学位論文要旨



No 211747
著者(漢字) 佐々木,章
著者(英字)
著者(カナ) ササキ,アキラ
標題(和) カルバペネムおよびペネム系抗生物質の合成研究
標題(洋)
報告番号 211747
報告番号 乙11747
学位授与日 1994.04.13
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第11747号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 古賀,憲司
 東京大学 助教授 遠藤,泰之
 東京大学 助教授 小田嶋,和徳
 東京大学 講師 笹井,宏明
内容要旨

 序論 カルバペネム系抗菌剤1(X=CH2)は優れた抗菌活性と広い抗菌スペクトルを有し、-ラクタマーゼ産生菌にも効力を有する抗生物質として注目され、多くの合成研究が展開されている。最初に天然物として見出されたチエナマイシンは化学的安定性が低く、さらに主として腎に存在する分解酵素デヒドロペプチダーゼI(DHP-I)により分解されることにより生体内安定性が低いという欠点があった。そこで、これらの欠点を克服するために各種の置換基変換によるスクリーニングが広く展開されているが、醗酵法での生産効率の低さおよび骨格自身の不安定さからペニシリン系抗菌剤やセファロスポリン系抗菌剤で一般的に行われるような半合成的手法は困難で、純合成的アプローチがその主流となっている。

Fig. 1

 また、人工的な類縁体であるペネム1(X=S)は、カルバペネムに類似の優れた抗菌活性を持つことからこの合成にも興味が持たれている。カルバペネム・ペネム誘導体1のスクリーニング研究を効率良く行うには共通中間体として何を選択するかがきわめて重要な問題である。私は、以下に述べる理由からその鍵中間体としてカルボン酸(+)-4bを選択した。その理由として、4位のカルボキシル基を酸化的に脱炭酸してカルバペネム・ペネム誘導体1の共通中間体として知られる4-アセトキシ-2-アゼチジノン誘導体2への変換および4位のカルボキシル基をC-1ユニットとして利用した炭素鎖延長反応によってカルバペネム誘導体1への変換の二つのアプローチが可能と考えられたことを挙げることができる。

Chart 1

 そこで、まずこの鍵中間体(+)-4bを効率良く合成する方法について検討した。その結果、オキシマーキュレーションを用いた3-〔(R)-1-ヒドロキシエチル〕側鎖の立体選択的構築を鍵反応とした合成法(第1章)、およびジケテンとシッフ塩基との新規な(2+2)環化付加反応並びにアミノアルコキシボランによる3-アセチル基の実用的な立体選択的還元法を用いた合成法(第2章)の二つの合成ルートを確立した。さらに得られたカルボン酸(+)-4bおよびその前駆体である(+)-3bを用いた2の合成法(第3章 第1節)について検討した。また、生体内安定性が向上することから近年注目を浴びている1-メチルカルバペネム誘導体の共通中間体10の(+)-4bを出発原料とした合成法(第3章 第2節)引き続いて10から1-メチルカルバペネム誘導体への新しい誘導法について検討し、Dieckmann型閉環反応を用いることによる効率良い合成ルートを見出した(第4章)。

本論 第1章

 シッフ塩基とクロトン酸クロリドをトリエチルアミン存在下に(2+2)環化付加反応することによって収率良く合成できる3-エテニル-2-アゼチジノン3を出発原料として4bを誘導することについて検討した。ここで重要なのは3位エテニル基をいかに立体選択性良くthreo型の立体配置を持つ1-ヒドロキシエチル基へと変換できるかである。分子モデル等の考察からオキシマーキュレーション反応を適用することによって目的を達成できるものと推論した。まずラセミ体で反応の検討を行い、期待どおりのthreo選択性を実現できることを確認した。

