学位論文要旨



No 127734
著者(漢字) 木村,太郎
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,タロウ
標題(和) 軌道体分配関数におけるベータ集団行列模型
標題(洋) β-ensemble matrix models for orbifold partition function
報告番号 127734
報告番号 甲27734
学位授与日 2012.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第1147号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 氷上,忍
 東京大学 教授 国場,敦夫
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 准教授 加藤,雄介
 東京大学 准教授 加藤,晃史
内容要旨 要旨を表示する

量子場の理論の非摂動的な側面の研究にあたって,超対称性を持つ場の理論(超対称場の理論) は重要な役割を果たしている.もちろん超対称理論に特有の事象は数多く存在しており,現実の世界,少なくとも現在我々の到達出来るエネルギー領域を記述する物理法則としては,そのままでは適していない場合もある.一方で,近年の研究により,ある種の超対称場の理論と,超対称性を持たない理論の間の関係が明らかになっており(Alday-Gaiotto-Tachikawa; AGT relation),その意味では我々の知る現象が超対称理論によって記述される可能性も示唆されている.またそのような関係自体も理論的構造として非常に興味深く,場の理論としてだけでなく,超弦理論/M 理論との関わりも含めて注目されている.

超対称場の理論の特徴は,力を媒介する粒子であるボソンと物質を構成する粒子であるフェルミオンの間の対称性により,対称性から要請される理論に対する制限が強いことである.特に4 次元において最大の超対称性を持つN = 4 超対称ゲージ場の理論においては,その大きな対称性により,ダイナミクスをほとんど議論することなく様々な側面を解析することが出来る.一方で,超対称性が最小であるN = 1 超対称理論では,そこまで超対称性に起因する制限は強力ではなく,その解析には超対称性の存在しない理論と同様レベルの困難を孕んでおり,現象論的にも盛んに研究されている.

本論文で取り扱うN = 2 超対称ゲージ理論では,対称性による制限と量子場のダイナミクスのせめぎ合いによって非常に多彩な現象が議論されている.特に上述の非超対称理論との関係が議論されているのも,このN = 2 理論である.N = 2 理論については以前からSeiberg-Witten 解と呼ばれる低エネルギー領域における厳密解が存在していたが,その導出にあたっては対称性に基づいた議論がなされており,その物理的な描像までもが明らかになったとは言い難い状況であった.特にSeiberg-Witten 曲線とよばれる代数曲線については,様々な示唆を与えつつも,あくまで補助的な道具に過ぎないという認識であった.

その後,Nekrasov によってSeiberg-Witten 理論はN = 2 超対称理論に対して経路積分を実行することで再導出される.そこではN = 2 ゲージ理論の分配関数が組合せ論的な表式によって得られており,その漸近的な振る舞いからSeiberg-Witten 解が導かれるのである.一方で近年,局所化の方法を用いることによって様々な理論に対して分配関数が求められているが,分配関数から対応するSeiberg-Witten 理論を導出する,という方向の研究は未だあまり進展がないと言える.

このような背景の下,本論文では,既に知られている分配関数から,新しいSeiberg-Witten解を導出することを目指す.具体的にはオービフォルド(orbifold; 軌道体) と呼ばれる特異点を持つ空間,およびその特異点を解消することによって得られる漸近的局所ユークリッド空間(ALE 空間) におけるSeiberg-Witten 理論について議論する.

局所化の方法などを用いて得られた分配関数は,モジュライ空間における離散的な固定点からの情報のみで構成されており,それに対応して離散的,組合せ論的な和,あるいは簡単な積分による表示が可能である.Seiberg-Witten 理論を求めるには,分配関数の漸近的な振る舞いを解析する必要があるが,その際に各論に適した手法を用いることになる.オービフォルドでの分配関数については,その組合せ論的な表式は知られていたものの,従来の方法ではその漸近的な振る舞いを適切に取り扱うことが困難であった.本論文では,q 変形と呼ばれる変形を分配関数に施し,その特殊な極限q→exp(2πi/r) (1 のべき根極限; root of unity limit) を考察することでオービフォルド分配関数を系統的に取り扱うことが可能となることを示す.このq 変形とそのべき根極限は,一見すると数学的なトリックに過ぎないが,物理的にも余剰次元方向における境界条件として理解することが出来る.

