学位論文要旨



No 212310
著者(漢字) 桜庭,均
著者(英字)
著者(カナ) サクラバ,ヒトシ
標題(和) ファブリー病(遺伝性-ガラクトシダーゼ欠損症)の分子病理
標題(洋)
報告番号 212310
報告番号 乙12310
学位授与日 1995.04.26
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12310号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中込,弥男
 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨

 ファブリー病は、-ガラクトシダーゼの活性低下により、多くの組織や体液中に、基質グロボトリアオシルセラミドが蓄積する糖脂質代謝異常症である。本症は、X染色体性遺伝をなし、ヘミ接合体の男性に重い症状が出現する。典型的な「古典型」の患者は、学童期に手足の痛みや低汗症で発症し、次第に被角血管腫、腎不全、心不全や全身の血管障害を来たすことが知られていた。最近になり、この様な「古典型」の他に、極めて軽症で、50歳頃になって発症する「亜型」ファブリー病が存在し、少なくとも日本人種の間で比較的発生頻度が高いことが報告され、注目されている。「亜型」では、心障害以外に特徴的な臨床症状がみられず、多くは心筋症と診断され、心筋生検を受けて、病理所見から初めて脂質蓄積症を疑われている。ファブリー病のへテロ接合体女性では、lyonizationに基づいて、細胞毎に「病的」または「正常」状態となる現象がランダムに起こるため、その同定が難しい例がしばしば存在する。

 本研究は、ファブリー病の病因を遺伝子レベルで解明すること、古典型と亜型とで病態がどう異なるかを明らかにすること、さらに患者や保因者の確実な診断法を開発することを目的として行った。

 異なる日本人ファブリー病5家系(古典型4家系及び亜型1家系)を対象とした。患者と家族から、培養リンパ芽球または培養皮膚線維芽細胞株を樹立して、分析試料とした。

 ファブリー病の病因となる遺伝子変異を同定するため、Southern blot分析、Northren blot分析、RNase A protection分析、当該酵素のcDNA及びゲノムDNAの塩基配列決定法などを用いて解析した。その結果を表1に示した。古典型患者で認められた遺伝子変異は、極めて多彩であった。症例#1は、-ガラクトシダーゼ遺伝子のexon 3を含む、長さ402bpの領域の部分欠失で、当該酵素のmRNAは認められなかった。症例#2は、exon 1内の小欠失で、長さ13bpの領域が欠失し、フレームシフトを生じた。いずれも、欠失の断端付近に、4または6塩基の繰り返し配列が存在し、欠失の成立過程に"slipped mispairing現象"が関与する可能性が考えられた。症例#3は、intron6の5’-スプライスドナー部位の塩基置換が存在し、premature mRNAからmature mRNAへのスプライシングにおいて、exon6部分が脱落するスプライシング異常であった。症例4では、exon 1内にナンセンス変異が存在した。本例では、酵素蛋白の翻訳開始後すぐに、翻訳停止が起こるため、活性を持つ蛋白が合成されないと考えられた。これらの古典型の病因となる遺伝子変異は、mRNAや蛋白質レベルで比較的大きな変化を来たすと考えられ、最終的な結果として、患者由来の細胞中の-ガラクトシダーゼ活性は完全欠損を示した。一方、亜型患者で認められた変異は、単塩基置換に伴うアミノ酸置換(R301Q)であった。当該遺伝子上の変異の位置は、exon6の5’側であり、この部分は、酵素が基質のガラクトース残基を認識する領域の一部に相当した。本変異を有する患者細胞では、正常の4%の残存活性が存在した。以上の結果から、ファブリー病の遺伝子レベルでの病因は多様であるが、最終的に細胞内にどの程度の-ガラクトシダーゼ活性が発現されるかにより、臨床表現型に違いが生じると考えられた。同時に、僅かであれ、患者細胞中の酵素活性を上昇させることにより、症状を軽減できる可能性が考えられた。

 ファブリー病ヘテロ接合体女性においては、通常の血液試料を用いて-ガラクトシダーゼ活性を測定した場合、完全欠損に近いものから正常域内のものまでいろいろであった。そこで、制限酵素による切断の有無やPCR-SSCP法などを利用して、各々の家系の保因者診断に成功した。しかし、ファブリー病の病因となる遺伝子変異は多彩であるため、遺伝子解析を利用した保因者診断は煩雑であった。今回、基質に対するモノクローナル抗体を用いて培養線維芽細胞を間接免疫蛍光染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡で画像解析することにより、細胞内の基質蓄積の状態を分析する系を作製した。この方法により、リソソーム内への基質蓄積の有無とその程度の判定が可能であった。その結果を表2に示した。古典型及び亜型患者とも、ほぼ100%の細胞が陽性であり、前者は、後者に比べて強い基質蓄積度を示した。また、ヘテロ接合体では、陽性細胞と陰性細胞のモザイク状態を示した。本法は、遺伝子変異の種類を問わず、ヘテロ接合体の同定に有用であり、酵素及び遺伝子解析と合わせて、保因者診断に役立つと考えられた。

