学位論文要旨



No 212669
著者(漢字) 佐藤,純
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ジュン
標題(和) モノクローナル抗体のドラッグデリバリーシステム(DDS)への応用
標題(洋)
報告番号 212669
報告番号 乙12669
学位授与日 1996.02.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12669号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 桐野,豊
 東京大学 助教授 寺崎,哲也
内容要旨

 1975年にKohlerとMilsteinがハイブリドーマ技術を確立したことにより種々のモノクローナル抗体が容易にしかも大量に得られるようになった。初期、特異的結合能の特性を利用したモノクローナル抗体と薬物の結合体を用いる薬物療法はターゲティング療法として期待された。特に、固形腫瘍に対する治療の行き詰まりとから腫瘍に対する標的化療法として期待が持たれた。しかしながら、この手法の困難さがしだいに明らかになりつつある。特に期待したほど腫瘍に集積せず、かつ腫瘍内で抗体が不均一に分布することが明らかになった。一方、モノクローナル抗体は抗原特異的親和性の特性以外に体内からの消失クリアランスが小さく、かつ分布容積が小さいという薬物動力学的特性がありこの特性を利用したドラッグデリバリーシステム(DDS)の研究は少ない。また、遺伝子工学の進歩により各種の生理活性蛋白が大量に得られるようになり治療薬としての利用が期待されている。しかしながら、一般的にこれらの蛋白はモノクローナル抗体とは逆に生体内半減期が短く、かつ分布容積が大きく治療薬として生体内持続性および体内分布を改良することが求められている。例えば、高分子に化学的に生理活性蛋白を結合させ持続性を改良した研究が多く報告されている。しかしながら、化学修飾により活性蛋白の活性低下、抗原性の増大、合成品の不均一性などが問題となり治療薬としての開発に困難さがある。これらの背景のもとに本研究は、1)モノクローナル抗体で遺伝子組み換え型インターロイキン2(rIL-2)を免疫複合体として高分子化しrIL-2の体内動態改変によるrIL-2の抗腫瘍効果増強(Negative Targeting)、2)モノクローナル抗体の静脈内投与後の腫瘍内ミクロな分布(Positive Targeting)の解析とからなるモノクローナル抗体のDDSへの応用研究である。

1.免疫複合体によるrIL-2の体内動態改変および薬効(Negative Targeting)1-1rIL-2の免疫複合体の構造

 rIL-2は抗腫瘍薬として期待されているが体内からの消失が速く、かつ分布容積が大きく薬効発現のためには大量投与および頻回投与が必要であり、このため副作用の発現が問題となっている。本研究はrIL-2に特異的に結合するモノクローナル抗体を調製し、免疫複合体を創製しrIL-2の体内動態を改変することによりrIL-2の薬効増強を目的とした。スキャッチャード解析により抗体の解離定数K4は2.1x10-8M、結合部位数nは2.2Antigen/Antibodyであった。抗体/rIL-2のモル比を1/2で調製した免疫複合体の生物活性をIL-2感受性NKC3細胞の増殖効果で測定したところrIL-2単独と活性に差異は見られずこの抗rIL-2モノクローナル抗体はrIL-2を中和しないことが明らかになった。これらのことから免疫複合体は抗体1分子に2分子のrIL-2が結合し、そのエピトープはrIL-2のレセプター結合部位と異なることが推測された(図1)。

図1 免疫複合体の構造とrIL-2レセプターとの関係:抗体は2分子のrIL-2と結合し、その結合部位はIL-2レセプター結合とは異なるか、あるいは競合するために生物活性が保存されると推測される。
1-2免疫複合体によるrIL-2の体内動態改変

 免疫複合体をマウスに静脈内投与し、rIL-2の血中からの消失を調べたとろrIL-2単独投与と比較してモノクローナル抗体との複合体(IC-1)およびF(ab’)2との複合体(IC-2)どちらも高濃度のrIL-2が検出された。ファルマコキネティカルな解析をしたところ分布容積に関してはrIL-2単独では600ml/kgに対してIC-1で70ml/kg、IC-2では120ml/kgと減少した。全身クリアランスはrIL-2単独で1320ml/h/kgに対して複合体はIC-1では132ml/h/kg、IC-2では287ml/h/kgと減少した。複合体の分子量に依存して分布容積および全身クリアランスが減少した。また、皮下投与後の血中濃度時間推移を調べたところrIL-2単独では30分でCmaxが得られその後、急速に血中濃度が減少するのに対して、免疫複合体は1時間でCmaxが得られ3時間までほぼ一定の濃度を維持した後、緩やかに減少した。ファルマコキネティカルな解析の結果AUCはほとんど変化ないがMRTが3倍延長し、かつMATが4倍延長し吸収過程の遅延効果が免疫複合体で見られた。

