を顕著に延長させることを見出した。APCが血栓形成固相上で抗凝固作用を発揮し、血管が破綻した出血部位では作用しない特性を持つことに加え、一次止血に作用しないことがHepに比べ出血を促進しない機序であることを明らかにした。

 さらに、臨床において、特に敗血症など細菌感染に伴うDICではしばしば臓器障害を併発し、患者の生存、予後に大きく影響することから、エンドトキシンあるいは組織トロンボプラスチンで惹起される実験的DICモデルを臓器障害の面から解析し、エンドトキシン惹起DICは組織トロンボプラスチン惹起DICに比べ重篤な臓器障害を併発することを明らかにした。この結果から動物DICモデルが臨床におけるDICの病態をよく反映しており、またDICにおいて凝固系が活性化されるだけでは臓器障害を発症しないことが示唆された。そして肝臓の一部を切除したラットにLPSを投与し惹起される劇症肝炎の発症をAPCが抑制することを見出した。細菌感染に伴い上昇するPAI-1活性が臓器障害の程度と相関することが報告されており、APCがその薬理特性であるPAI-1活性阻害に基づき臓器障害発症を抑制する可能性を明らかにした。

 以上、本研究は、APCの血液凝固線溶系に対する作用を詳細に検討し、APCが血栓形成固相上で抗凝固作用を発揮し、かつPAI-1活性阻害に基づき線溶亢進作用を併せ持つ薬理特性を明らかにした。さらにAPCがDIC動物モデルにおいてこれらの薬理特性を発揮し、出血を促進することなく血栓保持を強く抑制し、また臓器障害発症も抑制することで有用性の高いDIC治療薬になる可能性を示したものである。本研究はAPCの薬理特性を解明し、APCによるDIC治療の新しい概念を加えたことから、血液生理学や薬理学へ貢献していると評価し、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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