学位論文要旨



No 127895
著者(漢字) 川口,暢
著者(英字)
著者(カナ) カワグチ,トウル
標題(和) 自己組織化単分子膜が固液界面熱輸送特性に与える影響
標題(洋)
報告番号 127895
報告番号 甲27895
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第7663号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 加藤,孝久
 東京大学 教授 丸山,茂夫
 東京大学 教授 鈴木,雄二
 東京大学 教授 高木,周
内容要旨 要旨を表示する

近年,インバータなどに用いられる素子はコスト削減や機器の性能向上のために,そのサイズが飛躍的に縮小している.素子サイズの縮小には発熱による耐熱温度を超えるこへの対策が必要となり,そのために様々な研究がおこなわれている.我々はその中でもこれまで研究があまり行われていなかった冷却液の熱伝導率向上に着目し,その手段としてナノ流体の研究を行っている.

ナノ流体とはナノサイズの微粒子(ナノ粒子)を分散させた液体である.ナノサイズの微粒子を用いるため,従来のミクロンサイズの粒子を分散させた系では問題にならなかったナノ粒子(固体)と液体の界面での熱抵抗が液体としての熱伝導率に大きな影響を及ぼすと考えられる.また,ナノ粒子には液体中に分散するために表面に有機保護膜をもつため,その影響を考慮する必要がある.

本研究では,有機保護膜として構造が単純な自己組織化単分子膜(SAM)を用い,SAMが固体と液体界面の熱輸送特性に与える影響を明らかにする.

熱輸送特性を明らかにするためには,まず界面熱抵抗を定量評価する必要がある.本研究では熱抵抗の逆数で,熱の伝わりやすさを表す界面熱コンダクタンス(TBC)を用いて定量評価することとした.また,界面での熱輸送のメカニズムも明らかにする必要がある.現在のところ固体と液体界面での熱輸送のメカニズムについては統一的な見解がないため,SAMの固液界面熱輸送特性への影響を明らかにするためにはSAM特有の現象について検討する必要がある.

TBCを定量評価する方法としてはサーモリフレクタンス法などを用いた実験的な方法と分子動力学(MD)法を用いた計算から求める方法とがあるが,分子レベルでの熱輸送現象を明らかにする方法としては,分子や原子の挙動を直接明らかにすることのできる分子動力学法を用いる方が有効であると考えられる.

本研究では,分子動力学法を用い,固体に金,液体にトルエン,SAMにはドデカンチオールを用い,まず金とトルエン界面にSAMを修飾することによって,TBCがどのように変化するかを定量評価する.さらにその変化の要因を明らかにするため,界面近傍の分子挙動を詳細に解析し,界面近傍の熱輸送現象がSAMによってどのように変化したかを明らかにする.

まず,金とトルエンが直接接触するモデル(Bare model)と金とトルエンの間にSAMを修飾したモデル(SAM model)を作成し,金の一部を310Kに,トルエンの中央付近を290Kに維持して金からトルエンに熱が流れるようにしてMD計算を行い,その結果得られる界面を通過する熱流束と温度分布からTBCを計算した.その結果,TBCはSAM modelでは91[MW/m2K],Bare modelでは14[MW/m2K]と,SAM modelの方が6倍程度増大していた.SAMを修飾した界面には金-SAM間の界面,SAM内部,SAM-トルエン間の3つのTBCに影響する要因があるが,今回の結果では,これら3要素の熱コンダクタンスが高い結果となった.金-SAM界面では,金原子とSAM分子の端部の硫黄原子が共有結合をしているため,TBCは高くなったものと考えられる.SAM内部においては,今回の系では熱はSAM分子の炭素鎖を伝わっていくと考えられ,これも共有結合による熱輸送であるため,熱コンダクタンスとしては高くなったものと考えられる.ただし,今回の解析ではSAMは金表面を100%の被覆率で覆い,かつきれいに整列している状態とした.そのため,実在の系のように欠陥などが含まれる場合,今回求めた値よりも熱コンダクタンスは低下すると考えられる.SAM-液体界面については液体を水とした場合に水素結合や親水性などに着目した研究がおこなわれているが,ドデカンチオールのSAMとトルエンは水素結合のような結合をするわけではないため,SAM-トルエン間の熱輸送のメカニズムについては新たに検討する必要がある.

そこで,SAM-トルエンの界面での熱輸送のメカニズムを明らかにするため,温度の異なる状態でSAM-トルエンの界面のTBCと界面近傍での分子挙動を解析しSAM-トルエン間のTBCに影響を及ぼす因子を明らかにする.さらに金-トルエン界面での熱輸送現象と比較することで,SAMが金-トルエン間のTBC特にSAM-トルエン間の局所TBC増大に寄与した原因を明らかにする.

