学位論文要旨



No 212169
著者(漢字) 安藤,一彦
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,カズヒコ
標題(和) 光受容体間レチノイド結合蛋白によるマウス実験的自己免疫性ぶどう膜炎の誘発と治療に関する研究
標題(洋)
報告番号 212169
報告番号 乙12169
学位授与日 1995.03.08
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第12169号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 藤原,道夫
 東京大学 助教授 浅野,喜博
 東京大学 講師 奥平,博一
 東京大学 講師 北村,聖
 東京大学 講師 沼賀,二郎
内容要旨

 実験的自己免疫性ぶどう膜炎(experimental autoimmune uveoretinitis:EAU)は、網膜特異抗原を免疫することにより惹起される網脈絡膜炎で、ヒトのぶどう膜炎の動物実験モデルとしてその発症機序に関する研究が行なわれ、また各種免疫抑制剤のぶどう膜炎に対する治療効果の解析などに用いられている。EAUは、ラット、ウサギ、モルモット、サルでは、完全フロイントアジュバント(complete Freund’s adjuvant:CFA)に網膜特異抗原を乳化混合して免疫することで、容易に惹起されていたが、マウスにEAUを起こすことは困難であった。近年、当教室の岩瀬らは、Klebsiella pneumoniae 03 lipopolysaccharide(K03-LPS)をアジュバントに用い、網膜特異抗原であるS抗原を複数回免疫することにより、マウスにEAUを惹起する方法を報告した。しかし、S抗原とK03-LPSによるEAUモデルは、発症率がやや低く、また観察期間が長いなどの難点があった。今回、われわれは、K03-LPSをアジュバントとして用い、網膜抗原の一つである光受容体間レチノイド結合蛋白(interphotoreceptor retinoid-binding protein:IRBP)を複数回免疫することによるマウスEAUモデルを新たに作成し、以下の実験をおこなった。

 実験1)IRBPとK03-LPSを用いたマウスEAUモデルにおける炎症強度の経時的変化を調べる目的で、B10.BRマウスを免疫し、手術用顕微鏡を使用して眼底所見の経時的観察を行なった。EAU発症時の眼底変化は、視神経乳頭の浮腫、視神経乳頭周囲の血管炎で始まり、周辺部網膜に病変が拡大した。炎症はその後軽快し、視神経乳頭の蒼白化と、網膜の脱色素斑を残した。免疫抗原とアジュバントの量が多い群の方が、発症率は高く、また、免疫回数が多いほど、発症率は高かった。IRBP100g、K03-LPS100gで免疫した場合、発症率は、1回免疫で50%、2回免疫で90%、3回免疫で100%であった。2週間おき2回以上の免疫で高率に発症することから、S抗原とK03-LPSを用いたマウスEAUモデルよりも短期間で発症することがわかった。IRBP100g、K03-LPS100gで免疫した場合に、一部のマウスで、初回免疫後9週以降に炎症の再発がみられた。

 実験2)5種類のB10系マウス(B10.BR,B10.A,B10.A(4R),B10.A(5R),C57BL/10)と、AKR/Jマウスを用いて、H-2ハプロタイプ(表1)とEAU疾患感受性(表2)との関連性について調べた。B10.BR,B10.A,B10.A(4R)の3つのstrainでは発症率90%以上で、IRBP免疫によるEAUに対して高感受性であった。B10.A(5R),C57BL/10はそれぞれ発症率12.5%、10%で低感受性であったことから、MHC内のI-AおよびI-E subregionのハプロタイプkが疾患感受性遺伝子の一つであると考えられた。しかし、Iakを発現しているが、遺伝的背景の異なるAKR/JのEAU発症率は、高感受性群と低感受性群の中間であったことから、MHC以外にもEAU疾患感受性に影響を与える遺伝子があると考えられた。S抗原とK03-LPS免疫によるマウスEAUの発症率と比較すると(表2)、C57BL/10を除く5つのstrainで、IRBPで免疫した場合の方が発症率が高く、S抗原に比較してIRBPの方が病原性が強いと考えられた。

