学位論文要旨



No 126950
著者(漢字) 山田,肇
著者(英字)
著者(カナ) ヤマダ,ハジメ
標題(和) 未利用木質バイオマス資源の化学特性と生物活性に関する研究
標題(洋)
報告番号 126950
報告番号 甲26950
学位授与日 2011.03.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第3703号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農学国際専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大原,誠資
 東京大学 教授 佐藤,雅俊
 東京大学 准教授 山川,隆
 東京大学 准教授 斎藤,幸恵
 秋田県立大学 教授 谷田貝,光克
内容要旨 要旨を表示する

第1章 序論

気候変動やエネルギー資源の枯渇などが問題となっている現在、この解決のためにバイオマス資源を利活用した持続可能な循環型社会の形成の道が模索されている。バイオマスとは「再生可能な生物由来の有機性資源で化石資源を除いたもの」であり、非常に多くの種類が存在する。木質バイオマスは世界最大のバイオマス量をほこり、建材や紙など様々な場面で用いられているが、生産の過程で廃棄される未利用資源が大量に発生している。資源の有効活用及び廃棄物の低減のためにも、このような未利用木質バイオマス利用の推進が重要であり、これらの効果的な用途開発が重要な課題となっている。

本研究では3つの未利用木質バイオマス資源である、スギ葉、ヤナギ樹皮及びオイルパーム幹の化学特性と生物活性を解明することにより、これらの有効利用に資することを目的とした。

第2章 スギ葉揮発性成分に関する研究

スギ(Cryptomeria japonica)は日本で最大のバイオマス蓄積量を有する樹種で、建材などの用途に広く用いられている。しかし、間伐等で発生するスギ葉はほとんどが未利用であり、その量は年間約340万トンにものぼる。スギ葉の利用方法としてスギ線香や精油が挙げられ、スギ葉線香には鎮静効果があるといわれているが、これらについて化学的な研究は過去になされていない。本章では、スギ 葉燻煙と香気成分の化学特性及び機能性について解明した。

水蒸気蒸留で採取さるスギ葉精油、常温で揮発するスギ葉香気成分、及び、燃焼時に放出されるスギ葉燻煙成分をそれぞれGC/MSで分析した。精油成分の5割、香気成分の9割近くがモノテルペン類で構成されていた。燻煙成分中にはセスキテルペンやジテルペンが検出され、α-cadinolやβ-eudesmol等の人体にも有効な成分が多数検出された。実験により植物の熱分解時に発生する成分が検出され、燻煙成分と精油の違いが確認された。常温ではほとんど揮発しないセスキテルペン類やジテルペン類などが燻煙成分中に確認されたため、植物が持つ低揮発性の機能性成分は燻煙を通して吸入することが可能であるということが示唆された。

第3章 樹木抽出成分の化学特性と生物活性に関する研究

本章前半では、スギ葉の化学特性と生物活性の解明を行った。スギ葉は大量に排出されるものの、ほとんどが未利用のままであることは第1章で述べた。

スギ葉中のポリフェノール成分に着目し、乾燥・抽出条件を検討した。実験の結果、スギ葉は凍結乾燥後、80%メタノール水で抽出する方法が最適であるとの結論に達した。次に、スギ葉を80%メタノール水で抽出し、抽出物をn-ヘキサン及び酢酸エチルで分画した。酢酸エチル可溶部から、3つの化合物を単離・同定することに成功した。

また、各スギ葉抽出画分を抗酸化試験、チロシナーゼ阻害活性試験、抗菌試験、膵臓リパーゼ阻害活性試験に供した。スギ葉抽出画分の中に、高い抗酸化能及び膵臓リパーゼ阻害活性部位がそれぞれ見出された。次に、スギ葉抽出物の酢酸エチル可溶部を詳細に分画し、膵臓リパーゼ阻害活性物質を探索した。結果、スギ葉タンニン類が膵臓リパーゼ阻害活性を有することを見出した。また、スギ葉抽出物の膵臓リパーゼ阻害活性は複数の化合物が複合的に作用して高い活性を示すことを明らかにした。

本章後半では、ヤナギ樹皮の化学特性と生理活性およびそのメカニズムの解明を行った。ヤナギは挿し木により容易に繁殖が可能で、超短伐期栽培が可能な資源作物として注目されている。本研究では、北海道の下川町で超短伐期栽培されているオノエヤナギ(Salix pet-susu)とエゾノキヌヤナギ (Salix sachalinensis)を試験材料とした。この二つのヤナギ樹種は、特にバイオエタノール原料としての利用が期待されているが、バイオエタノール生産の際に、樹皮は原料として適さないため不要となる。しかし樹皮には、樹皮タンニン類等の抗酸化活性や抗チロシナーゼ活性などの生理活性を有する物質が多数報告されており、ヤナギ樹皮にも生理活性物質の存在が期待される。