温度の異なる状態でのSAM-トルエン間のTBCと分子挙動の解析から,SAM-トルエン間の局所TBCは温度上昇ともに減少すること,また,その要因はSAM表面近傍のトルエン分子の吸着量が低下することであることを明らかにした.また,その吸着量はSAM分子末端の炭素原子を中心としたトルエンの動径分布関数から求めたもので整理できることを明らかにした.また,金-トルエン間のTBも温度上昇に伴って低下しており,その値も界面近傍のトルエン分子の吸着量で整理できることを明らかにした.ただし,金-トルエン界面での吸着量は界面の法線方向の数密度分布から求めた値であった.この吸着量によるTBCの整理方法の差は界面近傍でのトルエンの固体(金もしくはSAM)表面への吸着構造の違いにあると考えられる.SAM表面ではトルエンは周期的な凹凸構造を取り,金表面では凹凸構造はなく平坦な構造となっていた.金-トルエン界面は平坦なため1次元的な熱輸送となるが,SAM表面では凹凸構造により,3次元的な熱輸送がおこなわれるため.SAM-トルエン間のTBCが金-トルエン間のそれよりも増大したと考えられる.

また,SAM-トルエン界面において吸着量が温度上昇に伴い低下する要因としては,温度上昇に伴う液体の密度低下とSAM分子の揺らぎの増大が挙げられるが,後者は全体の低下量の1/3程度を占めていることを明らかにした.このことから,SAM分子の揺らぎの増大は界面熱コンダクタンス低下につながるものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本論文は冷却機器に用いる冷却液の熱伝導率向上を目的として研究がおこなわれているナノ流体をターゲットとし,ナノ流体の熱伝導率向上に向けた,保護膜分子の設計指針を明らかにするために,保護膜を含む固液界面での熱輸送のメカニズムを明らかにすることを目的としている.

固液界面熱抵抗は値が非常に小さいため,通常の工業製品においてはほとんど無視されてきた.しかし,ナノ流体のように固液界面面積の割合が非常に大きい系では影響が無視できず,ナノ流体の熱伝導率向上には固液界面熱抵抗の低減が必須となっている.

これまで,固液界面熱抵抗に影響を及ぼす要因については相互作用力の強さや局所密度などが議論されてきたが,要因同士の関係など統一的なメカニズムは明らかになっておらず,固液界面熱抵抗低減の指針は明かでない.本論文では,ナノ流体における固液界面熱抵抗低減の指針を得るため,分子動力学法を用いて界面熱輸送を基本要素に分析し,メカニズム解明に取り組んでいる.

本論文は「自己組織化単分子膜が固液界面熱輸送特性に与える影響」と題し,全5章から構成されている.

第1章 は「諸論」であり,研究の背景,ナノ流体における界面構造や界面熱抵抗の影響および従来の固液界面熱輸送の研究例を挙げ,さらに固液界面熱輸送のメカニズムを明らかにするための具体的な取り組み内容が述べられており,本研究の位置付けが示されている.

第2章は「計算方法」であり,本論文を通じて用いている分子動力学法の基礎,シミュレーションモデルで用いた手法および界面熱輸送特性を明らかにするための計算手法が述べられている.

第3章は「自己組織化単分子膜が界面熱コンダクタンスに与える影響の定量評価」として,固体に金,液体にトルエンを用い,自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer, SAM)としてドデカンチオールを修飾した界面(SAM model)と修飾しない界面(Bare model)における界面熱コンダクタンスを定量評価し,SAM により界面熱コンダクタンスが向上する可能性を見出している.また,SAM-トルエン間は,その相互作用が弱い分子間力にもかかわらず,局所界面熱コンダクタンスが高いことおよびこの界面における熱輸送のメカニズムを明らかにすることで熱コンダクタンスの高いSAM分子設計の新たな知見が得られる可能性を示している.

第4章は「SAM-トルエン界面熱輸送のメカニズム解明」であり,界面熱コンダクタンス向上に向けたSAM分子設計指針導出に向け,第3章で着目したSAM-トルエン界面における熱輸送のメカニズムを解明している.SAM-トルエン界面では熱輸送に寄与する相互作用の数が多いことおよびそれぞれの相互作用が輸送する熱量が多いことが界面熱コンダクタンス向上に寄与していることを明らかにしている.さらに,これらの熱輸送特性の要因として,SAM末端の水素原子が金原子と比較して原子の質量が小さいことにより速度が速いこと,固体側の原子の数密度が高いことおよび固体表面への液体分子の吸着性が高いことを挙げている.

第5章は「結論」であり,第3章,第4章で示された,SAMが界面熱コンダクタンス向上に寄与する可能性および界面熱コンダクタンスが向上するSAM分子の組成および構造の特徴についての知見がまとめられている.

固液界面熱輸送に関する従来の研究では,熱輸送に寄与する要因間の関係は明確になっておらず,界面熱コンダクタンスを向上するSAM分子の設計指針を得ることはできなかった.本論文では第4章において界面熱輸送特性を明らかにする手法を構築し,その結果明らかになった特性を原子レベルの挙動から説明することにより界面熱コンダクタンス向上のメカニズムを明らかにしているところは評価できる.

第3章で得られたSAMにより界面熱コンダクタンスが向上する可能性および第4章で示されたメカニズムはナノ流体の熱伝導率向上に寄与するものであり,工学的な価値が認められる.

よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク