学位論文要旨



No 128522
著者(漢字) 生貝,直人
著者(英字)
著者(カナ) イケガイ,ナオト
標題(和) 公私の共同規制によるインターネット・ガバナンス : 日米欧の国際比較制度研究
標題(洋)
報告番号 128522
報告番号 甲28522
学位授与日 2012.04.27
学位種別 課程博士
学位種類 博士(社会情報学)
学位記番号 博学情第51号
研究科 学際情報学府
専攻 学際情報学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須藤,修
 東京大学 教授 田中,秀幸
 東洋大学 教授 松原,聡
 慶應義塾大学 名誉教授 苗村,憲司
 東京大学 准教授 中尾,彰宏
内容要旨 要旨を表示する

本論文の目的は、拡大を続ける情報社会において生じる多様な制度的課題について、インターネット関連産業の柔軟な発展と、安全・安心の確保を両立するために、市場の自律的な問題抑止・解決を重視した自主規制と、そのリスクや不完全性を補完するための政府関与を組み合わせた、共同規制(co・regulation)という政策手段についての分析を行い、我が国の政策研究・実務の双方に対する示唆を見出すことである。

情報社会におけるルールを、伝統的な国家・政府が形成していくべきか、あるいは企業や業界団体、NGOといった私人の側が主導していくべきかという問題は、インターネットの草創期から世界各国において広く論じられてきた。分散的・越境的・流動的な性質を強く持つインターネット上で生じる問題に対処するにあたっては、政府の直接的な命令と統制に基づく直接的な規制はその有効性を必然的に減ぜざるを得ず、それがゆえに我が国を含む各国の情報政策分野においては、企業や業界団体の自主規制を重視する形での政策の実践が進められている。

一方で、政府が万能ではないことと同様に、市場の側も万能ではない。私人によって形成される自主規制は、不可避的にその不完全性や実効性の欠如等のリスクを有しており、逆に過度に制約的な、あるいは競争阻害的なルール形成と運用がなされる恐れもある。政策担当者の側にもこのような自主規制の負の側面は認識されており、実際に様々な形での、明示的・暗黙的な自主規制への介入・監視・是正措置が行われてきた。そしてこのような実質的な規制行為の私人へのアウトソースとでも言うべき側面を有する政策手法には、政府が直接的に規制を行う場合には当然に従うべき公法的制約、あるいは民主的合意の調達を回避するために行われえるという問題も同時に存在する。

従来の我が国の制度・政策研究においては、明確に書かれた法と裁判所の判例を主たる分析対象としてきたが故に、このような自主規制に対する政府関与という政策手法については、学術的にも実践的にもさほどの関心が向けてこられなかった経緯がある。特に柔軟性と信頼性の双方の調和が求められる情報社会において、自主規制と政府規制を組み合わせた、中間的な政策手法である共同規制についての学術的理解と、政策実務への導入を図る必要性は高い。

以上の問題意識に基づき、本論文では、EUの中でも特に共同規制に関わる実践の蓄積を主導する英国と、相対的に市場の自律性を重視した自主規制での対応を進める米国の情報政策を比較検討することにより、共同規制という政策手法が持つ学術的・実践的意義と、その課題についての分析を行い、我が国の情報政策に対する示唆を見出す作業を行う。

主に用いられる方法論は、法制度および政府・企業・業界団体等の振る舞いに着目した制度・政策研究であるが、規制の「客体」として、あるいは逆に本論文においては規制の「主体」としても重要な役割を果たす、各分野の産業構造や企業のビジネスモデルに対する正確な理解を行うため、経済学や経営学の分析用具を補完的に用いている。

本論文は、基本的な問題意識と背景・分析枠組を示した第I部、著作権・プライバシー・表現の自由等に関わる先端的な政策分野の国際比較ケーススタディを行った第II部・第III部、総合的な考察と結論を記した第IV部によって構成される。

