学位論文要旨



No 211997
著者(漢字) 高溝,正
著者(英字)
著者(カナ) タカミゾ,タダシ
標題(和) トールフェスク育種における細胞融合ならびに遺伝子導入法に関する研究
標題(洋)
報告番号 211997
報告番号 乙11997
学位授与日 1994.11.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第11997号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武田,元吉
 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 日比,忠明
 東京大学 助教授 杉山,信男
 東京大学 助教授 長戸,康郎
内容要旨

 トールフェスクは環境耐性が高く、永続性に優れたイネ科の牧草ならびに緑化植物である。わが国におけるトールフェスクの育種は、エコタイプ等を利用した合成品種法により行われてきたが、近年は交配では得られないような形質も育種目標となり、細胞融合ならびに形質転換といった組織培養の先端技術の適用が急務となっている。

 本研究ではトールフェスクにおいて細胞融合ならびに形質転換により有用育種素材を開発することを最終目的として、まず基礎となるカルス、液体培養、及びプロトプラスト培養系の確立を行った。さらに、それを用いてイタリアンライグラスとの細胞融合を行い、体細胞雑種植物を得た。また、プロトプラストへの直接遺伝子導入によりハイグロマイシン耐性形質転換植物を得た。こうして得られた各種再分化植物の育種的利用の可能性について考察した。

1.組織培養系の確立1)カルス培養系ならびにカルスからの再分化における品種間差

 トールフェスクの主要17品種を供試し、未熟胚、完熟種子、及び茎頂を外植片としてカルス誘導及びカルスからの再分化を行った。カルスからの再分化は北ヨーロッパ品種で高く、地中海型品種では低かった。国産品種は比較的高い再分化率を示した。カルスの性状は、みずっぽいもの、ぽろぽろとほぐれやすいフライアブル(friable)なもの、及び緻密で固いコンパクトなものの3種類に大別された。フライアブルまたはコンパクトなカルスを液体培養することによりプロトプラストの単離・培養に必要な液体培養細胞が得られた。

2)プロトプラスト培養系の確立

 セルラーゼオノヅカRSとマセロザイムR10を含む酵素液により健全なプロトプラストが単離できた。アガロースビーズ法とナースカルチャーを併用することによりプロトプラストからのコロニー形成が可能であった。AA培地がB5培地よりも優っていた。プロトプラスト由来コロニーは2,4-Dとプロリンを含むMS培地で増殖させてから再分化培地に移すことにより健全な緑色植物体が再分化した。プロトプラストを単離する液体培養細胞の培養期間が5ヶ月を超えると緑色植物体再分化は困難であった。

3)培養細胞からの再分化個体における変異

 カルス、液体培養細胞、ならびにプロトプラストからの再分化個体について染色体数や稔性を調査したところ、プロトプラスト由来再分化個体において最も変異が多くみられた。変異のおもなものは染色体数の減少と花粉・種子稔性の低下であった。また、プロトプラスト由来個体で正常な稔性を持つ個体の放任受粉後代と、もとの個体の放任受粉後代の農業的形質を圃場で比較したところ、草丈や出穂個体割合はプロトプラスト由来系統でやや減少したが、新鮮重や葉腐れ性病斑出現程度には差がなかった。

2.細胞融合技術の確立1)細胞融合によるトールフェスクとイタリアンライグラスの体細胞雑種の作出

 トールフェスクプロトプラストをヨードアセトアミドで細胞膜のみ不活化して分裂できなくした後に、再分化能を持たないイタリアンライグラスプロトプラストと電気的に融合させ、上記の培養法によりコロニーを増殖させた。コロニーはイタリアンライグラスまたは融合細胞由来と考えられ、再分化培地に置床した後に緑植物が合計16個体再分化した。

2)体細胞雑種の解析

 これらの緑色植物体が真に体細胞雑種であることをイネrDNAプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション法により確認した。