ヤナギ樹皮の熱水抽出物をリパーゼ阻害試験に供したところ、オノエヤナギ、エゾノキヌヤナギともに既に報告されているショウガやウーロン茶抽出物よりも膵臓リパーゼの阻害活性が高いことが分かった。両ヤナギ樹皮をn-ヘキサン、酢酸エチル、メタノール、熱水で順次抽出を行い、それぞれの抽出物について膵臓リパーゼ阻害試験を行ったところ、特にメタノール抽出画分において高い膵臓リパーゼ阻害活性が確認された。また、Folin-Ciocalteu法によって各画分のポリフェノール量を測定したところメタノール抽出画分において最も含有量が多く、成分中のポリフェノール量とリパーゼ阻害活性が比例していることが推測された。メタノール抽出画分にはタンニンポリマーが多く溶出しており、ヤナギから低分子ポリフェノール画分、タンニンオリゴマー画分、タンニンポリマー画分をそれぞれ分画して検定したところ、タンニンポリマーに強力な活性が確認された。ヤナギタンニンの膵臓リパーゼ阻害活性では、分子量による活性の違いが明確に示された。

エゾノキヌヤナギとオノエヤナギ樹皮のタンニンポリマー画分についてPY/GC分析を行い、A環はフロログルシノール型であり、B環はピロガロール型とカテコール型が約1:1で混在することを明らかにした。また、GPC分析の結果、タンニンポリマー画分中の平均重合度は10~12で、タンニンオリゴマーは4~5であった。

他樹種の樹皮タンニンポリマーと比較することにより、分子量が大きいもの、ピロガロール骨格を有するタンニンポリマーに膵臓リパーゼ阻害活性が高いことが明らかになった。また、タンニンオリゴマーはタンニンポリマーよりも膵臓リパーゼ阻害活性が低いことが示された。

タンニンの単量体及び2量体としてカテキン類標品を用いて活性試験をしたところ、単量体及び2量体ではほとんど膵臓リパーゼ阻害活性が見られなかった。即ち、タンニンの膵臓リパーゼ阻害活性は、一定以上の重合度ではじめて発現することが示唆された。

第4章 オイルパーム幹の糖成分に関する研究

オイルパーム(Elaeis guineensis)はマレーシアとインドネシアで広く栽培され、2010年現在では約1200万ヘクタールの面積で栽培されており、東南アジアでは主要な作物のひとつとなっている。世界で生産される食用油の中でパーム油は1位の生産量を誇り、重要な作物と位置づけられている。パーム油が大量に生産されている一方、付随して発生する大量のバイオマスはほとんど利用されずに廃棄されているのが現状である。そのうちオイルパーム幹は幹材には遊離糖が多く含まれており、幹材の圧搾液を使用したバイオエタノール生産の研究が進められている。オイルパーム幹を伐採後、圧搾工場に搬入するまでの間に遊離糖濃度の減少が予想され、本研究ではオイルパーム幹が伐採された後の、糖成分の変動について精査した。

オイルパーム幹を圧縮して得た搾汁の貯蔵期間中の全糖量変化を測定したところ、貯蔵30日目で糖濃度が1.5倍以上になること、即ち糖濃度が貯蔵により上昇する現象を発見した。また、搾汁中の主要3糖(スクロース、グルコース、フルクトース)の濃度変化については、最初の7日間でスクロース濃度が減少する一方、グルコース濃度とフルクトース濃度が増加した。グルコース濃度のみ、7日目以降も増加傾向が続き、貯蔵60日程度で最大の濃度となった。

オイルパーム幹搾汁はサトウキビ搾汁に迫るだけの糖濃度を含有する一方、ヘクタールあたりの使用可能資源量はサトウキビを大きく上回る。オイルパーム幹の伐採は25年周期ではあるが、今まで資源としてほとんど考えていられなかったバイオマスであり、その点がサトウキビとは大きく違う。2007年におけるマレーシアとインドネシアのオイルパーム作付面積はそれぞれ374万haと454万haである。毎年総面積の4%のオイルパーム林が更新されるとすると、毎年2カ国合わせて33万haの面積のオイルパームが伐採される計算となる。この伐採分のオイルパーム幹材をバイオエタノールに転換すると、毎年300万m3の生産分になることが期待される。この数値は、2007年における世界のバイオエタノール生産量5000万kLの約6%に相当する。今回発見した糖濃度の増加現象により、未利用バイオマスであったオイルパーム幹の利用が促進されると期待される。

第5章 総括

スギ葉燻煙にはスギ葉香気成分には見られなかった生理活性成分が多く含まれることを見出した。燻煙を用いることで、植物が持つジテルペン類やセスキテルペン類といった機能性成分を吸入することが可能であることが示唆された。

ヤナギ樹皮抽出物及びスギ葉抽出物に、膵臓リパーゼ阻害活性物質が含まれることがわかった。また、様々な樹種の精製タンニンを調査した結果、タンニンオリゴマーよりもタンニンポリマーの膵臓リパーゼ阻害活性が高いことがわかった。また、分子量が大きいタンニン、及びピロガロール骨格を有するタンニンに、膵臓リパーゼ阻害活性が高い傾向が見られ、膵臓リパーゼ阻害活性について分子量及び化学構造との相関関係を明らかにした。

