モノクローナル抗体の特異的結合能を主に利用したドラッグデリバリーシステム(DDS)研究は多くなされている。しかしながらこの手法の限界あるいは困難さを指摘する研究も多く報告されている。一方モノクローナル抗体には特異的結合能以外に高分子量であるため、体内動態の観点から見てクリアランスが小さくかつ、分布容積が小さいという特性を持っている。この体内動態特性を利用したDDSの研究はこれまで行われていない。本研究ではバイオロジカルレスポンスモディファイアーの一つである抗腫瘍薬、遺伝子組み替え型インターロイキン2(rIL-2)のモノクローナル抗体を用いた免疫複合体形成(高分子化)によるネガティブ標的化の有用性と、モノクローナル抗体の腫瘍内不均一分布に由来するポジティブ標的化の限界に関して理論的、実験的考察が加えられた。 1)ネガティブ標的化 rIL-2(分子量15kDa)と抗rIL-2モノクローナル抗体(150kDa)をモル比2/1で室温下、水溶液中で混合すると分子量180kDaの免疫複合体が容易に形成された。この免疫複合体の解離定数はスキャッチャード解析の結果2.1x10-8Mであることが明らかになった。また、IL-2依存的に増殖するNKC3細胞を用いて調べたところrIL-2の生物活性は免疫複合体形成によって中和されず100%保持されていた。この免疫複合体をラットあるいはマウスに静脈内投与すると、rIL-2のクリアランスは約1/7まで減少し、かつ分布容積も約1/7まで減少した。このため見かけ上血中からのrIL-2の消失半減期は免疫複合体投与とrIL-2単独投与間とで差違が見られなかった。また、免疫複合体を皮下投与するとrIL-2の血中滞留時間がrIL-2単独投与と比較して3倍延長し、これは免疫複合体の場合はリンパ経路で体循環に入るためであることが示唆された。rIL-2単独投与によるrIL-2の体内動態特性、抗rIL-2モノクローナル抗体単独投与でのモノクローナル抗体の体内動態特性および抗原抗体反応におけるin vitro結合特性から免疫複合体投与後のrIL-2の体内動態を速度論的にシミュレーションするとよく実測値を反映することも明らかとなった。これはrIL-2のみでなく低分子を含めた薬物をモノクローナル抗体と結合させることにより、薬物の体内動態をよりよい方向へ改変する可能性を開くものと考えられる。また、活性が100%保持されていたことから推測されるrIL-2の免疫複合体とすることによる蛋白の変性は起こらず抗原性には変化がないことが示された。この様にモノクローナル抗体との免疫複合体の形成により高分子化することによるrIL-2の体内動態の改変はrIL-2単独では得られなかったex vivoでの脾細胞のNK活性およびLAK活性の増強を与えた。このNK活性およびLAK活性の増強作用の結果、Meth Aザルコーマ移植マウスにおける抗腫瘍作用の実験において免疫複合体はrIL-2単独では得られなかった強い抗腫瘍作用を投与量依存的に与えた。 2)ポジティブ標的化 モノクローナル抗体を用いる腫瘍への薬物標的化の手法においてその特異的結合活性そのものに由来する腫瘍内不均一分布を予測するバインディングサイトバリア(BSB)理論の実証が望まれていた。血管新生が十分に発達せず腫瘍ノジュールの周辺にしか血管が存在しない長径300mmの腫瘍(Line 10腫瘍細胞)をモルモット皮内に構築し、その腫瘍細胞表面抗原と結合するモノクローナル抗体を静脈内投与すると50ug/kgの低投与量では腫瘍の周辺にしか局在せず、1000ug/kgの高投与量で初めて腫瘍内部にまで分布することを免疫染色法およびオートラジオグラフィー法で明らかにし、BSB理論の予測を実証した。この系での抗原数は1腫瘍細胞あたり35,500分子であり、結合定数は1.6x1010M-1であることをin vitroの結合実験で明らかにしている。また、結合活性のないモノクローナル抗体は上記実験系において腫瘍内部に均等に分布することを同時に明らかにした。 3)まとめ 本研究はモノクローナル抗体のDDSへの応用において従来のポジティブ標的化の担体としての限界を明らかにするとともに、モノクローナル抗体の特異的親和性のみだけでなく体内動態特性を考慮にいれた新規なDDSに関する研究である。つまり、モノクローナル抗体との抗原抗体反応を用いた薬物の免疫複合体化によって薬物のネガティブ標的化が可能であることを遺伝子組み替え型インターロイキン2を用いて明らかにし、モノクローナル抗体の新しいDDSへの応用の道を開拓し、DDS研究の発展に寄与するところが大であり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。 |