CVD(気相化学堆積)法による誘電体薄膜の堆積工程は半導体集積回路製造における中核技術の一つであるが、膜形成現象は未だ十分に理解されておらず、従ってCVDプロセスの設計は依然試行錯誤的な方法に頼る例が多い。本研究では、膜の特性発現のメカニズムを理解し、特性の制御を行うための、実際的な膜堆積モデルの構築の方法について論じた。具体的には、今日の半導体産業において広く用いられている熱CVD法によるSiO2膜及びSi3N4膜堆積プロセスを対象とし、(i)膜厚分布の均一性発現に対して鍵となる反応過程、反応速度定数、成膜前駆体の抽出と制御の方法、(ii)工業プロセス及び工業規模の反応炉におけるモデル化の方法、に関して考察した。 1.SiO2膜堆積に関する研究 まず、TEOS(テトラエトキシシラン)を原料とするSiO2膜堆積の研究において、成膜現象の概略を捉えるため、簡単な反応モデルと反応場の組み合わせを考慮し、広い操作条件(反応圧力2〜760Torr)範囲に渡って"MMC(Micro/Macro-Cavity)法"による速度論的なモデル化を試みた。MMC法によればcmスケールの基板上の分布とmスケールのトレンチ上の膜厚分布全同時に解析することにより、主要な反応速度定数の概算が可能となるが、例えばMPCVD(全圧60Torr)、マクロキャビティー(2つの解放端をもつ直方体状の拡散場空間)幅W=0.3mmの場合、図1の様な分布が得られている。拡散場中での物質収支式を解けば、膜厚分布は理論的には双曲線関数として表される。図1中の曲線AとBは、それぞれTEOS原料、低圧下の急峻な分布から明らかにした付着確率1の高活性気相中間体、に対する理論曲線であるが、これらは実測と一致しない。従って、SiO2膜堆積には、TEOSモノマー、高活性中間体、及びこれらの中間的な反応性をもつ低活性中間体、の3種が関与すると考えられた。図1の実測の分布は0に近い反応速度定数でfittingされるにも拘わらず・ステップカバレッジ(トレンチの被覆率=底部膜厚/上部膜厚の比)は0.75程度の値を示し、高活性中間体の成膜への寄与が大きいことを示している。このことから、低活性中間体から高活性中間体への転化反応の存在が推定された。一方、常圧CVDにおいて、気相反応flux/表面反応flux比に対応するWに対して、成膜速度の非線形な上昇が認められ、気相重合反応の存在が示唆された。 以上の実験事実を矛盾なく説明するため、図2の様に、高活性中間体(Active-Oligomer)と低活性中間体(TEOS-Oligomer)が互いに転化反応を行いながら気相重合が進行するモデルを提案した。 図表図1 マクロキャビティー内の成膜速度の分布 / 図2 TEOS-CVD膜堆積反応のモデル 次に工業的に重要な特性であるステップカバレッジに着目した。ステップカバレッジは全圧の増加に従って向上する傾向が認められ、常圧では高活性中間体が存在するにも拘わらず、コンフォーマルな形状を示した。この事実から、ステップカバレッジは、高活性中間体の基板表面到達を阻害する尺度、即ち気相における高活性中間体のトラップ速さと壁面への移動速さとの比pによって決まると考えた。式中、Wは基板間隔[m]、kgHは気相反応速度定数[1/s]、DHは拡散係数[m2/s]である。 ここで、ステップカバレッジを定量的に解釈するために、図2の多くの前駆体を、コンフォーマルな分布を与える低活性中間体と不均一分布を与える高活性中間体の2つのグループに分類した単純なモデルを考慮した。単純化モデルを用いて基板垂直方向の濃度分布を定式化し、ステップカバレッジの理論式をp値を用いて整理すると、ステップカバレッジのシミュレーションが可能である。図3は、無次元数のただ1つの組み合わせによって、広い反応条件での実測値が再現された様子を示している(ただしksは表面反応速度定数[m/s]で、添字H、Lは高、低活性中間体に対応)。よって、高活性中間体の消失速度と移動速度を考慮したモデルによって、ステップカバレッジを一般的に解釈することが可能となった。このモデルに基づけば、全圧増加によるステップカバレッジの向上は高活性中間体の表面到達の阻害に起因する、として説明できる。