内容要旨 | | 緒言 胃切除後には,胃の欠落ないし消化管経路の変更に伴い,消化吸収障害や糖代謝異常等の障害が発生し,種々の程度の栄養障害が生ずる事はよく知られている.特に膵内分泌部(ラ島)は,糖の消化吸収やその代謝に直接影響を及ぼしている部位であることはいうまでもない,ところが胃切除後の膵内分泌能の変化を調べた研究はあるが,胃切除後膵内分泌部が,どのような形態学的・機能的変化を呈しているかを調べた研究はあまりみられない. そこで今回各種胃切除ラットを作製,術後12週間飼育を行った.そして胃切除範囲や消化管経路の変更に応じ,どの程度の栄養障害が生じ,内臓,特に膵内分泌部にいかなる形態学的・機能的変化がもたらされるかを調べた. 対象と方法 Wistar系雄性ラット250g前後を使用し.胃幽門側切除・胃全摘等の各種胃切除ラットを作製した.作製群は,S群(Sham operation,単開腹),BI群(Billroth I法 gastrectomy),BII群(Billroth II法 gastrectomy),ED群(Total gastrectomy,Esophagoduodenostomy),EJ群(Total gastrectomy,Esophagojejunostomy with Braun anastomosis)の5群である.BII群は結腸前にて空腸を約4cm,EJ群も同様に空腸を約6cm挙上し,またED・EJ群では膵臓・脾臓は温存した. これら5群を術後12週間にわたり飼育し,経時的に観察,体重の変化,脱毛・下痢の有無を記録,術後12週目に以下の検索を行った.また実験終了後犠死せしめ,十二指腸,空・回腸,結腸(盲腸を除く),膵臓,肝臓,腎臓,脾臓の各臓器を摘出,その湿重量を測定した.膵臓は10%ホルマリン溶液にて固定し,バラフィン包埋後,その正面全体の長軸方向で,厚さ4mの連続組織切片を作製した. I)膵内分泌部の形態学的変化の検索: 1)ラ島数,ラ島面積,内分泌部面積占拠率,内分泌部重量の測定 ラ島数は,HE染色下に,画像解析装置を用い,標本を5倍視野にて異なる5視野を観察,肉眼的に数えられる5視野の総数とした. ラ島面積は,HE染色下に,画像解析装置を用い,1標本につきばらつきのないようその断面積を20個測定,中間値の14個を対象とした. 内分泌部面積占拠率は,5倍視野にて1標本につき異なる5視野を観察,画像解析装置により算出し,5視野の平均値をその値とした. 内分泌部重量は,膵湿重量に内分泌部面積占拠率をかけ合わせた値とした. 2)ラ島B・A・D各細胞のラ島内面積占拠率,ラ島内細胞数比の測定 PAP法(ポリクローナル抗体使用)によりラ島内B・A・D各細胞を染色,大きさが同じで染色状態の良いラ島を各標本につき5個選び,画像解析装置を用い,B・A・D各細胞のラ島内面積占拠率を求めた,ラ島内細胞数比は肉眼により測定した. 3)ラ島B・A・D各細胞染色時測定したラ島のラ島面積,ラ島内全細胞数,ラ島内細胞密度の測定 ラ島B・A・D各細胞のラ島内面積占拠率,ラ島内細胞数比を求めた同じラ島を用いて,そのラ島面積,ラ島内全細胞数,ラ島内細胞密度を求めた. II)膵内分泌部の機能的変化の検索: 1)IVGTT(Intravenous Glucose Tolerance Test)による膵内分泌機能の測定 術後12週に,ネンブタール腹腔内投与麻酔下に,頚静脈へカテーテルを挿入した.ヘパリン化後.50%Glucose 1 ml/kgを注入,注入前,注入後5分・30分に採血,血清インスリン(IRI)濃度,血漿膵グルカゴン(IRG)濃度を測定した. 糖処理係数K値(K=InBst1-InBst2/t2-t1,t2=30,t1=5),Insulinogenic Index(I.I),Total I.I(T.I.I),IRI,IRGを計算した. 2)膵組織内インスリン,グルカゴン,ソマトスタチン(SLI)各濃度の測定 膵組織200mgをAcidic Ethanol 5mlで均質化後,その上清中の濃度を測定,膵内分泌機能の指標とした. 結果I)栄養障害及び内臓各臓器の湿重量の変化の検索: 1)生存率は,全摘群,特に十二指腸バイパス群であるEJ群で27.9%(12/43)と他群より有意に低かった. 2)脱毛は,EJ群に66.7%(8/12)と高率にみられ,有意に他の4群より高かった. 3)術後12週の体重(g)は,S群541.7±92.9,BI群473.8±82.4,BII群446.7±78.8,ED群330.0±107.5,EJ群323.3±89.5で,体重増加はS群が他の4群に比し有意に良好で,次いでBI・BII群であり,ED・EJ群は最も不良であった.