昆虫脱皮ホルモン(エクジステロイド)は、脱皮・変態をはじめ種々の劇的な変化を昆虫にもたらす。エクジステロイドに関連した研究には、カイコ(Bombyx mori)とキイロショウジョウバエ(Drosophila melanogaster)を材料として行われたものが多く、それぞれ重要な知見が得られている。カイコからは、20-ヒドロキシエクダイソンが単離・同定され、ステロイド骨格をもつことが明らかにされた。キイロショウジョウバエを対象としては、分子生物学的研究が盛んになされ、数年前にその受容体すなわち、エクジステロイドレセブターの遺伝子がクローニングされ、核内レセプターファミリーに属していることが明らかとなった。従って、従来から提唱されていたリガンド依存性の遺伝子発現調節によるエクジステロイドの作用機構モデルの正当性が確認された。一方、非ステロイド骨格のエクジステロイド活性物質であるジベンゾイルフェニルヒドラジンに殺虫活性があることが明らかとなり、JH活性物質、キチン合成阻害剤に加えて、新しいタイブの昆虫成長調節剤としてエクジステロイドアゴニストが有望であることが示唆されていた。エクジステロイドの活性評価系としては、カリフォラテスト等のようにホルモンが存在しない昆虫体を用いて表皮等の形態変化を観察する方法が主流で、この方法を用いて植物体からエクジステロイド活性物質のポナステロンAなどが単離された。しかし、これらの評価系は効率、客観性、感度等の点で問題があり、広くエクジテロイド活性物質の探索や作用機序の解析を行うには不十分であった。 本研究は、新たなエクジステロイド活性評価系を構築し、それを活用して、ジベンゾイルフェニルヒドラジン類にレセプター結合活性に相応した遺伝子発現活性があること、殺虫活性がエクジステロイドアゴニスト活性によるものであることを明らかにした。ついで、新たなエクジステロイド活性物質の探索を試み、非ステロイド骨格のDTBHIBにレセプター結合活性、遺伝子発現活性、細胞形態変化誘導活性等のエクジステロイド活性があることを発見した。さらに、エクジステロイドにより酵素レベルでの誘導が知られていたアセチルコリンエステラーゼが、遺伝子発現レベルで制御されていることを明らかにした。以下にその概要について述べる。 1.エクジステロイド活性評価系の構築 エクジステロイドの作用機構モデルに基づき、レセプター結合活性評価系および遺伝子発現活性評価系の2種類のエクジステロイド活性評価システムを確立した。 1)エクジステロイドレセブター結合活性評価系 キイロショウジョウバエ由来のKc細胞から抽出液を調製し、3H-ポナステロンAを標識リガンドとしたチャコールデキストラン法により特異的結合の阻害を測定する方法を、96穴マイクロプレートを用いた自動化法として完成した。ボナステロンAの3H・ボナステロンA結合阻害活性を調べたところ、標識リガンドと同濃度の1.0×109Mで約50%の活性が認められた。また、20-ヒドロキシエクダイソンおよび-エクダイソンについても調べたところ、それぞれ7.0×10-8M、4.0×106MのIC50値を示し、再現性も問題なく、この系の実用性が明らかとなった。 2)エクジステロイド応答性遺伝子発現活性評価系(pHSP27-LUC法) キイロショウジョウバエのhsp27遺伝子はエクジステロイド応答性遺伝子であることから、この遺伝子の転写開始点からエクジステロイド応答性部位までを含む5’上流域約0.67kbを、ホタル(Photinus pyralis)のルシフェラーゼ構造遺伝子に接続して、発現活性検出用ブラスミドpHSP27-LUCを構築した。pHSP27-LUCのDNAを高純度に調製し、エレクトロボーレーション法によりKc細胞に導入した。遺伝子導入されたKc細胞をエクジステロイドの存在下または非存在下で24時間培養後、細胞抽出液を調製し、ルシフェラーゼ活性をルミノメーターを用いて測定した。さらに、BCA法にて各抽出液のタンパク質濃度を測定し、ルシフェラーゼ活性に補正を加えた。20-ヒドロキシエクダイソンおよび-エクダイソンについてそのルシフェラーゼ誘導活性を調べたところ、それぞれ2.0×107Mおよび2.0×10-5Mで約80倍の誘導活性が認められ、EC50値はそれぞれ3.0×10-8Mおよび2.0×10-6Mであった。再現性も高く、20-ヒドロキシエクダイソンに対して、4.0×10-9Mまで誘導が認められたことから、5ng程度の同ホルモンの検出が可能で、エクジステロイドアゴニスト活性評価系としては、最高レベルの感度にあることが判明した。 以上の結果より、エクジステロイド活性物質の解析および探索に活用できる、効率的かつ高感度な活性評価系が確立されたことが示された。 2.ジベンゾイルフェニルヒドラジン類の作用機構の解析 これまで唯一の非ステロイド骨格のエクジステロイドアゴニストとして知られていたジベンゾイルフェニルヒドラジンの代表例として、RH5849とRH5992の2化合物のエクジステロイドレセプター結合活性を調べた。その結果、RH5849は4.0×106MのIC50値、RH5992は3.0×107MのIC50値を示した。さらに、pHSP27-LUC法を用いて遺伝子発現活性についても調べたところ、両化合物により、最大43倍以上のルシフェラーゼ誘導活性が認められ、RH5849は2.0×10-5MのEC50値、RH5992は3.0×10-6MのEC50値を持つことが明らかとなった。