学位論文要旨



No 212183
著者(漢字) 山崎,聖美
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,トモミ
標題(和) ヒトリンパ球の機能に対するカテプシンGの作用
標題(洋) Effect of cathepsin G on functions of human lymphocytes
報告番号 212183
報告番号 乙12183
学位授与日 1995.03.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第12183号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,健治
 東京大学 教授 鈴木,紘一
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 助教授 室伏,擴
 東京大学 助教授 榎森,康文
 東京大学 助教授 横田,崇
内容要旨

 顆粒球は骨髄で成熟した後、末梢血中に遊出し、約7時間の半減期で、血管内から組織中に遊走して、数日で崩壊する。この間、種々の刺激により、顆粒球からライソゾーム中の内容物が分泌され、生体内で様々な影響を及ぼしていると思われる。

 顆粒球のライソゾームには、多くの酵素が存在している。プロテアーゼには、至適pHが酸性にある酸性プロテアーゼと、至適pHが中性にある中性プロテアーゼとがある。酸性プロテアーゼは、生体内の通常のpHではほとんど作用できないため、顆粒球外では働けないのに対して、中性プロテアーゼは、顆粒球外での働きが主であると考えられ、リンパ球等の血球に何らかの作用を及ぼしている可能性がある。

 カテプシンGは、ヒト好中球のアズール顆粒に存在するキモトリプシン様活性をもつ中性プロテアーゼ(セリンプロテアーゼ)で、ヒトヒ臓、単球にも存在し、非常に塩基性の強いのが特徴で、分子量は約26,000である。

 一方、代表的なセリンプロテアーゼにはトリプシン、キモトリプシンがあげられるが、これらのプロテアーゼは、ヒトリンパ球を活性化することが報告された。さらに、マウスリンパ球を用いた実験では、トリプシンはリンパ球のうち、Bリンパ球を特異的に活性化すると報告された。そして、カテプシンGもマウスBリンパ球を特異的に活性化することが報告された。カテプシンGを産生している顆粒球は、生体内でリンパ球と相互作用する可能性が十分にあり、また、顆粒球などが存在する末梢血は中性で、カテプシンGが働くのに適しているので、このプロテアーゼが、顆粒球から放出された後、生体内でリンパ球に対して働き、リンパ球の機能を変化させることができると考えられる。

 そこで、本研究においては、まずヒト骨髄からカテプシンGの精製を行った。ヒト骨髄細胞よりカテプシンGを抽出し、DE52カラム、SephadexG-100カラム、CM-celluloseカラム、Toyopearl HW-55カラム、Mono Sカラムにかけ精製を行った。精製されたカテプシンGをポリアクリルアミドゲル電気泳動したところ、報告されているパターンと同じものが得られ、初めてヒト骨髄からカテプシンGが精製された。こうして得られたカテプシンGを用いて、以下の実験を行った。

 まず、カテプシンGがリンパ球を活性化するかどうか調べたところ、カテプシンGはヒトリンパ球のDNA合成能を増大させた。また、3H-チミジンのリンパ球への取り込み量は、カテプシンGの濃度に依存しており、7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。次に、リンパ球をBリンパ球とTリンパ球に分けて3H-チミジンの取り込み量の変化を調べた。以前の報告と同様に、カテプシンGはBリンパ球のDNA合成能を増大させた。しかし、3H-チミジンのBリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みに比べて低く、また、全リンパ球はカテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化されたのに対して、Bリンパ球は、5.0g/mlの濃度で最もよく活性化された。

 さらに、以前の報告に反し、カテプシンGはTリンパ球のDNA合成能をも増大させた。3H-チミジンのTリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みと同様に、カテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。

 次に、Tリンパ球をさらにCD4+Tリンパ球とCD8+Tリンパ球に分けて、同様の実験を行った。その結果、カテプシンGはCD4+Tリンパ球のDNA合成能を増大させ、その際の3H-チミジンの取り込みは、全リンパ球への取り込みに比べて約2倍高かった。また、3H-チミジンのCD4+Tリンパ球への取り込みは、その全リンパ球への取り込みと同様に、カテプシンG7.5g/mlの濃度で最もよく活性化された。一方、CD8+Tリンパ球のDNA合成能は、カテプシンG2.5-10.0g/mlの濃度では全く変化がなかった。また、NK細胞のDNA合成能も、カテプシンG2.5-10.0g/mlの濃度では全く変化がなかった。

