学位論文要旨



No 127896
著者(漢字) 大山,峻幸
著者(英字)
著者(カナ) オオヤマ,トシユキ
標題(和) 自由界面・壁面における単一気泡の反発現象に関する数値解析
標題(洋)
報告番号 127896
報告番号 甲27896
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7664号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,千幸
 東京大学 教授 鹿園,直毅
 東京大学 教授 高木,周
 東京大学 教授 渡辺,紀徳
内容要旨 要旨を表示する

自由界面において気泡が反発する現象については、興味深い現象としてすでに報告されている[1]が、反発が起こるメカニズムに関しては、気泡や自由界面の変形による運動エネルギと表面エネルギの交換、気泡・界面間、気泡・壁面間の間隙が狭くなることにより生じる潤滑圧力、不純物の界面吸着に依存するクーロン力や表面張力の分布の変化などの化学的要因等いくつかの理由が挙げられており、未だ明確な説明が与えられていない。本研究ではこの現象に対し、気泡が静止流体中で重力により浮上し、自由界面や壁面に接触し、再び水中に沈みこむまでの気泡挙動の数値解析を行う。本研究では、実験の接触時間と整合するバネ・マスモデル[2]が、慣性力と表面張力との釣り合いのみに基づくことを踏まえ、運動・表面エネルギ交換に着目する。

運動エネルギと表面エネルギの間のエネルギ交換は、気泡と自由界面/剛体壁間との間隙距離が気泡径程度以下になると顕著になるため、それを捉えるには、適切な計算方法を選ぶ必要がある。境界適合格子法は界面間の流れを解像し、境界条件を高精度に課すことが可能である。しかし、複数の界面が変形・移動する場合、格子生成自体が困難であるとともに、格子サイズの不均一性が高くなると、時間刻みに対するクーラン条件の制約が厳しくなり、解の収束性の低下をもたらす。これに対して、固定格子を用いるフロント・キャプチャリング法やフロント・トラッキング法[3]は、数値的安定性の確保とともに、大変形・大移動を伴う複数界面の扱いを容易とする。通常のフロント・キャプチャリング法ではそれぞれの相を表す密度関数を1種類しか持たず、この場合は二界面が接近し一計算格子に入ると数値的に合体してしまい、その後の反発を捉えられない。一方、フロント・トラッキング法は界面を陽に持つため、数値的な合体を避けることができる。

本研究では、実験[1]との照合を考え、バルクでの気泡レイノルズ数が200前後の系を対象とし、表面エネルギの捕捉に優れるフロント・トラッキング法により気泡の反発過程を計算する。まず合理的に離散化が行える三次元計算を、次に高解像度を確保できる軸対称計算を行う。本論文では、まず、計算結果と実験的知見との整合性に関して報告する。次に、気泡・自由界面系と気泡・壁面系での反発挙動の違いを明らかにし、境界面の変形や滑りの影響を議論する。そして、数値計算の利点を生かし、反発現象を指標する接触時間や反発係数に対する表面張力係数、粘性係数の影響を系統的に調べる。さらに実験では捉えることの難しい界面の変形に関しても定量的な評価を行い、表面エネルギの時間変化にも着目する。

ここで、周囲流体の粘性係数0.90 mPa s、表面張力係数20 mN/mとした解析を用いて、反発過程の概要を説明する。自由界面・剛体壁に気泡が接触する前後の、気泡中心断面における界面の変形および流れ場をFig. 1, 2に示す。自由界面における気泡の反発では、気泡断面形状が楕円状に変形しながら水中を浮上し、気泡が自由界面に近づくにつれて、自由界面も変形する。そのため気泡は頂上ではなく肩部から自由界面に最近接し(Fig. 1左上)、最近接する箇所を気泡頂上部へ移動させながら、液膜中の流体を排水する(右上)。この過程の最中に気泡の反発速度は最大となり(左下)、最終的に最近接する箇所が気泡頂上部まで移動したのちに気泡が自由界面から離れ、下降する(右下)。剛体壁における気泡の反発では、気泡は頂上部から剛体壁に衝突し(Fig. 2左上)、慣性によって気泡上部のかなりの面積が剛体壁に接するように扁平に変形する(右上)。それにひきつづき気泡の長軸が気泡下部に移動し、剛体壁に最近接する部分が再び頂上部のみになっていく(左下)。最終的に最近接する箇所が気泡頂上部まで移動したのちに、気泡が剛体壁から離れ、下降する(右下)。