ステップカバレッジ改善の具体的方策としては、高活性中間体の拡散を阻止するための全圧の増加、及びトラップ速度増加のためのTEOS(スカベンジャー)分圧の増加が効果的であり、全圧一定の場合、希釈ガスを用いないことが望ましいことを予測した。また、前記無次元数の組から、図2のkgとPs(付着確率)が、と評価された(Creos:TEOS濃度)。 図3 単純化したモデルに基づき、基板垂直方向の濃度分布を考慮したステップカバレッジのシミュレーション MMC法は気相分子の同定に関する情報を与えないため、GC(gas-chromatography/MS(mass-spectrometer)による気相分子の直接検出を検討した。高感度昇温GC法の採用により、TEOS2量体及び3量体の存在が確認され、図2で推定した気相重合モデルが支持された。 続いて、気相への添加物の導入による反応性の制御について検討した。H2Oを気相添加した場合、成膜速度の約1.5倍の増加と、ステップカバレッジの著しい改善(コンフォーマル分布)が認められた。ただし、その効果は反応炉のサイズ等によって影響を受けるものと考えられた。添加効果発現のメカニズムに関しては本研究内で明らかにできなかったが、高活性中間体の表面反応の阻害など選択的な反応抑制、促進が生じていると考えられた。H2O添加法がステップカバレッジ改善のための簡便な工業プロセスとなる可能性を指摘した。 2.Si3N4膜堆積に関する研究 SiO2膜の研究において、一連のモデル化方法の有効性が示された。これを踏まえ、SiH2Cl2/NH3を原科とするSi3N4膜CVDの研究では、生産用反応装置を用いた工業プロセスからの直接的なモデル化を取り扱った。 バッチ式工業炉のウエハースタック空間をマクロキャビティーと見なし、拡散場における物質収支式を解けば、SiO2膜の場合同様ウエハー上の膜厚分布は、成膜前駆体の反応速度定数を反映する。実測の膜厚分布は2つのBessel関数の和としてよく再現され、解析の結果付着確率10-6オーダーの原料SiH2Cl2と10-4オーダーの気相中間体の2種の分子が成膜に関与していることを初めて示した。しかしながら、全ての前駆体の付着確率が0に近いため、MMC法からこれ以上の情報を得ることは困難であった。情報を補うため、広い反応条件における反応管軸(流れ)方向の膜厚分布に着目し、物質収支式に基づく解析を行った。反応管軸の分布は、SiH2Cl2の反応過程が近似的に1次であることを示した。擬1次の表面反応速度定数ksはSiH2Cl2分圧に対して反比例の関係を示し、気相反応速度定数kgは全圧とNH3/SiH2Cl2比に対してほぼ線形な関係を示した。これらの事実より、SiH2Cl2の表面反応は近似的にLangmuir型の競争吸着式で表され、表面反応が律速過程であること、そして、気相反応は熱分解(Lindemann機構)によるSiCl2分子の生成とこれに続くSiCl2とNH3との反応が主要な過程であること、を明らかにした。解祈の結果得られた反応速度定数と共に、推定された堆積反応モデルを図4に示す。 Si3N4膜堆積プロセスにおいても、質量分析による気相種の直接的な検知を試みた。その結果、SiH2(NH1)Clに帰属される質量数44と46のピークが観測されたが、既往の研究を参照して、この分子の生成反応は低温でのみ生ずる副反応(図4左端の反応)であると考えられた。 図4 SiH2Cl2/NH3を原料とするCVD膜の堆積反応のモデル 以上、本研究では、SiO2膜及びSi3N4膜堆積プロセスを対象とし、膜厚分布の理解と制御を可能とする実際的なモデル化の手法を提案した。一連の解析の手法、即ちMMC法及び反応管軸分布の解析により、工業プロセスの主要な膜堆積過程を簡便にモデル化し得ることを明らかにした。特に多種の気相中間体を含む反応系では、膜厚分布の定量予測のためにモデルの単純化(グループ化)が有効であることを示し、工業規模の反応装置における解析の方法と擬1次反応速度定数の条件依存性から得られる知見を具体的に示した。GC/MS及び質量分析は気相種の同定を可能とする簡便な方法であり、反応スキームの決定のために、反応速度解析を補完する手法の1つとして有効であった。また、TEOS-熱CVD反応において、気相へのH2O添加による膜厚分布の改善が認められ、気相添加の方法による選択的な反応制御の可能性を指摘した。 |