1-3免疫複合体のex vivo薬効

 免疫複合体のex vivo薬効をマウスに皮下連投した後、遊離脾細胞の腫瘍標的細胞への4時間51Crリリース活性で評価した。標的細胞としてNK活性はYAC-1を、LAK活性はP815を用いた。IC-1を10連投した後のNK活性はrIL-2単独と比較してIC-1はどの効果細胞/標的細胞(E/T)比においても高かった。また、LAK活性についてはrIL-2単独ではほとんど上昇しないがIC-2では徐々に上昇し10連投でコントロールと比較して3倍まで上昇した。このように免疫複合体により免疫系の殺細胞活性がrIL-2単独と比較して強く活性化されることが明らかになった。血中持続化およびリンパへの集積性に起因するものと推測される。

1-4免疫複合体の抗腫瘍効果

 免疫複合体の抗腫瘍効果を移植Meth-A fibrosarcomaに対する増殖抑制で評価した。腫瘍細胞移植後7日目から薬液を皮下反復投与し、腫瘍の大きさを経日的に測定したところrIL-2単独と比較して著しい増殖抑制効果をIC-1は与えた(図2)。

図2 Meth-A Fibrosarcoma移植マウスにおける免疫複合体1Qug/anirnsl/day皮下連投による腫瘍増殖抑制効果の低処置群およびrIL-2単独溶液投与群との比較

 12連投した後3日目に腫瘍重量を測定し未処置腫瘍の%で表したT/Cで効果を評価するとIC-1およびIC-2両免疫複合体も投与量に依存して抗腫瘍効果が得られた。

1-5免疫複合体の小括

 モノクローナル抗体を用いてrIL-2との免疫複合体を創製し、活性を保持したまま容易に高分子化しrIL-2の体内動態、特に分布を改変した。この結果rIL-2の抗腫瘍効果が増強した。この手法は他の多くの生理活性蛋白に応用可能でありモノクローナル抗体の新規なDDSデバイスとして考えられる。

2.腫瘍内ミクロ分布の解析(Positive Targeting)2-1腫瘍内モノクロ-ナル抗体の不均一分布

 モノクローナル抗体を用いた抗癌剤のターゲティング療法において投与後の腫瘍内不均一分布がそのターゲティング療法の限界の原因の一つと考えられている。この不均一性の原因として抗原の不均一分布、血管新生、血管透過性の不均一性、壊死の進行度、間組織の浸透圧などが報告されているが、モノクローナル抗体の結合活性そのものが腫瘍内部への抗体の浸透を妨げているとする理論(バインディングサイトバリア理論)があり、その実証が望まれていた。つまり、静脈内投与後の腫瘍内抗体の分布を血中からの消失、血管壁からの透過、腫瘍内拡散、抗原抗体反応に階層化し、それぞれ数式化したのち、境界条件で連結し各パラメータを変動させシュミレーションしたところ抗原抗体反応が抗体の腫瘍内分布を決定する重要なファクターであることを予測している。これを実証したのが本研究である。

2-2実証実験

 モルモットの腫瘍であるL10カルシノーマ細胞を背部皮内に移植し、移植後7日目に抗L10モノクローナル抗体(D3)を静脈内投与し経時的に腫瘍を摘出した後、腫瘍の薄連続切片を調製し抗体の腫瘍内ミクロな分布を放射性アイソトープおよび組織免疫法で解析した。まず、L10腫瘍細胞表面に存在する抗原数とD3モノクローナル抗体のその抗原に対する結合定数を遊離腫瘍細胞を用いた結合実験により結合定数Kaは1.6x1010M-1、抗原数B0は3.55x105molecules/cellであった。この数値を用いて先ほどの数式により抗体の腫瘍内分布をシュミレーションルしたところ、低投与量投与の時は時間が経てもモノクローナル抗体は腫瘍中心部には浸透しないが、投与量を高投与量にすると時間とともに中心部まで浸透することが予測された。実際、腫瘍の抗原分布と抗体分布を組織免疫で確認したところ、低投与量ではモノクローナル抗体が抗原の周辺にしか分布しなかった.また,高投与量では抗原と抗体の分布が一致した。

2-3腫瘍内ミクロ分布の小括

 静脈内投与後のモノクローナル抗体はその結合活性そのものにより腫瘍内部に浸透できず、不均一な分布をすることを実証した。モノクローナル抗体を腫瘍標的化のデバイスとして応用するときその結合定数および抗原数について十分考慮する必要がある。

結論

 モノクローナル抗体には抗原特異的結合活性以外にクリアランスおよび分布容積が小さいというファルマコキネティカルな特徴がある。ドラッグデリバリーシステムの領域において従来の認識では特に結合活性のみが注目されその体内動態的特徴は見逃されてきた。本研究ではモノクローナル抗体の標的化のデバイスとしての限界を明らかにしつつ、遺伝子組み替え型インターロイキン2を用いて新たな持続化あるいはリンパ標的化のデバイスとしての有用性の可能性を明らかにした。