本計算手法は、二つの界面が一つの計算格子に存在している場合においても表面張力等の平滑化デルタ関数による分配は界面の影響を単純に足し合わせているに過ぎず、界面の変形に伴う表面エネルギの保存性に関して問題が生じる可能性がある。表面エネルギの保存が成立するには、全計算領域でナビエ・ストークス式の表面張力項と速度の内積をとったもの(オイラー格子における評価)と自由界面、気泡それぞれの全表面積の時間変化に表面張力係数を乗じたものの和(ラグランジュポイントにおける評価)が常に等しくなければならない。調査の結果、気泡が自由界面に到達する時刻以降も計算結果は一致しており、二つの界面が一つの計算格子に入っている状態においても、表面エネルギの反発への寄与について、本計算手法に妥当に反映されていることを確認した。さらに、反発過程において蓄えられた表面エネルギの増分のオーダー評価を行うと、表面エネルギの増分から見積もられる気泡の下降する深さ(反発後に最小となる気泡の重心位置と初期自由界面の距離)は 1 mmであった。この値は実験結果[1]と同程度であり、反発過程におけるエネルギ授受の仮定が妥当であると言える。

接触時間に関して、先行研究[1,2]に従い、接触時間を「気泡重心が初期の自由界面・剛体壁の位置から初期気泡半径より近くに存在する時間」と定義し、その算出結果を比較したところ、自由界面との反発、剛体壁、フリースリップ壁面との反発のいずれの場合においても接触時間がおおよそ表面張力係数の-0.5乗に比例し、バネ・マスモデルの妥当性を示した。気泡の反発過程において、粘性の影響により周囲流体の運動が減衰し、衝突後の気泡の下降速度は、衝突前の上昇速度よりも低くなる。衝突後・前の気泡速度の比として定義される反発係数は衝突前後の気泡運動を特徴づけるとともに、その値が小さいほど、系の運動エネルギの散逸が大きいことを表す。幅広い表面張力係数、気泡径をパラメータとした数値計算結果から、接触時間はバネ・マスモデルにより反発現象を表現できるのに対して、反発係数はバネ・マスモデルにダンパ項を組み込んだモデルとは乖離することを明らかにした。それはストークス抵抗に基づく気泡の速度に比例する力を用いて反発運動が単純化されているのに対し、実際には気泡の反発過程において、気泡の運動の向きが変化することによる運動量交換、気泡の変形とその回復の過程における流れ場の変化、剛体壁の存在による渦度生成など様々な散逸の要因があるからである。特に剛体壁に対する反発において、反発係数に対する表面張力係数の影響が小さい。その理由として、接触過程における散逸の時間履歴は気泡の速度に比例しているわけではなく、ストークス抵抗とは異なることや、剛体壁系では接触過程の前半(気泡が壁面に接近し速度がゼロになるまで)に大きな粘性散逸が生じることが挙げられる。

また、壁面の滑りの有無により、壁面と気泡界面の間隙に形成される液膜の形状が異なることを明らかにした。剛体壁における接触では気泡中心部に半径が初期気泡半径の60 %前後の大きさと10 μm前後の厚みを持つディンプルが形成される。これに対し、フリースリップの壁面における接触では、壁面近傍の界面は壁面と平行に存在し、ディンプルは形成されない。さらに剛体壁系において、液膜内の流れは平行であると仮定し液膜で発生する粘性散逸を見積もると、液膜での粘性散逸はバルクでの粘性散逸と比較して1/100倍から1/1000倍程度であることを示し、液膜での粘性散逸は反発現象にほとんど影響を与えない。

本論文では、自由界面や剛体壁、フリースリップ壁面における気泡の反発過程をフロント・トラッキング法によりシミュレーションを行い、気泡の反発運動では運動エネルギと表面エネルギの交換が現象を決めており、バネ・マスモデル化が妥当であること、壁面の滑りの有無により反発係数が大きく異なり、ストークス近似に基づく散逸項を含むバネ・マスモデルにより反発係数を評価することは困難であること、それは剛体壁系では接触過程の前半(気泡が壁面に接近し速度がゼロになるまで)に大きな粘性散逸が生じることに起因すること、を明らかにした。

[1] 内田祐介、佐藤文香、城田農、真田俊之、渡部正夫、「超純水中における単一気泡と自由界面との反発現象」、日本混相流学会年会講演会2007, pp. 84-85[2] Dominique Legendre, Claude Daniel and Pascal Guiraud, "Experimental Study of a Drop Bouncing on a Wall in a Liquid", Physics of Fluids 17, 097105 (2005)[3] Gretar Tryggvason, Ruben Scardovelli and Stephane Zaleski, "Direct Numerical Simulations of Gas-Liquid Multiphase Flows" (Cambridge university press, 2011)

Fig. 1: Close-up images of the surface shapes and the flow field during bounce against a free surface. The arrows depict velocity field in the plane of the bubble center plotted at every 2 grid point.