 ところで、レクチンや抗原がリンパ球の表面にあるレセプターに結合するとリンパ球が活性化されるが、この際シグナルが膜を通り、細胞内部に伝達される。これらの結合によるレセプターの活性化により、まずホスホリパーゼCが活性化され、ホスファチジルイノシトールリン酸から、イノシトール三リン酸とジアシルグリセロールができる。イノシトール三リン酸は細胞内のカルシウムストアからカルシウムイオンを放出させる。それと同時かそれより少し遅れて細胞膜にあるカルシウムイオンチャンネルが活性化され、細胞外からカルシウムイオンが流入する。一方、ジアシルグリセロールは、プロテインキナーゼCを活性化し、細胞質から細胞内膜に移動させる。このプロテインキナーゼCの活性化はナトリウム水素イオンチャンネルの活性化につながり、細胞内のpHが上昇する。そこで、カテプシンGがリンパ球を刺激する際、リンパ球の情報伝達系においてどのような変化をもたらすか、すなわち、細胞内カルシウムイオン濃度の変化、イノシトール三リン酸の産生、細胞内pHの変化について調べた。

 リンパ球の細胞内カルシウムイオン濃度は7.5g/mlのカテプシンGにより上昇し、その後も刺激前よりも高い濃度を保ち続けた。

 また、Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞ともに細胞内カルシウムイオン濃度はカテプシンGによる刺激で上昇した。このうち、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞では細胞内カルシウムイオン濃度はカテプシンGによる刺激で上昇した後、刺激前よりも高い濃度を保ち続けたのに対し、Bリンパ球では上昇した後、短時間の後に刺激前の濃度に戻った。

 7.5g/mlのカテプシンGによりリンパ球の細胞内イノシトール三リン酸の産生が増えることがわかった。この細胞内イノシトール三リン酸の産生は、カテプシンGの刺激後30秒で顕著に増加し、刺激後1分で1×107個リンパ球あたり11.6pmolから27.7pmolにふえた。この増加した細胞内イノシトール三リン酸の量は刺激後5分まで持続した。また、Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球ともに細胞内イノシトール三リン酸の量はカテプシンGによる刺激で上昇した。一方、7.5g/mlのカテプシンGの刺激後約2秒で、リンパ球の細胞内pHは7.19から7.48まで上がり、その後は再び刺激前のpHに戻った。Bリンパ球、Tリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球ともに細胞内pHはカテプシンGによる刺激で上昇した。

 このようにカテプシンGがリンパ球に刺激を与える際、カテプシンGは直接リンパ球に結合することが、125IラベルしたカテプシンGを用いた解析により明らかになった。そして、リンパ球の表面上にカテプシンGのリセプターの存在することが、その特異的かつ可逆的結合により示唆された。このカテプシンGのリンパ球に対する結合は、HillのプロットによりHill係数2.18を与え、協同性のあることがわかった。一方、セリンプロテアーゼのインヒビターを結合させたカテプシンGも、カテプシンGの4分の1程度結合した。しかし、協同性は示さなかった。また、セリンプロテアーゼのインヒビターを結合させたカテプシンGはリンパ球に結合したカテプシンGと一部置換したことから、カテプシンGがリンパ球へ結合する際には、カテプシンGの活性部位だけでなく、ほかの部分も認識されていると思われる。

 カテプシンGはBリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞全てに結合した。特に、NK細胞に対する結合は強かった。

 ところで、カテプシンGは単独でリンパ球に作用するだけでなく、コンカナバリンAなどのマイトージェンによるリンパ球活性化作用を増大させる作用のあることもわかった。カテプシンGが、インターロイキン-2によるリンパ球活性化作用を増大させたことや、コンカナバリンAによるリンパ球上のインターロイキン-2リセプターの発現量を増加させたことから、これは、マイトージェンによるインターロイキン-2産生を増加させたことによるものと思われる。

 この様に、カテプシンGは単独であるいは他の因子と共同してリンパ球を活性化する作用のあることがわかった。また、リンパ球上にカテプシンGのリセプターが存在することも示唆された。生体内で、炎症あるいは免疫反応において、顆粒球とリンパ球の接触する際に、顆粒球から放出されたカテプシンGがリンパ球に作用しているものと思われる。

審査要旨

 本論文は7章より構成され、第1章の序論に引き続き、第2章でカテプシンGの精製について述べた後、第3章でカテプシンGによるリンパ球の活性化、第4章でカテプシンGのリンパ球への結合、第5章でマイトージェンあるいはサイトカインによるリンパ球活性化のカテプシンGによる増強についてそれぞれ実験方法、結果の記載と、考察がなされている。さらに、第6・7章においてこれらの結果のまとめとそれに対する総合的な考察を行っている。