 初期に再分化した6個体についてはオルガネラDNAプローブによるサザンハイブリダイゼーションも行った。その結果、体細胞雑種のミトコンドリアDNAがいずれの親から由来したかは用いたプローブにより異なり、片親由来の場合と、両親のDNAを合わせ持つ場合とがあった。また、cox1をプローブとした場合は両親にみられないバンドが検出され体細胞雑種6個体とも異なるRFLPを示し、両親間のミトコンドリアDNAで組み換えをおこしている可能性が示唆された。一方、葉緑体DNAは用いた3種類のプローブすべてでトールフェスクと同一のRFLPを示し、トールフェスク由来であると考えられた。

 体細胞雑種の染色体数は44-46本から74-75本まで様々であったが、両親の和である56本を示した個体はなかった。春化の後に出穂・開花したがすべて不稔であった。

3)体細胞雑種よりキメラ的に分離した個体の解析

 体細胞雑種は栽培に伴い、片親に酷似した個体をキメラ的に分離した。その大部分はイタリアンライグラスに酷似し、このような形態の変化に伴いミトコンドリアDNAプローブであるcox2、cox3のRFLPも変化した。染色体数は14-20本を示し、ミクソプロイドであると考えられた。また、いずれの親に酷似した個体も放任受粉により開花結実した。これらの変化した個体のあるものは外観がイタリアンライグラスを示しているにも拘わらずトールフェスクのミトコンドリアゲノムを持っていたので、交配では極めて得にくいオルガネラゲノム組成を持った体細胞雑種の後代が得られたことになり、育種素材としての活用が期待される。

3.形質転換植物の作出1)ハイグロマイシン及びフォスフィノスリシン耐性遺伝子のプロトプラストへの直接遺伝子導入

 プロトプラストへの直接遺伝子導入による形質転換のために、トールフェスクプロトプラスト由来コロニーの生育を抑制するのに必要なマーカー物質の濃度を調べた結果、ハイグロマイシンでは200mg/l、フォスフィノスリシンでは50mg/l必要であった。ハイグロマイシン耐性遺伝子を持つプラスミドpGL2を用いたプロトプラストへの直接遺伝子導入により、トールフェスク品種ヤマナミ及びホクリョウで形質転換体が得られた。サザンハイブリダイゼーションの結果はハイグロマイシン耐性遺伝子が染色体の複数の位置に組み込まれていることを示唆した。形質転換体は春化の後出穂したが、不稔であった。

2)シャトルベクターによるプロトプラストへの直接遺伝子導入

 コムギのジェミニウィルス(Wheat dwarf virus)由来のベクターで、カナマイシン耐性遺伝子を持つシャトルベクターpW1-K6によりトールフェスクプロトプラストを形質転換したところ、同じ遺伝子を通常のpUCプラスミドに組み込んだベクターに比べて大幅に多量のカナマイシン耐性コロニーが得られた。

3)パーティクルガンによる液体培養細胞への直接遺伝子導入

 パーティクルガンによりトールフェスク液体培養細胞に-glucuronidase(GUS)遺伝子を撃ち込み、一過性の発現を観察した。その際、撃ち込みの圧力は1300psiが1100psi及び900psiよりも、DNAをコーティングする金属粒子はタングステンが金よりもそれぞれ優った。また、GUS遺伝子につないだ各種プロモータやベクターの差異による一過性発現の違いを調べたところ、コムギのジェミニウィルス由来のベクターにGUS遺伝子を組み込んだpW1-GUSが最も高い発現を示した。

 以上を要約すると、トールフェスクにおいてカルス、液体培養細胞及びプロトプラストからの再分化系が確立された。そしてプロトプラスト培養系を利用して細胞融合による体細胞雑種ならびに直接遺伝子導入による形質転換個体が得られた。得られた個体についてその育種的利用について考察した。

審査要旨

 トールフェスクは環境耐性が高く,永続性に優れたイネ科の牧草ならびに緑化植物である。本研究はトールフェスクにおいて細胞融合ならびに形質転換により有用育種素材を開発することを目的とし,まずカルス,液体培養,及びプロトプラスト培養系の確立を図った。さらに,それを用いてイタリアンライグラスとの細胞融合を行い,体細胞雑種植物を得た。また,プロトプラストへの直接遺伝子導入により形質転換植物を得た。得られた知見の概要は以下の通りである。

