No | 128817 | |
著者(漢字) | チェン ハンロン ドミニク | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | チェン ハンロン ドミニク | |
標題(和) | インターネットにおけるコミュニティの活性化デザインに関する学際的研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 128817 | |
報告番号 | 甲28817 | |
学位授与日 | 2013.02.15 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学際情報学) | |
学位記番号 | 博学情第55号 | |
研究科 | 学際情報学府 | |
専攻 | 学際情報学 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 本論文では,広く「インターネットを介して人々がコミュニケーションを交わす場」を「コミュニティ」と呼び,その活性化のためのデザインの可能性と方法を論じる.具体的には,インターネットにおけるコミュニティのデザイン方法の汎用的な参照モデルを構築するために,(1)対話を介したコミュニケーションの場におけるルールメイキングおよびアクセス制御等のバックエンド技術を利用した活性化の手法の提案とその評価,(2)創作行為を介したコミュニケーションの場におけるオープンライセンスの活用やインタフェース等のフロントエンド技術を利用した活性化の手法の提案とその評価を行い,(3)対話型,創造型の両方のコミュニティ類型に共通する理論的概念を整理し,実践と理論を架橋する学際的なコミュニティデザインのモデルを確立することを究極の目的とする. 2000 年代を通してインターネットはユーザーが生成する多種多様なコンテンツによって大きく成長し,2010 年代に入ってからはインターネット技術を政治や広く社会的な合意形成に活用する傾向が注目されるようになった.2012 年現在,広義のインターネット上のコミュニティは膨大な数が存在している.世界最大のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)であるFacebook には8 億人,マイクロ・ブログのTwitter には1 億人のアクティブ・ユーザー(月間に1 度でもログインするユーザー)が存在し,日々膨大なデータ量のコミュニケーションが取り交わされている.両サービスは共に2011 年初頭に北アフリカで起こった「アラブの春」と呼ばれる,圧政に対する民衆の蜂起にも活用されたと指摘されており,先進国社会における日常的なコミュニケーションの道具という枠を超え,グローバルな規模で社会変革の役割を果たすようになっている.それと同時にプライバシー情報の流出と情報セキュリティの構築,海賊行為や著作権の侵害とオープンソース型の著作物流通,新たなビジネスモデルの提案と法規制の相関性といった,ネットワーク型情報社会に特有の問題と課題も露呈している.インターネットはまさに新たな社会変革の可能性と問題点の両方が渦巻く場として今もなお活発な議論の対象となっている. インターネット上のコミュニティが私たちの日常を支える社会的かつ技術的な基盤として存在感を増す一方で,巨大SNS 以外にも数多くのコミュニケーションの場がインターネット上に乱立している.この状況のなか,コミュニティのデザインに関する議論はマクロな政策的議論に終始しやすく,具体的かつ技術的な議論に関しては汎用的で相互運用が可能な共通言語に欠けている現状がある.そして,個々のコミュニティは必ずしも活性化せず,利用者の注目を浴びずに消滅していくコミュニティも多く存在する.このように実に多様なニーズを満たすための膨大なノウハウが,相互に接続されないまま死蔵している状況がある. 筆者はこれまで,メディアアートセンターにおける映像アーカイブの研究員として,インターネット上における柔軟な著作権の意思表示を可能にするライセンスを提供する特定非営利活動法人クリエイティブ・コモンズ・ジャパンの設立理事として,そしてウェブサービス開発を事業とする株式会社ディヴィデュアルの創業者として,様々な形のコミュニティの企画,デザイン,運営に携わってきた.こうした諸活動の中で多くの試行錯誤を経験してきたが,いつも念頭にあった命題は,どのようにすればコミュニティは活性化するのか,ということであった.なぜあるコミュニティには人が集まり,自生的にコミュニケーションが活発に取り交わされ,他方では参加者もコミュニケーションも不活性なコミュニティが出来上がるのか,ということはインターネット上で不特定多数の参加者が利用するサービスやアプリケーションをデザインする人間は必ず考えることだろう.本論文では筆者が手がけたプロジェクトの内の幾つかの成功体験に関する知見を読者と共有し,コミュニティ活性化という命題に対して少しでも普遍的な価値を抽出したいと考える.もう一つの目的は,インターネット上のコミュニティにおいては工学的な技術論と社会学的な知見を融合することによって,コミュニティをデザインするという行為そのものの創造性の把握を深めることである.コミュニケーションが本来創造的な行為であるならば,人々がコミュニケーションを行う場を創造することによって,個人と共同体をゆるやかに接続する道筋が明確になるかもしれない. そこで本論文では,コミュニティの活性化を図る汎用的なフレームワークが存在しない現状に対して,コミュニティの活性化を実現するための指針,および活性化の度合いを評価する方法を論じることが必要であると考える.そこで以下の二つの要件を定義する. 要件 1:コミュニティの属性に応じた活性化デザインの実践が必要である. コミュニティには実装毎の独自性があり,どのようなコミュニケーション様式を提供しているのかということによってそれぞれ大きく性質が異なっているといえる.しかし,大別すれば,対話のためにユーザー同士がテキスト(自然言語)を交わすことを主とするコミュニティを「対話コミュニティ」,創造的な表現のために制作されたコンテンツを共有することを主とするコミュニティを「創造コミュニティ」の二つに分類できる. もちろん,実際のコミュニティには対話型と創造型の二つの属性が融合する場合が多く,この分類はコミュニケーション単位の性質の差異を正確に捉えるための便宜的なものである.その上で,対話型と創造型それぞれの場合における特徴的な活性化デザインの手法と評価方法を,実践の検証を基に明らかにする必要がある. 要件 2: 異なる属性のコミュニティに共通する活性化デザインの指針が必要である. 汎用的なフレームワークを志向するためには,対話型と創造型の両方のコミュニティの具体的な特徴を浮き彫りにすることに止まらず,異なる類型のコミュニティを横断的に理解し,そのデザインに活用するための参照モデルを理論的に打ち立てる必要がある.換言すれば,実践的な具体事例から類型別のコミュニティの特徴的な本質を抽出し,新たなコミュニティのデザインに活用できる理論的な枠組みを構築する.共通言語を備えた理論モデルを構築することによって,異なる性質のコミュニティを比較分析し,批評や制作に活用することが可能となる. また,この共通言語体系そのものもオープンに議論されて成長するためには,理論的概念のような一定の形式性を備える必要性があるが,独自に理論を新規に打ち立てるのではなく,そのために参照できる学問体系を模索することも重要な作業となる. 以上二つの要件に応える形で,本論文はコミュニティの活性化を図る汎用的なフレームワークを以下の三つの提案を行う. 1) 対話コミュニティの設計と実装およびその活性化と評価 2) 創造コミュニティの設計と実装およびその活性化と評価 3) 1)と2)でも汎用的に利用可能なネオサイバネティクスおよび基礎情報学理論を用いた整理と体系化より多くの人間がインターネットを介したコミュニケーションの場に参加しつつある現代社会において,今後ともより多くの人間がコミュニケーションの場の設計に参加するであろうことは容易に予測できるだろう.この際,コミュニティを所与のものとして観察するだけではなく,どのように設計でき,その内部的な活動を活性化させられるのかというコミュニティをデザインする意識と方法論は社会的な重要性を増していくことになる.本論文は究極的には,この万人に開かれたコミュニティデザインの方法論の構築に寄与したい. 実践なき理論は空虚であり,理論なき実践は孤立する.この意味で,個別の実践例を評価するだけではなく,また,理論モデルを構築するだけでもなく,両者の間を往復しながら成長できるコミュニティのデザイン論こそが必要であると考える. 本論文の最大の特徴は,インターネットにおけるコミュニケーションとコミュニティを論ずるにあたり,活性化という視点を導入する点にある.コミュニティを比喩的にではなく機能的に生命論的システムとして捉える上で,この視点は導線としての役割を果たす.コミュニティは活性化するという一つの合目的性を設定することによって,コミュニケーションとその集積から作動するコミュニティはどのような構造や工学的な問題を持ち,どのように解決できるのかという議論にも,そもそもどうして私たちはコミュニケーションを行い,コミュニティを形成するのかという哲学的な命題にも,等しく応答できるようになる. 本論文は単一の固定的な理論に全てのコミュニケーションやコミュニティの現象を還元しようという意図は持たない.本論文が行うことはあくまでインターネットにおけるコミュニティに関する実践の自己記述と理論の参照の間を往復する方法を提示するに過ぎない.換言すれば,理論と実践を構造的に接続する学際的な形式の一つの提案である.それは理論から出発して実践に向かう立場よりも,むしろ実践知を理論に体系化していく方向性をもつ.そして本論文が生命システム論を参照し,依拠するならば,本論文もまたひとつのコミュニケーションの連鎖を誘発してコミュニティを作動させなければならないと考えられる. | |