第I部(第1章~第2章)においては、本研究全体の問題意識と、その背景となる情報社会における自主規制の必要性とリスクの両面を整理したうえで、公私の複雑な相互関係の中で生み出される、共同規制の概念を理解するために必要な分析枠組を提示する。

第1章では、グローバル化や技術進化の速度といった情報社会の本質的性格そのものが、自主規制による問題解決を不可避としていることを指摘し、そのリスクに対応し、持続的な自主規制を実現するために、EUを中心として共同規制という概念が提唱されていることを示す。

第2章では、インターネット上の共同規制に関しては、従来の自主規制や共同規制の中で重視されてきた、集合性の高い業界団体等の役割が相対化されざるをえないことを論じる。そのうえで情報社会における共同規制を、インターネット上に存在する多様なコントロール・ポイントの行う自主規制に対し、政府が一定の働きかけを行う規制手法であると再定義し、その構成要素と政府関与の手段を、従来の情報政策議論の中で広く参照されてきたローレンス・レッシグの規制枠組を再構築する形で整理していく。

第II部(第3章~第5章)においては、本論文の中核となる事例検討の前半として、「団体を介した」共同規制のあり方を、欧米の比較と我が国の法政策への示唆を中心として検討していく。

第3章では、近年の通信・放送融合に対応するため、従来の放送規制の枠組をインターネット上の放送類似サービスに拡大するEUの視聴覚メディアサービス指令を取り上げ、特にその英国における国内法化作業の中でとられる、EUにおける典型的な共同規制のあり方を検討する。

第4章では、インターネット上のコンテンツ規制の中でも特にモバイルコンテンツの青少年有害情報対策の問題を取り上げ、強いボトルネック性を持つモバイルコンテンツ産業に特有の共同規制のあり方を検討することで、産業構造のあり方が規制枠組のあり方に対して与える影響を検討する。

第5章では、近年ライフログという言葉と共に高い関心を集める行動ターゲティング広告のプライバシー問題を取り上げ、その流動的性格を背景に、制度的基盤を大きく異にするEU・米国の間において、プライバシーの保護とインターネット上のビジネスの発展を両立する現実的な対応を進めていく中で、実質的な規制枠組の同型化が進んでいることを指摘する。

第III部(第6章~第8章)では事例検討の後半として、「団体を介さない」共同規制のあり方を検討していく。インターネット上には自主規制を担う多くのコントロール・ポイントが存在するものの、第II部で論じた団体を介した自主規制と比してそのモニタリングや統制が困難であるため、誤った規制や過剰な規制が行われる蓋然性も高く、そのようなリスクにいかに対応するかが公私の共同規制関係を構築する上での焦点となる。

第6章では、インターネットに関わる法政策全般の中でも特に重要な役割を果たすプロバイダ責任制限法制を取り上げ、主に著作権保護に関わる現代的課題に関して、自主規制と政府規制の相互作用に基づくガバナンスがいかに機能し、また問題点を有しているかを分析する。

第7章では近年インターネット上の中心的なサービスとしての位置を占めつつある、SNS(Social Network Service)におけるプライバシーと青少年保護の問題を取り上げ、サービスごとの多様性が高い同分野において、いかにして安全性と事業運営の柔軟性を両立する共同規制関係を築いていくかを検討する。

第8章では代表的な音楽配信プラットフォームであるiTunesを取り上げ、DRM(Digital Rights Management)という技術的自主規制と、それに対する制度的補強措置が二次的にもたらしている独占化の問題を論じる。特にそこでは、国際的に活動するプラットフォーム事業者に対して一国政府が単独で実効的規制措置を行うことの困難性を指摘し、国際的な連携に基づくガバナンスの必要性が生じていることを論じる。

最後に第IV部(第9~10章)では、各章における個別事例の検討を元に、今後の情報社会のガバナンスにおいて、共同規制という方法論をいかに設計し、活用していくべきかの示唆を提示する。