 本研究の重要部分は、顆粒球に存在する中性プロテアーゼであるカテプシンGが、ヒト末梢血リンパ球に結合し、そのプロテアーゼ作用によりリンパ球を活性化するということを見出した点にある。カテプシンGは顆粒球のライソゾームに貯蔵されているが、中性プロテアーゼであるため、酸性のライソゾーム中では働けず、脱顆粒の後に作用すると考えられている。従来、カテプシンGの役割に関しては、中性プロテアーゼという観点から、フィブロネクチン、ラミニンといった細胞外マトリックスの分解について主に研究が進められている。一方、末梢血中には本酵素に対するインヒビターも存在するが、細胞間相互作用により、これらインヒビターが働き得ないミクロ環境が作られることも報告されており、生体内でカテプシンGがリンパ球を活性化することが十分に考えられる。また、ヒト末梢血リンパ球をBリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞に分画し、それぞれに対するカテプシンGの作用についても調べている。その結果、カテプシンGは、Bリンパ球、CD4+Tリンパ球のDNA合成能を増大させたが、CD8+Tリンパ球、NK細胞のDNA合成能には全く変化を与えなかった。そして、DNA合成能を増大させるには、カテプシンGの酵素活性が必要であった。さらに、カテプシンGによる細胞内カルシウムイオン濃度、イノシトール三リン酸産生量、細胞内pHの変化についても調べている。興味あることに、Bリンパ球、CD4+Tリンパ球、CD8+Tリンパ球、NK細胞のすべてにおいて、カテプシンGにより細胞内カルシウムイオン濃度、イノシトール三リン酸産生量、細胞内pHが変化することが見出された。これらセカンドメッセンジャーの変化にもカテプシンGの酵素活性が必要であった。CD8+Tリンパ球、NK細胞においては、これらセカンドメッセンジャーが変化したにもかかわらずDNA合成能に変化が起きなかったことから、カテプシンGによるリンパ球の活性化にはチロシンリン酸化酵素等のシグナル伝達系を介する経路があるものと予測している。CD8分子を発現しているNK細胞と、CD8+Tリンパ球に共通して同様の現象が見られたことは興味深い結果である。

 さらに、カテプシンGのリンパ球への結合に関しても、解析しており、その結果、カテプシンGはリンパ球に結合するが、その際に、正の協同性を示すことが見出された。これは極めてユニークな機構を示唆している。また、低分子インヒビターで活性部位をブロックしたカテプシンGもリンパ球に結合したが、カテプシンGの結合に比べ、解離定数は大きく、1細胞あたりの結合数も少なく、協同性は見られなかった。これらの結果と、先のDNA合成能、セカンドメッセンジャーの変化にカテプシンGの酵素活性が必要であることを考えあわせると、カテプシンGのリンパ球への結合にはかならずしもその酵素活性は必要ではないが、活性があるとDNA合成能、セカンドメッセンジャーの変化につながるという機構があることを推察している。血小板にはトロンビンのリセプターが存在し同定されているが、このリセプターはトロンビンによりある特異的な部分が切断されるとはじめて活性化されることが知られており、カテプシンGに関しても、同様の機構で活性化されるリセプターがリンパ球上に存在するものと推定している。このリセプターの単離、同定は今後に残された重要な課題である。

 カテプシンGがマイトージェンによるリンパ球活性化をさらに強めることも見出されている。これは、マイトージェンにより活性化されたTリンパ球から産生されたインターロイキン2の作用をカテプシンGが強めることによるもので、これはマイトージェンによるリンパ球上のインターロイキン2リセプターの発現もカテプシンGにより増加したことからも示唆されている。

 以上、本申請者は、カテプシンGをヒト骨髄細胞よりはじめて完全に精製し、その精製標品を用いてカテプシンGのリンパ球活性化、リンパ球への結合の詳細を明らかにした。顆粒球に存在するプロテアーゼがリンパ球を活性化するという考えは新しく、本研究より得られた知見はそれを裏付けるもので、高く評価される。また、プロテアーゼによって活性化されるシグナル伝達経路がリンパ球に存在するという報告はかつてなく、その点でも高く評価される。今後、カテプシンGが結合するリンパ球上の分子の同定、リンパ球活性化の機構が明確にされることを期待する。

 なお、本論文は青木洋祐氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったものであり、ほとんど全て論文提出者の寄与によるものと結論する。

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