審査要旨 | 本論文は,「インターネットにおけるコミュニティの活性化デザインに関する学際的研究」と題し,インターネットを介して人々がコミュニケーションを交わす場(コミュニティ)を活性化させるためのデザインを論じるにあたり,対話コミュニティにおけるアクセス制御や創造コミュニティにおけるオープンライセンスの活用などの実践と,基礎情報学が提供する諸概念とのマッピングによる普遍的な指針の探究に取り組んだものであり,全体で6章からなる。 第1章は「序論」であり,インターネットを介して人々がコミュニケーションを交わす場としてのコミュニティの現状について述べ,これを活性化するためには「実践」と「共通する指針」が必要であることを指摘することで,本論文の背景と目的を明らかにしている。 第2章は「関連研究」と題し,インターネットにおけるコミュニティのデザインの位置づけと分類を行うとともに,対話型と創造型の2つのコミュニティの大分類を検証し,それぞれの活性化手法に関連する研究や動向を取り上げている。更には,コミュニティ分類に依存しない汎用的なコミュニティデザインのフレームワークを論じるために,サイバネティクスとシステム理論,および基礎情報学の研究動向をまとめている。 第3章は「対話コミュニティの活性化」と題し,対話コミュニティのデザインの実践例として筆者らが運営する『リグレト』を取り上げ,その基本的なデザインの解説に加えて,特定の問題に関連した活性化のための提案と評価を行っている。対話コミュニティにおける「コミュニケーションの成功率」を「ユーザーがコミュニケーション内容に満足したか否か」と定義し,実際にコミュニケーションが成功するための指標として「発信者が他者から適切な反応を得られるか」に着目し,この指標での改善向上を図るための「島分け」と「サルベージ」という具体的なアクセス制御の施策を紹介している。そして,2つの施策の実施効果を測定し,活性化を定量的にも認めることが可能となることを明らかにしている。 第4章は「創造コミュニティの活性化」と題し,創造型のコミュニティの実践例として,筆者らが開発したメディアアートアーカイブ『HIVE』と,筆者らが製作した楽曲リミックスアプリケーション『AudioVisual Mixer for INTO INFINITY』(AVMII)の2つを取り上げ,それぞれの活性化のための提案手法を評価している。創造コミュニティにおける「コミュニケーションの成功率」を「ある作品がどれほどの質と数の派生作品につながったか」と定義し,著作権を柔軟に再定義するライセンスというツールの利用とその可能性および結果,そしてインタフェースを含めたアプリケーション・デザインという2つの観点からそれぞれのコミュニティにおける創造行為の連鎖を評価している。 第5章は「基礎情報学の観点からのコミュニティデザイン論」と題し,汎用性のあるコミュニティデザインの理論モデルを構築するための足がかりとして,基礎情報学の理論が提供する諸概念を,第3章と第4章でみてきたコミュニティデザインのプロセスと対応させるマップを提示し,更に著名なコミュニティに対する応用的な考察を加えている。特にコミュニティの構成要素を生命,社会,機械の3つの相に分類し,コミュニティ要素を対応させることによって,学際的な問題設計の道筋を明らかにしつつ,コミュニティの構造的な分析に活用することのできるフレームワークを提案している。 第6章は「結論」であり,本論文の主たる成果をまとめるとともに今後の展望について述べている。 以上を要するに,本論文は,インターネットにおけるコミュニティを活性化させるためのデザイン論として,対話コミュニティと創造コミュニティにおける具体的な実践と,基礎情報学の諸概念とのマッピングによる普遍的な指針の探究の両者に取り組んだものであり,学際情報学の各分野の今後の進展に寄与するところが少なくない。よって,本審査委員会は,本論文が博士(学際情報学)の学位に相当するものと判断する。 | |
UTokyo Repositoryリンク |