学位論文要旨



No 212173
著者(漢字) 宇都宮,郁
著者(英字)
著者(カナ) ウツノミヤ,イク
標題(和) 炎症反応におけるサイトカインの役割に関する研究
標題(洋)
報告番号 212173
報告番号 乙12173
学位授与日 1995.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第12173号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 名取,俊二
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨

 急性炎症反応では炎症局所の血管透過性や白血球浸潤などが観察される。これらの反応に関与するメディエーターにはキニンやアラキドン酸代謝物、血小板活性化因子(PAF)補体などが知られていた。大石らはラットのカラゲニン胸膜炎を炎症モデルとして用い、この炎症反応にキニンやプロスタグランジン(PG)が関与することを既に報告している。一方1980年代の後半になると一連のサイトカインと呼ばれる蛋白性の因子が多数発見され、これらは免疫応答のみならず炎症反応にも関与することが明らかとなってきた。これらのうちtumor necrosis factor(TNF)とinterleukin-1(IL-1)は代表的な炎症性サイトカインであり、直接的に、また二次的なメディエーターを誘導することによりその作用を発揮する。またIL-6は急性期蛋白合成促進作用を含む多機能性サイトカインであり、IL-8は新しい好中球遊走因子として注目されている。しかしながらこれらの知見はin vitroの研究によるものがほとんどであり、in vivoでサイトカインの炎症反応における役割を解析した報告は極めて少ない。そこで本研究ではラット・カラゲニン胸膜炎におけるサイトカインの動態を解析しその炎症反応への関与を推定した。またサイトカインの胸腔内投与による炎症反応を解析した。さらに胸膜炎でのサイトカイン産生に対する抗炎症薬投与の効果を調べ、PGとの相互作用について検討した。

 胸膜炎はSD系雄性ラットの右胸腔内に2%カラゲニン0.1 mlを注射することにより惹起した。サイトカインの測定は常法通り、IL-1はC3H/HeJマウス胸腺細胞の増殖増強活性、IL-6はMH60.BSF2ハイブリドーマの増殖活性、TNFはL929細胞の細胞障害活性として測定した。正常ラットでは胸腔内に液はほとんどないが、胸膜炎惹起後、滲出液量は16時間後まで増加した(図1A)。白血球数は3時間以降に急増し、これは主に好中球の浸潤によるものであった(図1A)。胸腔滲出液中のTNF,IL-1,IL-6活性は炎症反応の亢進に先行してTNF、IL-1、IL-6の順に一過性に上昇した(図1B)。この結果からカラゲニン胸膜炎ではこれらサイトカインが次々に誘導されてそれらが炎症反応に関与することが示唆された。

図1 胸腔滲出液量と浸潤白血球数およびTNF,IL-1,IL-6の経時変化

 滲出液中のIL-1とIL-6の生物活性がIL-1,IL-6分子によるものであるかを確認するために、胸腔滲出液のゲル濾過と等電点電気泳動を行った。カラゲニン胸膜炎3時間後と5時間後の胸腔滲出液をSephacryl S-200カラムに供した結果、IL-1活性は約18kD,IL-6活性は約22kDの位置に溶出され、マウスで報告されている値とほぼ同じであることからIL-1とIL-6の存在が確認された。また4時間後の滲出液を等電点電気泳動した結果、IL-1活性はp15の付近に認められたため、このIL-1が主にタイプであることが推定された。

 次に血漿中のIL-6による急性期蛋白の誘導について検討した。この胸膜炎モデルでは4時間後をピークとして血漿中にもIL-6が一過性に上昇する。その後急性期蛋白であるT-キニノーゲンレベルが上昇する。このT-キニノーゲンはモノクローナル抗体を用いたラジオイムノアッセイを確立して測定した。胸腔内にリコンビナント・ヒトIL-1(rhIL-1)105 unitを投与した場合にも血漿中に1時間後をピークとしてIL-6が誘導され、カラゲニン胸膜炎よりも早い時期にT-キニノーゲンが増加し始めた。以上の事実からカラゲニン胸膜炎では局所でIL-1が産生され、血中でIL-6を誘導し、そのIL-6が肝臓で急性期蛋白の合成を開始させることが示唆された。

 カラゲニン投与とIL-1投与による肝臓でのT-キニノーゲン産生を免疫組織染色により調べた結果、いずれの場合も肝臓でT-キニノーゲン合成が促進されることが明らかとなった。次に直接肝細胞に作用する因子がIL-1かIL-6かを知るためにin vitroでラット・ヘパトーマH4 II EC3をIL-1又はIL-6で刺激した後の培養上清中のT-キニノーゲン量を測定した。その結果、IL-6によりT-キニノーゲン産生が促進されたのに対してIL-1には直接T-キニノーゲン産生を促進させる作用はないことが明らかとなった。したがってカラゲニン胸膜炎では局所で産生されたIL-1が血中でIL-6を誘導し、そのIL-6が肝臓に作用するという連鎖反応が起こっていることが明らかとなった。