オイルパーム幹の搾汁中の糖濃度が貯蔵中に1.5倍近く増加する現象を発見した。貯蔵中に遊離糖構成が大きく変化し、特にグルコース濃度が継続して増加することを明らかにした。

本研究により、3つの未利用木質バイオマス資源である、スギ葉、ヤナギ樹皮及びオイルパーム幹の新たな付加価値を伴う知見を得ることができ、これらの利用の促進に寄与することが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

本論文「未利用木質バイオマス資源の化学特性と生物活性に関する研究」は、植物バイオマスを建材や食用油として利用する過程で多量に発生する未利用バイオマスの化学特性及び生物活性を明らかにすることで、それらの資源としての可能性を解明し、有効活用に資する知見を収集することを目的としている。具体的には、スギ葉、ヤナギ樹皮およびオイルパーム樹幹の3つの未利用木質バイオマスを対象として研究を進めた。

スギ(Cryptomeria japonica)は日本で最大のバイオマス蓄積量を有する樹種で、建材などの用途に広く用いられている。しかし、間伐等で林地残材として発生するスギ葉はほとんどが未利用であり、その量は年間約340万トンに上っている。ヤナギは光合成効率が高いこと、挿し木により容易に繁殖が可能であること、および他の樹種に比べて生長が早いことから、超短伐期栽培が可能なエネルギー資源作物として注目されている。最近では、超短伐期栽培したヤナギからバイオエタノールを製造する研究開発も行われているが、樹皮はエタノール原料としては適しておらず、効果的な利用技術の開発が望まれている。オイルパーム(Elaeis guineensis)はマレーシアとインドネシアで広く栽培され、2010年現在では約1200万ヘクタールの面積で栽培されており、東南アジアでは主要な作物の一つとなっている。世界で生産される食用油の中でパーム油は1位の生産量を誇り、重要な作物と位置づけられている。パーム油が大量に生産されている一方、付随して発生する樹幹はほとんど利用されずに廃棄されているのが現状である。

本論文は、5つの章で構成されている。第1章は序論であり、上記の3つの未利用木質バイオマスを研究対象とした背景と必要性を述べている。未利用バイオマスの利活用は、廃棄物低減、地球温暖化軽減、地域の活性化に貢献することから、審査委員会において本研究が幅広い意味での社会に与える貢献が期待されるものと評価した。また、資源量の多さ、あるいは今後の発生量が増大する可能性から、本研究で対象とした3種の木質バイオマスの選択についても時宜を得たものと評価した。

第2章では、スギ葉燻煙の化学特性及び機能性について記している。スギ葉から常温で放散する香気成分や精油の化学特性についてはこれまでに多くの研究が行われているが、燻煙についての研究は過去になされていない。本章では、スギ葉燻煙と香気成分及び精油成分の化学特性を比較した。その結果、燻煙成分中にはα-cadinolやβ-eudesmol等の人間の健康に有効なセスキテルペン類やジテルペン類が多く検出されるとともに、植物の熱分解生成物が検出され、香気成分や精油成分との違いが確認された。常温ではほとんど揮発しないセスキテルペン類やジテルペン類などが燻煙成分中に確認されたことから、植物が持つ低揮発性の機能性成分は燻煙を通して吸入できることが示唆された。以上の成果は原著論文として成果発表しており、審査委員会でも新規性の高い成果と評価された。

第3章では、主にヤナギ樹皮タンニンの化学特性とリパーゼ阻害活性について記している。リパーゼ阻害活性は、脂肪の吸収を抑制することで抗肥満作用のスクリーニングに用いられる検定法である。本章では、北海道下川町産のオノエヤナギ、エゾノキヌヤナギ樹皮抽出物が共に既に報告されているショウガやウーロン茶抽出物よりも膵臓リパーゼの阻害活性が高いことを明らかにした。さらに、樹皮タンニンの分子量や化学構造とリパーゼ阻害活性の構造活性相関を明らかにした。これまでにフランス海岸松の樹皮タンニンが抗酸化性健康飲料として商品化されていることもあり、審査委員会では有用性の高い成果と評価された。

第4章では、オイルパーム幹を伐採後の貯蔵期間が搾汁中の遊離糖濃度に与える影響を精査している。本章では、貯蔵30日目で糖濃度が1.5倍以上に増加すること、最初の7日間でスクロース濃度が減少する代わりにグルコースとフルクトース濃度が増加すること、並びにグルコース濃度のみ7日目以降も増加傾向が続き、貯蔵60日程度で最大になることを明らかにした。この成果は、オイルパーム樹幹がサトウキビを上回るバイオエタノール原料となりうることを示しており、審査委員会では幅広い意味での社会貢献が期待できるものとして評価された。

第5章では、論文全体の成果を取り纏めた。

審査委員会では、以上の研究内容、研究成果、学術的な重要性、社会貢献の可能性を総合して審査した結果、博士(農学)の学位を授与できると認めるという意見に至った。

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