学位論文要旨



No 212514
著者(漢字) 杉山,温人
著者(英字)
著者(カナ) スギヤマ,ハルヒト
標題(和) モルモットを用いた遅発型喘息モデルにおける好酸球の関与と長時間作用型β2刺激剤の効果
標題(洋)
報告番号 212514
報告番号 乙12514
学位授与日 1995.10.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12514号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 助教授 早川,浩
 東京大学 助教授 福地,義之助
 東京大学 講師 四元,秀毅
 東京大学 講師 須甲,松信
内容要旨

 気管支喘息患者に適当な抗原による吸入誘発試験を行なうと、即時型喘息反応(IAR)に続いて、4-6時間後に遅発型喘息反応(LAR)が見られることがある。このLARの出現に一致して、気管支喘息の本質的な特徴であると考えられている、非特異的気道過敏性亢進と気道の炎症が認められることから、LARの発症機序を解明しようとする試みがなされてきた。気道へ浸潤してくる炎症細胞の中で最も重要な細胞の一つは好酸球である。好酸球は重要な化学伝達物質(LTC4、血小板活性化因子:PAF)を産生し、さらに細胞障害性顆粒蛋白(MBP、ECPなど)を分泌する。しかし、抗原誘発後のLARや気道過敏性の亢進に、好酸球がどれほど関与しているかはまだ充分に解明されていない。そこで、我々は気道における好酸球の動態(気道への浸潤とその活性化)の解明と言う観点から、モルモットを用いたLARモデルの再評価を試みた。

 モルモットにエアゾル化した卵白アルブミン(OA、2%)の吸入(5分間)を1週間おきに2度行ない、その1週後に抗原吸入誘発(OA、1%、5分間)を行なった。抗原吸入誘発30分前に、アナフィラキシーショックを抑制するために、抗ヒスタミン剤であるpyrilamine(10mg/kg)を腹腔内投与した。モルモットの呼吸機能の測定はボックスを用いた体プレチスモグラフ法により、無麻酔、覚醒下にて行ない、特異的気道コンダクタンス(SGaw)を呼吸機能の指標にした。抗原吸入直後にSGawは著明に減少した後、ゆっくりと回復して4時間後に前値に戻った(図1)。LARは6-8時間後に観察され、約2-4時間継続した。LARを抗原吸入6-8時間後にSGawが25%以上低下したものと定義した場合、抗原吸入群の全例にLARが認められた。それに比べて、生食吸入群ではSGawの有意な変動は見られなかった。ヒスタミンに対する気道過敏性は抗原吸入誘発24時間後に亢進し、72時間後に吸入前値に回復した(表1)。なお、生食吸入群ではヒスタミンに対する気道過敏性に有意な変化は見られなかった。

 抗原吸入後に経時的に気管支肺胞洗浄(BAL)を行なった(図2)。BAL総細胞は6時間より著明に増加し、24時間後にピークに達した後、72時間後においても吸入前値に比べて増加していた。このBAL細胞のほとんどはマクロファージと好酸球であり、どちらも吸入24時間後に増加のピークを迎えた。マクロファージは5.4±0.7から15.4±1.8(x106)へ、好酸球は1.4±0.3から11.7±2.9(x106)へと増加した。その他の細胞ではリンパ球も吸入24時間後に増加のピークを迎えたが、好中球は他の細胞と比べてより早期から増加し、吸入6時間後に増加のピークを迎えた。なお、生食吸入群ではBAL細胞の有意な増加は見られなかった。抗原吸入誘発後に主として増加したマクロファージや好酸球が実際に活性化しているかどうかを、スーパーオキサイド産生能で検討した。抗原吸入24時間後のBAL細胞を用いて、Percoll不連続密度勾配法によって細胞を分離し、チトクローム還元法にて測定した。好酸球の場合、PMA、PAFいずれの刺激においても抗原吸入群では無感作群および生食吸入群に比べて、有意なスーパーオキサイド産生能の亢進が見られた(図3)。一方、マクロファージの場合、スーパーオキサイド産生能の点に関して抗原吸入群と生食吸入群の間に有意な差は見られなかった。