表1 マウスのH-2ハプロタイプ表2 EAU発症率の比較

 実験3)CD4、CD8、主要組織適合抗原(major histocompatibility complex:MHC)および接着分子に対する各種モノクロナール抗体を培養液に加え、IRBPに感作されたリンパ球のIRBPに対する抗原特異的増殖反応に及ぼす作用について調べた。各種抗体の増殖反応に対する抑制効果を図1に示す。リンパ球増殖反応は、低濃度の抗CD4抗体(GK1.5)により完全に抑制されたが、一方、抗CD8抗体(53-6.7)は増殖反応にほとんど影響を及ぼさなかったことから、抗原刺激に反応するリンパ球は、CD4陽性T細胞が主体であり、CD8陽性T細胞は増殖反応を示さない考えられた。リンパ球増殖反応は、抗Iak抗体(10-2.16)により抑制されたが、これは、抗Iak抗体によりclass II依存性の抗原提示が阻害されたと考えられる。しかし、高濃度の添加によっても、その効果は、抗CD4抗体に比較して非常に弱かった。抗LFA-1抗体(FD441.8)、抗ICAM-1抗体(YN1/1.7)は、それぞれ単独でリンパ球増殖反応を抑制したが、その効果は抗LFA-1抗体の方が強かった。両者とも、CD4陽性T細胞と抗原提示細胞との細胞接着を阻害すると考えられた。

図1 各種モノクロナール抗体の抗原特異的リンパ球増殖反応に及ぼす作用

 実験4)EAU発症機序にかかわるCD4、CD8、MHCおよび接着分子の役割について調べるために、高感受性マウスを用い、モノクローナル抗体による免疫療法を試みた。抗CD4抗体(GK1.5)投与群では、眼底検査および眼球の病理組織検査で、眼内の炎症病変は全く認められなかった。血清の特異抗体価、リンパ球抗原特異的増殖反応もPBS投与対照群に比較して著しく抑制されていた。一方、抗CD8抗体(53-6.7)投与群では、全例でEAUの発症が認められ、血清抗体価、リンパ球増殖反応もPBS投与対照群と明らかな差を認めなかった。われわれのモデルでは、EAU発症段階では、CD4陽性T細胞が中心的役割を果たしており、CD8陽性T細胞は関与していないと考えられた。抗Iak抗体(10-2.16)、抗LFA-1抗体(FD441.8)、抗ICAM-1抗体(YN1/1.7)の全身投与でも、EAUの発症を抑制することはできなかった。しかし、抗LFA-1抗体投与は、眼球の組織病理所見で、炎症の程度を弱める作用がみられた。

結論

 K03-LPSをアジュバントに用いて、網膜特異抗原の一つであるIRBPの複数回抗原刺激によるマウスEAUモデルを新たに作成した。マウスの眼底検査により、眼内炎症の経時的変化を観察した。EAU発症時の眼底変化は、視神経乳頭浮腫、視神経乳頭周囲の血管炎で始まり、周辺部網膜に病変が拡大した。マウスMHC(H-2ハプロタイプ)と疾患感受性の関連性を調べた結果、Iakが疾患感受性遺伝子の一つであると考えられた。しかし、Iakを発現するAKR/JマウスのEAUに対する感受性は、高感受性群と低感受性群の中間の反応がみられ、高感受性ではなかったことから、MHC以外にもEAU疾患感受性に影響を与える遺伝子があると推測された。高感受性マウスに対する、モノクローナル抗体を用いた免疫療法の結果、われわれのモデルでは、EAU発症の段階ではCD4陽性T細胞が中心的役割を果たしており、CD8陽性T細胞は関与していないと考えられた。IRBPとK03-LPSによるわれわれのマウスEAUモデルは、病理所見に関してはS抗原とK03-LPSを用いたマウスEAUモデルと類似した所見がえられたが、より短期間で、より高率に発症するという性質の違いがみられた。

審査要旨

 実験的自己免疫性ぶどう膜炎(experimental auto-immune uveoretinitis:EAU)は、網膜特異抗原を免疫することにより惹起されるぶどう膜網膜炎で、ヒトぶどう膜炎の動物実験モデルとして多くの研究が行われてきた。近年、当教室の岩瀬らは、Klebsiella pneumonrae 03 lipopolysaccharide(K03-LPS)をアジュバントに用い、網膜特異抗原であるS抗原を複数回免疫することにより、マウスにEAUを惹起する方法を報告した。しかし、S抗原とK03-LPSによるEAUモデルは、発症率がやや低く、また観察期間が長いなどの難点があった。今回、われわれは、K03-LPSをアジュバントとして用いて、網膜抗原の一つである光受容体間レチノイド結合蛋白(interphotoreceptor retinoid-binding protein:IRBP)を複数回免疫することによるマウスEAUモデルを新たに作成し、以下の実験を行った。

