審査要旨 | | 本論文は,醤油の安全性に関係する二化合物に関するもので,4章よりなる。近年の食品衛生学の発展により,醤油の安全性に新たな問題が提起された。一つは発癌性を有する微量含有物であるカルバミン酸エチル〔1〕であり,もう一つは麹菌の生産する可能性があり,のうちで最も毒性の強いかび毒であるシクロピアゾン酸〔2〕である。これらの化学構造を下図に示す。著者はこれら二化合物の含有量の精密な分析法を確立し,それを実際に利用して醸造醤油の安全性を明確にし,さらには今後の管理方法を提起することを目的として以下の研究を行った。 緒論において研究の背景と意義について概説した後,第1章においては,微量含有化合物であるカルバミン酸エチルの醤油中の新規な分析法について述べている。検討により,固相抽出法とガスクロマトグラフィー質量分析計でのSIM(Selected Ion Monitoring)を用い,N-メチルカルバミン酸エチルでの内部標準法で定量する方法を確立した。評価の結果,検出限界,回収率,再現性とも分析法として満足のいく方法と考えられた。その方法により,市販醤油26種類を分析した結果,ほとんどのものが20ppbを越えない値であることを示し,ごく一部分の問題であることを明らかにした。 そこで,第2章において,カルバミン酸エチルの低減化を図るためカルバミン酸エチルの醤油中の生成機構について述べている。まず,他の発酵飲料と同様にエタノールとの加熱時に生成している可能性が考えられたので,検討の結果ほとんどのカルバミン酸エチルは醤油火入れ時に生成することを証明した。ついで,生醤油中のカルバミン酸エチル前駆体を検索した結果,他の発酵飲料とは異なり主にシトルリンで説明できることを明らかにした。さらに検討の結果,このシトルリン生成の原因が乳酸菌発酵の異常にあることを推定するに至った。 第3章では,先に明らかにされた前駆体シトルリンを指標とすれば適確な発酵管理が可能となることから,HPLCポストカラム反応法を用いた発酵管理に応用可能な分析法の確立について述べている。すなわち,分離にODSイオンペア法を採用して短時間化を図り,またジアセチルモノオキシムとアンチピリンの酸性条件下の呈色反応を採用してウレイド基選択性としたシステムである。これによりシトルリンのみならず,尿素も同時定量が可能となり,また清酒やワインについても定量が可能であった。市販醤油を分析した結果,推測できるカルバミン酸エチル量として食品衛生学的に問題となるような高含量のものが無いことを明らかにした。 第4章では,シクロピアゾン酸について述べている。醤油中に混入する可能性は麹菌自体が生産する場合であり,麹菌のシクロピアゾン酸生産性の検討が必要とされるので,液体培養液をそのままHPLCにて分析する方法の確立に成功した。また確認方法としてクリーンアップの不要な二段逆方向展開TLC法をも確立している。それらの方法にてシクロピアゾン酸生産能の検討が可能であり,またふすま麹についてもクリーンアップ無しで分析が可能であることを明らかにした。また,液体培養の結果とふすま麹での結果は生産の有無に関しては同様であることも明らかにしている。さらに,実際に醸造に使用している麹菌について生産性を確認し,生産性がないことを証明した。 以上本論文は,醤油の食品衛生学的安全性に関する二化合物,カルバミン酸エチルおよびシクロピアゾン酸について,それらの微量分析法を確立してそれらが現状では問題でないことを示し,またそれらの管理方法を確立して将来とも問題とならないようにしたものであって,学術上,応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は,申請者に博士(農学)の学位を授与してしかるべきものと判定した。 |