この処方箋を施すことによって通常の場合と同様にオービフォルド分配関数の漸近的な解析が可能となるが,本論文では,この分配関数の漸近挙動を記述する行列模型を構成し,そのスペクトル曲線としてSeiberg-Witten 曲線を導出した.

分配関数は整数の分割,あるいはそれを視覚的に表示したYoung 図形によって組合せ論的に記述されている.これらの分割は元々,ボソンの自由度だと解釈することが可能であるが,このボソンをフェルミオンの基底で書き換えることで,自然に行列模型としての構造が現れてくる.このような書き換えは低次元系ではよく見られる対応であり,可積分系などの文脈でもよく議論されている.すると通常の場合は1 成分フェルミオンを用いることで分配関数を記述することが出来るのであるが,オービフォルド分配関数の場合には,多成分フェルミオンを導入する必要があることが示される.つまり,1 つの分割を多成分フェルミオンを用いて表すのであるが,この分解はオービフォルド作用Zr に対する既約表現への分解に対応している.このように多成分フェルミオンを導入することで,最終的にオービフォルド分配関数から,多行列模型を導出した.

行列模型を構成するのは,行列固有値間の相互作用を表す行列測度と,各固有値に働く力を特徴付けるポテンシャル項であるが,これらもオービフォルド化に伴っていくつかの変更を受ける.まず多行列化に伴って,行列測度における固有値間相互作用は同一行列間と,異なる行列間の2 通りが必要となる.この測度部分は,q 変形した行列測度(q-Vandermonde 行列式) のべき根極限から導くことが可能であるが,特にゲージ理論として最も興味のある場合(β = -ε1/ε2 = 1. ε1, ε2 はΩ 変形パラメータと呼ばれ,理論を正則化する目的で導入される.) を考えると,異なる行列間の相互作用が消失してしまうことが示される.つまりこれは,我々の導入した多成分フェルミオンが,オービフォルド理論を記述する上で適した基底であったことを意味している.また行列ポテンシャル項についても,同様に量子二重対数のべき根極限によって与えられることを示す.このような特殊関数のべき根極限はそれ自体として興味深く,数理物理における様々な側面において今後応用されることが期待される.

このようにして得られた行列模型に対しては,'t Hooft 極限と呼ばれる熱力学極限を考えることで行列積分を鞍点の解析に帰着させる,という解析方法がよく用いられており,今回の場合にも同様の手法を適用することが出来る.特に,我々が調べたい分配関数の漸近的な振る舞いは,まさにこの熱力学極限によって与えられるものになっている.この極限はある種の連続極限とも解釈することが可能であり,そこでは固有値分布関数が重要な役割を果たす.この分布関数を決定することが行列模型の解析における重要課題なのであるが,その際にレゾルベントと呼ばれる補助的な複素関数を導入することで,分布関数をうまく記述することが可能となる.このレゾルベントは行列模型におけるグリーン関数のようなもので,複素平面における分岐の特異的な振る舞いから分布関数が導かれるのである.

我々の目的であるSeiberg-Witten 理論との関係を議論する上でも,このレゾルベントが重要となる.レゾルベントの挙動は,行列模型における運動方程式である停留点条件により定めることが出来る.これにより行列模型に対するスペクトル曲線が与えられるが,この代数曲線こそがSeiberg-Witten 曲線に他ならず,Seiberg-Witten 微分も,この代数曲線上の1 次微分形式として与えられる.本論文では,オービフォルド理論に対して行列模型からスペクトル曲線を与えることでSeiberg-Witten 曲線を導出した.この場合の特徴として,オービフォルド化Zr に伴って,スペクトル曲線がr 枚のリーマン面に分岐するのであるが,これもやはりオービフォルド作用に対する既約分解に対応したものであると考えることが出来る.