 今回、我々はHutsonらの方法に準拠し、抗原吸入後の即時型アナフィラキシーショックを予防するために、抗ヒスタミン剤を前処置することによって大量のOA抗原を吸入させ、LARを高率に出現させることに成功した。しかも、我々のモデルでは抗原吸入後に非特異的気道過敏性の亢進と気道への炎症性細胞浸潤を伴っていた。この炎症細胞浸潤は主として好酸球とマクロファージであったが、抗原吸入後にスーパーオキサイド産生能の亢進がみられたのは、好酸球であって、マクロファージではなかった。抗原暴露による好酸球の活性化が抗原吸入後の気道過敏性亢進の発症機序に関与している可能性が考えられた。

 交感神経β2刺激剤の吸入は、気管支喘息患者の日常臨床の場において繁用されており、喘息発作の際の第一選択の薬剤である。従来、β2刺激剤には抗原誘発後のLARや気道過敏性亢進を抑制する作用はないとされてきた。しかし、今までに用いられたβ2刺激剤はいずれも短時間作用型であり、LARが出現する前に効力が消失している可能性が考えられる。もし、充分に作用時間の長いβ2刺激剤が使われていたなら、抗原誘発後のLARと気道過敏性亢進の両者とも抑制されたかも知れない。また、近年発表された"喘息の診断と管理のための国際委員会報告"では、中等症以上の症例に長時間作用型β2刺激剤を使用することを勧告しているが、その臨床的有用性や理論的背景が確立している訳ではない。そこで、本研究において検討したLARモデルの一応用例として、最近開発された長時間作用型β2刺激剤(formoterol)の効果を検討した。

 吸入誘発15分前に、formoterol(10g/ml:F群)、isoproterenol(1 mg/ml:I群)あるいは生食を2分間吸入させた後、抗原吸入誘発を行なった。F群ではIARは著明に改善し、2時間後のSGawの低下およびLAR(6-10時間後まで)は完全に抑制された。一方、I群ではIARおよび2時間後のSGawの低下は改善されたものの、LARを抑制することはできなかった(図4)。ヒスタミンに対する気道過敏性については、F群では、抗原吸入24時間後の気道過敏性は明らかに低下していた(表2)。なお、I群では有意な気道過敏性の変化は見られなかった。抗原吸入24時間後のBALでは、F群において総細胞、マクロファージ、好酸球および好中球の増加はほぼ完全に抑制された(図5)。I群では抗原吸入後の炎症細胞の増加は抑制されなかった。BAL好酸球のスーパーオキサイド産生能は、F群ではPMA、PAFいずれの刺激による場合でも明らかに抑制されたが、I群では抑制効果が見られなかった(図6)。一方、BALマクロファージのスーパーオキサイド産生能に関しては、F群、I群いずれの群においても抑制効果は全く見られなかった。長時間作用型β2刺激剤であるformoterolは、我々のモデルにおけるLARと抗原吸入24時間後の気道過敏性亢進を抑制し、さらに吸入6時間目以降に始まる気道の炎症も完全に抑制した。

図表図1 抗原吸入後のSGawの経時的変化 / 図2 抗原吸入後のBAL細胞数の経時的変化 / 図3 BAL細胞のスーパーオキサイド産生能 / 図4 抗原吸入後のLARに及ぼすβ2刺激剤の影響 / 図5 β2刺激剤によるBAL細胞数増加の抑制 / 図6 β2刺激剤によるBAL細胞スーパーオキサイド産生の抑制 / 表1 抗原吸入誘発後のヒスタミンに対する気道過敏性の変化 / 表2 抗原吸入後の気道過敏性亢進に対するβ2刺激剤の影響

