感染症は近年大きな変貌を遂げている。感染症に変化をもたらした要因として、患者背景の変化が最も重要であり、高齢者や癌患者の増加などにより、易感染要因をもつ患者が病院内に増加し、従来は臨床で問題にされなかった病原性の弱い菌種による感染例が日常的に見られるようになってきた。最近の抗菌剤の種類の増加は、感染症の治療に多大な貢献をしたが、一方で抗菌剤の選択に混乱を生じていることも事実である。Methicillin-resistant Staphylococcus aureus(MRSA)の問題は、耐性株の臨床上の危険性を改めて認識させることとなった。 オフロキサシン(OFLX)、ノルフロキサシン(NFLX)等のキノロン剤は、DNAジャイレースのAサプユニット阻害剤であり、既に抗菌剤として医療に供されているが、光毒性や骨形成などの安全性の点やMRSAを含む耐性菌の出現で最近問題になってきている。ノボビオシンやクメルマイシンAlなどのクマリン系抗生物質は、DNAジャイレースのBサブユニット阻害剤であり、毒性の問題があり医薬品抗菌剤になってはいない。このように、既知のDNAジャイレース阻害剤には改善されるべき余地がまだ残されており、新規骨格を有する選択性の高いDNAジャイレースの発見が望まれている。本研究では、MRSAを含む、既存の抗菌剤に対する耐性菌治療薬への応用が期待できる新規DNAジャイレース阻害剤を、微生物代謝産物から発見することを目的とし、スクリーニングを行った。スクリーニングは大腸菌DNAジャイレースによるDNAスーパーコイリング反応の阻害活性を指標に行った。その結果、静岡県浜松市の土壌より分離した放線菌Streptomyces filipinensis NR0484株から、高活性でDNAジャイレースに選択的な新規阻害物質を発見しcyclothialidineと命名した。Cyclothialidineは大腸菌DNAジャイレースをIC50=30ng/mlで阻害した。この阻害活性はオフロキサシンより約30倍強く、ノボビオシンとほぼ同程度であり、DNAジャイレース阻害剤としては最も活性の強い阻害剤であることが判明した。さらに、cyclothialidineのDNAジャイレースに対する作用機作について詳細なる検討を行った。本論文の概略を以下に列挙する。 ![](/data//h7data/212613/212613f01.gif) 1.放線菌、カビ、バクテリアの培養液を対象とした微生物の代謝産物を用いて新規DNAジャイレース阻害剤のスクリーニングを行った結果、放線菌Streptomyces filipinensis NR0484株から強力な活性を示す新規物質cyclothialidineを発見した。 2.CyclothialidineはNR0484株からその培養上清を活性炭に吸着した後、50%含水アセトンで溶出し、ダイヤイオンHP-21、アンバーライトCG-50、DEAEトヨバールカラムクロマトグラフィー、さらにダイヤイオンHP-21で脱塩後、トヨバールHW-40カラムクロマトグラフィーにより精製した。 Cyclothialidineは分子量641、分子式C26H35N5O12Sのペプチド性化合物で、分子内にエステルを有する新規物質であることが明らかになった。 3.Cyclothialidineは大腸菌DNAジャイレースによるDNAスーパーコイリング反応をIC50=30ng/mlで強く阻害し、グラム陽性菌であるStaphylococcus aureus、Micrococcus huteusのDNAジャイレースに対しても、ほぼ同等の強い阻害活性を示した(表1)。また、仔牛胸腺のトポイソメラーゼI及びIIを阻害しないことにより、細菌のDNAジャイレースを選択的に阻害することが示された。さらにin vitroの大腸菌複製開始点oriCからのDNA複製系をIC50=0.35 g/mlと強く阻害し、DNAジャイレースを阻害したことによりDNA複製が阻害されることが示唆された。 表1.In vitroのDNAジャイレースのスーパーコイリング活性に対す阻害活性 4.Cyclothialidineは嫌気性細菌のEubacterium属以外の菌種に対しては抗菌活性を示さず、菌の膜透過性が悪いことが示唆された。 5.CyclothialidineはDNAジャイレースによるDNAへの結合反応や一時的なDNA切断反応を阻害しなかった。