 1.IRBPとK03-LPSを用いたマウスEAUモデルにおける炎症強度の時間的な変化を調べる目的で、B10.BRマウスを免疫し、手術用顕微鏡を使用して眼底所見の経時的観察を行った。EAU発症時の眼底変化は、視神経乳頭浮腫、視神経乳頭周囲の血管炎で始まり、周辺部網膜に病変が拡大した。炎症はその後軽快し、視神経乳頭の蒼白化と、網膜の脱色素斑を残した。免疫抗原とアジュバントの量が多い群の方が発症率は高く、また、免疫回数が多いほど、発症率は高かった。IRBP100g、K03-LPS100gで免疫した場合、発症率は1回免疫で50%、2回免疫で90%、3回免疫で100%だった。2週間おき2回以上の免疫で高率に発症することから、S抗原とK03-LPSを用いたマウスEAUモデルよりも短期間で発症することがわかった。

 2.5種類のB10系マウス(B10.BR,B10.A,B10.A(4R),B10.A(5R),C57BL/10)と、AKR/Jマウスを用いて、H-2ハプロタイプとEAU疾患感受性の関連性について調べた。B10.BR、B10.A、B10.A(4R)の3つのstrainでは発症率90%以上で、IRBP免疫によるEAUに対して高感受性であった。B10.A(5R)、C57BL/10は発症率10%以下で、低感受性であったことから、MHC内のI-AおよびI-E subregionのハプロタイプkが、疾患感受性遺伝子の一つであると考えられた。しかし、Iakを発現しているが、遺伝的背景の異なるAKR/JのEAU発症率は、高感受性群と低感受性群の中間であったことから、MHC以外にもEAUに対する疾患感受性に影響を与える遺伝子があると考えられた。S抗原とK03-LPS免疫によるマウスEAUの発症率と比較すると、C57BL/10を除く、5つのstrainでIRBPで免疫した場合の方が発症率が高く、S抗原に比較してIRBPの方が病原性が高いと考えられた。

 3.CD4、CD8、MHCおよび接着分子に対する各種モノクローナル抗体を培養液に加え、IRBPに感作されたリンパ球のIRBPに対する抗原特異的増殖反応に及ぼす作用について調べた。リンパ球の増殖反応は、低濃度の抗CD4抗体により、完全に抑制されたが、一方、抗CD8抗体は増殖反応にほとんど影響を及ぼさなかったことから、抗原刺激に反応するリンパ球は、CD4陽性T細胞が主体であり、CD8陽性T細胞は増殖反応をしめさないと考えられた。リンパ球の増殖反応は、抗Iak抗体により抑制されたが、これは、抗Iak抗体により、MHC class II依存性の抗原提示が阻害されたと考えられる。しかし、高濃度の添加によっても、その効果は、抗CD4抗体に比較して非常に弱かった。抗LFA-1抗体、抗ICAM-1抗体は、それぞれ単独で、リンパ球増殖反応を抑制したが、その効果は、抗LFA-1抗体の方が強かった。両者とも、CD4陽性T細胞と抗原提示細胞との細胞接着を阻害すると考えられた。

 4.EAU発症機序にかかわるCD4、CD8、MHCおよび接着分子の役割について調べるために、高感受性マウスを用いて、モノクローナル抗体による免疫療法を試みた。抗CD4抗体投与群では、眼底検査および眼球の病理組織検査で、眼内の炎症病変は全く認められなかった。血清特異抗体価、リンパ球の抗原特異的増殖反応もPBS投与対照群に比較して著しく抑制されていた。一方、抗CD8抗体投与群では、全例でEAUの発症が認められ、血清抗体価、リンパ球増殖反応もPBS投与群と明かな差を認めなかった。われわれのモデルでは、EAU発症の段階では、CD4陽性T細胞が中心的役割を果しており、CD8陽性T細胞は関与していないと考えられた。

 以上、本論文は、K03-LPSをアジュバントに用いて、網膜抗原の一つであるIRBPの複数回抗原刺激により、マウスの眼内に強い炎症を惹起することができることを示した。さらに、このEAUモデルについて、マウスH-2ハプロタイプと疾患感受性の関連性を調べた結果、Iakが疾患感受性遺伝子の一つであることが示された。また、モノクローナル抗体による免疫療法の結果、EAU発症の段階では、CD4陽性T細胞が中心的役割を果しており、CD8陽性T細胞は関与していないことが示された。IRBPとK03-LPSによるわれわれのマウスEAUモデルは、病理所見に関してはS抗原とK03-LPSを用いたマウスEAUモデルと類似した所見がえられたが、より短期間で、より高率に発症するという性質の違いがみられた。本研究で新しく作成されたマウスEAUモデルは、ヒトぶどう膜炎の動物実験モデルとして、その発症機序の解析、また、治療方法の開発などに今後も利用されると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53884