1.組織培養系の確立

 トールフェスクの主要17品種を供試し,未熟胚,完熟種子,及び茎頂を外植片としてカルス誘導及びカルスからの再分化を行った。カルスからの再分化は北ヨーロッパ品種で高く,地中海型品種では低かった。国産品種は比較的高い再分化率を示した。緻密で固いコンパクトなカルスを液体培養することによりプロトプラストの単離・培養に必要な液体培養細胞が得られた。セルラーゼオノヅカRSとマセロザイムR10を含む酵素液により健全なプロトプラストが単離でき,アガロースビーズ法とナースカルチャーを併用することによりプロトプラストからコロニー形成が容易になった。プロトプラスト由来コロニーを2,4-Dとプロリンを含むMS培地で増殖させてから再分化培地に移した場合,最も健全な緑色植物体が再分化した。プロトプラストを単離する液体培養細胞の培養期間が5ヶ月を超えると緑色植物体再分化は困難であった。カルス,液体培養細胞,ならびにプロトプラストからの再分化個体の染色体数や稔性を調査したところ,プロトプラスト由来再分化個体において最も染色体数の減少と花粉・種子稔性の低下が観察された。

2.細胞融合技術の確立

 トールフェスク・プロトプラストをヨードアセトアミドで細胞膜のみ不活化した後に,再分化能を持たないイタリアンライグラス・プロトプラストと電気的に融合させ,上記の培養法によりコロニーから緑植物を合計16個体再分化させた。これらが真に体細胞雑種であることをイネrDNAプローブを用いたサザンハイブリダイゼーション法により確認した。初期に再分化した6個体についてはオルガネラDNAプローブによるサザンハイブリダイゼーションも行った。その結果,体細胞雑種のミトコンドリアDNAの親の由来は用いたプローブにより異なり,片親由来の場合と,両親のDNAを合わせ持つ場合とがあった。一方,葉緑体DNAは用いた3種類のプローブすべてでトールフェスクと同一のRFLPを示した。体細胞雑種の染色体数は44〜46本から74〜75本まで様々であったが,両親の和である56本を示した個体はなかった。春化の後に出穂・開花した体細胞雑種はすべて不稔であったが,栽培に伴い,片親に酷似した個体をキメラ的に分離した。その大部分はイタリアンライグラスに酷似し,このような形態の変化に伴いミトコンドリアDNAプローブであるcox2,cox3のRFLPも変化し,染色体数は14〜20本を示した。いずれの親に酷似した個体も放任受粉により開花結実したが,あるものは外観がイタリアンライグラスを示しているにも拘わらずトールフェスクのミトコンドリアゲノムを持っていた。

3.形質転換植物の作出

 プロトプラストへの直接遺伝子導入による形質転換のために,トールフェスク・プロトプラスト由来コロニーの生育を抑制するのに必要なマーカー物質の濃度を調べた結果,ハイグロマイシンでは200mg/l,フォスフィノスリシンでは50mg/l必要であった。ハイグロマイシン耐性遺伝子を持つプラスミドのプロトプラストへの直接遺伝子導入により,形質転換体が得られた。コムギのジェミニウィルス由来のベクターで,カナマイシン耐性遺伝子を持つシャトルベクターpW1-K6によりトールフェスクプロトプラストを形質転換した結果,同じ遺伝子を通常のpUCプラスミドに組み込んだベクターに比べて多量のカナマイシン耐性コロニーが得られた。パーティクルガンによりトールフェスク液体培養細胞に-glucuronidase(GUS)遺伝子を撃ち込み,一過性の発現を観察した。撃ち込みの圧力は1300psiが,DNAをコーティングする金属粒子はタングステンがそれぞれ優った。GUS遺伝子につないだ各種プロモータやベクターの差異による一過性発現の違いを調べたところ,コムギのジェミニウィルス由来のベクターにGUS遺伝子を組み込んだpW1-GUSが最も高い発現を示した。

 以上を要約すると,トールフェスクにおいてカルス,液体培養細胞及びプロトプラストからの再分化系が確立された。さらにプロトプラスト培養系を利用して細胞融合による体細胞雑種ならびに直接遺伝子導入による形質転換個体が得られた。これらの成果は学術上,応用上寄与することが大きい。よって審査員一同は申請者に博士(農学)の学位を与える価値があることを認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/50911