また本論文では,低次元超対称ゲージ理論の分配関数についても議論している.この場合に重要となるのが位相的励起である量子渦であるが,この量子渦の解析はこれまで,主にユークリッド空間や球面,トーラスなどの場合に限られていた.そこで本論文では2 次元オービフォルド上で量子渦の解析を行い,BPS 状態に対するモジュライ空間の構造などについて明らかにした.またこの場合におけるオービフォルド分配関数についても考察した.

審査要旨 要旨を表示する

本博士論文はN=2 超対称ゲージ理論のSeiberg-Witten解について、行列模型を提案し、新しい軌道体(orbifold)模型を導出したものである。Seiberg-Witten解は強結合領域と弱結合領域を隔てるSeiberg-Witten曲線を与えるもので、双対性の解明の意義は大きく、ゲージ理論とストリング理論の関係を議論する際、その物理学的重要性は大きい事が広く認識されてきた。いままでに、Nekrasovらにより、その分配関数が厳密に組み合わせ論的手法により求められ、積分表示が得られてきた。この論文では更に研究を進め、オービフォルドと呼ばれる特異点をもつ空間でのSeiberg-Witten理論を議論したものである。

この論文ではオービフォルドを扱うために、q変形として1の冪根を採用して、この空間での分配関数を計算した。その組み合わせ論的意味付けとして、ヤング図形上での多成分フェルミオンを計算するルールを新しく見いだし、これを多成分行列模型の形で定式化した。この行列模型はq変形した行列の測度を持ち、ベーター集団と呼ばれるランダム行列理論に良く似た表式になることが判明した。これが本博士論文の表題となっている理由である。

オービフォルドを持つ行列模型が導出できたので、本論文では更にこの行列模型の分配関数からSeiberg-Wittenのスペクトル曲線の導出する研究をおこなった。行列のランクンを無限大にする極限でこのSeiberg-Wittenスペクトル曲線が得られ、2次元および4次元でのN=2超対称ゲージ理論との関係を議論することが可能となった。オービフォルドの役割は1の冪根をあらわす数をrとすると、スペクトル曲線がr枚のリーマン面に分岐することにあり、モジュライ空間でスピン自由度がある場合に相当すると解釈される。したがって、良く知られたCalgero-Sutherland模型でスピンがある場合と類似な理論構造を持つことが判明した。そのため、その物理学的応用として、例えば量子ホール効果を議論することが示唆された。

本論文ではオービフォルド分配関数の導出、計算の他に、2次元超対称共形場理論との関係も明らかにし、Wess-Zumino-Witten項との関係も考察した。またオービフォルドがある空間での位相的励起としての渦解を議論し、その渦の衝突解をゲージ理論の観点から詳細に得ることに成功し、興味深い結果を得た。

結論として、本論文はオービフォルド空間でのN=2超対称ゲージ理論を行列模型を通して物理数学的に興味ある拡張を行ったもので、ヤング図形でのオービフォルドルールを見いだすなど、新しい試みが多くみられ、理論的に重要な結果を得たと言える。また、オービフォルド空間でのSeiberg-Witten曲線を具体的に求めるベーター集団行列模型の構築とそのN無限大極限の解の発見は大いに評価できるものである。Calogero-Sutherland模型との関連性の発見もこの研究がいろいろな興味ある物理的事象に応用される可能性を示唆するもので、その研究的価値は大きいと思われる。今後の発展が期待される。また、スピンCalogero-Sutherland模型との同値性を明確にしたことにより、オービフォルドでのN=2超対称ゲージ理論の理解を深めることが出来たことは、大いに評価できると思われる。

本論文提出者の発表論文は既に4編ある。Progress Theoretical Physicsに一編、Journal of High Energy Physicsに二編をすでに印刷公表済みである。また、International Journal of Modern Physics Aに一編公表済みである。本博士論文の一部はこの二編のJournal of Highenergy Physics (2011年)とarXiv:1109004として投稿済みの論文として、公表すみであり、本博士論文では更に考察を深めたものになっている。本論文提出者は十分な物理学の知識があり、その研究分野も格子ゲージ理論、ストリング理論、物性理論等多岐にわたっており、本論文提出者は意欲的に活躍しており、博士号取得の条件は十分に満たしていると審査委員会は判断した。

したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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