学位論文要旨



No 129638
著者(漢字) 藤生,慎
著者(英字)
著者(カナ) フジウ,マコト
標題(和) 大規模地震災害軽減に向けた遠隔建物被害認定システムに関する研究
標題(洋)
報告番号 129638
報告番号 甲29638
学位授与日 2013.03.25
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学際情報学)
学位記番号 博学情第60号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学
論文審査委員 主査: 東京大学 准教授 大原,美保
 東京大学 教授 目黒,公郎
 東京大学 教授 古村,孝志
 東京大学 教授 田中,淳
 東京大学 教授 有川,正俊
 東京大学 教授 腰原,幹雄
内容要旨 要旨を表示する

我が国では,近い将来に大規模地震の発生が懸念されており,これらの地震時には莫大な数の建物被害が想定されている.建物被害に対して迅速に被害認定を行い,生活再建に向けた罹災証明書を発行するためには,多くの人材が必要となる.大規模地震後には被災地外の自治体から応援職員が派遣されるが,多数の応援職員を活用したとしても,莫大な量の建物被害認定に対応するには限界がある.そこで本研究は,大規模地震時のこれらの問題に対して,被災地外の人材の効果的活用による問題解決を目指し,被災地内で撮影した建物被害写真に基づいて被災地外の専門家が被害認定を実施できる「遠隔建物被害認定システム」を開発した.これは,大規模地震災害後に支援要員の十分な活動が困難と想定される被災地内と,多くの後方支援要員が存在する被災地外を,スマートフォンとITを用いて有機的に連携させるシステムである.また,提案システムに対して,業務の迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性の観点からの導入効果の検証を行った.

はじめに,過去の建物被害認定で指摘されている課題を整理するとともに,東北地方太平洋沖地震で被災した建物に対する建物被害認定調査の実態を分析した.この際,建物被害認定調査と地震災害後に実施されるその他の調査(応急危険度判定,地震保険損害査定,被災度区分判定)の関連性も分析した.これらを踏まえて,新たな建物被害認定調査方法として「遠隔建物被害認定システム」を提案した.本システムは「被災地内から建物被害写真をアップロードするシステム」,「被災地外での遠隔判定システム」,「建物被害認定トレーニングシステム」,「Web・GISクラウドサーバー」という4つのシステムから構成される.建物被害認定調査経験のある自治体職員を対象としたヒアリング調査を行い,迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性を備えたプロトタイプシステムを構築した.また,通信速度などの要素技術についての分析も行った.「被災地外での遠隔判定システム」については,実際にデータ入力可能な実システムを構築し,建物被害認定調査の経験のある自治体職員を対象とした実証実験を行い,業務の正確性・客観性から見たシステムの効果検証を行った.最後に,首都直下地震時における遠隔建物被害認定システムの導入効果について,横浜市を対象地域とした分析を行い,業務の迅速性・効率性から見た提案システムの効果を検証した.以下に本研究の成果を要約する.

第1章「序論」では,本研究の背景,課題,目的を述べるとともに,研究の構成と概要を説明した.

第2章「建物被害認定調査を取り巻く現状分析」では,東日本大震災後に実施された建物被害認定調査の実態を把握するためにアンケート調査を実施した.その結果,過去の地震災害でも指摘されてきた課題に加えて,ITの進展による新たな課題が生じていたことを明らかにした.また,建物被害認定調査とその他の地震後調査の調査項目間の重複程度を比較し,建物被害認定調査および地震保険損害査定の質的基準,建物被害認定調査および応急危険度判定の量的基準には高い割合での重複が存在することを明らかにした.また,新潟県中越地震,新潟県中越沖地震,東北地方太平洋沖地震で実施された応急危険度判定と建物被害認定の調査実態を分析した.その結果,被害程度の大きい地域の建物については,各調査間の調査結果の援用によりそれぞれの業務の効率化を図れる可能性があることを示唆した.

第3章「遠隔建物被害認定システムの設計と評価」では,建物被害認定調査経験のある自治体職員へのヒアリングを行い,迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性を備えたプロトタイプシステムの開発を行った.また,システムの要素技術に関して,写真撮影実験を通じてスマートフォンに搭載されているカメラの画角の計測と建物相互の間隔である隣棟間隔に応じた写真撮影枚数の算出を行った.東北地方太平洋沖地震で被災した宮城県仙台市沿岸部,岩手県陸前高田市,岩手県盛岡市内を例に通信速度の計測を行い,発災後2週間が経過した被災地内でも1棟あたり約10分で写真のアップロードを完了できる通信速度が確保されていることを明らかにした.また,被災地内で撮影された写真の改竄が懸念されたため,改竄防止技術の検討を行い,電子透かしを写真に付与する仕組みを組み込むことで改竄を防止できることを示した.

第4章「被災地外からの遠隔判定システムの実証実験」では,建物被害認定の実施経験のある自治体職員を対象として,専門家による遠隔判定システムの正確性・客観性を検証するための実証実験を行った.まずは,建物被害認定調査の調査精度(屋根・壁・基礎)が最終的な判定結果に与える影響の分析を行い,壁の損傷程度と損傷面積の判定が正確にできない場合には最終的な判定結果に影響が生じることを明らかにした.以上を踏まえて,実証実験シナリオを作成し,自治体職員を対象とした実証実験を行った結果,提案システムを用いて建物被害認定の1次判定を実施した場合,被害が明確に表れる全壊・大規模半壊・半壊では正確な判定が実施可能であることを示した.しかし,一部損壊ではクラックの判定が難しく,判定をサポートする仕組みが必要であることを明らかにした.また,正確性を向上させるためには,壁の判定に誤りが生じないような工夫の必要性も明らかにした.以上の結果から,提案システムは,写真でも容易に判断可能な被災建物のスクリーニングには特に有効であることが示された.

第5章「遠隔建物被害認定システムの大規模地震災害への適用可能性に関する分析」では,首都直下地震時における遠隔建物被害認定システムの導入効果について,横浜市を対象地域とした分析を行い,業務の迅速性・効率性から見た提案システムの効果を検証した.この結果,隣棟間隔が狭い場合には,莫大な枚数の写真撮影が必要であるが,写真の撮影方法の工夫により撮影枚数の大幅な削減は可能であることがわかった.提案システムを導入した場合の調査に係る総時間・人員数を従来手法時と比較すると,提案システムを用いた場合には,総時間を約70%削減することが可能であることを明らかにした.また,遠隔建物被害認定システムを2人で運用した場合には,従来手法と比較して,必要人員を約35%削減することが可能であり,1人で運用した場合には,必要人員を約67%削減することが可能であることを明らかにした.以上の結果から,大規模地震災害時に本システムを運用することで迅速なスクリーニングを実施可能であることを明らかにした.

第6章「結論」では,本研究全体を通して得られた成果を総括し,今後の課題を示した.

審査要旨 要旨を表示する

災害時には、自治体による建物被害認定調査に基づいて罹災証明書が発行され、被害程度に応じて様々な生活再建支援が行われる。我が国では、近い将来にいくつかの大規模地震の発生が懸念されているが、これらの地震による莫大な数の建物被害に対して、従来からの建物被害認定調査方法により対応を行うには限界がある。本論文は、大規模地震時のこれらの問題に対して、被災地外の人材の効果的活用による問題解決を目指し、被災地内で撮影した建物被害写真に基づいて被災地外の専門家が被害認定を実施できる「遠隔建物被害認定システム」を開発した。本システムは、大規模地震災害後に支援要員の十分な活動が困難と想定される被災地内と、多くの後方支援要員が存在する被災地外を、スマートフォンとITを用いて有機的に連携させるシステムであり、「被災地内から建物被害写真をアップロードするシステム」、「被災地外での遠隔判定システム」、「建物被害認定トレーニングシステム」、「Web・GISクラウドサーバー」という4つのシステムから構成される。開発したシステムを用いた実証実験を行うとともに、建物被害認定業務の迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性の観点から、システム導入効果の検証を行った。