図表表1 ファブリー病でみられる遺伝子変異 / 表2 画像解析によるファブリー病培養皮膚線維芽細胞の基質蓄積度
審査要旨

 ファブリー病は、-ガラクトシダーゼの活性低下により、多くの組織や体液中に、基質グロボトリアオシルセラミドが蓄積する糖脂質代謝異常症である。本症は、X染色体性遺伝をなし、ヘミ接合体の男性に重い症状が出現する。典型的な「古典型」の患者は、学童期に手足の痛みや低汗症で発症し、次第に被角血管腫、腎不全、心不全や全身の血管障害を来たすことが知られていた。最近になり、この様な「古典型」の他に、極めて軽症で、50歳頃になって発症する「亜型」ファブリー病が存在し、少なくとも日本人種の間で比較的発生頻度が高いことが報告され、注目されている。「亜型」では、心障害以外に特徴的な臨床症状がみられず、多くは心筋症と診断され、心筋生検を受けて、病理所見から初めて脂質蓄積症を疑われている。ファブリー病のへテロ接合体女性では、lyonizationに基づいて、細胞毎に「病的」または「正常」状態となる現象がランダムに起こるため、その同定が難しい例がしばしば存在する。

 本研究は、ファブリー病の病因を遺伝子レベルで解明すること、古典型と亜型とで病態がどう異なるかを明らかにすること、さらに患者や保因者の確実な診断法を開発することを目的として行い、下記の結果を得ている。。

 1.異なる日本人ファブリー病5家系(古典型4家系及び亜型1家系)を対象とした。患者と家族から、培養リンパ芽球または培養皮膚線維芽細胞株を樹立して、分析試料とした。

 ファブリー病の病因となる遺伝子変異を同定するため、Southern blot分析、Northern blot分析、RNase A protection分析、当該酵素のcDNA及びゲノムDNAの塩基配列決定法などを用いて解析した。古典型患者で認められた遺伝子変異は、極めて多彩であった。症例#1は、-ガラクトシダーゼ遺伝子のexon3を含む、長さ402bpの領域の部分欠失で、当該酵素のmRNAは認められなかった。症例#2は、exon1内の小欠失で、長さ13bpの領域が欠失し、フレームシフトを生じた。いずれも、欠失の断端付近に、4または6塩基の繰り返し配列が存在し、欠失の成立過程に"slipped mispairing現象"が関与する可能性が考えられた。症例#3は、intron6の5’-スプライスドナー部位の塩基置換が存在し、premature mRNAからmature mRNAへのスプライシングにおいて、exon6部分が脱落するスプライシング異常であった。症例#4では、exon1内にナンセンス変異が存在した。本例では、酵素蛋白の翻訳開始後すぐに、翻訳停止が起こるため、活性を持つ蛋白が合成されないと考えられた。これらの古典型の病因となる遺伝子変異は、mRNAや蛋白質レベルで比較的大きな変化を来たすと考えられ、最終的な結果として、患者由来の細胞中の-ガラクトシダーゼ活性は完全欠損を示した。一方、亜型患者(症例#5)で認められた変異は、単塩基置換に伴うアミノ酸置換(R301Q)であった。当該遺伝子上の変異の位置は、exon6の5’側であり、この部分は、酵素が基質のガラクトース残基を認識する領域の一部に相当した。本変異を有する患者細胞では、正常の4%の残存活性が存在した。以上の結果から、ファブリー病の遺伝子レベルでの病因は多様であるが、最終的に細胞内にどの程度の-ガラクトシダーゼ活性が発現されるかにより、臨床表現型に違いが生じると考えられた。同時に、僅かであれ、患者細胞中の酵素活性を上昇させることにより、症状を軽減できる可能性が考えられた。

 2.ファブリー病へテロ接合体女性においては、通常の血液試料を用いて-ガラクトシダーゼ活性を測定した場合、完全欠損に近いものから正常域内のものまでいろいろであった。そこで、制限酵素による切断の有無やPCR-SSCP法などを利用して、遺伝子解析により各々の家系の保因者診断に成功した。しかし、ファブリー病の病因となる遺伝子変異は多彩であるため、遺伝子解析を利用した保因者診断は煩雑であった。今回、基質に対するモノクローナル抗体を用いて培養線維芽細胞を間接免疫蛍光染色し、共焦点レーザー走査型顕微鏡で画像解析することにより、細胞内の基質蓄積の状態を分析する系を作製した。この方法により、リソソーム内への基質蓄積の有無とその程度の判定が可能であった。古典型及び亜型患者とも、ほぼ100%の細胞が陽性であり、前者は、後者に比べて強い基質蓄積度を示した。また、ヘテロ接合体では、陽性細胞と陰性細胞のモザイク状態を示した。本法は、遺伝子変異の種類を問わず、ヘテロ接合体の同定に有用であり、酵素及び遺伝子解析と合わせて、保因者診断に役立つと考えられた。

 以上、本論文はファブリー病の病因を遺伝しレベルで解明するとともに、古典型と亜型との違いを分子レベルで明らかにした。また、遺伝病の臨床の上で重要な保因者の同定を遺伝子および細胞レベルで行う方法を確立した。ファブリー病の臨床並びに基礎研究の上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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