Chart 2

 特に3,4-トランス体3bを基質として用いた場合には4位置換基との立体障害の効果と3位のオレフィン部分に配位した水銀原子の-ラクタム環上のカルボニル酸素とのキレート効果が相乗的に働くために非常に高い立体選択性が達成された。以上の知見より、光学分割あるいは不斉合成によって得られた光学活性な(+)-3bをオキシマーキュレーション反応に付して目的とする(+)-4bを合戎した。

第2章

 共通中間体(+)-4bの別途合成法として3-アセチル-2-アゼチジノン6を経るルートについて検討した。従来、6の短工程で効率的な一般的合成法は知られていなかった。そこで、私はイミダゾール類がジケテンをアセチルケテンに変換する触媒として有効に機能するという作業仮説を立て、シッフ塩基と(2+2)環化付加反応させることにより6が得られるものと考えた。

Chart 3 Working Hypothesis

 実際に反応を検討したところ良好な結果が得られ、この手法が6の一般的な合成法であることが明らかになった。次に、この反応において光学活性なメンチルグリオキシレートから誘導されるシッフ塩基5bを用い、(3S,4S)-6bを不斉合成することを計画し、合成ルートを確立した。一方、6を還元して3-〔(R)-1-ヒドロキシエチル〕側鎖を導入する方法は既にいくつか知られているが、必ずしも実用的な方法とはいえない。そこで、前述の(3S,4S)-6bを用いて3-アセチル基の還元法について検討した結果、三フッ化ホウ素-ジエチルエーテル錯体の存在下、アミノアルコキシボランを用いて還元することで立体選択性良く3-〔(R)-1-ヒドロキシエチル〕基へ変換できることを見出した。還元剤としてはN-ベンジルアミノエトキシボランが優れ、基質とのモル比共存する三フッ化ホウ素-ジエチルエーテル錯体の量および溶媒などを最適化したところ最も良し結果(8a:8b=86:14,定量的収率)を与えた。8aは反応混合物から結晶化により単離精製してからケン化してカルボン酸(+)-4bへ誘導できた。さらに5bを原料として(2+2)環化付加反応、還元、ケン化を精製することなく行い、次いで光学分割を行うという実用的かつ効率的な(+)-4bの合成法を確立した。

Chart 4

 また、この新規な(2+2)環化付加反応の反応メカニズムについて検討した結果、反応中間体は当初予想したアセチルケテンではなく、1-アセトアセチルイミダゾールであり、これがシッフ塩基にアルドール型反応し、次いて閉環するルートが6を与える主たる反応経路であることが示唆された。

第3章第1節

 前駆体である(+)-3bを出発原料とし、オキシマーキュレーション、酸化的脱炭酸による4位アセトキシ基の導入、水酸基の保護、N-保護基の除去を組み合わせて行うことでペネム・カルバペネム中間体2の含成ルートについて検討した。その結果ジケテンから容易に得られる(+)-4bを経るルートが最も優れた方法であった。

Chart 5
第3章第2節

 (+)-4bから数工程で容易に得られる12を原料とした10の合成法を検討し、12を酸化的にアルコール13に誘導し、水酸素の保護を行った後立体選択的な接触還元反応・Jones酸化反応によって10が、また、12をハイドロボレーション反応に供すことによって1-メチルカルバペネム中間体14が合成できることを見出した。

Fig. 2
第4章

 鍵中間体2および10から既知の方法によって種々のカルバペネムおよびペネム誘導体1の合成が可能になり、多くの研究者のスクリーニング研究の結果1-メチルカルバペネム誘導体メロペネム(SM-7338)1aが見出された。その五員環形成反応において既知法である分子内Wittig反応やジアソ閉環法では、収率が低いあるいはジアソ閉環体15の1-メチル基が容易にエピメリ化するなど各々欠点のあることが判明した。