また、Kc細胞におけるエクジステロイド特有の形態変化である突起形成を指標とした活性の評価も行った。この場合、RH5849は4.0×10-6MのEC50値、RH5992は3.0×10-7MのEC50値を示した。 カイコの3齢起幼虫に各濃度のRH5849とRH5992を含む人工飼料を投与し、24時間後に頭皮脱皮の有無を調べた。RH5849では10ppm処理区で100%、RH5992では1ppm処理区において90%の個体に頭皮脱皮が確認された。頭皮脱皮をした個体は、その後ほとんど摂食を停止し、その大部分が処理96時間後までに死亡した。 以上の結果より、ジベンゾイルフェニルヒドラジン類にエクジステロイド応答性の遺伝子発現活性があることが示された。また、RH5849とRH5992では、レセプター結合活性、遺伝子発現活性、および細胞形態変化誘導活性に明らかな差が認められ、各活性ともRH5992はRH5849の約10倍前後高いことが判明した。さらに、これらの経口投与により高い頭皮脱皮を引き起こしたカイコの幼虫の大部分が致死することから、エクジステロイドアゴニスト活性が殺虫活性の主因であることが示唆された。 3.新規の非ステロイド骨格エクジステロイドアゴニスト化合物の探索 エクジステロイドレセプター結合活性評価系とエクジステロイド応答性遺伝子発現活性評価系を活用して、新たなエクジステロイドアゴニストの母核化合物を探索した。約1,500点の化合物に対して、一次スクリーニングとして90点のサンプルを一度に測定できるレセプター結合活性評価系を用いて評価を行った結果、約50点にレセプター結合活性が認められた。さらに、二次スクリーニングとしてpHSP27-LUC法を用いてこれらの化合物について遺伝子発現活性を調べたところ3,5-di-tert-butyl-4-hydroxy-N-isobutyl-benzamide(DTBHIB)に明らかなルシフェラーゼ誘導活性が確認された。 DTBHIBの解析を詳細に行った結果、そのエクジステロイドレセプター結合活性は、6.0×10-6MのIC50値であること、エクジステロイド応答性遺伝子発現活性については、pHSP27-LUC法でEC50値は8.0×10-6Mであり、DTBHIBは3.0×10-4Mで対照(無処理)の15倍のルシフェラーゼを誘導することが判明した。次項に示す発現活性検出用のpDAChE-LUCをKc細胞に導入する方法でも5.0×10-6Mで4倍のルシフェラーゼ誘導活性が見られた。また、DTBHIBはKc細胞に対するエクジステロイド特有の形態変化である突起形成の誘導活性も示し、そのEC50値は3.0×106Mであった。 以上の結果より、DTBHIBは、-エクダイソンの2/3のエクジステロイドレセブター結合活性を有し、また2種類のエクジステロイド応答性遺伝子の発現を誘導し、さらにはKc細胞の形態変化を誘導することから、非ステロイド骨格の化学構造をもつ新規のエクジステロイドアゴニストであることが明らかとなった。 4.アセチルコリンエステラーゼのエクジステロイド応答性の解析 Kc細胞等のエクジステロイド感受性のキイロショウジョウバエ継代培養細胞株では、エクジステロイドによるアセチルコリンエステラーゼの酵素活性レベルでの誘導現象が知られていた。またチャイロコメノゴミムシダマシ(Tenebrio molitor)では、エクジステロイドの体内ピークに対応して脳内に同酵素が誘導されることが確認されていた。しかし、その誘導機構に関する解析はなされていなかった。そこで、さらに解析を進めるためキイロショウジョウバエのアセチルコリンエステラーゼ遺伝子(Ace遺伝子)の5’上流域1.62kbをホタルのルシフェラーゼ構造遺伝子に接続し、発現活性検出用プラスミドpDAChE-LUCを構築した。先に確立したKc細胞への遺伝子導入発現系と同様にpDAChE-LUCをKc細胞へ導入し、エクジステロイド存在下で72時間培養後、ルシフェラーゼ活性を測定した。 その結果、20-ヒドロキシエクダイソンは、1.0×10-8Mで4倍のルシフェラーゼ誘導を示した。また、-エクダイソンは、1.0×106Mで5倍の誘導活性を示した。さらに、ジベンゾイルフェニルヒドラジン類による誘導活性を調べたところ、RH5849では2.0×10-5Mで4倍、RH5992では2.0×10-6Mで4倍の誘導活性を示した。 以上の結果より、アセチルコリンエステラーゼのエクジステロイドによる誘導が遺伝子発現レベルで制御されていること、Ace遺伝子の5’上流域(-1520から+98)にそのためのシスエレメントが存在することが示された。 以上要するに本研究は、エクジステロイドの分子生物学的レベルでの作用機構について研究を行ったものであり、その作用機構に基づき高感度かつ効率的なエクジステロイド活性評価系を確立することができた。これらの評価系の活用により、非ステロイド骨格のエクジステロイドアゴニストとされていたジベンゾイルフェニルヒドラジンに遺伝子発現活性があることを明らかにし、エクジステロイドアゴニストとしての強さが殺虫活性に関与していることを示す結果を得た。また、エクジステロイドアゴニストとしての活性を持つ全く新たな非ステロイド構造の化合物であるDTBHIBを見い出すことができた。さらに、アセチルコリンエステラーゼの誘導がエクジステロイドにより、遺伝子発現レベルで制御されていることを明らかにした。 |