また、DNAジャイレースによる一時的なDHA切断/DNA通過反応/DNA再結合におけるDNA再結合のステップを阻害しなかった。すなわち、cyclothialidineはDNA再結合のステップを阻害するキノロン剤とは異なる作用機作を有することが示された。 6.CyclothialidineによるDNAスーパーコイリング反応の阻害は、反応液に添加するATP濃度をあげることにより拮抗され、さらにcyclothialidineは大腸菌DNAジャイレースのBサブユニットのATPase活性をKi=6nMと強く阻害する拮抗阻害剤であることが判明した。 7.[14C]benzoylcyclothialidine([14C]benzcth)を用いたDNAジャイレースへの結合実験から、ノボビオシン、adenosine-5’-O-(thiotriphosphate)(ATP S)により結合が抑制されることがわかった。また、[14C]benzcthのDNAジャイレースへの結合は可逆的結合であることも明らかになった。これらの結果より、cyclothialidineはクマリン系抗生物質と同様の作用機作を示すことが示唆された。 8.Cyclothialidineはノボビオシン耐性大腸菌gyrB DNAジャイレースを、野生型大腸菌DNAジャイレースと同程度に阻害した(表2)。すなわち、cyclothialidineはクマリン系抗生物質と同様のATPase活性の拮抗阻害剤でありながら、ノボビオシンとはBサブユニット上の結合部位が異なる可能性が示唆かれた。 表2.野生型、ナリジキシン酸耐性、およびノボビオシン耐性大腸菌DNAジャイレースに対する阻害剤の阻害活性 9.Cyclothialidineは大腸菌DNAジャイレースのBサプユニットの43kDaN末端フラグメントヘ結合することが判明し、この結合が1:1の分子結合比であることが示された。 10.大腸菌DNAジャイレースの再構成系を用いた[14C]benzcthの結合のScatchard plot解析の結果、[14C]benzcthのBサプユニットに対する結合親和力(Kd値)は、AサブユニットとDNAとの会合状態に依存して変化することが示された。すなわち、BサブユニットがB⇒A2B2四量体⇒A2B2・DNA複合体へと会合するに従い、cyclothialidineに対する結合親和力が増大することが観察された。[14C]benzcthのA2B2・DNAへの解離定数(Kd値)は8.3±0.12×10-9Mあり、cyclothialidineのDNA依存性のDNAジャイレースATPaseに対するKi値6×10-9Mとよく一致した値を示し、cyclothialidineによるDNAジャイレースのATPase活性の阻害と[14C]benzcthのA2B2・DNAへの結合量には密接な相関関係があることが示された。 11.[14C]benzcthのBサブユニット43kDaN末端フラグメント、B、A2B2四量体、A2B2・DNA複合体への結合に対する、非放射性cyclothialidine、ATPアナログ、クマリン系抗生物質の阻害実験より、cyclothialidine、ATP、クマリン系抗生物質はDNAジャイレースのBサブユニット上において共通した結合部位を持つが、かならずしも同一部位ではない可能性が示された。 12.化学変換を行って構造活性相関を検討した。その結果、フェノール性水酸基を有する二環性ラクトン環がDNAジャイレースの阻害活性に必要であることが明らかになった。また、MRSAを含むグラム陽性菌にMIC値(最小発育阻止濃度)2-8 g/mlの抗菌活性を有する誘導体を得ることができた。これらのことは、cyclothialidineが新しいタイプの抗菌剤のリード化合物になり得ることを示している。 近年、MRSAによる感染症が数多く報告されており、適切な治療剤が少ないこと、術後の致命的な症例、MRSA保菌者の扱いなどが深刻な社会問題となっている。MRSAを含む臨床上重要な病原性細菌に対する治療薬が望まれる中、明確な作用点を持ち、高い薬効を示す抗菌剤を見いだすことは、医薬品研究に携わるものの課題である。この点において、本研究は、微生物代謝産物からの新しい骨格を持つ新しいタイプの抗菌剤の探索研究の方向性を示すものとして意義あるものと確信する。 |