学位論文要旨



No 212755
著者(漢字) 上村,豊
著者(英字)
著者(カナ) カミムラ,ユタカ
標題(和) 分岐理論におけるある逆問題
標題(洋) An Inverse Problem in Bifurcation Theory
報告番号 212755
報告番号 乙12755
学位授与日 1996.03.15
学位種別 論文博士
学位種類 博士(数理科学)
学位記番号 第12755号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岡本,和夫
 東京大学 教授 三村,昌泰
 東京大学 教授 金子,晃
 東京大学 教授 俣野,博
 東京大学 助教授 堤,誉志雄
内容要旨

 非線形固有値問題の解集合がその線形化問題の固有値において(自明解から)分岐するという原理が1970年代にCrandall,Rabinowitzらによって確立された。本論文では非線形スツルムーリュービル問題に関し、この分岐の原理の逆問題として、固有値において分岐する曲線から非線形項を定めるという問題を研究する。

 を実定数とし、境界値問題

 

 を考える。ここで、gはR上定義されたC1級の実数値関数で、

 

 をみたすものとし(1)をみたす(,u)∈R×C2[0,]を(1)の解と言うことにする。仮定(A)のもとでは(1)のu(x)≡0での線形化問題は(1)でg≡0としたものであり、その解集合は自明解の集合{(,0)|∈R}と非自明解の集合{(n2,hsin nx)|n=1,2,…,h∈R\{0}}(図の点線)とからなる。一般に非線形固有値問題の解集合は線形化問題の固有値で(自明解から)分岐するから、(1)の解集合は(n2,0),n=1,2,…で分岐する(図参照)。以後(n2,0)で分岐する解集合を第n分岐と呼びn(g)と書く。

図表

 正確にいうと、n(g)は

 

 と定義される。そして、本論文で扱う問題は次のように定式化される:

 問題 第n分岐n(g)から非線形項gを定めよ。すなわち、(n2,0)を通る曲線を与えn(g)=となるようなgを求めよ。

 得られた結果を以下に記す。初めに

 定理1([3]).g,gが(A)をみたすR上定義されたC1級実数値関数とするとき、

 

 特に、1(g)が直線≡1ならばg≡0である。

 定理1は非線形項gは第1分岐1(g)から一意に定まることを意味する。第2分岐2(g)に対してはどうであろうか?典型的な場合として第2分岐2(g)が直線≡4のときを考えてみよう。もちろん、この直線はg≡0によって実現される。問題はそれ以外にないかということだが、次が言える。

 定理2([2]).2(g)={(4,h)|h∈R}となるような(A)をみたすR上定義されたC1級実数値関数gが無限個存在する。

 上の定理でいう無限個は、h≧0の部分で定義された適当な滑らかさ(後の空間Xと同じ滑らかさ)をもった任意の関数g+に対しh≦0の部分g-をうまく取ってgを作れば2(g)={(4,h)|h∈R}が実現されるという意味である。

 さて、定理2より一般には第2分岐からは非線形項が一意に定まらない。しかしながら、第2分岐曲線が定数部分をもたないときは一意性が成り立つ。すなわち:

 定理3([3]).(h)を、R上定義されたC1級関数でどの区間においても定数ではないとすると2(g)={((h),h)|h∈R}となるようなgは一意である。

 定理3の(h)に対する条件が出てくる仕組みについて説明しておく。(,h)∈2(g)に対するu(x)の2番目の停留値をH(h)とするとき、(1)が自励系であることからH(h)は(H(h))=(h)をみたすRからRへのbijectionとなる。もし(h)が定数部分をもたないならばこのようなH(h)は一意に定まる。このH(h)の一意性からgの一意性が従う。

 非線形項の存在に関する結果に移ろう。そのために関数空間を準備しておく。0<<1/2としX,Yを

 

 と定義する。X,Yはそれぞれ‖ ‖X,‖ ‖YをノルムとしてBanach空間になる。荒く言えばXは次のHolder空間に遠方で重みをつけたもので、Yはh≠0では+1/2次でh=0では次のHolder空間に遠方で重みをつけたものである。

 定理4([1]).(h)を(h)-1∈Yなる関数で‖(h)-1‖Yを十分小さいとする。このとき、1(g)={((h),h)|h∈R}となるg∈Xが存在する。

 定理4は曲線を≡1の近くに与えるとこれを第1分岐とする非線形項が存在することを主張している。定理1よりその非線形項は唯一つであり、非線形項が定まれば第2分岐以降も定まるから第1分岐は第2分岐以降を統制していると言える。

 定理4の証明について簡単にふれておく。初等的な考察から、(1+(h),h)が1(g)に属すための条件は、

 

 で与えられる。(g,)=(0,0)で(関数空間上の)陰関数定理を適用するために上式の左辺のgによる微分が逆をもつことを示すのがポイントとなるが、それは任意の∈Yに対し

 

 がXで一意に解gをもつことを示すことである。ところが(2)はアーベルの積分方程式(の変数変換したもの)でありexplicitに解けるので対応がwell-posedになるように関数空間X,Yを設定すればよい。

 上記の筋立ては、ポテンシャルをもった非線形スツルムーリュービル問題に対しても遂行することが可能で定理4の一般化を得ることができる([4])。その際(2)に対応する方程式は、もとの非線形スツルムーリュービル問題の(u=0での)線形化方程式の第1固有関数v1(x)を用いて

 