第9章では、規制無・自主規制・共同規制・直接規制という多数の規制手法の中からいかに適切な選択を行うか、あるいは自主規制に対していかなる政府介入を行うという問題を考慮する際の視点として、当該問題の性質や産業構造に着目した分析を行うことの必要性を論じる。さらに自主規制に対し政府がいかにして実効的なコントロールを行うか、そして消費者保護や中小企業保護をいかに確保するかという問題を念頭に置き、透明性を原則とした共同規制の全体的枠組を設計していく必要性について論じる。

第10章では結論として、本研究の実践的・学術的意義と、今後の研究課題にっいて述べる。本論文の意義は、いまだ学術的な研究対象となることの少ない、近年急速に重要性を増すインターネット上の新たなサービスにおける制度的課題を、国際比較の観点から広く分析を行ったこと、そして共同規制の概念を先駆的に紹介し、我が国の情報政策への導入の道筋を提示したことにある。柔軟性と確実性の両立を具体的な政策手法として確立しようとする共同規制の概念は、今後の我が国の情報政策に関わる学術研究・実務の双方に対し、新しい視点を与えるものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、インターネット関連産業の柔軟な発展と、利用者の安全・安心の確立を両立するために、市場の自律的な問題抑止・解決を重視した自主規制と、そのリスクや不完全性を補完するための政府関与を組み合わせた、共同規制(CO・regulation)という政策手段についての体系的理解を構築しようとし、我が国の政策研究・実務の双方に対する貢献を行ったものである。

本論文は、EUの中でも共同規制に関わる実践の蓄積を主導する英国、相対的に市場の自律性を重視した自主規制での対応を進める米国の情報政策を比較検討し、共同規制の有する学術的・実践的意義、その課題についての分析を行い、我が国の情報政策に対する示唆を提供している。まず第I部(第1章-第2章)において、問題意識と背景・分析枠組を示し、第II部(第3章-第5章)においては、通信と放送の融合への対応、インターネットにおけるコンテンツ規制、行動ターゲティング広告のプライバシー問題を取り上げ、「団体を介した」共同規制の在り方について、欧米との比較を通して我が国の法政策の在り方について検討を行っている。第III部(第6章-第8章)では、プロバイダ責任制限法、SNSにおけるプライバシーと青少年保護の問題、DRM(Digital Rights Management)の在り方について主題的に取り上げ、「団体を介さない」共同規制の在り方について検討を行っている。最後に第IV部(第9章-第10章)では、これからの情報知識社会のガバナンスにおいて共同規制という方法論をいかに活用してゆくべきかを総括的に考察し、政府関与の透明性確保と責任の明確化が重要性をもっていることを顕揚している。さらに今後の考察課題として、比較制度分析の深化、Carrots and Sticksの前者に関する考察と両者の関係性、考察対象としなかった諸国(BRICS)などの考察の必要性を述べている。

本論文は、欧米における共同規制の実証的考察を通して、我が国の制度・政策の研究を考察する視点を提供し、さらに情報制度の体系的理解のために、経済学・経営学的なアプローチを導入した点に独自性を有するものと判断する。情報政策のこれからの在り方を考える上でも多くの示唆を提供し、実践的意義も高いと言えよう。

なお、今後、個々の事例に関する分析は今後より丁寧になされなければならない点、分析対象として市民・消費者・NGOなどの役割に関する考察、振興的手法(Carrots)に関する考察の必要性などが求められるが、総合的に判断して、いまだ共同規制の政策手段としての体系的理解が十分になされていない我が国において、共同規制の意義と課題を明確にし、当該研究の学術的な活性化と政策実務に対する貢献はきわめて大きいものと判断する。審査委員会のコメントにも誠実に対応し、論文の完成度は顕著に高まったものと考える。

よって、本審査委員会は、本論文が博士(社会情報学)の学位に相当するものと判断する。

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