審査要旨

 モノクローナル抗体の特異的結合能を主に利用したドラッグデリバリーシステム(DDS)研究は多くなされている。しかしながらこの手法の限界あるいは困難さを指摘する研究も多く報告されている。一方モノクローナル抗体には特異的結合能以外に高分子量であるため、体内動態の観点から見てクリアランスが小さくかつ、分布容積が小さいという特性を持っている。この体内動態特性を利用したDDSの研究はこれまで行われていない。本研究ではバイオロジカルレスポンスモディファイアーの一つである抗腫瘍薬、遺伝子組み替え型インターロイキン2(rIL-2)のモノクローナル抗体を用いた免疫複合体形成(高分子化)によるネガティブ標的化の有用性と、モノクローナル抗体の腫瘍内不均一分布に由来するポジティブ標的化の限界に関して理論的、実験的考察が加えられた。

1)ネガティブ標的化

 rIL-2(分子量15kDa)と抗rIL-2モノクローナル抗体(150kDa)をモル比2/1で室温下、水溶液中で混合すると分子量180kDaの免疫複合体が容易に形成された。この免疫複合体の解離定数はスキャッチャード解析の結果2.1x10-8Mであることが明らかになった。また、IL-2依存的に増殖するNKC3細胞を用いて調べたところrIL-2の生物活性は免疫複合体形成によって中和されず100%保持されていた。この免疫複合体をラットあるいはマウスに静脈内投与すると、rIL-2のクリアランスは約1/7まで減少し、かつ分布容積も約1/7まで減少した。このため見かけ上血中からのrIL-2の消失半減期は免疫複合体投与とrIL-2単独投与間とで差違が見られなかった。また、免疫複合体を皮下投与するとrIL-2の血中滞留時間がrIL-2単独投与と比較して3倍延長し、これは免疫複合体の場合はリンパ経路で体循環に入るためであることが示唆された。rIL-2単独投与によるrIL-2の体内動態特性、抗rIL-2モノクローナル抗体単独投与でのモノクローナル抗体の体内動態特性および抗原抗体反応におけるin vitro結合特性から免疫複合体投与後のrIL-2の体内動態を速度論的にシミュレーションするとよく実測値を反映することも明らかとなった。これはrIL-2のみでなく低分子を含めた薬物をモノクローナル抗体と結合させることにより、薬物の体内動態をよりよい方向へ改変する可能性を開くものと考えられる。また、活性が100%保持されていたことから推測されるrIL-2の免疫複合体とすることによる蛋白の変性は起こらず抗原性には変化がないことが示された。この様にモノクローナル抗体との免疫複合体の形成により高分子化することによるrIL-2の体内動態の改変はrIL-2単独では得られなかったex vivoでの脾細胞のNK活性およびLAK活性の増強を与えた。このNK活性およびLAK活性の増強作用の結果、Meth Aザルコーマ移植マウスにおける抗腫瘍作用の実験において免疫複合体はrIL-2単独では得られなかった強い抗腫瘍作用を投与量依存的に与えた。

2)ポジティブ標的化

 モノクローナル抗体を用いる腫瘍への薬物標的化の手法においてその特異的結合活性そのものに由来する腫瘍内不均一分布を予測するバインディングサイトバリア(BSB)理論の実証が望まれていた。血管新生が十分に発達せず腫瘍ノジュールの周辺にしか血管が存在しない長径300mmの腫瘍(Line 10腫瘍細胞)をモルモット皮内に構築し、その腫瘍細胞表面抗原と結合するモノクローナル抗体を静脈内投与すると50ug/kgの低投与量では腫瘍の周辺にしか局在せず、1000ug/kgの高投与量で初めて腫瘍内部にまで分布することを免疫染色法およびオートラジオグラフィー法で明らかにし、BSB理論の予測を実証した。この系での抗原数は1腫瘍細胞あたり35,500分子であり、結合定数は1.6x1010M-1であることをin vitroの結合実験で明らかにしている。また、結合活性のないモノクローナル抗体は上記実験系において腫瘍内部に均等に分布することを同時に明らかにした。

3)まとめ

 本研究はモノクローナル抗体のDDSへの応用において従来のポジティブ標的化の担体としての限界を明らかにするとともに、モノクローナル抗体の特異的親和性のみだけでなく体内動態特性を考慮にいれた新規なDDSに関する研究である。つまり、モノクローナル抗体との抗原抗体反応を用いた薬物の免疫複合体化によって薬物のネガティブ標的化が可能であることを遺伝子組み替え型インターロイキン2を用いて明らかにし、モノクローナル抗体の新しいDDSへの応用の道を開拓し、DDS研究の発展に寄与するところが大であり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

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