 Formoterolは気道への好酸球を始めとする炎症細胞浸潤だけでなく、スーパーオキサイド産生能の亢進に見られるような気道好酸球の活性化も抑制した。確かに、formoterolはsalbutamolに比べて効力が強く、作用時間(8-12時間)も長いが、抗原吸入24時間後の気道過敏性亢進や気道好酸球の活性化、さらに24-72時間後の気道への炎症細胞浸潤の抑制が全て、その作用時間の長さによるものだと考えるには無理がある。従って、formoterolには気管支拡張作用以外に、気道の炎症に直接作用する抗炎症作用が備わっている可能性が考えられる。実際、末梢血好酸球の活性化(遊走能とECP遊離能)はformoterolによって抑制されるが、salbutamolでは抑制されず、また、この抑制効果はβ受容体遮断剤の存在下でも認められることが明らかにされている。本研究においてはβ受容体遮断剤を使っていないため、formoterolの抑制効果がβ2受容体以外の反応経路によるものかどうかは不明である。しかし、formoterolは抗原吸入後に生じる気道炎症を制御し、中でも好酸球の活性化を抑制することが明らかになった。気道における好酸球活性化の制御を通じて、抗原吸入後のLARや気道過敏性亢進が抑制される機序の一端が解明されたと言えよう。

審査要旨

 本研究は気管支喘息の発症機序において重要な役割を演じていると考えられる好酸球の関与を明らかにするため、モルモットを用いた遅発型喘息反応(LAR)の系にて、抗原吸入後の気道への細胞浸潤とその活性化の解析を試みたものである。また、この実験系を用いて、近年、その臨床応用が注目されている長時間作用型β2刺激剤吸入の効果も検討している。本研究における知見は以下のとおりである。

 (1)モルモットに大量の卵白アルプミン(OA)を反復吸入させることによって、高率にLARを生じる喘息モデルを確立した。呼吸機能の測定は無麻酔、覚醒下にてボックスを用いた体プレチスモグラフ法により行い、特異的気道コンダクタンス(SGaw)を指標とした。LARは抗原吸入直後の著明な即時型喘息反応(IAR)に引き続いて、吸入6-8時間後に観察され、約2-4時間継続した(出現頻度は88%)。ヒスタミンに対する気道過敏性は抗原吸入24時間後に亢進し、72時間後に吸入前値に回復した。なお、対照の生食吸入群では有意なSGawの変化や、ヒスタミンに対する気道過敏性の変化は見られなかった。

 (2)抗原吸入後に経時的に気管支肺胞洗浄(BAL)を行った。抗原吸入後に著増したBAL細胞のほとんどはマクロファージと好酸球であり、吸入24時間後に増加のピークを迎えた。なお、生食吸入群ではBAL細胞の増加は見られなかった。抗原吸入24時間後のBAL細胞を用いて、Percoll不連続密度勾配法によって細胞を分離純化し、スーパーオキサイド産生能を検討した。好酸球の場合、PMA、PAFいずれの刺激でも抗原吸入群は無感作群と生食吸入群に比べて、有意なスーパーオキサイド産生能の亢進が見られた。しかし、マクロファージの場合、スーパーオキサイド産生能の有意な亢進は認められなかった。

 (3)長時間作用型β2刺激剤(formoterol)の前吸入によって、LARとヒスタミンに対する気道過敏性亢進は完全に抑制された。また、BALにおいても、細胞(マクロファージ、好酸球共に)の増加は抑制され、BAL好酸球のスーパーオキサイド産生能も抑制された。一方、短時間作用型β2刺激剤であるisoproterenolはLARとヒスタミンに対する気道過敏性亢進を抑制しなかった。また、BAL細胞の増加およびBAL好酸球のスーパーオキサイド産生能亢進も抑制しなかった。なお、BALマクロファージのスーパーオキサイド産生はどちらの薬剤でも抑制されなかった。

 以上、本論文はモルモットを用いた遅発型喘息モデルにおいて、抗原吸入後のLARと気道過敏性の亢進に、気道に集積した好酸球の活性化が関与していることを明らかにした。さらに、長時間作用型β2刺激剤であるformoterolがこれらの現象を完全に抑制することを示し、その臨床的有用性を示唆した。本研究によって、気道における好酸球活性化の制御を通じて、抗原吸入後のLARや気道過敏性亢進が抑制される機序の一端が解明されたと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50960