顆粒球は骨髄で成熟した後、末梢血中に遊出し、約7時間の半減期で、血管内から組織中に遊走して、数日で崩壊する。この間、種々の刺激により、顆粒球からライソゾーム中の内容物が分泌され、生体内で様々な影響を及ぼしていると思われる。 顆粒球のライソゾームには、多くの酵素が存在している。プロテアーゼには、至適pHが酸性にある酸性プロテアーゼと、至適pHが中性にある中性プロテアーゼとがある。酸性プロテアーゼは、生体内の通常のpHではほとんど作用できないため、顆粒球外では働けないのに対して、中性プロテアーゼは、顆粒球外での働きが主であると考えられ、リンパ球等の血球に何らかの作用を及ぼしている可能性がある。 カテプシンGは、ヒト好中球のアズール顆粒に存在するキモトリプシン様活性をもつ中性プロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)で、ヒトヒ臓、単球にも存在し、非常に塩基性の強いのが特徴で、分子量は約26,000である。 一方、代表的なセリンプロテアーゼにはトリプシン、キモトリプシンがあげられるが、これらのプロテアーゼは、ヒトリンパ球を活性化することが報告された。さらに、マウスリンパ球を用いた実験では、トリプシンはリンパ球のうち、Bリンパ球を特異的に活性化すると報告された。そして、カテプシンGもマウスBリンパ球を特異的に活性化することが報告された。カテプシンGを産生している顆粒球は、生体内でリンパ球と相互作用する可能性が十分にあり、また、顆粒球などが存在する末梢血は中性で、カテプシンGが働くのに適しているので、このプロテアーゼが、顆粒球から放出された後、生体内でリンパ球に対して働き、リンパ球の機能を変化させることができると考えられる。 そこで、本研究においては、まずヒト骨髄からカテプシンGの精製を行った。ヒト骨髄細胞よりカテプシンGを抽出し、DE52カラム、SephadexG-100カラム、CM-celluloseカラム、Toyopearl HW-55カラム、Mono Sカラムにかけ精製を行った。精製されたカテプシンGをポリアクリルアミドゲル電気泳動したところ、報告されているパターンと同じものが得られ、初めてヒト骨髄からカテプシンGが精製された。こうして得られたカテプシンGを用いて、以下の実験を行った。 まず、カテプシンGがリンパ球を活性化するかどうか調べたところ、カテプシンGはヒトリンパ球のDNA合成能を増大させた。また、3H-チミジンのリンパ球への取り込み量は、カテプシンGの濃度に依存しており、7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。次に、リンパ球をBリンパ球とTリンパ球に分けて3H-チミジンの取り込み量の変化を調べた。以前の報告と同様に、カテプシンGはBリンパ球のDNA合成能を増大させた。しかし、3H-チミジンのBリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みに比べて低く、また、全リンパ球はカテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化されたのに対して、Bリンパ球は、5.0g/mlの濃度で最もよく活性化された。 さらに、以前の報告に反し、カテプシンGはTリンパ球のDNA合成能をも増大させた。3H-チミジンのTリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みと同様に、カテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。 次に、Tリンパ球をさらにCD4+Tリンパ球とCD8+Tリンパ球に分けて、同様の実験を行った。その結果、カテプシンGはCD4+Tリンパ球のDNA合成能を増大させ、その際の3H-チミジンの取り込みは、全リンパ球への取り込みに比べて約2倍高かった。また、3H-チミジンのCD4+Tリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みと同様に、カテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。一方、CD8+Tリンパ球のDNA合成能は、カテプシンG2.5-10.0g/mlの濃度では全く変化がなかった。また、NK細胞のDNA合成能も、カテプシンG2.5-10.0g/mlの濃度では全く変化がなかった。 ところで、レクチンや抗原がリンパ球の表面にあるレセプターに結合するとリンパ球が活性化されるが、この際シグナルが膜を通り、細胞内部に伝達される。