第1章「序論」では、上記のような研究の背景と目的を述べ、研究の位置づけと構成を説明している。

第2章「建物被害認定調査を取り巻く現状分析」では、東日本大震災後に実施された建物被害認定調査の実態を把握するためにアンケート調査を実施し、過去の地震災害でも指摘されてきた課題に加えて、ITの進展による新たな課題が生じていたことを明らかにした。また、建物被害認定調査とその他の地震後調査の調査項目の比較により、これらの調査の関係性を明らかにするとともに、応急危険度判定と建物被害認定については実施棟数を地域ごとに分析した。これらの現状分析を通して従来からの建物被害認定調査方法の問題点が整理され、特に、被災地外の人材の効果的活用に着目することで、既存の問題解決に大きく寄与しうることが示唆された。

第3章「遠隔建物被害認定システムの設計と評価」では、建物被害認定調査経験のある自治体職員へのヒアリングを行い、迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性を備えたプロトタイプシステムの開発を行った。また、建物写真撮影実験によるスマートフォンカメラの画角計測、建物の隣棟間隔に応じた写真撮影枚数の把握、被災地内での通信速度の計測などの、要素技術の検討も行った。

第4章「被災地外からの遠隔判定システムの実証実験」では、建物被害認定の実施経験のある自治体職員を対象として、専門家による遠隔判定システムの正確性・客観性を検証するための実証実験を行った。この結果、提案システムを用いて建物被害認定の1次判定を実施した場合、正確な判定が実施可能である一方で、壁の判定に誤りが生じないような工夫も必要である点を明らかにした。被災地外での遠隔判定システムに関しては、実際にデータ入力稼働なシステムを構築し、東日本大震災時に撮影された建物被害写真を用いた実証実験を行い、システムの効果や課題を検証した点が評価に値する。

第5章「遠隔建物被害認定システムの大規模地震災害への適用可能性に関する分析」では、首都直下地震時における遠隔建物被害認定システムの導入効果について、横浜市を対象地域とした分析を行い、業務の迅速性・効率性から見た提案システムの効果を検証した。前章では、東日本大震災の被災地での写真を用いていたため、密集市街地を有する首都圏の特徴を踏まえた検証が不足していた。本章では、横浜市の建物GISデータを用いて、隣棟間隔に応じて必要な写真枚数や写真撮影時間の算出を行うことにより、首都直下地震時に想定される調査時間や必要人員数に関する具体的な分析を行った。この結果、提案システムを用いた場合には、従来手法時と比較して、約70%の総調査時間の削減が可能であることを明らかにした。また、遠隔建物被害認定システムを2人で運用した場合には、従来手法と比較し,約35%削減が可能であり、1人で運用した場合には約67%の削減が可能である。以上の結果から,大規模地震災害時に本システムを運用することで迅速なスクリーニングを実施可能であることを明らかにした。

以上のように本論文は、大規模地震時の建物被害認定調査の問題に対して、被災地外の人材の効果的活用に着目することにより新たな観点からの問題解決を目指し、その方法論を構築したものである。システムを開発しただけでなく、実際に建物被害認定調査の経験のある自治体職員の協力を得てシステムを用いた実証実験を行うとともに、業務の迅速性・効率性・正確性・客観性・公平性の観点から導入効果の検証を行った点が、高く評価された。委員からは、建物のバリエーションを増やした実証実験やシステム間の連結など、システムを社会に実装するには更なる検討が必要であるとの示唆を得たが、総合的にみて本研究が博士号に値することについて審査委員全員が合意した。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。

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