 と書かれるものである。このv1(x)をsinxとしたものが(2)に他ならない。すなわち、(3)はAbel方程式の1つの一般の形であるがこれもMellin変換を使ってexplicitな形で解くことができる。

論文リスト1.Y.Kamimura,An inverse problem in bifurcation theory,J.Differential Equations 106(1993),10-26.2.,An inverse problem in bifurcation theory,II,J.Math.Soc.Japan 46(1994),89-110.3.,An inverse problem in bifurcation theory,III,Proc.Amer.Math.Soc.(to appear).4.K.Iwasaki and Y.Kamimura,An inverse bifurcation problem and an integral equation of Abel type,Preprint series 94-73,Dept.Math.Sci.Univ.Tokyo(1994).
審査要旨

 まず,本論文のテーマである,逆分岐問題とアーベル型積分方程式について説明する前に,比較のため,線形スツルム・リュービル問題

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 を考える。ここで,ポテンシャルqは区間[a,b]上の連続な実関数とする。このとき,u(x)≡0以外のこの問題の解は,固有値を

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 とならべ,それぞれに対応する,初めの停留値が1であるように正規化された固有関数をVn(x)とおけば,任意定数hによってu(x)=hvn(x)で与えられる。この状況を図示すると,次のようになる。

図表

 問題(0)の解,(,u)の組はこの直線の各点にのっていると考えることができる。

 一方,非線形固有値問題の解集合がその線形化問題の固有値において(自明解から)分岐するという原理が1970代にCrandall,Rabinowitzらによって確立された。論文提出者は,主論文において非線形スツルムーリュービル問題に関し,この分岐の原理の逆問題として,固有値において分岐する曲線から非線形項を定めるという問題を研究し,興味ある結果を得ている。

 を実定数とし,境界値問題

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 を考える。ここで,gはR上定義されたC1級の実数値関数であり,

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 を満たすものとする。このとき.(1)を満たす

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 を(1)の解と言う。仮定(A)のもとでは(1)のu(x)≡0での線形化問題は,(1)でg≡0としたものであり,その解集合は自明解の集合

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 と非自明解の集合

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 とからなる。一般に非線形固有値問題の解集合は線形化問題の固有値で(自明解から)分岐するから,(1)の解集合は,(n2,0)(n=1,2,…)で分岐する。感覚的には,このgの効果はn=n2を固定したまま,上の図の直線を曲げることである。これらの曲線が非自明解を表し,座標軸が自明解を表す。各曲線は点(n2,0)で分岐を起こす。これが分岐の原理で,もっと一般の系に対してCrandall,Rabinowitzらは研究している。以後(n2,0)で分岐する解集合を第n分岐と呼びn(g)と書く。

図表

 n(g)の正確な定義は以下のようになる。2条件

 (i)u(x)は(0,)においてn-1個の零点をもつ;

 (ii)u(x)の最初の停留値はhである;

 を満たすような(1)の解(,u)∈R×C2[0,]が存在するとき,このような(,h)∈R2の全体をXと書く。このとき,

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 である。そして,主論文で扱われている問題は次のように定式化される。

 問題 第n分岐n(g)から非線形項gを定めよ。すなわち,(n2,0)を通る曲線を与え,n(g)=となるようなgを求めよ。

 論文提出者は,この問題について,分岐曲線が直線に近い場合を調べ,結果を得たものである。まず,得られた結果を以下に記す。

 定理1 g,gが(A)をみたす.R上定義されたC1級実数値関数とするとき,

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 特に,1(g)が直線≡1ならばg≡0である。

 定理1は,非線形項gは第1分岐1(g)から一意に定まることを意味する。

 第2分岐2(g)に対して同様な問題を考察するため,典型的な場合として2(g)が直線≡4のときを考える。この直線がg≡0によって実現されることはもちろんであるが,実は次のことが成り立つ。

 定理2 2(g)={(4,h)|h∈R}となるような(A)をみたすR上定義されたC1級実数値関数gが無限個存在する。

 定理2より一般には第2分岐からは非線形項が一意に定まらない。しかしながら,第2分岐曲線が定数部分をもたないときは一意性が成り立つ。

 定理3 (h)を,R上定義されたC1級関数でどの区間においても定数ではないとすると2(g)={((h),h)|h∈R}となるようなgは一意である。

 論文提出者によって得られた。非線形項の存在に関する結果を説明するために,関数空間を準備しておく。0<<とし,C1級関数gに対し

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 とおく。X,Yを

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 と定義する。X,Yはそれぞれ‖・‖X,‖・‖YをノルムとしてBanach空間になる。論文提出者によって得られた結果は次のものである。

 定理4 (h)を(h)-1∈Yなる関数で‖(h)-1‖Yを十分小さいとする。このとき,1(g)={((h),h)|h∈R}となるg∈Xが存在する。

 定理4は曲線を≡1の近くに与えると,これを第I分岐とする非線形項が存在することを主張している。定理1よりその非線形項は唯一つであり,非線形項が定まれば第2分岐以降も定まるから第1分岐は第2分岐以降を統制しているということになる。論文提出者はアーベルの積分方程式を解くことによって,定理4を示している。上記の関数空間は,この方程式の適切性が成立するように設定したものである。

 本論文で取り扱われている問題は具体的であり,新しいものである。また,得られた結果も応用と一般化が期待され,興味深いものである。よって,論文提出者 上村 豊は,博士(数理科学)の学位を受けるにふさわしい充分な資格があると認める。

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