 次にラット胸腔内への白血球遊走におけるサイトカインの役割について解析した。近年直接好中球遊走活性を持つIL-8が発見されたことにより、TNFとIL-1によるin vivoでの好中球遊走はIL-8の作用を介すると考えられている。ラットにおいてはcytokine-induced neutrophil chemoattractant(CINC)がIL-8ファミリーの一つとして報告されている。そこでラット胸膜炎の好中球浸潤におけるIL-8の関与を検討する目的で、まずカラゲニン胸膜炎の滲出液中のCINCレベルを市販のELISAキットを用い測定した。CINCは正常ラットの胸腔内には検出限界以下であるが胸膜炎惹起後好中球浸潤に先行して増加し、4時間後にピークをとった。このことはCINCがこの好中球浸潤に関与することを示唆している。そこでCINCを直接胸腔内に投与したところ0.1-1.0gで用量依存的な好中球遊走が3時間後をピークとして認められた。rhTNF 2×104 unit及びrhIL-1 105 unit投与の場合も同様に好中球の遊走が見られた。この時いずれの場合にも1時間後にピークをとる内因性のCINCが誘導されていた。一方IL-8を投与した場合にはTNFやIL-1の場合よりも多くの好中球が浸潤してくるにもかかわらずCINCの誘導はほとんど見られなかった。これらの事実からCINCとIL-8は直接好中球を遊走させることができるのに対し、TNFとIL-1はCINCの産生誘導を介してその作用を発現することが示唆された。

 このことをさらに確かめる目的で蛋白合成阻害薬の効果について検討を加えた。すなわちTNF 2×103 unit,IL-1 104 unit,IL-8 5g,CINC 1g投与後3時間の胸腔内好中球浸潤に対し、アクチノマイシンD(AcD)1又は10gを各サイトカインと同時投与した時の影響を調べた。その結果TNFとIL-1による好中球遊走はAcDの用量依存的に抑制されたがIL-8とCINCによる好中球遊走はAcDの影響を全く受けなかった(図2)。さらにTNF,IL-1投与後1時間の胸腔内CINCレベルはAcDにより用量依存的に抑制された。以上の結果よりIL-8とCINCは直接好中球を遊走させることができるのに対し、TNFとIL-1には直接作用はなく、CINCを含む他の蛋白性の走化因子を誘導することによって好中球浸潤をひきおこすことが示唆された。

図2 サイトカイン投与後3時間における胸腔内好中球浸潤に対するアクチノマイシンDの影響

 最後に、PGによるin vivoでのサイトカイン産生調節について解析した。まずカラゲニン胸膜炎の滲出液中のTNF,IL-1,IL-6産生に対する抗炎症薬の効果を検討した。インドメタシンは1又は10mg/kgをカラゲニン投与30分前に、またデキサメタゾンは0.5mg/kgを3時間前に腹腔内に投与した。インドメタシンは用量依存的に3時間後の滲出液量と白血球数を抑制し、デキサメタゾンはさらに著明にこの炎症を抑制した。一方TNFとIL-1産生はインドメタシンによって促進されIL-6産生は抑制された(図3)。デキサメタゾンはこれらすべてのサイトカイン産生を強く抑制した(図3)。

図3 滲出液中のサイトカインレベルに対するインドメタシンとデキサメタゾンの効果

 この結果からプロスタグランジンE2(PGE2)によるサイトカイン産生の調節の可能性が考えられるので、胸腔滲出液からPGE2を抽出し、市販のELISAキットによりPGE2量を測定した。その結果、PGE2量はインドメタシン投与でもデキサメタゾン投与でも同様に著明に抑制された。次にin vitroで胸腔常在細胞を外因性のPGE2存在下にlipopolysaccharide(LPS)10g/mlで刺激し,その培養上清中の各サイトカインレベルを測定した。その結果LPS刺激により増加したTNFとIL-1はPGE2の存在下で産生が抑制されたが、IL-6産生は促進された。この結果と図3の結果を考え合せるとインドメタシンを前投与したカラゲニン胸膜炎ではPGE2によるTNF,IL-1産生抑制効果が、PGE2産生を抑えることによって解除されたためINF,IL-1産生が増加したと考えられる。IL-6の場合には逆のことが起こったと考えられる。一方デキサメタゾンは炎症性サイトカインの発現を遺伝子レベルで直接抑制することが知られているため、この場合はPGE2を介さない直接的な抑制効果が現れたのだと考えられる。