これらの結合によるレセプターの活性化により、まずホスホリパーゼCが活性化され、ホスファチジルイノシトールリン酸から、イノシトール三リン酸とジアシルグリセロールができる。イノシトール三リン酸は細胞内のカルシウムストアからカルシウムイオンを放出させる。それと同時かそれより少し遅れて細胞膜にあるカルシウムイオンチャンネルが活性化され、細胞外からカルシウムイオンが流入する。一方、ジアシルグリセロールは、プロテインキナーゼCを活性化し、細胞質から細胞内膜に移動させる。このプロテインキナーゼCの活性化はナトリウム水素イオンチャンネルの活性化につながり、細胞内のpHが上昇する。そこで、カテプシンGがリンパ球を刺激する際、リンパ球の情報伝達系においてどのような変化をもたらすか、すなわち、細胞内カルシウムイオン濃度の変化、イノシトール三リン酸の産生、細胞内pHの変化について調べた。 リンパ球の細胞内カルシウムイオン濃度は7.5g/mlのカテプシンGにより上昇し、その後も刺激前よりも高い濃度を保ち続けた。 また、Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞ともに細胞内カルシウムイオン濃度はカテプシンGによる刺激で上昇した。このうち、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞では細胞内カルシウムイオン濃度はカテプシンGによる刺激で上昇した後、刺激前よりも高い濃度を保ち続けたのに対し、Bリンパ球では上昇した後、短時間の後に刺激前の濃度に戻った。 7.5g/mlのカテプシンGによりリンパ球の細胞内イノシトール三リン酸の産生が増えることがわかった。この細胞内イノシトール三リン酸の産生は、カテプシンGの刺激後30秒で顕著に増加し、刺激後1分で1×107個リンパ球あたり11.6pmolから27.7pmolにふえた。この増加した細胞内イノシトール三リン酸の量は刺激後5分まで持続した。また、Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球ともに細胞内イノシトール三リン酸の量はカテプシンGによる刺激で上昇した。一方、7.5g/mlのカテプシンGの刺激後約2秒で、リンパ球の細胞内pHは7.19から7.48まで上がり、その後は再び刺激前のpHに戻った。Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球ともに細胞内pHはカテプシンGによる刺激で上昇した。 このようにカテプシンGがリンパ球に刺激を与える際、カテプシンGは直接リンパ球に結合することが、125IラベルしたカテプシンGを用いた解析により明らかになった。そして、リンパ球の表面上にカテプシンGのリセプターの存在することが、その特異的かつ可逆的結合により示唆された。このカテプシンGのリンパ球に対する結合は、HillのプロットによりHill係数2.18を与え、協同性のあることがわかった。一方、セリンプロテアーゼのインヒビターを結合させたカテプシンGも、カテプシンGの4分の1程度結合した。しかし、協同性は示さなかった。また、セリンプロテアーゼのインヒビターを結合させたカテプシンGはリンパ球に結合したカテプシンGと一部置換したことから、カテプシンGがリンパ球へ結合する際には、カテプシンGの活性部位だけでなく、ほかの部分も認識されていると思われる。 カテプシンGはBリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞全てに結合した。特に、NK細胞に対する結合は強かった。 ところで、カテプシンGは単独でリンパ球に作用するだけでなく、コンカナバリンAなどのマイトージェンによるリンパ球活性化作用を増大させる作用のあることもわかった。カテプシンGが、インターロイキン-2によるリンパ球活性化作用を増大させたことや、コンカナバリンAによるリンパ球上のインターロイキン-2リセプターの発現量を増加させたことから、これは、マイトージェンによるインターロイキン-2産生を増加させたことによるものと思われる。 この様に、カテプシンGは単独であるいは他の因子と共同してリンパ球を活性化する作用のあることがわかった。また、リンパ球上にカテプシンGのリセプターが存在することも示唆された。生体内で、炎症あるいは免疫反応において、顆粒球とリンパ球の接触する際に、顆粒球から放出されたカテプシンGがリンパ球に作用しているものと思われる。 |