Fig. 2: Close-up images of the surface shapes and the flow field during bounce against a rigid wall. The arrows depict velocity field in the plane of the bubble center plotted at every 2 grid point.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は、水処理や化学反応器などで用いられる曝気槽内の気泡流動と関連し、気泡が自由界面および剛体壁に衝突し再び沈み込む現象を対象とした数値計算を行い、界面における気泡の反発現象のメカニズムを解析したものである。

自由界面において気泡が反発する現象については、興味深い現象としてすでに報告されているが、反発が起こるメカニズムに関しては、気泡や自由界面の変形による運動エネルギと表面エネルギの交換、気泡・界面間、気泡・壁面間の間隙が狭くなることにより生じる潤滑圧力、不純物の界面吸着に依存するクーロン力や表面張力の分布の変化などの化学的要因等いくつかの理由が挙げられており、未だ明確な説明が与えられていない。本研究ではこの現象に対し、気泡や自由界面の変形による運動エネルギと表面エネルギの交換に着目して、気泡が静止流体中で重力により浮上し、自由界面や壁面に接触し、再び水中に沈みこむまでの気泡挙動の数値解析を行っている。反発過程における定量的な表面エネルギの評価、先行研究での実験結果から提唱されているモデルと本計算結果の比較から、気泡の反発運動のメカニズムを論じている点が特色である。

本論文は「自由界面・壁面における単一気泡の反発現象に関する数値解析」と題し、全5章からなる。

第1章は「序論」であり、研究の背景と目的、先行研究で報告されている気泡や液滴の反発現象に関する実験やそれから導かれる反発運動のモデルについて記述している。

第2章は「計算手法」であり、本研究で用いられている基礎方程式と数値計算手法について説明している。本研究では、界面の位置を陽に持つため、表面積の捕捉に優れ、一つの計算格子に二つの界面が存在する場合でも安定して計算可能なフロント・トラッキング法を用いており、陽に表わされる界面と固定矩形格子の情報のやりとりや曲率の算出方法を述べている。

第3章は「三次元計算」である。デカルト座標系において合理的に支配方程式の離散化が行えることから、対象とする現象に対して三次元計算を行っている。まず、気泡速度の時間履歴や壁面と気泡の間隙距離の空間解像度依存性を二次元計算で検証し、次に三次元計算において周囲流体の粘性と表面張力係数をパラメータとして気泡の自由界面や剛体壁における反発運動の計算を行っている。反発現象を定量的に評価する指標として、先行研究でも調べられている接触時間と反発係数について評価し、実験結果とに比較により計算結果の妥当性を示すとともに、実験では観察することが困難な気泡や自由界面の変形量や表面エネルギの時間推移、オーダー評価を行っている。

第4章は「軸対称計算」である。三次元計算では気泡の運動エネルギが表面エネルギに変換され反発に至る過程を捉えられている一方、気泡の浮上速度に対する格子解像度や計算領域の依存性に関する議論は不十分であるため、本章では軸対称計算を実行し、結果を解析している。自由界面系と剛体壁系で反発係数が大きく異なることから本章では、壁面の滑りの有無に着目し、剛体壁とフリースリップ壁面における気泡の反発運動の数値計算を行っている。軸対称系での計算手法、反発過程におけるエネルギ収支や、気泡が壁面に接触中に形成される液膜に関して記述している。数値計算手法に関して、重み付き接ベクトルとFerguson曲線を用いることで、フロントポイントが等間隔に配置されていない場合でもエレメントの曲率や中心座標、リグリッドを高精度化できること、spurious currentの抑制にはハイブリッド法が有効に機能するが、浮上気泡への適用には安定性の問題があり、本研究が対象とする浮上気泡においては従来の表面張力の表現法を問題なく適用できることを示している。計算結果の考察から、接触過程でのエネルギ収支より、反発現象は気泡が自由界面や壁面に接触している際の運動エネルギと表面エネルギの交換が重要であること、また自由界面と気泡、壁面と気泡の間隙に形成される液膜での粘性散逸は、接触過程における周囲流体での粘性散逸と比較して十分小さく、反発現象に与える影響は無視できることを示している。

第5章は「結論」であり、気泡の反発運動のために導入した数値計算技法をまとめるとともに、物理現象の観点から、気泡の反発運動は、気泡が自由界面や壁面に接触している際の運動エネルギと表面エネルギの交換が重要であること、剛体壁での反発係数は先行研究で提案されているモデル式と異なる傾向を示し、気泡径のみで反発係数が決まる傾向があること、これは系のエネルギ散逸に関して、気泡が壁面に接触する過程の前半に発生する大きな粘性散逸が支配的となることに起因することなどの知見がまとめられている。

以上、本論文では、自由界面や壁面における単一気泡の反発運動の数値計算を行い、実験からでは定量的な捕捉が困難な表面エネルギや粘性散逸の推移や接触中に運動エネルギと表面エネルギが交換されていること、従来提案されていたモデルでは考慮されていない接触過程前半に発生する粘性散逸が反発係数に影響することを報告している点が、気泡運動のモデリングに関連して流体工学的に重要な意義を持つ。

よって本論文は博士(工学)学位請求論文として合格と認められる。

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