 以上を要約するとラットの胸膜炎を炎症モデルとして用いることにより、TNFとIL-1が局所でIL-6やIL-8を誘導することにより、肝臓での急性期蛋白合成促進や局所への好中球遊走をひきおこすことが明らかとなった。またTNF,IL-1によって誘導されるPGE2がin vivoにおいてもサイトカイン産生や調節をしていることが明らかとなった。

審査要旨

 特異的な免疫応答や免疫学的には非特異的な原因による炎症などの生体防御反応において、多様なサイトカインとよばれる蛋白性の細胞活性化物質が細胞間の相互作用に介在している。これらの物質のin vivoにおける働きに関しては、試験管内の実験結果からの想像の域を脱しないことがほとんどであった。本研究において、学位申請者は炎症のモデルを用いて実際に生体内でサイトカインが炎症病態の経時的な変化に伴って消長することを示した。次に、炎症性サイトカインをラット胸腔内に投与したときここに好中球が遊走して炎症を惹起することを見出した。さらに、プロスタグランジンなどの既知の炎症メディエーターの作用を修飾すると炎症反応の抑制に伴ってサイトカインレベルが変化することを観察した。本研究では、一つの実験的な炎症モデルを用いて、in vivoにおける免疫細胞の細胞交通のパターンと体内の異なる部位におけるサイトカインのレベルを経時的に記述し、それらの関係を解明しようとした。学位申請者の研究成果は、このような新規なアプローチを行った結果として高く評価される。

 学位申請者は次のような実験を行った。先ずラットの胸腔内にガラゲニンを注射することにより胸膜炎を引き起こした。胸腔液中のTNF、IL-1、及びIL-6などのサイトカインの活性は、炎症反応のこう進は先行してTNF、IL-1、IL-6の順に一過性に上昇した。この結果からカラゲニン胸膜炎ではこれらサイトカインが次々に誘導されてそれらが炎症反応に関与することが示唆された。免疫組織染色の結果をあわせて解釈すると、カラゲニン胸膜炎では局所でIL-1が産出され血中でIL-6を誘導し、そのIL-6が肝臓で急性期蛋白の合成を開始させるという可能性が高いことが判明した。

 次に学位申請者は、好中球遊走にIL-8などのケモカインが関与しているかどうかを検討した。ラットにおいてはcytokine-induced neutrophil chemoattractant(CINC)がIL-8ファミリーの1つとして重要であるといわれるが、CINCは正常ラットの胸腔内には検出限界以下であった。胸膜炎が誘導された後、好中球浸潤に先行してCINCは胸腔内に増加し4時間後にピークとなった。このように、CINCが好中球浸潤に関与することが示唆されたので、CINCを直接胸腔内に投与するという実験を行った。好中球遊走が認められ、リコンビナントTNFまたはIL-1を投与した場合も好中球の遊走が見られ、同時に内因性のCINCが誘導されていることが観察された。

 更に学位申請者は、炎症メディエイターであるプロスタグランジン(PG)やその阻害物質によるin vivoでのサイトカイン産生調節について解析した。まずカラゲニン胸膜炎で胸腔内に浸出する体液中のTNF、IL-1、及びIL-6の産生に対すろ抗炎症薬の効果を検討した。インドメタシンが白血球の浸潤を有意に抑制したが、TNFとIL-1の産生は促進され、IL-6の産生は抑制されるという、解釈の困難な結果を得た。この結果から、プロスタグランシンE2(PGE2)によってサイトカイン産生が調節されるという可能性が考えられたので、胸腔内浸出液からPGE2を抽出し、その量を測定した。PGE2の量はインドメタシン投与によって顕著に抑制されることが判明した。PGE2存在下でのサイトカインのレベルをin vitroで測定して見ると、TNFとIL-1との産生が抑制されたが、IL-6産生は促進されることが判明した。以上の結果から、インドメタシンを前投与したカラゲニン胸膜炎では、PGE2によるTNFとIL-1の産生を抑制する効果がこの薬物によって解除されたため、TNFやIL-1の産生が増加したと考えられた。IL-6の産生に関しては逆のことが起こった、と考えられる。PGE2がIL-1やTNFのレベルを高めながら、炎症自体は抑えるという事実からも明らかなように、急性炎症反応に於けるこれらのサイトカインの正確な役割は依然として謎であることも明らかとなった。

 本研究で学位申請者は、ラットの胸膜炎を炎症モデルとして、TNFとIL-1が局所でIL-6やCINCなどを誘導することにより、肝臓での急性期蛋白合成促進や局所への好中球遊走をひきおこすという経過を明らかにした。実験結果を正しく解釈し、種々の発見をおこなった学位申請者宇都宮郁の研究業績は免疫学に貢献するものである。よって本研究は博士(薬学)の学位に価すると判断した。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50928