特に十二指腸がバイパスされた全摘群(EJ群)で栄養障害が顕著であった. 4)内臓各臓器の湿重量の変化をみると,膵臓の変化が最も大きく,BII・EJ群で顕著な増加がみられた.空・回腸も膵臓と同様の変化を示した.十二指腸はED群のみ他の4群に比し有意に増加していた.腎臓・肝臓は体重と同様の変化を示した.結腸・脾臓は各群間に差を認めなかった. II)膵内分泌部の形態学的変化: 1)ラ島面積・内分泌部面積占拠率は,S群が最も多く,次いでBI・BII群であり,ED・EJ群は最も少なく,各群は体重と同様の変化を示した.ラ島数の増加はBI群でみられた. 2)B細胞のラ島内面積占拠率・細胞数比は,各群ともほぼ同じで約70%を占めていた. 3)入細胞のラ島内面積占拠率は各群ともほぼ同じで約15%であり,細胞数比も各群ともほぼ同じで約30%であった. 4)D細胞のラ島内面積占拠率(%)はED群3.46±2.02,EJ群3.57±1.64,細胞数比(%)はED群10.87±4.91,EJ群11.73±3.89であり,全摘群であるED・EJ群で有意の増加が認められた. 5)D細胞の増加が観察されたラ島においては,ラ島内細胞密度の減少が認められた. III)膵内分泌部の機能的変化: 1)糖処理能は,S群が比較的良好であり,全摘群で低下を示す傾向にあった. 2)IRI分泌能は,EJ群が低下傾向を示した以外,各群間に特に大きな差はなく,ラ島の萎縮にもかかわらず比較的良く保持されていた. 3)IRG分泌能は各群間に特に大きな差はみられなかった. 考察 胃切除後の内臓各臓器の湿重量の変化をみると,消化吸収に関係する臓器,特に膵臓,空・回腸,十二指腸の変化が大きかった.そして胃切除範囲や再建術式に応じた代償性の重量変化がみられた.胃の欠落や消化管経路の変更に伴うintestinal transitの亢進や消化管ホルモンの変動がその主な要因と思われる. 胃切除後,消化吸収に関係する小腸と膵外分泌部の機能は次第に低下する.そして糖質の消化吸収障害の結果,ラ島は次第に萎縮し,体重の変化と同様の変化を示すようになる.しかし胃切除ラットは,ラ島の萎縮にもかかわらず,まだIRI分泌能を比較的良く保持していた.膵周囲のリンパ節が郭清される臨床例と異なり,胃切除ラットでは,膵周囲の血流や迷走神経が温存されていることもその原因と思われる. 形態学的には,胃切除ラットのラ島内B・A細胞構造は比較的良く保持されていた.しかし胃全摘群,特にEJ群において,ラ島内D細胞面積占拠率・細胞数比の増加が顕著に認められ,またD細胞の増加が観察されたラ島においては,ラ島内細胞密度の減少が認められた.ラ島内D細胞増加の機序として,まず第1に,胃全摘後の糖質の消化吸収障害によりIRIの分泌が次第に減少(B細胞数の減少),その結果ラ島内におけるIRIによるSLI分泌抑制作用が減弱し,ラ島のD細胞の増加が出現する.第2に,胃のD細胞とラ島のB・A細胞は胃膵相関を有するが,胃全摘による胃D細胞の喪失を補うよう,ラ島のD細胞は代償性に増加する.第3に,胃全摘後のコレシストキニン(CCK)による過度な外分泌刺激を抑制するために,ラ島のD細胞は代償性に増加する.第4に,外分泌・胃酸分泌間に,CCK・SLIを介したfeedback機構(胃腸膵相関)が存在する.胃全摘により胃のD細胞が欠失し,胃を介した外分泌調節機構が破綻した結果,その破綻を補うようラ島のD細胞は代償性に増加する.第5に,胃全摘後のaccelerated intestinal transitによる過度のIRI分泌を抑制し,B細胞の疲弊を防ぐために,胃のD細胞の欠失を補うよう,ラ島のD細胞が代償性に増加する. 結語 胃切除ラットにおいては,膵臓,空・回腸,十二指腸各湿重量は,胃の切除範囲や消化管経路の変更に応じた代償性の重量変化を示した.膵内分泌部の機能的変化に関しては,胃切除ラットは,ラ島の萎縮にもかかわらず,まだ膵内分泌機能を比較的良く保持していた,形態学的にみても,胃切除によりラ島は萎縮するが,ラ島内B・A細胞構造は保持されていた.しかし胃全摘ラットにおいて,ラ島内D細胞の顕著な増加が認められた. 胃切除後の消化吸収障害,胃切除による胃の欠落,消化管ホルモンの変動,intestinal transitの亢進等種々の要因が以上の病態を現出させ,胃全摘後のラ島内D細胞の代償性増加をもたらしている. |