Fig. 3

 そこでより優れた1-メチルカルバペネム骨格合成法を見出すためDieckmann型閉環法について検討し、化合物16をアルキルあるいはアラルキルハライド存在下、塩基による閉環反応に付し、反応系内で閉環の結果生成するチオフェノキシドイオンを次工程で反応しないチオエーテル体に誘導し、ついでホスホリル化、メルカプタン誘導体による置換反応の3ステップをone-potで行うことによって、1-メチル基の異性化もなく、効率良く1-メチルカルバペネム保護体17が合成できる方法を確立した。

Chart 6

 結論 本研究によって、カルバペネム・ペネム系抗菌剤1の重要な中間体と考えられたカルボン酸(+)-4bの合成法が確立されるとともに、(+)-4bが効率良く既知のカルバペネム・ペネム鍵中間体2および10へ誘導できることが明らかになった。またその過程で、例えば寺島らのグループにより更なる応用展開がなされているジケテン-イミダゾールを用いた(2+2)環化付加反応をはじめ種々の新しい有用な合成手法を見出した。さらにまた、10を原料としたDieckmann型閉環反応を鍵反応とする実用的な1-メチルカルバペネム誘導体合成法の確立に結びついた。これらの研究成果は現在申請中のメロペネム(SM-7338)1a合成のために基礎研究として応用された。

審査要旨

 カルバペネム系抗菌剤1(X=CH2)は優れた抗菌活性と広い抗菌スペクトルを有し、-ラクタマーゼ産生菌にも効力を有する抗生物質として注目され、多くの合成研究が展開されている。最初に天然物として見出されたチエナマイシンは化学的安定性が低く、さらに主として腎に存在する分解酵素デヒドロペプチターゼ1(DHP-1)により分解されることにより生体内安定性が低いという欠点があった。そこで、これらの欠点を克服するために各種の置換基変換によるスクリーニングが広く展開されているが、発酵法での生産効率の低さおよび骨格自身の不安定さからペニシリン系抗菌剤やセファロスポリン系抗菌剤で一般的に行われるような半合成的手法は困難で、純合成的アプローチがその主流となっている。

Fig. 1

 また、人工的な類縁体であるペネム1(X=S)は、カルバペネムに類似の優れた抗菌活性を持つことからこの合成にも興味が持たれている。カルバペネム・ペネム誘導体1のスクリーニング研究を効率良く行うには共通中間体として何を選択するかが極めて重要な問題である。佐々木章氏は、以下に述べる理由からその鍵中間体としてカルボン酸(+)-4bを選択した。その理由として、4位のカルボキシル基を酸化的に脱炭素してカルバペネム・ペネム誘導体1の共通中間体として知られる4-アセトキシ-2-アゼチジノン誘導体2への変換および4位のカルボキシル基をC-1ユニットとして利用した炭素鎖延長反応によってカルバペネム誘導体1への変換の二つのアプローチが可能と考えられたことを挙げることができる。

Chart 1

 そこで、まずこの鍵中間体(+)-4bを効率良く合成する方法について検討した。その結果、オキシマーキュレーションを用いた3-[(R)-1-ヒドロキシエチル]側鎖の立体選択的構築を鍵反応とした合成法、およびジケテンとシッフ塩基との新規な(2+2)環化付加反応並びにアミノアルコキシボランによる3-アセチル基の実用的な立体選択的還元法を用いた合成法の二つの合成ルートを確立した。

Chart 2Chart 3

 さらに得られたカルボン酸(+)-4bおよびその前駆体である(+)-3bを用いた2の合成法について検討した。

Chart 4

 また、生体内安定性が向上することから近年注目を浴びている1-メチルカルバペネム誘導体の共通中間体10の(+)-4bを出発原料とした合成法、引き続いて10から1-メチルカルバペネム誘導体への新しい誘導法について検討し、Dieckmann型閉環反応を用いることによる効率良い合成ルートを見出した。

Fig. 2

 以上、本論文は-ラクタム抗生物質の開発研究に必須の-ラクタム抗生物質大量合成法の確立に関するものであり、博士(薬学)の学位に値する論文であることを認める。

UTokyo Repositoryリンク